~古明地さとり~
今のところ私の立てた計画は順調に進んでいる。やはり奴らの頭を傀儡にしたのは正解だった。おかげで思っていたより早くに地上行きを阻止することができた。これで紫さんからのお咎めも無しで一安心である。そもそも地底の問題が全て私の管理不足という事になってしまうのは納得できない。この広い地底を全て管理し尽くせ、とでも言うのだろうか。いくら何でも無謀だろう。
とにかく計画通りに事は進んでいるし設置した目安箱にも意見が入るようになってきた。もうすぐ傀儡の彼女が持って帰って来てくれるはずだ。名前でも付けてあげた方が良いのだろうか。うーむ…"
因みに即断だったが完全に適当に決めたわけではない。戒は勿論傀から来ている。『傀』には大きい、立派な、や物の怪、あやしい、そして操り人形などの意味がある。ここには気味の悪い立派な操り人形になってほしいという願いが込めてある。あとは漢字一文字であること。よろずの妖を率い、地底の住人を戒める楔となる操り人形であれ。地底の改革は私ではなく彼女が鍵を握っているのだ。
「さとり様、本日もたくさんの要望が住民から出ているようです。私も手伝いますが半分は読んでもらえないでしょうか」
「ありがとう。貴方はまだ生まれて間もないものね。半分は読むわ」
生まれてすぐでもこのくらいできていれば上出来ではないだろうか。流石に藍さんと比べると性能はひどいもののように思えるが、私の仕事はかなり楽になったと言える。お燐も少し自分の時間が増えたと喜んでいたし。
しかしお燐は自分の時間をどう使っているのだろうか。死体運びはあくまでも彼女の趣味であるが仕事の一つでもある。となると怨霊たちと話でもしているのかもしれない。思いを読んで一方的に話す私とは違いお燐は怨霊と一緒に会話できるから。
話すことと会話することは似ているようで全く異なるものだ。私も普段はできる限り会話しようとしているが、やはり緊急の用事の時や霊魂などの言葉を話せない者が相手の時は話す事になる。勿論会話するときも話すときも能力は使っている。そうでもしないと騙された時に困るからだ。
妖怪の精神は脆い。人間に少し騙されただけでも鬼は地上を捨ててしまった。私も騙されることを非常に恐れている。長く生きるほど強くなるが慎重にもなってくる。大胆な行動がとれるのは若いうちだけだ。精々に五百年が良いところか。
「さとり様、こんな意見が出ていますが。どう対処すればよいでしょうか」
『旧都にでかい賭博場を作ってほしい。毎日酒を飲むのも良いが流石に他の事もしたい』
お世辞にも綺麗な字であるとは言えない。というかむしろ汚いと思うが読み書きができる程度の学はあるらしい。そして内容を見るにこれを書いたのは鬼の誰かだろう。勇儀や萃香なら直接言いに来るだろうから除外。そもそも彼女らはもう少し字が綺麗だったはずだ。
「ふむ、賭博場ね。確かにまだ無かったわね。良いでしょう、一つ大きなものを作っておきましょうか。建築は鬼や土蜘蛛に任せておけば大丈夫でしょう。早速勇儀たちに知らせに行ってくれる?」
「わかりました、さとり様。では行ってきます」「あぁ、ちょっと待ってくれる?」
少し不思議そうな、というか実際に不思議に思っている戒。この名前を彼女に与えなければならない。本来契約とは両者の名があってこそ。それを今まで放置していたのだから少し申し訳ない。
「貴方の名前、決めておいたわ。これから貴方の名前は万頭狼戒。万に頭に狼で万頭狼。戒めの一文字で戒、よ。これからよろしく頼むわね」
「素晴らしい名前、ありがとうございます。これからも私にできることでしたら何なりとお申し付けください」
どうやら不満はないみたいだ。そもそも式神が主人を不満に思う事がおかしいのだから当り前といえば当たり前だ。「気を付けて行ってらっしゃい」
古明地の姓は与えない。これは私とこいしを繋ぐただ一つの絆だ。だからたとえ家族であっても火焔猫、霊烏路と違う姓をつけてきた。今思えばかなり安直な名前の付け方をしてしまったかもしれない。猫だから火焔猫、鴉だから霊烏路、そして狼だから万頭狼。とにかく姓は三、名は一で考えるとどうしても直接的な名前に縛られてしまう呪いにでもかかっているのだろうか。
万物は名によって成り立つ。だから名を与えれば多少なりとも物の格は上がる。それは妖怪や人間でも同じだ。名もなき妖怪の中は生まれてもすぐに消えてしまう者がいるという。戒が今まで生きてこられたのは頭、とあがめられてきたからだろうか。
名前を付けてしまえば愛着がわいてしまう。私はもう彼女を酷使できないようになってしまった。家族、というくくりに入れてしまった以上もはやお燐たちと同等なのだ。ただし同じ家族でもこいしは別格。ほとんど帰ってくることがなくても彼女だけは他と比べられないのだ。血は繋がっていないかもしれないが苦労を共にしてきたのだから。
コンコンコンッ
扉をたたく音がする。帰って来たお燐かお空か戒か。はたまたわざわざ地霊殿を訪ねてきたもの好きか。「どうぞ」私にとってはどれでも構わない。面倒ごとでないのなら。
「失礼するわ。お久しぶりね、さとり」
「えぇ、お久しぶりです水橋さん。今日は…………特にこれといって用があったわけではないようですね。わざわざ私と話すためにここまで来てくれた、と。ありがとうございます。私はもう当分この屋敷から出られないでしょうから貴方のような妖怪はとてもありがたいですよ」
本当に。どうやら彼女は私の事をとても強いとは思っていないようだし、そう言う意味でも助かっている。この間は勇儀が来たが彼女は私を強いと思っているので少々困るのだ。良い妖怪であるのは確かだけど。しかしいい加減パルスィと呼んでくれ、か。水橋さんには恩もあるから親しげに呼びづらいのだ。彼女の事はかなり気に入っているのだが。
~水橋パルスィ~
地霊殿に行くのも随分と久しぶりだ。さとりが表舞台から身を引いてからはまだ一度も行ってなかった。彼女の式神も最近は仕事に慣れてきたようで、さとりの手伝いもよくするようになっているらしい。前に行ったらしい勇儀に聞いたことだ。いつも通り酒宴で。
鬼は四六時中酒ばかり飲んでいるが他にすることは無いのだろうか。何かあれば酔った鬼たちに変に絡まれなくても済むのだが。あいつらは酔いつぶれることがほとんどないくせに、酔いつぶれたら酔いつぶれたで今度は何があっても起きなくなってしまう。本当に厄介な連中だ。
そうはいっても私自身も嫉妬の鬼。自分の事を棚に上げて彼らを批判するのもお門違いだろう。
「おや、もしや水橋様ですか?さとり様なら自室にいらっしゃいますよ」
「貴方はさとりの式神になった子ね」
地霊殿前で遭遇。対面するのは初対面でも相手の顔を見て名が出てくるとは。さとりが教えたのか勇儀が教えたのか。優秀な式神を憑かせるには使役者にもそれ相応の力が必要だ。なんとも妬ましい。理不尽な嫉妬ではあるけれど。
「はい。万頭狼戒という名をさとり様から頂きました」
なるほど、道理で以前より強くなっている気がした訳だ。それにしても狼の妖怪だから万頭狼って。名前の付け方で誰が付けたかはわかるものみたいだ。彼女も薄々感じているのだろうが。
それにしても大勢の前で演説している妖怪とこの子が同じようには到底見えない。大勢の前で話すときは皆呼び捨てにしているし言葉も荒い。それはあくまでもさとりがさせている昔の彼女の演技なのだろう。恐らく今の本当の彼女はこちらである。
「貴方によく合っているわ。良かったわね」「はい」
どうやら彼女は急ぎのようなので私は一人でさとりの部屋まで向かう。相変わらずこの屋敷は広い。始めてきた妖怪なら確実に迷う。
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「えぇ、お久しぶりです水橋さん。―――――」
まだか。まだ私は水橋さんと呼ばれている。彼女も心が読めるのなら私の思っていることくらい手に取るようにわかるはずなのに。もしかして私が来ているのは迷惑なのか?それならそうとはっきり言ってほしいものだが。
「いえ、そう言うわけではないのです。先ほども言ったでしょう?貴方のように私に会いに来てくれる方はとてもありがたいのです。そうですね…私が貴女を水橋さんと呼んでいるのは貴女に敬意を払いたいからなのです。ほら、昔貴方は私を助けてくれましたよね?」
昔…か。付き合い自体はその前からあったが今の関係になった決定的な原因はあれだっただろう。だが私はそれほど正義があったわけでもない。あの場にいたら私でなくても取るだろう行動を無意識のうちに取っていただけだ。それにあれはもう三百年以上も昔の話。そんなことはもう気にしなくても良いだろうに。それに私に敬意を表すのなら私の願いくらい聞き入れなさいよ。
「確かに…………その通りなのかもしれません。わかりましたよ、パルスィさん。……………パルスィ」
そう、それで良いのだ。…………あれ?もしかしてさとり照れてる?
「そっそそそんなわけ無いでしょう!たかが友人の名を呼ぶだけで照れるなんてありえないですっ!見ないでくださいね!」
あらら。これは完全に照れてしまっているようだ。見た目だけは子供っぽいのに顔を隠す仕草が妙に絵になっている。いつものお得意の冷静さも今は何処かへ行ってしまっているようだ。さとりが人間であったならば大抵の男はこれだけで落とせるのではないだろうか。「!?」
あ。さとりには心の声も聞こえているのを忘れていた。普段冷静沈着な彼女がこうも取り乱すからなかなか珍しくて面白かっただけなのだ。今日も話の種になるようなものは持って来たからそれで機嫌を直してほしいのだが。
「…………はぁ、仕方ありませんね。次からこういう事は控えてくださいね。でないと私の精神がもちません」
それは拙い。もしそうなれば地底はお終いだ。いくら優秀な
「まったく。素直じゃないですね、貴方も、私も。いえこれは地底の妖怪全てに言えることでしょうかね。皆が素直ならばもう少し楽になるのですけどね」
それは無理だ。鬼でさえ自分の心に嘘を吐くことがある。他の妖怪なんて尚更だ。素直な人間だって表面だけだ。内側は嫉妬に狂っている者も少なくない。さとりもそれは知っているだろう。楽な統治など決してない。素直な妖怪など絶対にいない。だから権力者は毎日が忙しいのだ。いくら力を持っていてもそこが変わることは無い。
さとり様がここまで感情を出すことはもうないかもしれない。激レアです
戒は本当に適当に考えました。私が考えた方法を本文でさとり様に語ってもらいました。これから先そこそこ出てきそうな人物の名前を適当に考えていいものなのか、と思いますが初めはそのまま"
基本的に名字は飾りのようなものです。覚えていてほしいのは名の方。だから特殊な読み方はさせていません。残念なのはお戒と言うと違和感バリバリな事
戒を女性にしたのは小説に原作キャラ以外の男性を混ぜたくなかったからです。種族も動物由来なら何でも良かっただけです
また次回も読んでいただければ幸いです