マギアレコードRTA ワルプルギス撃破ルート すずね☆マギカチャート(マギウスの翼チャート) 作:鰯のすり身太郎
少し時間を遡る。
マツリとアリサが路地裏で『キリサキさん』の手がかりを探していた頃、二人と別れたチサトとハルカもまた、別のところで調査を行っていた。
調べ物といえば図書館だろう、ということで二人が向かったのは、神浜市中央区に位置する中央図書館。それなりの広さの神浜市において、特に都会らしいというべきか、数多くのビルやオフィスが並び立つここでは、当然そこの図書館も相応の規模を誇る。
放課後に勉強に来た学生達や、読書を余生の楽しみにするお年寄り達でにぎわっていてもなお、館内に設けられた読書スペースには余裕がある。外壁はガラス張りで開放感を確保していて、ある意味では図書館
ここであればどれだけ長くいたとしても、場所の窮屈さで気が滅入るようなことはないだろう、とハルカは思った。そのうち、本を読むためだけに足を運んでもいいかもしれない。
目的もなく館内を見て回りたい気持ちをぐっと抑え、本題の調査に頭を切り替える。
清潔感のあることは結構だったが、かえってそのせいで、ここはうわさなんかの怪しげなものを排斥するような場所にも見える。あまりに綺麗すぎるというか、今回の調査の本題である噂話というのは、こういうガラス窓とコーヒーの香りよりも、妙にべたついた壁とカビくささの、古くさい建物がお似合いだろう。はたしてここに、『キリサキさん』の手がかりはあるものだろうか。
そんな偏見とは裏腹に、少し探してみればゴシップを騒ぎ立てる週刊誌や、中高生に人気らしいファッション誌に混じり、いささか信憑性に欠けるような噂を集めたオカルト誌なんかもさも当たり前のように置いてある。
そういえば神浜はうわさ好きな人が多いと、いつだったか学校で聞いたような、とチサトは思った。ある意味これも国民性ならぬ市民性か。どうあれ今回、それが調査の役に立つのは確かだろう。
予想以上に妙な方向に(オカルトそのものである魔法少女が言えることではないだろうけど)も充実していた図書館は、当然といわんばかりに、『キリサキさん』についても触れていた。
新聞のバックナンバー、雑誌の特集、探せば痕跡はたくさんだ。
手元の神浜市の失踪事件を扱った新聞記事と、センセーショナルなデザインで『キリサキさんの噂 再び!』とでかでかと書かれた見開きを見比べながら、二人は情報を整理する。
ホオヅキ市と神浜市の『キリサキさん』はそれぞれ、随所で特徴が違うということ。共通点は『鈴の音』と『名前を聞かれる』事だが、被害も流行った時期も、それぞれが異なっていること。
同じ頃、アリサとマツリが聞いたことを、彼女たちもまた別の方法で把握していたことになる。
とはいえ、いってしまえばそれ止まりだ。二人は考察を進めようとしたけれど、いかんせん情報が足りていない。
たまたま出会った、『キリサキさん』を調べている子供達から、神浜のは姿が一つじゃないとか、『応えちゃいけないけど答えないといけない』とか、そういうことは聞き出せたが、かえってわけが分からなくなるばかり。
よく聞けば、『参京院学園の誰か』が彼女たちにそのことを教えてくれたそうだったので、参京区で調査しながら、その人を探してみることにした。
噂の出所がそこなのか、その彼女がただ噂好きなだけかは分からないが、どうあれなにかしら手がかりはあるだろう、と。そんなとき。
「――っ!」
「先輩……!」
「ええ……!」
びり、と身体が震えるような魔力が走り、ついで小さく、だけど確かに破壊音が耳に届く。
調査はいったん後回し、今はこちらを優先すべき。判断は速く、また正しかった。
彼女たちが魔法少女としてのあり方に誠実である以上、見逃すことは許されない。なにせ自分で自分を追い詰めることになりかねない。
だがそれでよかったのだ。
魔女が
こういうときに尻込みしたり、億劫がったりしないからこそ、無知なままでも生き延びられてこれたとも言えるだろう。
ただ、輝かしい少女時代はもう終わり。
人は無知なままには生きられず、生き続けるほどに汚れていく。
「っ、え――? なに、これ……」
「そんな、これって――」
音が発せられたのは、ある廃工場の一角だった。
視界に映ったのは、目に見えて苦しむ誰か。
身体を震わせるその誰かは、おぞましい魔力を放出し、そして脱皮する
変態した芋虫が似つかぬ形になるように、
パッチワーク。あるいはフランケンシュタインの怪物。肥大化し、拡大した腕はつぎはぎの蜻蛉を模した。
四対の羽根はカッターの刃。頭部には、まるですげ替えたように山茶花の花が咲く。
というより、蜻蛉の脚がその誰かの腕なのだ。六つあるべきものが二つなんて、収まりが悪いとしかいいようがない。
思考は現実から遠ざかるように麻痺している。マトモに考えるべきじゃない、といいたいのか。
視界が揺れる。焦点が定まらない。人のカタチのもやが見えた。
『名前を――』
聞き覚えのあるフレーズ。こちらには気づいていない。
問うたのには怪物に対してか。変わり果てても人だと思ったのか。
返答なぞ。
『IFYOUFORGIVEMEPLEASEKILLME/WHYDONTWEBREAKOURSELVESTOGETHER』
まさか、返ってくるはずもあるまいに。
「っ、チサト!」
先に我に返ったのはハルカだった。
人として、先輩として善いものでなくてはという使命感。後悔から自身に課した義務。一つ違えば破滅のみのそれが、今回ばかりはいい方向に作用した。
飛んでくる衝撃波を、チサトもろとも押し倒すようにして回避する。
羽ばたきが生み出したソニックブーム。積まれていた廃材が瓦礫に混ざる。
ほんの少し前までは、
辺りには砂煙が舞い上がり、怪物のシルエットがうっすらと浮かび上がっている。
わけが分からないが、今は逃げるべきだ。
細切れのままつなぎ合わせた思考はそう叫ぶ。
「いったん下がりましょう! とにかくここから離れないと!」
「で、でも先輩! アレはなんですか!? なんで人から……魔法少女から魔女が!? というか、逃げるって、一体どこに!?」
「っ、どこかよ……! ここじゃないところ……ここにいちゃいけないわ……!」
ああ、自分は何を言っているんだろう?
普通じゃない。道理がない。
……でも、ああ、そうだ。そんなことは今更で。思えば当たり前なことだった、だって。
平穏を嗤うような破壊音。聞くに堪えない怪物の悲鳴。もしくは絶叫というべきか。
とんだ混沌、混迷だ。理性的なものにはここにはない。あるのはやけっぱちにぶちまけたペンキ缶。
魔女はシステムじみていた。特級なものは別として、あれらは結界を持っている。
『ウワサ』はそれこそシステムだ。
本来は
『FORGIVEMEKILLMELETMECONFESSSOMEONEMYSIN』
だがこれはなんだ。そんな聞き心地のいいものか。
アタマがない。方向性がない。赤ん坊にも劣っている。
当然。だってこれは、理性なんて持っていない。
なにせこの感情の持ち主は
直視なぞできるものか。すればたちまちココロは壊れてしまう。
だから、肥大化した
無秩序の具現になるのは、必然のことだった。
『――――!!』
『キリサキさん』がなにかを叫んでいる。まだ未練がましく、
名を問われても、ソレが返せるものは破壊だけだ。文字通りに空を裂く衝撃波。聞くものの胸を締め付けるような叫声。
そのうち『ウワサ』は姿を消した。そういえばここは自分のいるべき場所じゃない、と気づいたように。
残されたのは花蜻蛉。ただ暴れることしかできない、2メートル弱の怪物のみ。
幸いなのは、滅多に人が来ない廃工場にこいつが今は閉じ込められているということと、本体の力の脆弱さ故に比較的力は弱いこと。
まずいのは、これが羽根を持っているということ。もしここが破壊され尽くしたら、こいつはどこかへ飛んでいきかねない。しかも、強烈な衝撃波をまき散らしながら。
悪夢だ。魔女に満たない半端であり、しかもその中でも弱いこと、それがただの人を殺すのになんの支障がある?
破砕音、残響、金属音。
叫べ、砕け、飛べ、落ちろ。
刻々と進むタイムリミット。しかし破滅への導火線は今、
「いつまで、夢を見てるんですか……!」
当然のように断ち切られる。
斬撃吹き荒れる薄暗闇へと飛び込んできたのは、一人の魔法少女だった。
彼女はひとたび原因であるドッペルを視認すると、歯がみしながら加速する。
見るものによっては驚いたろうか。黒くふわふわとしたガウン、手元に構えた二つの巨大なチャクラム。その姿は梓みふゆに他ならない。
普段温和な彼女が、その顔に珍しく焦りといらだちをたたえている。その原因はまさしくその場にあった。
ただ破壊を続ける蜻蛉の怪物。その持ち主が我を失っていることは明白だ。今のそれは、ほとんど魔女と変わらない。
階段を駆け下りるのも煩わしい。気持ち程度に設置された転落防止のフェンスを、軽く跳び越えその先へ。
通過するソニックブームを身をひねって躱す。その仕草はまさしく熟練の技。素晴らしいほどに無駄がない。
続け頭上を跳躍。すれ違いざま、獲物である二振りのチャクラムを投擲した。
回転しながら風を滑走するそれらは、渦巻く気流の波、その合間すらも引き裂くように駆けていく。
目標となるは肉の狭間、羽根と身体の接合部。特定の何かに限らず、生物共通の弱点であるそこを、二つの刃は寸分違わず切断した。
ドッペルは所詮魔女モドキ。使う主によって制御されて初めて、戦闘での切り札としての性能を発揮する。
理性なく暴れるのみのこれが、魔法少女としてのベテラン、歴戦の魔女殺しと向かい合っては、もはや蹂躙されるほかに道はないのは必然だ。
『PAINFULTHANKSDEATHCOMESFORME』
左翼を失った怪物は墜落した。悲鳴ともなにともつかぬ声を上げながら。
残った右の二つを動かしても、悲しいかな、無様にも地をうごめくのみだ。
ただ悪夢にうなされるように、その下で蒼白な顔をさらすのみ。
見ていられない。
この顔は、まるで普段と変わらない。
ただ、笑っていないというだけだ。
……酷い話だ。夢でも救われないなんて。
「いつまで、夢を見てるんですか……!」
漏れ出た声は、本人すら信じられないほど震えていた。
やり場のない怒りか。それともひたすらの哀れみか。衝動のままに花の首を落とす。
ぼとんと落ちる山茶花の花。
さながら椿の花のようだ。山茶花は散るとき花弁を散らし、椿は花の姿のままに落ちて朽ちる。それはまるで、首を落とされた下手人のようだという。
余り物の肉風船もしぼんで消えた。
残ったのは一つの
「ホタルさん、分かりますか? みふゆです……ホタルさん?」
「っ、あ……。なんで……?」
「……良かった。意識はあるみたいですね。話は後で、今はここを離れましょう」
砂煙の中、軽く言葉を交わすと、みふゆは朝倉を背負って歩き出す。
少しして煙が晴れれば、もはやそこにはなにもなかった。
すべては夢幻、刹那の喧噪。魔法少女の存在を多くの人々が知らぬように、ここであったことも誰も分からぬまま、知らぬままに埋もれていく。
「……へえ。ここではああなるんだ。……ふふ、だったらやっぱり……ゲームの筋書きも相応に、柔軟に進めるべきだよね?」
……そんな誰かの呟きも。すべて、誰もが知らぬ夢と変わりはない。
「……ストップ。もう大丈夫だから……」
「なに言ってるんですか。初めてドッペルを出した際の疲労は相当でしょう? ワタシにも覚えがあります」
「そりゃあ、疲れてはいるけどさ……。『キリサキさん』の監視……投げ出すわけには……」
「今回ばかりは仕方ありません。灯花たちにはワタシから言っておきますから……ああもう、動かないでください!」
路地を抜けて、そのまま人通りの少ないところをみふゆは選んで歩いていた。
変に騒がれても面倒なことになる。おぶっている朝倉は、ドッペルを出した事の疲労や負担もさることながら、大なり小なりのやけどが体中にあり、出血もし続けている。
魔法少女である以上、死に至ることはないが人に見られるわけにもいかないような有様だ。
……いやむしろ、騒ぎにして救急車なりで運んでもらった方がいいのかもしれない。
自分がどういう状態なのか、いやでも分からされるというものだろう……などとも考える。
少し逡巡した後、いやいやと首を振って頭の中からそんな考えを追い出した。
そんなことになると、自分も彼女もマトモに外を歩けなくなりかねない。もしくは、神浜に新たな怪談話が増えることになる。
尾ひれがついて死体を運ぶ女扱いでもされたら、それこそ立ち直れなくなるだろう。
それからしばらくすると、諦めたのか朝倉はなんの抵抗もしなくなった。
初めこそ文字通りにじたばたしたり、それらしい理屈をこねて説得しようと試みていたりしたが、一切無駄だと悟ったらしい。
沈黙が流れる。しみ出した血液の感触にも慣れてきた。結局は雨の日の靴の濡れるのと同じなのだ。最初こそ気になるが、家に着く頃にはいつの間にか慣れている。
だらだらとあふれるほどでないのは幸いだ。血痕から殺人事件と誤解されても困るのだし。
日はまだ沈みはじめてもいなかった。
まだ日は長い。空があかね色になるには、今からでも数時間は要するだろう。
「……そういえばさ」
朝倉が口を開く。もぞもぞと動く身体にはいまだ力が戻っていない。気をそらしているうちに逃げようという魂胆では無さそうだ。
「なんでしょう」
「いや、さ。なんで分かったのかなーって。他に羽根と行動してたわけでもないのに、不思議だなって」
その問いに対し、ああ、とみふゆは言われてみればというような反応をして、こう返した。
「ホタルさんについてもらえる羽根こそ見つかりませんでしたが、自分のいる近くで異変があれば知らせてもらえるくらいは頼めましたから。マギウスの翼の規模はご存じでしょう? ウワサの警護に当たる羽根、魔女を探しに巡回する羽根……それはもうたくさんいますから、結界でもない場所で戦闘が起これば気づきますよ」
「……そう来たか。サボったりしないで良かったよ、ほんと。すぐバレてただろうし」
「サボる気だったんですか?」
「まさか。今でも戻りたくて戻りたくてうずうずしてるくらいだよ」
その言葉に嘘はない。今こそ諦めているものの、手を離したが最後、魔法を使ってでも彼女は戻っていくだろう。
『瞬間移動』はそういう魔法だ。使用者の状態にかかわらず、距離をなくして消えていく。
「そこまで執着するのは、また
「……それは『キリサキさん』がスズネちゃんを元にしてるからって事かな?」
「とぼけなくても結構です。彼女と交戦していたことは一目瞭然でした」
「……はあ。そっかあ、一度見られてるもんねえ……」
体中のやけどを見ながら朝倉はより一層脱力した。
なるほど、ここまでの炎の使い手なんてそういない。それで見分けられてしまったのは、はたして誇っていいのかどうなのか。
「……そうだねぇ、半分はそうで半分は別の理由かな。神浜でできた知り合いを取り込ませたから、そこから逃げたくないって言うのもあるんだよね」
「……それは。ドッペルを出すことになったのも、それが尾を引いたのでしょうね」
「かも、ね……。残りの半分は言うとおり、スズネちゃんの事だよ。あの子が『キリサキさん』に取り込まれたのを目の前で見たから」
言葉は酷く弱々しい。
以前の独白を思い出す。あの夜も、スズネと激突した後のことだった。
「……おかしな話だよね。一度『キリサキさん』に知り合いを襲わせるようなこともして、後には引けないって覚悟もしてたのにさ。それがスズネちゃんになっただけで、頭が真っ白になって変になった」
「……ワタシはそうは思いませんよ。誰だって大切なもの、特別なものがあります。頭で分かっていても、どうにもならないことはあるでしょう」
「だと、いいんだけど。情けないな、わたし……」
静かに、二人の呼吸だけが響いている。
他に人はいない。鳥の声も、虫のさざめきも、ここにはまるで存在しない。
「……魔法少女の救済は、絶対に成し遂げなくちゃいけない。でも、今みたいに手を汚すのは、わたしだけでいい。辛いことだから……だから、本当は、こんなザマでいられないのに」
「……」
かぼそい独白に、みふゆはなにも返さない。
彼女をここに引きずりこんだのは、他ならぬ自分だったから。こうして苦しみを抱える遠因になってしまったのだから。
せめて、なにも言わないのが礼儀だと思ったのだ。
知らない街を走る。
「はぁ、はぁ、は……!!」
自分が今どこにいるのか、まるで分からない。
こんなことは初めてだった。予定のない、なにも思考を挟まない彷徨。
自分が自分でないようだ。アイデンティティが砕けていく。無残極まる退化の過程。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
空回る。空回る。
パニックになった脳みそが、酸欠でどんどん機能を落としていく。
もはや人でなくなったようだ。走るだけの獣になれたら、どんなに楽であったろう。
「は、は、は……」
ショートした。倒れ込んだ。
今の今まで走り続けた身体は、一度足を止めた途端にびくりとも動かなくなった。
横を見る。そこにはまた別の影。
自分だけがおかしかったんじゃないと思えて安心する。
でも、そのことは今見たことが非現実でないという証明でもあった。
「は、は――、魔法少女が、魔女に――?」
漏れ出た言葉はしゃがれていて、自分のモノじゃないようだ。
いや、そもそも自分で言ったのか、隣から聞こえたモノなのかも分からない。
分からない、分からない。
なにが起きていたのか、なにが起こったのか、なにが正しくてなにが間違っているのか。
いや、嘘だ。分かっている。
ただ、信じたくない光景だったから理解を拒もうとしているだけ。
いつものように、目でキュゥべえを探す。そうすれば普通、どこからともなく姿を現すはずのそいつは、どうしてか今は現れない。
神浜にキュゥべえはいない、入れない。原因はそれだったが、彼女たちにそのことを知る由もなく。目の前に現れないという事実は、非情な裏切りの証左であるように思われた。
たどり着いた先は、何の変哲もない公園だった。小さな子供たちが滑り台にのぼって遊んでいる。
安全な場所もなにもない。ただがむしゃらに走った結果でしかないのは明白だ。
なんて滑稽なんだろう。必死に張ったメッキが、ぽろぽろ剥がれていく音がした。結局のところ、逃げ出したのは自分のためだ。受け入れがたい現実から逃げたかっただけだった。
……奏遙香が魔法少女になったのは、ほんの小さな子供の出来心によるものだった。
ひどく優秀な姉がいた。誰からも期待されて、愛される。
……ひどく惨めだった。誰も
完璧という言葉がふさわしい。少なくとも、そのとき自分はそう思っていて、いつも嫉妬や憎悪を抱えていた。
浅はかだった。子供だった。だから私は、願う奇跡を間違えた。
――お姉ちゃんを消して欲しい
今でもあの時のことは、鮮明すぎるくらいに思い出せる。
ほんの出来心だった。願いを叶えるなんて、できるはずが無いと思っていて。
だから、ほんの少し不満をぶつけるだけのつもりだった。きっと誰かに聞いてもらいたかっただけだった。
口にした言葉はあまりに残酷で、出来心から発したものでも、直接言ったものでなくても言ってはならないことで。
その日の夜、酷い後悔に襲われた。
謝りたかった。
たとえお姉ちゃんが何のことか分からなくても、それでも、これまでのこと全部を……。
あやまり、たかった。
でも、あやまれなかった。
今でも鮮明すぎるくらいに思い出せる。
綺麗なリビング、いつも通りの両親、晴れやかな空。
そして、いなくなった姉。
姉の座っていたイスがない。姉の活けた花がない。姉の描いた絵画がない。
ない、ない、ない、いない――。
お姉ちゃんは……? と私は言った。
それに、両親は。
アナタにお姉ちゃんなんていないのに、と言ったのだ。
確かに願いは、叶っていた。なんて重い罪。
だから私は、せめて。贖罪として、お姉ちゃんの代わりになろうとして。そして――
そして、今。土台無理だったのだと思い知った。
あの時私が背負ったのは、いずれ魔女へ墜ちるという運命だった。姉の代わりになって贖罪するなんて、本当におかしな話だった。
だって、いずれ人を食らう怪物になるんだから。
気づいていないだけで大好きだった、大事で自慢の姉を失って。そうして得たモノの、なんておぞましいことか。
何が何だか分からなかった。
ただ、自分の信じていた世界が崩れていくような気だけがしていた。
目の前で起きたことがただ信じられなくて、私はそれをただ見ているだけだった。
あの時助けられなかったら今頃自分はどうなっていただろう? 瓦礫の下で眠っていたか、怪物に殺されていたか。
どうあれ自分は何も出来なかった。
……詩音千里が魔法少女になったのは、苦しみに耐えられなくなったからだった。
父親はかつて絵本作家だった。
若い頃の彼は希望に満ち、子供たちに夢を与える話を書くのだと夢を持って、それへ向かってひたすらに邁進していた。
世間からは独自の作風で注目され、その夢は叶っているように見えた。
でも、夢だけじゃ生きていけないのだと。いつだったか、私はそれを痛感した。
父の作品が注目されたのは、ただ目新しいからにすぎなかった。だから、時が経てば次第に周囲の興味は薄れていった。
新作を出す。そのたびに出版される部数は減っていく。かつて父を称えて取り巻いていた人たちはどんどん姿を消していく。
最後には。父の本を出版してくれるところはどこにもなくなった。
それがどれだけ辛いことだったのか。
……父は変わってしまった。
彼は次第に酒に溺れていき、毎日毎日母に当たり散らすようになった。
母はそれでも必死に耐えて、父を信じて一人で、家計を支えるために働いた。
でも。そんな環境で身体が持つわけがない。
やがて身体を壊して、そのままあっさり死んでしまった。
やつあたりの矛先を失った父が、それをどこへ向けたのか。それは言うまでもないことだろう。
私はずっと我慢して、我慢して……そしてついに耐えられなくなった。
そんな時だ。キュゥべえが現れたのは。
――父さんを優しくて立派な、理想の父親に更生させてほしい。
願いは叶えられた。
私は魔法少女になって、絵本の登場人物になったみたいに人知れず魔女と戦うようになり。
父は誰が見ても非の打ち所のない、理想の父親になった。
……それでも。
絵本を描く事の無くなった父を見ていると、いつも罪悪感にさいなまれた。
どんなに酷い人だって、それを無理矢理変えてしまうのは正しいことなのか……?
自分は、我が身かわいさにその思いを踏みにじったんじゃないか……?
いつか、そのことをアリサへこぼしたことがある。ひょっとしたら、酷いヤツだ、って言ってほしかったのかもしれない。
――そんなことない。だってチサトは何も悪くないじゃない。
でも、返ってきたのはそんな言葉だった。
……どんなに嬉しかっただろう。いまでもあの時のことは鮮明に思い出せる。抱えてきたものを許してもらったような気がした。
……でも。その結果がいずれ魔女になってしまうという運命を背負う事だったなんて。
父を無理に変えた、その対価。
……自分だけじゃない。ハルカ先輩も、マツリも、自分を救ってくれたアリサも、みんな――。
「……そんな、ことって……」
二つの口から、同じ言葉が漏れ出した。
失意の籠もった心よりの嘆き。魔法少女の運命への、決定的な失望であり絶望。
――だが、ああ!
ここは神浜市、魔法少女が背負った運命より解放される理想郷!
「――もし。突然のことで不躾とは存じるでございますが……。あなた方は『ドッペル』を目撃した魔法少女……でございますか?」
だから、そう。
その言葉は、その誘惑は必然で。
罪をあがなうため/救われた恩を返すため。
差し出された手を取るのは。
これもまた、自然な事だった。
神浜市の空は今は茜色に染まっていた。
いまだ空に雲は無く、空気はからりと乾いていて過ごしやすい。
潮風はかすかに吹き続け、景色の綺麗なことで有名な岬は、がやがやと人々の笑い声や歓声で賑わっている。
「……ほら。食べなさいよ」
「アリサ……」
「たい焼き、食べたかったんでしょ? 前アタシたちが来た店は休みだったけど、代わりにいい感じのイベントやっててよかったじゃない」
「そう、だけど……」
その賑わいから外れて、ふたりの少女が立っている。
手にはたい焼き。眼下で催されている『たい焼き釣り』なるイベントの景品だった。
だが、たい焼きはだんだん冷えていく一方で、一向に食べられる様子はない。
ほかほかの生地が、べちゃりとしたものに変わりきった頃、ようやくふたりの間の静寂は姿を隠した。
「……チサトたち、大丈夫かな」
「……大丈夫って、何がよ」
「だって、連絡つかないままだし……。何かあったんじゃないかなって」
「……大丈夫に決まってんでしょ。チサトは強いし、ハルカだっているんだし。あの『キリサキさん』ってヤツだって、アタシ達でぶっ倒せたじゃない」
「……だよね。大丈夫だよね」
そう言いながらマツリは顔を曇らせる。
嫌な感じがしていた。チサトとハルカのことも、『キリサキさん』のことも。
『キリサキさん』は魔女のような、そうでないような謎の怪物だった。
路地裏で襲われた後、アリサがひどく弱気になってしまったり、現地の魔法少女たちと一緒に事件を追いかけたり。
紆余曲折の末、どうにか事態は解決した。今ではアリサも、元通り――元気はないけど――だ。だけど。
何か忘れているような気がする。なのに、それがなんだったのか思い出せない。
それだけじゃない。一緒に事件を追っていたチサトとハルカは姿を消してしまった。
今まで探しに探したけれど、どこにいるのかさっぱり分からない。
「……帰るわよ。どうせ、スマホの充電が切れたとか、そういう理由に決まってるんだから」
アリサがそう言って踵を返す。
早足で進んでいくのを、慌てて駆け足で追いかける。
きっとなんでもないんだと、そう二人で互いに言い聞かせながら。
……だけど、次の日。二人の靴箱は空のままだった。
目を覚ます。裏路地は夜、すでに日は沈みきり、街灯やビルの明かりが夜の空を照らしている。
中途半端に照らされた闇は、白まじりの黒。時刻ははたして何時だろう。明かりの具合からして、日はまだ変わっていないだろうけれど。
「……っ」
頭痛と目眩を振り切って歩き出す。記憶が安定しない。今まで何をしていたのか、なぜここで気を失っていたのか、手繰るべき記憶の糸はどこかで切られたように不鮮明。
脳裏によぎる記憶。電車に乗って、そのうちホタルを見つけて、交戦して、そして……。
「……どう、したんだったかしら」
一度は確実に追い詰めたのだ。だが、思わぬ反撃をもらってしまった。そのまま混乱した頭はぐるぐると動かないまま、ただ攻撃を防ぐだけに留まって、そして。……そして。
そしてどうしたのだったか。分からない。なにか見たくないものを見た気もするし、なぜだか眠ってしまったような気もする。
頭はいまだ夢心地。今も感じる身体のけだるさはホタルとの戦いのせいなのか、長く倒れていたせいなのか、それとも別のなにかをしていたからだったのか。
懐かしい出会いがあった気がする。
明白な敵がいた気がする。
思わぬ仲間がいた気がする。
……でも、全部不透明だ。豪雨にでも降られたよう。泥の浮いた水たまりのように、何もかもがはっきりしない。
「……とにかく、今は帰らないと」
身体を引きずるように駅へと向かう。制服は泥で汚れている。
居候先の人たちには無用な心配をさせてしまうかもしれない。今のうちに、うまい言い訳を考えないと、なんて風に頭が滑る。
「……それでさ、その『キリサキさん』っていうの? マジでいるのかな」
「ちょ、やめろよ……。マジでいたらお前のせいだからな! 近道だからって、オレがビビりなの分かってるだろぉ……」
二人の青年とすれ違う。
そのことならもう心配しなくていいのよ、と。そう頭によぎってから、何故だろうと首をかしげた。
そんな噂、自分は初めて聞いたのに。
○ ○ ○ ○ ○
やらかしたRTA、はぁじまるよー。
……始めなきゃダメ?
今回はホタルちゃんがドッペルを発現させやがったところからですね。
ほんま……ほんま……。対人でドッペルはダメだって……。
人相手でも別に使ってもよくね? とお思いの方もいると思いますが、ドッペルは初めて出した際は結構な確率で制御不能状態が続きます。
穢れの結晶、本来であれば魔女になってるところをどうにか生き延びさせてるようなものですからね。よっぽど精神力が強いか、慣れてないと制御は難しいのです。
……まあ、今出てきた『
ああああ、もうやだあああ!!
……えーとですね、まずこのドッペルは『一体化型』と呼ばれるタイプです。
このタイプは宿主の身体と密接にくっついていたり、そもそも身体の一部が変化するもので、ベテランというか、年齢の高い魔法少女に多いものです。
『悔悟』は両腕が変化して生えるので、このタイプ。やちよさんの『モギリ』とかよりは非一体化型っぽいですが。中間くらいっていうのが一番正しいかもですね。
一体化型はそうでないものより、本体にダメージがフィードバックしやすく、使い勝手で劣ります。まあそれは初めから、このチャートで走る以上想定はしていたのですが。
問題は制御が半永続的に利かない事です。これは宿主、つまりホタルちゃんがメンタル的に欠陥を抱えているせいです。
ドッペルは自身の心の影。この子はそれに向き合ってないので、制御が完全にできません。雑魚がよ……。
キャラの経歴次第だとこういうことがあるんですよねぇ……。魔力少ないのって単純にメンタル弱いからじゃないの?
もともと大して使う気は無かったですが、それでも奥の手が一つ消えたようなものなので地味にキツい。
しかも『キリサキさん』が何故か路地裏から出てきたのも謎。
『ウワサ』はその性質に則った行動しか基本できないはずなので、普通ではこうはならないんです。
理由は……予想はできるけど……。
うん、まあきっと『ウワサ』のバグでしょうそうでしょうそうであってくれ。
ほんと……これ以上ガバやロスを増やさないでくれ……。
真面目な話、今のうちに『原因』の対策を考えとかないと、最後の最後でぐっちゃぐちゃになりかねないので、走りながら必死で頭を回しております。
その話はまたおいおいやるとして、今はこの昆虫怪獣アサクラホタルをなんとかしてもらわないといけないですね。どうしよっか。
このままだと、夏希ちゃんがコレを目撃してしまうことでさらなるガバを引き起こしかねません。
『キリサキさん』は諦めて帰ってくれたみたいですが、どうしようかなコレ。制御不能なので、自分で引っ込めることもできないんですよ。
このままだと工場ぶっ壊してフライハイした挙げ句、市内の魔法少女全体へのドッペルの
そうなるとどうなる? 知らんのか RTAが終わる。
マギウスの翼と反マギウス、最強の魔法少女決戦!(半ギレ)とか洒落にならないんだよなあ。
いずれ起こるにせよ、今起きるのはいろいろ戦力バランスとか的にアカンのじゃい。
あとついでにレイドボスみたいな感じでリンチされます。レイドボスにしてはステが貧相すぎですけどねあはは。これマジ? 経歴に対してステータスが貧弱すぎるだろ……。
一応既にマギウスの翼に所属していてドッペルについても知っているので、知らない状況で出した場合のように、調整屋に行ってチュートリアルを受けることは避けられます。
通常ルートに対してのアドバンテージになりますね。
だから誰か来てくれー! スズネでもいいからこのドッペル倒してくれ!
スズネもう取り込まれてたわ(絶望)。しゃーない、前のセーブポイントまでリセットしますか……。
「いつまで、夢を見てるんですか……!」
へぇっ!?(ボタン触ってた)
みふゆさん!? みふゆさんなんで!?
そんな……ホタルちゃんは今ぼっちだったから誰も救援には来ないはず……。
……あ、多分信頼度ガバってますね(確信)。
フェントホープで会話イベント多く起きてるなあとは思ってましたが、試走以上に上がってるみたいです。
いろんなガバがありすぎてほんと、ダブル☆オドロキですね。
まあ結果リセしなくて良さそうだし、ガバの功名ということで一つ……。
みふゆさんならマギウスの翼なので上でもそんな問題ないですし……。
……うーん、さすがみふゆさん。瞬く間にドッペルをズンバラリ。
『悔悟のドッペル』はあっという間にネギトロめいた有様に。このチャクラム、実質スリケンなのでは?
あ、似た状況になったらホタルちゃんは無理です。火力足らないので。
倒すなら本体殴らないとね。
というわけで倒されたので意識暗転、無事配送。フェントホープへ出荷よー。
さて、ここで意識が完全に消えるまでに前から仕込んでいた、被害者の名前を書いたメモを落としておきます。
さもないと全員救出できない可能性があったからね、仕方ないね。あとは見つけてもらうのを祈りましょう。
というわけで、もう何も出来ないので今回はここまでです。ご視聴ありがとうございました。
Archive
○みふゆさん
ネタ要素だけがみふゆさんじゃないぜ!
弱体化してても本調子なら魔女やドッペルくらいひとひねり。
○キリサキさん
ナレ死。
裏で通常ルートの戦力に加えて、まさらやこころなどの中央学園戦力が入ってた。
尺がなかった。
○奏遙香
ホオヅキ市のマミさん枠(?)。
スキルの全体魅了が極悪。与太ですら姉の幻覚を見る。
○詩音千里
ホオヅキ市のスーパーポリス。よく服装を擦られる。
ガチャで違反行為を働く人を監獄送りにしちゃうともっぱらのウワサ。
○ゲームマスター
おっと、今はまだ内緒。クライマックスにはまだ早いし。
せっかく面白そうなことになってるんだから、ね?
○ドッペル
制御不能。出力も大体の魔女以下。
ついでに身体が癒着してる感じに中途半端に一体化してるので、
ドッペルゾンビとかもできない。これでどうやって戦えばいいんだ……。
○名前のメモ
ドロップアイテム。
かつての恩人との思い出の残滓。
忘れじの罪の習慣、その名残。