~古明地さとり~
「…………紫さん、人が友人と話している時に現れないでほしいのですが」
パルスィの真後ろに現れた上に気配を殺していたからパルスィは気づいていなかったようだが、私から見れば真正面なので気配を殺すも何も無いのだ。
「あらあら、御免あそばせ。でも私が急以外で来たことがあったかしら?」
それは無いのだが(それも問題である)、来る時はきちんと見計らってほしいものだ。おかげでパルスィからは精神が不安定な妖怪という評価を頂いてしまった。最終的に私の日ごろの疲れのせいだろうと結論付けてくれたようなので助かったが。
「無いですがせめて部屋に直接ではなくて扉を一つ挟むとかですね。とにかくいい加減私を驚かせるのはやめてくださいよ」
「そう言えば今日は目に見えて驚いていたわね。いつもは口だけなのに。疲れが溜まっているんじゃないの?」
口だけじゃなくて心から驚いてるといつも言っているでしょうに。いつになったら信じてくれるのやら。それにしても紫さんにもパルスィにも同じことを思われるなんてどうしたのだろうか。気づいていないだけで本当は疲れが溜まっているのかもしれない。
「そんな気はしないのですが…でも案外そうなのかもしれませんね。パルスィもそう思っているようですし」
「パルスィ………あぁ、さっきの橋姫だったわね。丁度良いじゃない。貴方も一緒に温泉に浸からない?」
ふむ、確かに温泉は疲れをとるには丁度いいだろう。傷を治す効能以外にはどんなものがあったか全然覚えていない…「ってちょっと待ってください。貴方も入るつもりなんですか?」
私だけならまだしも今はパルスィも入っている。紫さんとパルスィは面識が無いからどう転ぶかが想像できない。
「ええそうだけど。あ、橋姫の事なら問題ないわよ。こう見えても私は社交的と言われるから」
まあそうでしょうね。会ったことも無い人の家を訪ねてきていきなり『怨霊の管理をしろ』だから。でも実際相談に乗ったりしているとそこまで社交的ではないように感じてしまう。自分の心を隠して話しているのが良い証拠。ああ見えて実は結構内向的だと思う。
「そうだと良いのですが。…………まあいいです。行きましょうか。一応お燐や戒が帰って来た時に困らないよう置手紙だけ書かせてください」
置手紙の内容は大したものではない。『少し早いですが温泉にいます。来たければ来ても構わないわよ。!注意!八雲紫さんが一緒にいますよ』っと。
「書けたかしら?それでは行きましょうか…………って何よこれ。最後の一文書く意味あったのかしら。本人の目の前で書くなんていい度胸してるわね」
おお怖い怖い。敵意のようなものは感じられないので攻撃されることは無いと信じたい。紫さんくらいになるとその敵意も上手く隠してくるようになるから嫌らしいのだが。
「必要な一文ですよ。あの子たちは見た目以上に繊細ですから」
一緒に温泉に浸かるくらいなら問題ないだろうが一応念のためだ。私でも彼女たちの気持ちを完全に理解することなど不可能なのだから。
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「なんで貴方たちが来たのよ。いや、さとりはまだわかるけど貴方は誰なの?」
「私八雲紫と申します。地上で賢者をやっている者ですわ」
パルスィの中で様々な考えが渦巻く。萃香たち伝いに紫さんの事は聞いていたらしい。あとついでに藍さんの事も。今は紫さんの顔と名前を一致させたようだが一番の疑問が残っている。
「紫さんが地底に来るのは有事の際だけではありませんよ。ただのお喋りから相談事まで用事は様々です。本日来ているのも恐らくたまたまでしょう」
たまに来ては話し相手にされる。仕事をしながらの受け答えなので私は大抵適当に返しているのだろうが。ただし相談に来た時だけは仕事の手を止めて話を聞くことになる。
紫さんから持ち掛けてくる相談は私にとっては規模が大きすぎて生返事では対処できないのだ。
仕事が滞ると言えどそこまで長時間話すわけでは無いので、いつもより少しだけ遅く仕事が終わる程度だ。精々睡眠時間が四半刻ほど短くなるくらい。それでも一日の睡眠時間の二割五分は削られているのだが。
「あら、今日は有事よ。話し合う前に少し身体を休めようと思っただけ。ここの温泉は他の温泉よりも『心』を休めることができるみたいだし」
私が一緒にいれば心は休まらないのだろうが。しかし今まで数え切れぬほど入ってきたがそんな効果まであったとは知らなかった。"温泉に浸かれば心休まる"と言うのはよく聞くが、ここの温泉と他の温泉で違いがあるなんて思いもしなかった。
「まあなんでもいいわ。どうせもうそろそろ出るつもりでいたし。じゃあありがとうね、さとり。また来るわ」 「はい。いつでもお越しくださいね」
紫さんが入って来たから、というわけでもなく本当にそろそろ出るつもりだったらしい。地上の賢者と聞いて嫉妬があふれていたが何とか抑え込んだみたいだ。確かにいくら紫さんに嫉妬してもきっと柳に風と受け流されてしまうだけだろう。
地上の光も巡る風ももう遠い記憶になってしまって思い出すことはできない。きっと今地上に行けば目が眩んでしまう。そよ風でも足がおぼつかないかもしれない。私はとうの昔に地上を捨てた。私が地上に戻ることはあり得ないだろう。死ぬまでこの薄暗い地底から出るつもりは無い。
~八雲紫~
「はぁ~。やっぱり温泉はいいですね、さとり様」 「えぇ、そうね。さっぱりしたわ」
結局あの後さとりのところのペットたちも入ってきた。現在、火焔猫燐だけは風呂掃除をしているのでいない。その他の霊烏路空及び万頭狼戒と名付けられた式神は私たちと一緒に応接間にいる状況だ。
「さて、重要な話があるんでしたよね。それでは私の自室に行きましょう。戒、悪いけどこの仕事を代わりにやっておいてくれないかしら。きっと貴方の方が速く処理できると思うわ…………ありがとう。お空は…そうねお燐を手伝ってあげて頂戴。お燐も喜ぶでしょう」
式神の方が速く処理できると考えたのは演算能力の差か。実際はさとりの式神なのだから確実にさとりの方が速いのだが。これは恐らく私とさとりの話し合いの時に、誰も暇を持て余さないようにするための考えなのだろう。
式神とは使役者による命令に従って行動するものであり、得意とする分野は勿論計算などの単調作業だ。そう言う意味では万頭狼戒は何ともおかしな式神である。外と内をきっちり使い分け、外の部分では使役者の悪口を許容しなければならない、いやむしろ助長しなければならないのだ。
命令としてはかなり複雑であり、式神を憑けられる妖怪自身もそこそこの力が必要となる。そうでもないと命令に耐えられないのだ。
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「さて、一体どういう用だったのですか?緊急というわけではないようですが」
流石にここまで話を引きずれば緊急でない事は明白か。あの時は相談事ではないように発言したが、実際は相談事である。いつもとは違って内容が重要になるだけの。
「えぇ、じつは貴女に相談したいことがあってね。…………まあ待ちなさい。いつもみたいに軽い相談ではないの。この先地上は勿論地底の環境にも影響するであろう重要な相談なのよ」
結界によって外と隔てられたからこそ生じた弊害。解決策を見いだせない問題。
「地底にも?…わかりました、聞きましょう」
「地上…幻想郷は私の計画通り結界によって外の世界と隔離されたわ。それは貴女も知っての通り。あれから十年以上も経った今幻想郷では新たな課題が出始めているの」
旧地獄はもともと地獄の制度で支配されていたため、厳密には幻想郷ではないと言える。しかし地上へ続く唯一の穴が幻想郷へとのびている以上ここも幻想郷の問題に関係することになる。
「……妖怪と人間の関係…ですか」「へぇ。どうしてそう思ったのか聞いても?」
さとりの予測は正しい。私たちが直面している課題はまさにそれなのだ。
「簡単な事ですよ。紫さん、貴方のように強力な妖怪が妖怪同士の問題にそれほど頭を悩ませるはずが無いのです。そして貴方の私的な問題ではない。ならばあと話に絡んでくるのは人間しかいないでしょう」
僅かな情報からそこまで頭を回すか。やはり私の手駒などと言う器には収まりきらない。
「言われてみればそうかもしれないわね。そう、貴女の言う通りこれは妖怪と人間の関係に関する問題よ」
「生憎地底には人間がいませんし、不干渉となっているので地上からは妖怪すらも来ないような気がするのですが。あぁ、人間あがりの入道使いやらはいますが」
あ、そこは頭が回らないのか。よくわからないところは昔から変わらない。
「確かに地底には人間が来ないかもしれない。でも貴方が私の相談をどう受け取るかは実際の課題を聞いてからでも遅くないのではないかしら」
しばしの思案の後「確かにその通りだ」とさとりが頷いだので再び話を始める。
「幻想郷の妖怪は人里の中には基本的に入らない、または入っても人間を決して襲わないという決め事に従っているの。それが妖怪にどういう影響を及ぼしているかわかるかしら?」
「妖怪の弱体化ですかね」
本当、こういうところでの頭の回転は幽々子にも引けを取らないのに所々抜けている。
「その通りよ。人間を襲えない、喰えないことで妖怪の力は非常に弱まってきているの。地上を捨てた貴方たちにはわからない事なのかもしれないけれどね。だから今回私が貴女に持って来た相談は如何にして妖怪の力を取り戻すか、よ。今すぐでなくとも構わないわ。結界内ならある程度までは力を失っても生きていられるはずだから。
勿論幻想郷での規則は破らない方法で。頼んでも良いかしら」
「紫さんは私を買い被りすぎですよ。私にはそんなことを思いつくような頭はありませんよ。ですが仕事の合間に少し考え事をする程度で良いのなら考えておきましょう。決して期待はしないでくださいね」
私も勿論考えるが、私が考えても頭の固い案しか出てこない。ならば時間をかけてでもさとりの柔軟な発想に期待してもいいのではないだろうか。「だから期待はしないでくださいね」
「心を読んだの?」
「いえ。紫さんの考えていることが表情に出ていただけですね。私実は相手の顔色を窺うのは得意なんですよ。元来臆病ですからね」
そうなのだろうか。厄介な事だと分かり切っているのに自ら飛び込むその姿勢はとても臆病には見えない。さとりを臆病とするならば私は一体何なのだろうか。誰にも心を開かない私は…………。
さとり様盛大に勘違いされてますねぇ。実際にはただ厄介ごとがさとり様を迎えに行ってるだけなんですけど
次の話では時間が飛んでいます。百年少しくらい。一気に原作時間ですね
また次回も読んでいただければ幸いです