~八雲紫~
さとりにはまだ言えない。節目の年に合わせて新しい風を幻想郷に入れるために私は奔走しなければならないことになる。
計画は慎重に、誰にも悟られないように勧めなければならない。それこそ藍にさえも。
「しかし生まれ変わりの年ですか。確かもうそろそろではありませんでしたか?」
「えぇ、二年後よ。でもよく時間の感覚が狂わないわね。日も出ないのに」
地底と聞いて想像するほどは暗くないが、勿論日光は差さない。つまりここに住んでいる者たちは昼夜すら適当なのだろう。毎日決まった時間に就寝している地霊殿の妖怪たちがおかしなだけである。他の奴らは寝ているのかすら怪しい。約束の関係上見てはいないのでわからないが。
「それは心配ありませんよ。地底にも季節は存在します。紫さんはご存じないでしょうが春には地底にも桜が降りますし、秋口には彼岸花が咲きます。そして冬には雪が降るのです。
………地底に降る桜は石桜といって地上の物とは異なります。何故石桜ができるのか、それは私からは語りませんがあれは怨霊の好物のようなんですよ。
だからわざわざ怨霊相手に娯楽禁止令を作る羽目になりましたよ。まったく面倒なことです」
この屋敷の外側の事はほとんど知らない。随分昔に来た時も周りの景色を見ている暇など無かったし、そもそも気にも留めていなかった。
だがなるほど、季節があるのなら一年がわかる。それを数えていれば感覚は狂わないという事か。
後半の説明はアリスに対するものだろう。彼女にとってはここの全てが新しい物に違いない。当然疑問も多くあるのだろう。さとりが律義に答えているのは何か意外だが。
「さて、いつまでも地底にいるのは身体によくありません。アリスさんのような若くてこのような環境に慣れていない者は特にです。
紫さん、アリスさんを連れて地上に戻ってあげてください。彼女はこんな場所に来るべきではないのです。できれば二度と来ない事をお勧めします。地底は貴方の肌には合いませんから」
心を読めるだけはある、か。私では気づかないアリスの地底への不快感を読み取ったのかもしれない。こういう場面での彼女の言葉なら信用しない理由もない。
先ほどまでは散々嘘の話をしていたがこういうところで無駄な嘘を吐くことは無い。それが私にとっても彼女にとっても面倒な事を理解しているから。
「分かったわ。では帰りましょうかアリス。貴方に害が及ぶ前に。今日は助かったわ、さとり」
「私は特に何もしていないような気がしますがまあいいでしょう。ああ、そう言えば紫さん。胃薬の補充またよろしくお願いします」
胃薬同盟。私が勝手にそう呼んでいるだけだがお互いの苦労を認め合う健全な同盟である。決して胃薬と称した危ない粉を摂取する同盟ではない。
誰かと一緒に来たら何かと気を使ってプライベートな話ができないから次からは一人で来ることとしよう。
本来はアリスがここに来ているのも約定に抵触してしまっているのだ。今回はさとりが寛容だったから助かったものの、相手が鬼だったなら相当に厄介な事になったに違いない。
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「あら、空が紅くなっているわね。貴方なら問題ないでしょうけど家まで送っておくわ」
「助かるわ。妖精が活発になるといちいち対処するのも面倒だもの」
空が紅い。これはすなわちレミリアが異変を開始したという事に他ならない。やはり夜の王。だが少しばかり考えが甘い。こんな夜中に霧を出しても霊夢は寝てしまっている
つまり今夜はいくら待っても巫女は解決に動かない事になる。
解決に動くのは明日以降だろう。そして何時になるにせよ夜に行くのだろう。それがあの吸血鬼の紡ぎだす運命だ。世の理から浮けると言っても常に浮いているわけではない。そして浮いていない時は当然あらゆる能力を受け付ける状態だ。
彼女が吸血鬼の定めた運命に抗うには能力を使う必要がある。だが彼女は使用しないだろう。必要性を感じないからだ。いざという時に使えるように鍛錬だけはさせておいた。
博麗の持つ究極奥義に名前など必要ない。そもそも使える者が少なかったのもあるが、一番は真剣勝負において技名を宣言する余裕など皆無なのだ。
だから名前は付けていない。使う機会もほとんど無いだろう。主要な戦闘は今回の異変からスペルカードルールに置き換えられるのだし。
だがいざという時に使えない様では困る。だからこそ幻想郷のためにも習得させたのだ。
だがもしかしたら彼女は命名決闘法に合わせて奥義に名前を付けるかもしれない。それならばそれでもいい。あくまでも弾幕としての奥義と本当の究極奥義が別にあるのなら文句は言うまい。
あの技はたとえルールに則った弾幕であっても相当に難しい物になるだろう。
「それにしても貴方の能力は便利ね。趣味は悪いけれど」
スキマの中はこのくらい不気味な方が開いたときに相手を怯ませられるから良いのだ。幻想郷のあらゆる場所を観察するのにも目を使うのだからスキマの中が目でもおかしくはないだろう。
「失礼な子ね。はい到着よ。また頼みたい事があるからその時はよろしく頼むわ」
二年後の話にはなるが。「ではまた会いましょう」
家に帰る前に幽々子のところにでも寄っていくか。冥界は顕界の状況に関係なく綺麗な月が出ているはずだ。満月はまだだが月はいつ見ても良い物である。あそこに住む連中を思い出さなければ、だが。きっとぎゃふんと言わせてやる。
そんなことを考えているうちに冥界に着いた。私の能力を以てすれば幽明の結界など無いようなもの。やはり便利なことは間違いない。
「あら、紫?珍しいわね、こんな夜更けに来るなんて」
「えぇ、たまには月を見ながら酒でもどうかと思ってね」
霧のせいで満月は見られそうにない。冥界に来れば見られるがそこまでして見たい月でもない。中秋の名月はまだもう少し先である。
そしてどうせ月見をするなら欠けてゆく月より満ちてゆく月を見る方が望ましい。だから今日来たのだ。幽々子なら起きていると思っていたし。
「あれ、お久しぶりですね紫様。今日も何か用事がおありですか?」
おやおや、妖夢も起きていたのか。まあ当然といえば当然か。主人を置いて先に寝る従者はそんなにいないだろう。例外を挙げるとすればさとりの式神か。あそこはさとりに合わせていたら最悪寝られないので正しい判断だと思う。
「いえ何もないわよ。ちょっとお酒でも飲もうと思ってね。妖夢も飲むかしら?」
「いえ、結構です。主人とその御友人と杯を交わすなど恐れ多いことですから。どうかお気になさらずにごゆっくりどうぞ」
残念。実はまだ妖夢と一緒に酒を飲んだことは無い。妖夢のこの性格のせいである。真面目な分酔った時はひどいのかもしれない。妖忌は節度をまもって飲むからそうでもなかったのだけれど。
「妖夢はああ言っているけれど本当は醜態を晒したくないだけなのよ。だって、ねぇ。前一緒に飲ませてみたんだけどその時の妖夢ったら……「ゆ、幽々子様!やめてくださいよ」…あら残念。あの時の妖夢は可愛かったのに」
やはり悪酔いするタイプのようだ。そんな妖怪や人間はごまんといるから別に恥ずかしいことではないような気もするが、まだ若い子にとっては恥ずかしい思い出なのだろうか。
「紫様も今のは忘れてくださいね。お願いします」
「生憎私は記憶力は良いのよねぇ。都合よく忘れられるかしら」
打てば響く妖夢を弄るのは楽しいがほどほどにしておかないとへそを曲げてしまうかもしれない。そうなっては妖夢も可哀そうなのでここらでやめておいたほうが良いだろう。ただでさえいつも幽々子に弄られているだろうから。
月を見るのに言い争いなど無駄なもの。妖怪の力の象徴、そして妖怪にとって最も強大な敵。あの時の敗北からはもう千年近くか。
~古明地さとり~
心を読まれることに不快感を抱かないのが不思議だったがなるほど、そう言う事だったのか。私などよりはるかに強大な存在。無限の世界を作り出す者。何ができてもおかしくはない、か。
しかし先ほど紫さんが言っていた計画とは本当に何なのだろうか。あの人形が絡むことになるのは間違いない。それがどのように絡んで来るのか、それがわからない。
とりあえず今日はもう遅い。早く寝て明日の仕事に備えなければ。
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久々によく眠れた気がする。睡眠時間はいつもと変わらないのに気分は最高である。
「さとり様っ、大変です!怨霊が、怨霊がかなり逃げてしまいました!どうしましょうか」
…気分は最低である。怨霊をこの屋敷に戻すことができるのは私とお燐だけである。お燐は問題ない。普段から外を出回っているから。
しかし私は問題しかない。地底のほとんどの妖怪には死んだと思われているだろうからだ。
そんな私が外を歩いて怨霊を捕まえられるか?否だ。しかしお燐一人に任せるのも心配だ。彼女の実力を疑っているわけではない。如何せん逃げた怨霊の数が多そうなのだ。
私は出られない。だがお燐一人では捕まえきれない。他の妖怪に憑く前に何とかして全部連れ戻さないといけない。
「ふむ………分かったわ。先ずは早めの対処が必要よ。お燐に今すぐ捕まえに行くように言いなさい。それと私たちは怨霊を捕まえない、とも」
「そんな……無茶ですよ、さとり様。逃げた怨霊の数は………」
戒の口に指を当てて黙らせる。今は一刻を争う緊急事態といえる。こんな場所で悠長に話している暇は無いのだ。
「わかっているわ。お燐だけで全てを捕まえられるとは私も思っていない。だけどまずは一番確実なお燐を行動させる。私たちも別箇に対策を講じるわ。お燐に伝えたら貴方とお空は居間で待っていなさい。私もすぐに行くわ」
どうしてこんな面倒ごとが舞い降りるかね。それにしても今まで怨霊が逃げることなどほとんどなかったのにどうしてこうも一気に大量脱出したのだろうか。不思議でならない。
~ ~
「お嬢様、博麗の巫女と思しき巫女とよくわからない黒白がやってきましたが」
「行っておいで、咲夜。誰であっても定められた運命に抗う事などできぬのだから」
小さな吸血鬼の少女が見た運命は勝利か、それとも敗北か。彼女の表情からは何も推測できない。彼女の従者はそれを己が勝利の運命とみて侵入者の迎撃に向かう。
「たとえ運命を操る妖怪であっても、な」
運命に導かれるままに満月の夜、解決者は訪れた。幼き吸血鬼に過失があったとするならば、満月の光さえ霧で薄まってしまったことだろう。
少女があまりにも初歩的な過ちに気づいたのは遅すぎた、というわけだ。
地底の事件と異変には何の接点も無いです。完全に別物
レミリア大好きなので格好よく書きたいのですがなかなか上手く書けない。幼さは残しつつも威厳溢れる子を書くのって難しい
また次回も読んでいただければ幸いです