~古明地さとり~
こいしは相変わらず翌朝にはどこかに行ってしまっていたが、たまに帰って来てくれるのは私としてもありがたい。彼女の無事が確信できるのはその時しかないからだ。お燐は残念そうにしているが毎度の事なので放っておくのが良いだろう。こういう時の朝食は大抵お空が作ってくれるし。彼女は物覚えこそ良くないものの周りをよく見ている良い子である。
馬鹿な子ほどかわいいとは言う。お空は確かにそうだ。たまに入るおバカな発言や行動は可愛らしい。だがお燐を見ると賢くても可愛いものは可愛いのだと思う。結局可愛さに頭の良し悪しは関係ない。可愛い子はいくら賢くても可愛いし、可愛くない子はいくら馬鹿でも哀れにしか見えない。
愛着がわいてしまえば前まで敵であった戒でさえもお燐たち同様に可愛く見えてくるものだ。特にお空、お燐、戒の三人ともが動物状態に戻った時は至福の時間である。お燐を膝に乗せ、お空を方に乗せ、戒にもたれかかる。最高である。もふもふは偉大なり。
他に飼っている動物たちも呼び寄せれば私だけの楽園の完成である。毎日の仕事疲れはこれですぐに解決できそうな気さえする。実際にできていないから困っているのだが。
朝食が終われば今日の仕事だ。先ずは温泉を作るために鬼やらを雇わなければならない。昨日お燐を使いに出して伝えておいたからもうそろそろ来るだろう。約束の時間を破るような事はしないだろうし。
コンコンッ
扉を叩く音。えーっと、確か二回はお手洗いの扉を叩く時に使用するのだったか。
「入っていますよ」「え"?どういう事?まあとりあえず入るよ」
やはり来たのは勇儀だったか。それならこの部屋がお手洗いだったと勘違いしても仕方ない。普段は自室ではなく応接間で話しているし。
「おや、ここがお手洗いだと勘違いしているのだと思っていましたがその様子を見るに違ったようですね。、まあそこの椅子にでも腰かけてください」
そう言えばお燐が一緒にいる時点で迷った可能性は無かったか。とりあえず用意しておいたのは紫さんからもらった紅茶か緑茶。酒が飲みたいみたいだが生憎家に酒は無い。お燐たちも飲みたい時は旧都に出かけているし、そもそも私が酒を飲まないから置いていないのだ。
「温泉街を作る場所が決まりました。貴方たちの要望でしたし作る温泉の種類は自分たちで決めてもらっても構いません。一応建築費は出しておきます。維持費は知りませんが」
「この前の賭博場の再建といい今回といい建築はいつも私たちだねぇ。ま、さとりにはできないだろうし、一番適性があるのが私たち鬼と土蜘蛛なんだから仕方ないんだろうね。建築費さえ出してくれるのならやってあげるよ。それで、今回の監督役は誰なんだい?」
「(なんだ、私たちが意見箱に入れたのはお見通しだったのかい。まあ心でも読んだのかね)」
心を読まなくてもお見通しである。そもそも知人の筆跡くらいは覚えているのだから分かって当然なのだ。内容だけでもわかりそうなものだった気がするし。
「今回も前回同様戒に頼みますよ。彼女が監督役をすれば地底の妖怪たちからの印象も良くなりますからね。こちらの都合ばかり押し付けているので彼女には悪いですが」
私は絶対に出られないので、表で指揮を執っている彼女が行くしかないのだ。お燐たちはまた他の仕事があるし、彼女の分の仕事なら私が前までしていたようにすれば処理できる。
「えぇ、今はもう私の心強い味方ですからね。決して彼女に歯向かわないでくださいね。歯向かうなら私へお願いします。
ところでいつから工事は始められそうなんですか?…………ふむ。確かに個人の都合は大切ですね。要望は貴方たちの物ですから好きな時に作っていただいて構いませんよ。戒の都合はいつでもつけられるので。場所は………そうね、お燐。戒に伝えておいてくれるかしら。…ありがとう」
「じゃあ日程が決まり次第こっちに来るよ。またな」「あぁ、玄関まではお送りしましょう」
勇儀が『どうしたんだ?頭でも打ったのか?』と心でも顔でも伝えてくるのはいかがなものなのだろうか。たまにはそう言う気分になることもあって良いではないか。玄関までなら他人に会う心配もないし。正直者も時には失礼なものである。今更なので何も言わないが。
~水橋パルスィ~
最近のさとりは以前までとは別人であるかのように明るくなったような気がする。それは恐らく仕事の負担が減ったことや、表舞台から消えたことが原因としてあるのだろう。彼女はありとあらゆる面倒ごとを嫌うらしい。
彼女は後の面倒ごとを減らすために今の面倒ごとを解決することを好む。敵方の頭領を自らの式神として使役するようになったのもそのためであるようだ。初めは相手の頭を自分の側近にするなど明らかに面倒ごとが増えそうなものだと思っていたが、結局は今のように地底を上手く治めることができている。
私たち妖怪は長い生を持つ割に思考するのは目先の事ばかりである。先読みを上手くできるからこそ支配者として君臨できるのだろう。さとりも、八雲の妖怪も。そう言う意味でも地底の支配ができるのはさとりを置いて他にはいないのだ。私たちでは圧倒的に不十分。さとりの右腕として十分な経歴を持つお燐でも同様だ。
「そこの木材はそっち。この桶はあそこに配置してくれ。お、終わったのかい?星熊さん。悪いけどあっちを手伝ってもらってもいいかい?」
温泉街予定地。建築は鬼と土蜘蛛。監督は戒だ。ちなみに私はただの見学である。こう見れば戒もなかなか今の職が板についてきたようだ。今は支配者としての顔で指示を飛ばしている。普段会う時との違いが凄い。
普段は地霊殿で会う。その時にはさとりの部下としての戒なのでさとりの友人が相手なら誰に対しても様付けで呼んでいる。しかし今のように支配者としての戒ならば自分が頂点であることをさとりから叩き込まれているので、誰に対しても様は付けない。
ここできっちり顔を使い分けられるのがさとりの式神たる所以なのだろう。そしてそこが八雲の式神との違いでもある。戒と八雲の式神では他者から見た立場が大きく違うので仕方のない事だと思う。恐らくさとりが表でも支配者のままであったならば彼女も公私を使い分けなかっただろう。その場合には式神なんて使役する必要も無いのだが。
しかし流石は建築の得意な種族だ。旧都のわきから延びている一本道はもう湯屋で埋め尽くされてしまいそうだ。その一つ一つに温泉を湧かせているのだから労力も当然馬鹿にならないだろう。地面を殴って温泉を湧かすなんて見ていない。…相変わらず鬼の膂力は出鱈目である。
温泉を作る許可を得るなんてのは勇儀が言い出した案で、そこに私たちがのっかった事になる。勇儀から聞いた話によると私たちが書いたのはバレバレだったらしい。まあそれはそうだろう。勇儀たちはともかく私とヤマメとキスメは種族を隠そうともしなかったわけだし。
旧都にも順調に新しい建物が増えている。賭博場は昔、ここがまだ地獄であった頃にはあったらしいが、地獄の引っ越しと一緒に取り壊されていたらしい。その時いた鬼の大半は地獄に行ったらしいので仕方ないだろう。数人しかいない賭博場なんて何も面白くないだろうし。
そして最近妖怪の数も増え、目安箱なるものが設置されたことを機に賭博場の建設があったわけだ。書いた鬼は旧地獄になってから来たようで、単に娯楽が無い場所だと思っていたらしい。私もそう思っていたから昔は賭博場があったということをさとりに聞いたときはとても驚いたものだ。
「おい、パルスィも見てばかりいないで手伝ってくれよ。終わった後の宴会に呼んでやるからさ」
「いつも宴会ばかりしているのが何を言っているのかしらね。それに私は貴方たちのように力が強いわけでもないのよ。だから見ているだけしかできないわ」
橋姫に建築を求めるんじゃない。火車の方がまだ適性があるのではないだろうか。
「ははっ、それもそうだ。残念だったね、勇儀」
「ま、駄目元で頼んだだけから断られるのも承知の上さ。だが一番風呂は頂くよ」
別に一番風呂に特別なこだわりは無いので良いだろう。萃香は別の湯屋で一番を取りに行くらしい。同じ温泉で取り合うよりはいいだろう。店が崩壊する恐れも無いし。
今日中には完成しそうに無いので私は一足先に地霊殿で温泉に浸かってこようかな。毎日入りに行くのは流石に気が引けるが、たまに行くくらいならばあちらの方がゆっくりできるだろうし。
「あれ、もう帰るのかい?随分と早いね」
「まあね。少し用事ができたから。ではまたね」
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いつ来ても広い屋敷だ。私の家がいくつ入るのかさっぱりわからない。こんなに広い屋敷に住む必要はあるのだろうか。風呂も住人の数に対しては以上に大きいし。これらはさとりが威厳を示すために作らせたものなのだろうか。
「そう言うわけではありませんよ」
いきなり話しかけてこないでほしい。誰もいないと思っていたのに驚くじゃないか。
「それは申し訳ありません。それはさておきこの屋敷が広いのは私のせいではありませんよ。私はできるなら狭い部屋に住んでいたいものです。昔のように」
まあそうでしょうね。さとりはこういうのは苦手そうだし。ならどうしてこんなに広いのだろうか。
「勇儀たちと…………あとは閻魔様のせいですね。地底と怨霊の管理をするくらいなら、という事で与えられた土地がこの広さだったのです。そこに勇儀たちが張り切って屋敷を建てたものですからこんなに広くなってしまったのですよ。温泉の方も同様です。まああちらは広い方が動物たちも洗いやすいですし助かっているのですがね」
確かにさとりの飼っている動物たちの中には大きいのもいるものね。そうそう、今日は私も入りたいと思って来たのだけど大丈夫だったかしら。
「あぁえぇ、構いませんよ。基本的にいつでも開放していますからね。知り合いには、ですが。旧都の方の温泉もすぐに完成しそうではありますがね。どうぞゆっくりしていってください」
それは助かる。たまには広い風呂に浸かりたくなる。狭苦しい地底に住んでいるからだろうか。
「地底は貴女が思っているよりもはるかに広いですよ。何せ旧
そう言えば地獄の広さはほぼ無限だったか。あまり覚えていないが。それがあったと考えると確かに地底は広くて当然か。地底というくらいだから狭いものだと思い込んでいた。私もまだまだここの事を知らないようだ。
「?!…いえ、なんでもありません。そうですね…ここに住んでいるだけならば深く知っている必要はありませんよ。知りたいのなら私か、勇儀や萃香辺りに聞いても詳しく教えてくれるでしょう。では私は少し用ができたので失礼します。ごゆっくりしていってくださいね」
さとりの様子は気になるが気にしない方針で行こう。今は温泉だ。場所は…確かこっちの階段を下った先だったかな。
トイレのドアのノックは二回、友人などの部屋のドアなら三回、世界の基準は四回です。これを踏まえまして前々回のパルスィのノックは三回に変更しておきました。私の教養が足りなくて申し訳ないです
因みにこのプロトコールマナーはただのネタとして読んでいただければ。この時代にはありませんからね
また次回も読んでいただければ幸いです