~星熊勇儀~
「はぁっ?!スペルカードルールだぁ?!なんでそんなもん守らなきゃならねぇんだよ」
説得は楽だと思っていたが存外苦労しそうだ。持っている力は弱いくせに私にケンカ腰で話せるとは大した奴だ。見込みがあるかもしれない。
「お前さんたちもわかっているだろ?このままじゃあ旧都は廃れちまう。今でも地底は火の車なんだ。火車の事じゃあないよ。お前さんたちがもっと多くの税を納めればこんなルールを地底に取り入れる意味は無かっただろうね。
でもそうじゃない。納めている税はごくわずかだろう。買い物をする時に払っている消費税というやつも外の世界じゃ三分(3%)も取られてるんだ。ここなんてその三分の一だ。少しでも地底に報いなよ。お前さんも済む場所は
とは言ったものの私も初めはさとりに反抗したものだ。地底とは力がすべての世界。そこにスペルカードルールなんぞ導入してしまえば成り上がりが増えてしまう恐れもある。
だがさとりに言わせればそれこそが求める形なんだそうだ。
強者のみが優遇される。それは時代遅れである、と言うのがさとりの言い分である。それが時代遅れなのかどうか私にはよくわからなかったが、私がこのルールに乗ろうと思った決め手があった。流石はさとり。地底の妖怪たちをあそこまで理解している者は他にいないだろう。
『このルールを使えば人間とだって対等に戦えるのです。そう、はるか昔鬼と人間がルールを決めて勝負をしていた時のように』
それはもう千年も前の事。鬼退治を正々堂々と行っていた時の事だ。その時見た夢を今でもまだ見られると言うのだ。人間に真正面から打ち負かされるという夢を。
九割以上諦めていた。あぁ、やはり私はまだ人間を嫌いになり切れていなかったのだ。最高で最低だった人間たち。彼らとまた戦えるのなら私は自分を押し殺そう。地底に人間が来ることなんてないかもしれないが。
「喧嘩では私に勝てないよ。このルールの下ならどうなるかわからないがね。この決闘は対等を目的としているからさ。それにこのルールの導入を決めたのは地底の主だ。反抗するにはお前さんじゃ分が悪いね」
どちらが勝つかわからないからこそ勝負は楽しくなる。それは賭け事でも同じだ。初めから勝ち負けの決まっている勝負ほど面白くないものはない。賭け事においてはそれはイカサマとなる。
そして喧嘩においてこの地底で私と対等に勝負できるのはほとんどいない。退屈さを減らすためにも両者対等になるルールは都合が良いのだ。一度反対した私が言うのもなんだが。
「チッ、仕方ねぇ。頭が決めたってんなら大人しく従う他ねぇな。分かったよ。守ってやる」
本当に口だけは偉そうな奴だ。下手にビビり散らしているよりはまだ好感が持てるけど。だがこういう奴らに限って下手な喧嘩に手を出しがちなんだ。
スペルカードルール下ならそれでも死にゃしないだろう。
~古明地さとり~
かなり順調にルールは浸透してきている。これらは大体戒のおかげである。彼女は元々奴らのトップ。そして傍目から見れば地底のトップでもあるのだ。
つまり『地底の主がこのルールを導入した』といえば奴らは戒が導入したと考えるのだ。しかし実際の地底の主は私であり、導入したのも私である。嘘を吐かずに相手を騙す。これなら鬼にも頼めるのだ。私にしては上出来である。
コンコンコンッ 「どうぞ」
ノックして入ってくることから考えて先ず紫さん、萃香、お空は除外。三回だったから勇儀も除外。とすれば戒かお燐かパルスィかヤマメのいずれか。
まあそんなことを考えているうちに入ってきているのだが。
「さとり様、実は困ったことがありまして…」
「まあまあまずは落ち着きなさい。お茶を入れてあげるからそこで座って待ってなさい」
どうやら入ってきた少女、戒の困った事とは偶然会った昔の仲間たち…つまり反乱分子たちに温泉に誘われた事らしい。温泉街を作ったのはもう随分昔だが戒はまだ行ったことも無かったはずだ。
「はいどうぞ。…私としては行ってもいいのではないかと思うわ。理由はいくつかあるけれど、やはり一番は付き合いね。
貴方は表だけでも地底のトップとしての立場があるわ。地霊殿の印象を良くするためにも私は行くのをお勧めするわ」
こう言っておいてなんだが私なら恐らく行かない。元来他者との付き合いは良くないのだ。
「さとり様がそう言うなら。ですが式神が剥がれることは無いでしょうか?」
「うーん、そうねぇ。温泉程度なら大丈夫だと思うけれど、どうしても心配なら猫型のお燐を連れて行きなさい。もしもの時はあの子が何とかしてくれるでしょう」
一番長く私の傍にいるからか彼女の利口さは他のペットたちの比ではない。その上咄嗟の時の頭の回転は私より断然速い。実力も申し分なし。心強い事この上ない。その主人が私と言うのは……。
「お燐がいれば安心でしょう?」
「えぇ、彼女は強いですからね。では行ってきます」
戒の言うお燐の強さとは何も実力に限った話ではない。私という存在に常に心を読まれ続けるのは妖怪にとって相当なストレスのはずだ。それを彼女は心にも出さない。本当に強い子だ。
お空に関してはストレスってなんぞ。というくらい毎日を楽しんでいるようだ。私がお燐を頼るたびに力不足を嘆いているがどうすればいいのだろうか。力があるからお燐を頼っているのではなく、記憶力が良いから頼っているのだが。
「行ってらっしゃい。帰りは気にしなくても構わないわ。お空と二人で食べているから」
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「あれ?さとり様、お燐たちはどこに行ったんです?」
「お燐と戒は前に作った温泉の方に行っているわ。お燐は戒の監視役ね」
最近は食卓に二人だと何処か寂しさを感じるようになった。昔は私一人でここに座っていたというのに。
「(やっぱりお燐の方が強いからかなぁ。いいなあ、お燐はさとり様に頼ってもらえて。私ももっと強くなったらさとり様に頼ってもらえるのかな)」
やはりお空はかなり気にしているようだ。あとで私の本心を伝えてあげよう。
「お空、食事が終わったら私の部屋にいらっしゃい。少しお話をしましょう」
私がお空に求めているモノ。それは妖怪を屠る力なんかではないのだ。
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「さとり様~、お待たせしました!」「いらっしゃい、お空。ほら、こっちにおいで」
人型になっても可愛い子は可愛い。
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「…………というわけなのよ、お空。私は貴方に強くなってほしいんじゃないの。私の癒しになってくれる可愛い子でいてくれれば私は十分なのよ。お燐と貴方は求められている役割が違うの。そのどちらも私にとっては重要なのよ」
「あー、大変言いにくいのだけれど…その子もう寝てるわよ」
え?………あぁ、本当だ。しかしどうして自然にここにいるんだろうか、紫さんよ。
「私がいつからここにいたかって?そうねぇ、つい先ほどからよ」
そんなことは聞いていない。まあ口に出していないし心でも読めない限りは仕方のない事だろう。
「こんな夜更けに如何なる御用事で?」
妖怪は夜行性の者が多いから紫さんからすれば当然の時間なのだろうけど。とはいっても前回までは基本的に夕刻までに来ていたはずなのだが………。しかし来たのは数年ぶりか。以前までと比べると頻度は高くなっているような気がする。
「まあ妖怪は夜行性だもの。仕方ないわよね。そうそう、今日来たのはスペルカードルールを広めるための異変を起こす準備ができたことを伝えに来たのよ。異変は紅魔館の奴らに頼んだわ。交換条件でね」
「しかし相手は誇り高き吸血鬼だったのでしょう?よく交換条件を呑みましたね。そんなに良い条件を付けたのですか?」
誇り高い妖怪は当然だが誇りを失う事を嫌う。普通に考えれば生半可な条件は呑まないはずである。紫さんのする交渉ならわからないが。
「勿論あちらにとっては素晴らしいように見える条件よ。吸血鬼に条件を呑ませるのは釣り堀の魚に針を呑ませるよりも簡単な事だったわ」
私は釣りをしないのでいまいちわからない例えだが、たまに血の池地獄跡で釣りをしているらしいこいしならわかるのだろうか。釣れるものといっても溺れている舟幽霊とからしいが。ちなみに何度も行っているので仲良くなったらしい。こいしに友人ができるのは大歓迎である。
「は、はぁ。それでどのように魅力的な条件をぶら下げたのです?」
分からない例えには適当に返しておくに限る。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥とは言うが無知をさらけ出すのもどうかと思う。特に紫さんのような妖怪が相手の時は相手のペースに呑まれてしまいかねない。
「なんてことないわ。ただ紅魔館を監獄から解放する、としただけ。今は紅魔館に結界を張っていて外に出さないようにしているのよ。まだまだ幼い吸血鬼がそれにいつまでも耐えられるわけはないでしょう?」
なるほど。相手の精神をすり減らしにかかっていたわけか。そこに甘く見える餌をぶら下げれば…結果は容易に察することができよう。
「文字通り赤子の手をひねったというわけですか。流石は紫さんですね」
やることがえげつない。精神の幼い者が退屈に耐えられるわけがない。紫さんが心理戦を仕掛けた時点で吸血鬼の敗北は決まっていたというわけか。
「うふふ。ま、それ以外にもちょこちょことね。とにかく地上にスペルカードルールが広まるのは時間の問題よ。地底はどうかしら?」
異変によってスペルカードルールという物を世に知らしめるのか。それに加えて元凶は自分たちの力を示すことも可能。乗らない理由も無いだろう。
「地底はもうほとんど浸透しきりましたよ。地底は地上とは異なり思惑の違いというものがほとんどありませんし、横のつながりが強いですから」
あとは本当にごく一部の妖怪たちだけだ。ちなみにその中にはこいしも含む。なかなか帰ってこないから伝えられていないのだ。
「そう、流石は地底だわ。そうそう、数年前になるけれど今代の稗田が誕生したわ」
稗田…というと千年以上も前から転生を続けている子だったか。会ったことは無いが紫さんからたまに聞くところによれば、先代は結界を張る少し前に亡くなっていたはずだ。
「おめでたい………んでしょうか。今代は九代目でしたっけ。今代の性別はどちらなんですか?」
妖怪の対策のための書を書くという事でおめでたいのかどうかはわからない。ちなみに稗田は男女どちらになるかわからないが今までは女性であることの方が多かったように思う。
「九代目も女の子よ。閻魔が女だからかしら。まあ今まで通り貴方が会う事は無いでしょうからただの報告よ。ではまた来るわ」「さようなら」
今日は珍しく相談なしだったか。今日は機嫌も良さそうだったし何か他にも良いことがあったのかもしれない。
とりあえず今からはお空を部屋に背負って行かなければならない。まだまだ小さいので私でも十分背負う事ができる。当然だが寝顔も可愛い。どうか今のままでずっといてほしい。お空が変わることの無いよう神にでも祈っておこうか。
「おやすみなさい、お空。また明日からも頑張って頂戴ね」
寝ているお空には当然聞こえないがこれは私の自己満足だ。挨拶は心のオアシスだ。いついかなる時にでも挨拶を忘れてはならない、という事だ。良い教えだと思う。
さとり様は『挨拶は心のオアシス』の意味を少し間違えています。どうやら心に潤いを、という意味でとらえているようですね
地上で起こる異変にさとり様が関わることは無いです。地底から出ませんので
また次回も読んでいただければ幸いです