~古明地さとり~
「さあ、始めましょうか。ちなみにお燐は?………そう、私が言う前に」
戒がお燐に伝えようと部屋に行った時には、既に部屋からいなくなっていたらしい。緊急時には私の言う事を待つよりも自分で行動しなさい、と教えていたのが役に立った。
「それでさとり様、どうするおつもりです?地底でもまだこの事態に気づいている者はいないでしょうし、行動しているのはお燐一人です。
彼女の実力を疑うわけではありませんがあまりにも無謀なのでは?」
確かにお燐だけに行動させるのは無謀である。しかし怨霊と言うのは単純だ。私から見れば妖怪や人間に憑くまでは大した思考力も持たない霊魂に過ぎない。
だからこそ連れ戻すのは簡単なのだ。帰りたくなるように仕向ければ良いだけなのだから。
「私はこの屋敷から出れないわ。でも貴方たちなら自由に行動できる。これを生かすわ。
戒、これを持っていきなさい」
「これは?」
戒に渡したのは陰陽玉のように見える球だ。本物の陰陽玉なら私たちには触れることさえできないが、これは紫さんに頼んで作ってもらった物であり、妖怪特攻の物ではない。
「これには私の能力を応用した性質が付与してあるの。この球の主な効果は二つ。『過去最悪のトラウマを見せること』と『地霊殿のすばらしさを植え付ける心理操作』よ。
一つ目は言わずもがな。怨霊は極悪人の霊ばかりよ。相応のトラウマは持っている。そしてその直後に発動する二つ目の効果。これによって怨霊は自ら地霊殿に帰りたくなるわ」
必ず。トラウマを見せる範囲を私から切り離すことは既に昔からしていた。あの時は空間にその効果を付与していたわけだが。
そして心理操作は私の得意とするところでもある。一度に大勢にはできないのであまり使ったことは無かったが、昔のこいしもできていたはずだ。
「つまり貴方がすることは逃げ出した怨霊を見つけだしてこの球を見せることよ。見せるときに自分の妖力を籠めなさい。そうすれば術式が発動して上手く誘導できるはずよ」
紫さんの作った物ならば失敗はあり得ないと考えていい。わざわざ妖力を籠めるのは、普段から発動してしまえば怨霊を見つける前に地底が地獄に早変わりしてしまうからだ。
保険だと思っていた道具がこんな早くに使われるとは思ってもみなかった。しかし原因は依然として謎のまま。誰かが手引きしたことは確実だがそれ以上の事がわからない。誰が、何故、どうやってしたのか。うまい具合に解決することは可能だろうか。
「だからわざわざ私たちは捕まえない、と言ったのですね。お燐には結局伝えていませんが」
「えぇ、そうよ。本来はそう言う事で彼女に危機感を持って行ってもらうつもりだったのだけれど………どうやらそんなことをしなくてもわかっていたようね」
危機察知能力は流石動物といったところか。妖怪になって随分経っても第六感は健在らしい。
「まあそれでも戒だけでは流石に辛いでしょう。これを渡しておくから頼りになりそうな妖怪に手伝ってもらいなさい。誰に手伝ってもらうかは貴方自身で判断すること。
分かったわね?戒」
「はい」
「私はどうすればいいのですか?さとり様」
戒やお燐の仕事は元々私一人でしていた仕事だ。しかしお空の仕事は変えが効かない。
「お空はいつも通り温度管理をお願いするわ。これは正真正銘貴方にしかできない事だし、皆が疲れて帰って来た時に気持ちのいい温泉に浸かれた方が良いでしょう?」
お空はすぐに他人と自分を比べてしまう(対象は主にお燐なのだが)。だからこそ『お空にしかできない』を強調することで卑屈にならないようにしてあげる必要があるのだ。
実際にその通りでもあるのだから嘘を吐いているわけでもない。
怨霊はお燐たちに任せるとして私はゆっくりできるわけではない。当然仕事量はいつもと変わらない。その上いつもは彼女たちがやっている仕事も私がやらなければならない。
最近鈍っていた気もするから丁度良い機会なのかもしれない。掃除に餌やりなんか事務と関係ないものも含まれている。
はあ、面倒くさい。
~ ~
時は少々遡り、地底では怨霊大量脱走事件があった夜。所変わって地上の様子である。幻想郷中を紅く染め上げた霧を迷惑だと言って博麗の巫女と名も知れない少女が紅魔館に侵入する。
その様子を地上のはるか上空から眺めている者が一人、八雲紫である。博麗の巫女、霊夢はこの妖怪によって記憶を操作されたことでこの妖怪に関する記憶を持っていない。妖怪ならば問答無用で退治する、八雲紫は巫女としての彼女を完成させたのだ。
皮肉なことだ。妖怪を退治するための人間を妖怪が完成させる。しかも巫女はそのことを知らないのだから。
スペルカードルールを考案したのは博麗の巫女。それすら八雲紫は否定しない。目立つことをしたくはないのだろう。彼女が巫女の前に姿を現す時期は今ではないのだ。
上空から覗いていた彼女は博麗の巫女の勝利を見ずに姿を消した。彼女の目的は巫女が幻想郷を調停するに足る力をつけたかを調査することであり、異変解決を見守る事ではない。
彼女が姿を消したという事はつまり合格だったという事である。
~八雲紫~
途中まで見たが霊夢は順調にスペルカードルールに馴染んだようだ。道中と門番との戦いを見るに実力は十分すぎるほど。これならレミリアたちが相手でも何ら問題はあるまい。
それより気になるのは魔法使いのコスプレをした人間。もしかしたらあれはコスプレのつもりではないのかもしれない。一応魔法を使って戦っているようだし。属性相性が考えられていない所を見るに相当
彼女が戦える土俵はスペルカードルール内だけだという事をも意味する。ルール無視の戦闘になった場合にはあの門番にすら太刀打ちできないだろう。
ましてや属性魔法のスペシャリストである魔女の相手など務まるはずもない。
だが逆に言えばスペルカードルールでなら強者とも対等以上に渡り合う実力を持っている。彼女も人間。これからどう成長するかは見ものだ。
異変の結果は見ずともわかる。ならば無駄な事などしていないでさっさと帰るのが良い。今宵は満月。しかし地上では見ることができない。吸血鬼もまだまだ若いものだ。
「藍、何か異常は?」
もう夜も明ける。私としてはそろそろ寝ようかと思う時間だ。
「特筆すべきものはありません。異変は巫女と魔法使いの人間の手によって収束しました。ただあの館一の要注意人物は異変に出てこなかったようです」
確か名前はフランドール・スカーレット。当主の妹でこちらも吸血鬼だったはずだ。実を言うと今回に関しては彼女が出てくるとは端から思っていなかった。
彼女は自らの意思か命令か何かは知らないが滅多に地下から出ないと聞く。
さらに今回の相手は人間で、極力壊さないように戦う必要があった。ただ満月の夜にその抑制ができるはずが無い。だからレミリアが絶対に出さないようにしているだろうと思っていたのだ。
「そこまでは想定内ね。異変も問題なく終了、と。ご苦労様、藍」
何もないのならそろそろ寝ようか………!!…施した術式に何らかの妖力反応。
「どうかなさいましたか?紫様」
「いえ、何でもないわ。私は今から少し地霊殿に行ってくるから貴方はもう寝ていていいわよ」
つい数年前に保険としてさとりから依頼された陰陽玉風の球。別につけなくても良い機能だったが、誰かが妖力を籠めれば私に伝わるようにしておいたのだ。
地霊殿に異常事態が起こっていることの証拠にもなるからである。
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急いで向かった先ではさとりがいつも通りに机に向かって仕事をしていた。何故さとりは何のアクションも起こしていないのだろうか。私の勘違いだったのだろうか。
「紫さんですか?少しばかりそこに掛けてお待ちください。今日は朝っぱらから大変なので」
気配、というよりは感じた妖力のままに相手を限定したようだ。そしてさとりの言葉によるとどうやら私の勘違いではなかったようだ。
さとりがここにいるのは外に出られないからか。猫と狼と…鴉も遣わしているのだろうか。そこはわからないが。帰ってくるまでは待ってみるか。
「あぁ、そう言えば脱走の規模から考えてまだまだ帰っては来ないでしょう。一室お貸ししますから寝ていてはどうです?いつもこの時間は寝ているんですよね?」
これは提案というよりは命令に近い形だろう。確かにこの部屋にずっと私がいればさとりの集中力が切れてもおかしくない。大人しく従っていた方が良いだろう。丁度寝たかったし。
「ならありがたくそうさせてもらうわ」
「この部屋の隣をお使いください。案内できなくて申し訳ないですが手が離せないので許してください」
きっとこんなに寝具が多いのは酔いつぶれて寝る鬼がいるからだろう。他にも温泉でのぼせた者も寝かせているのかもしれない。
とりあえず隣の部屋へ移動する。普段は屋敷内を歩かないから忘れていたが、ここは相当広い。敷地面積だけなら白玉楼すら上回るだろう。暮らしている人数はどちらも少ないのに贅沢なものだ。
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「…………様。…賢者様起きてください。もう皆揃いましたよ」
まだ寝足りないが先ほどまでよりは幾分マシになった。というかこの黒猫はいつまで私を賢者と呼び続けるのだろうか。きっと直す気はないのだろう。
「ありがとう。それで、犯人は見つかったのかしら?地霊殿を混乱に陥れた犯人は」
「えぇ。それが………「それが?」…あの鬼二人だったようで」
へぇ、あの二人が。何故そんなことをしたのだろうか。
「詳しくは応接間に向かいながら話しますよ」
火焔猫燐の話によれば、あの二人はわざとやったわけでは無かったらしい。何でも昨日の夜に二人で石花見をしていたらしい。酔った勢いのままその石桜を投げ合って遊んでいたとか。
豆まきの代わりのつもりだったらしいが行う時期を完全に間違えている。
石桜は言わずと知れた怨霊の好物である。今まで娯楽禁止令として抑えられていたものが我慢できなくなったのだろう。その散らばった石桜を求めて次々に脱走してしまったらしい。
『こうなったのは怨霊を制御しきれていなかったあたいのせいだ』なんてこの猫は言っているが、確実に一から十まであの鬼のせいである。
「はい、ここですね。お先にどうぞ」
「どうも」
部屋に入った先には仁王立ちしているさとりと立ったまま縮こまっている鬼二人。何故かさとりの方が勇儀より大きく見える。
「あぁ、来たのですね、紫さん。丁度良かったです。今からこの二人の罰を言おうとしていたところですから。
先ずは勇儀。貴方は二か月間禁酒を命じます。間違っても破るようなことはありませんね?………おっと、これでもかなり軽い方だと思いますよ。怨霊を地底中に撒くのと同じことをしたのですから。
次に萃香。貴方は地底から出て行ってもらいます。つまり地上への流刑です。これは紫さんからの許可もいるのですがどうでしょう?」
「理由がきちんとした物ならば許可しましょう。理由もなく地上に流すわけでもないでしょう?」
さとりが何も考えずに約定を破るような行為をするはずが無い。一番守りたがっているのが彼女だからだ。ならばきちんとした理由があるはずだ。
「理由ですか、簡単なことですよ。地上が萃香にとって一番の地獄となるからです。考えてもみてください。鬼が好む物とは何でしょうか?…そう、酒と喧嘩です。地上には萃香と対等に飲み交わせる者は存在しない。酒豪と言われる天狗でも鬼には敵わないのです。
次に喧嘩ですがこちらはもう言うまでもありません。萃香が誰かと戦おうと思った時は真に弾幕でしか勝負できなくなるのですから。
そしてその相手もです。地上にはもう勇ある人間などいません。鬼と戦ってくれるような人間は勇ある者ではなく恐怖の無い者だけですよ」
確かに今の幻想郷は昔を知っている萃香にとって地獄のように退屈な場所かもしれない。さとりは知らないだろうが今の人間は鬼を恐れないのではない。鬼を知らないのだ。鬼が御伽噺での怪物になってからもうずいぶん経ってしまった。
今地上にいる者で鬼を覚えている妖怪すら少なくなった時代だ。彼女と対等以上に渡り合える妖怪は私か天魔くらいのものだろう。天魔ですらもう渡り合えないかもしれない。
「良いでしょう。萃香が地上に出るのは許可するわ」
「では萃香の刑の期間は三年間としましょう。それ以降は帰って来ても良し、地上に残っても構いません。………………萃香はずっと地上に出たいと考えていたのでしょう?丁度良かったではありませんか」
「まったく嫌な奴だよ、あんたは。地上の退屈さを目の前で語るなんてねぇ」
「えぇ、よく言われますよ。次に帰ってくる時は飲みすぎないようにしてくださいね」
さとりは心の中まで見て話しているから萃香の嫌味も全く気にしていないようだ。萃香自身も特に悪い感情は無いのだろう。
勇儀は地底に残る代わりに刑は軽め。萃香は刑こそ重く感じるが流す場所は萃香の求めていた地上。やはりどこまで行ってもさとりは知り合いには甘いのだ。そんなのだからこんなことが起きるのではないだろうか。
何か切る場所が無かったので長くなってしまいました
また次回も読んでいただければ幸いです