~伊吹萃香~
そうこうしているうちに勝敗が決したみたいだ。結果は人間側の勝利。まあ当然だ。紫も勝たないように立ち回っていたのだし。
「負けてしまいましたわ。でも相変わらず人間は野蛮ねぇ。私は黒幕とは言ったけれど犯人であるとは一言も言っていませんわ」
「そんなの同じようなものでしょ?あんたは黒幕で犯人。早くこの霧を仕舞いなさい」
「だ~か~ら~、違うと言っているでしょう?はぁ、仕方ない。教えて差し上げましょう。この霧の犯人は霧自身ですわ。感じないかしら?最も細かな百鬼夜行を」
細かすぎて人間の目には見えないだろうさ。というか紫が見えているのが異常過ぎるのだ。気づいても見えない。それが疎だというのに。
「何事も決めつけは良くないね、人間たちよ。犯人と黒幕の違いはかなり大きいものさ。ここら一帯を覆う霧は全て私自身。恐ろしいだろう?」
「何このチビっ子。どっから湧いてきたの?そもそもこんなのが犯人なわけ?ま、相手が妖怪ならばいつも通り退治させてもらうけどね」
「おいおい、こんなガキ相手に勝っても自慢にもならないぜ。まだ幽々子の奴が犯人って言われた方が納得できるってもんだ」
「本当に。これならまだお嬢様たちの方が恐ろしいわねぇ。思考回路の方はわかりませんけど」
「何事も斬れば判る。貴方が犯人かどうかは斬って確かめるわ」
上二人は言わずもがな。失礼すぎる。悪魔のメイドは主人を褒めるか貶すかはっきりした方が良い。一番マシなのは半人前剣士かな。
だがどういうわけか誰一人として私を恐れている様子が無い。鬼が怖くないのか?
「決めつけは良くないと言っただろう?精々鬼の恐怖をその身に刻み込め」
「「「「?…鬼?」」」」
なんだこの反応は。まるで私の事を鬼ではないと思っていたような反応ではないか。頭のこれは飾りだとでも言いたいのか?
「おいおい、冗談きついぜ。今時自分を鬼と言う妖怪なんてどこにもいないぜ。鬼は幻想郷にいない。これは常識だ。覚えておいた方が良いぜ」
「………へぇ。言ってくれるじゃないの。あんたにはこの角が飾りであるように見えるの?鬼の誇りであるこの角が。鬼は幻想郷にいない?私はもう一年くらいはここにいるさ。
鬼にケンカを売る度胸だけは認めてやろう。もっともそれが勇気なのか挑発なのかは知らないけどねぇ。だが先ほどの言葉は私にとって侮辱以外の何物でもない。その侮辱、高くつくよ」
思った通り、私を鬼として見ていなかったようだ。こいつでこの反応ならば他も大差ないだろう。
「ちょっと萃香、前に言ったこと忘れていないわよね」
「安心しなよ、紫。私が忘れるわけはないだろう?いくら侮辱されたからといっても私は優しいからね、きちんとお前たちのルールに則って戦ってやるよ。
そもそも私を妖怪として見ている時点で手遅れだと思うけどねえ。手加減はしてやるから四人いっぺんにかかって来なよ」
鬼を侮辱するとどうなるかまだ知らないようだからその身に刻み込んでやろう。あぁ、もどかしい。
~八雲紫~
「怒っているの?萃香」
「当然よ。あいつらこの角を飾りだとでも思ってるの?幻想郷にいなくても普通は角見ればわかるでしょ」
長らく地底にいたことによる認識の違い。かつて最強と謳われた大江山の四天王とそれに続く鬼たち。それを覚えている人間はもう地上にはいない。
「今回ばかりは許してあげてくれないかしら。地上で鬼の事を覚えているのはもう私と幽々子、後は天狗や河童くらいのものなのよ。
妖怪ですらほとんど覚えていない貴方たちの事を人間が覚えているはずはないでしょう?」
「だから許してやってくれ、か。私はねぇ、気に入らないんだよ」
『気に入らない』か。萃香の言いたいことも何となくわかる。
「あいつらは確かに実力はある。勇気もそれなりに持ち合わせている。そうでもなけりゃ妖怪とも戦わないだろうからね。でも紫も気づいているでしょう?あいつらは妖怪を恐れていない。その危険性をお前は一番分かっているはずだ。このままだと大結界は機能しなくなる。
だから優しい私が妖怪の恐怖を再び教えてあげようとしているのよ。ま、下で戦わせているのはかなり力を弱めてるから安心しなよ」
暗闇や現象を恐れる心が妖怪を生み出すことで幻想郷は成り立っている。それが無くなった世界が外の世界だ。暗闇は光で消され、不可思議な現象は自然現象として説明されてしまった世界。外に住む妖怪の数はもうかなり減っている。幻想郷がそうならないためには妖怪への恐怖を維持しなければならない。
「力を弱めているからこそいくらでも代わりが出てくるんでしょ。確かに人間側からすればあれは恐怖かもしれないわね。あの子たちはあれが本体だと思い込んでいるだろうし」
戦闘が始まる少し前に本体の萃香は私の所まで来ていた。だがその行動も人間の目には到底見えない。恐らく人間目線で見れば、倒しても倒してもキリの無い不死身の妖怪なのではないだろうか。傷をつけた箇所は瞬時に再生され、体力は無尽蔵の妖怪。
「最後は正真正銘私本体が出てやるさ。あいつらだって威勢は良いが体力は人間並み。最後の一人が残った時点で私が直々に勝負して負ける。それで終わりよ。今回の異変はさ」
「萃香、よく聞きなさい。人間は鬼を忘れて久しいわ。でもそれは貴女も同じではなくて?」
これだけは言っておかなければならなかった。このままだと萃香が一方的に人間を責めているだけになってしまうからだ。
人間が鬼を裏切ったのと、鬼が人間を見限ったのは同じ時代なのだ。鬼もある意味では人間を忘れて久しいのだ。それだけは伝えるべきだと私の直感が訴えた。
「…あぁ、そうだね。私も忘れていたよ、人間の事を。私は少し夢を見すぎていたようだ。またあの頃と同じような関係を築けると思っていたんだ。だってそうだろう?
スペルカードルールは人間と妖怪が対等になるように作られた決まり事だ。決闘とは殺すか殺されるかではない。勝つか負けるかだ」
その通り。これは力を持つ者からすればただのお遊びでしかない。だからこそ対等に勝負することができるのだ。遊び心を忘れないために。幻想郷の住人なんて外から見れば皆子供なのだ。
「これならば私たち鬼も再び人間と勝負できると思って古明地は考えたんだろう。まったくもってお人好しだと思わない?あいつが私を地上に流したのも私の希望と試験の両方があったんだろうね。でも残念。私は人間を忘れてしまっていた。そして人間は鬼を忘れてしまった。本当に………おやおや、漸く最後の一人になったか。やはり残るのはあの巫女だね。じゃ行ってくるよ」
本当に…何なのだろうか。鬼が純粋に人間との勝負を楽しめていたのはハンデを与えて決闘をしたり、賭け事をしたりしてできるだけ対等に近いようにしていたからだ。
そしてスペルカードルールを作るにあたって重要視した決闘という意味。人間が妖怪と同じ立ち位置で戦う。これは大いに成功したといっていい。
「あと残ったのはあんただけか。なら最後はこうしようじゃないか。先に被弾した方の負けだ。それで文句はないな?」
だが私は見えていなかったしさとりは知らなかったのだ。今の人間と昔の人間の違いを。昔は皆何かを守るために妖怪と戦ってきた。命を失う事も多かったために退治屋は特別視されていた。
だが今の人間はほぼ全ての戦いがルール上での物になった上に人里内は完全に安全が保障されている。だから先にも言ったような危機が訪れようとしているのだ。
妖怪退治を半ば娯楽のように考えてしまっている。命を失う可能性はほとんどなく、守りたいものがあって戦うわけでもない。それが如何に危険かを理解させることは恐らくできない。
人間は妖怪がいなくなればいいと考えているからだ。妖怪が完全にいなくなった世界で人間は生きられない。恐れる物の無くなった動物は退屈故に死を望む。
外の人間もそうなのだ。妖怪が少なくなってしまったせいで自分たちを死に誘うための活動を始めた。つい二、三百年前の事だ。生きることを放棄するかのように森林を伐採し、空気を汚染し、水を汚したのだ。外の人間は着々と滅亡に向かっている。
恐怖を忘れた生き物の如何に愚かしいことか。無様な事か。
私の為すべきは幻想郷でそうならないようにすること。妖怪の恐怖を常に植え付け続けることだ。今回の萃香との戦いであの人間たちにも一定の恐怖は生まれただろう。
彼女の本来の目的は酒宴をさせて楽しんだ上で勝負も楽しむ、と言う物だったのだろうが結局は人間に恐怖を植え付けるという物に変わっている。
萃香は霊夢に負けるだろう。彼女の最終的な目的は勝つことではなく負けることなのだから。とことんまで手加減したうえで負ける。鬼にとっては耐えがたい屈辱だろうが萃香はそれを実行する。彼女が自分だけでなく妖怪全体の未来を見ているからなのだろう。
全体のために個を殺す。かつて組織を率いた者らしい振る舞いだ。
~古明地さとり~
部屋の扉を叩く音がする。今は住民との交流のために皆温泉街に行かせているはずなのだが。
「どちら様です?」
私の部屋に来るという事は私が生きているのを知っているという事。その時点で大して危険も無いのだが誰かわからないのに部屋に入れるわけにはいかない。
勝手に入ってくる者たちは半分諦めているが。お空とか紫さんとか紫さんとか紫さんとか…。
「八雲藍です。紫様より伝言を頼まれまして」
「どうぞ」
藍さんが訪ねてくるなんて珍しい。前に一度来ていたようだが結局顔を合わすことなく帰っていたし。私の記憶が正しければ会うのは百数十年ぶり二度目だったはずだ。
「すみません、こんな時間に来てしまって。ですがさとり様にはできるだけ早く伝えなさいとの事だったので」
「いえ、構いませんよ。それより…萃香の事ですか」
どうやら異変の方は無事に終わったらしい。少し時間がかかっていたから心配していたのだ。もしかしたら新たな巫女の選定に時間がかかっているのかもしれない、と。
だがそれも杞憂だったらしい。何故か人間と勝負したというのにけが人はいなかったらしい。相当おかしな戦い方をしたのか、それとも完膚なきまでにボコボコにされたのか。藍さんの心を読んでもそれはわからない。
「ふむ。私の心配していた事態には至らなかったようで安心しました。紫さんにもよろしく伝えておいてください。……あぁ、そうです。今日作った洋菓子が少しだけですが余っているのでいかがです?勿論紫さんには内緒ですが」
「ふふっ、ではお言葉に甘えていただきます。紫様には内緒で」
藍さんって結構堅そうなイメージがあったが意外にその場に合わせてくれるようだ。いくら内緒と言っても紫さんに問い詰められれば答えるのだろうが。
明日からはまた大変になる。だが今まで心の半分ほどを占めていた不安が払拭されたとなればかなり気は楽になりそうだ。
藍さんの幸せそうな笑顔を見ていると明日からも頑張れそうな気がする。きっとこの反応は紫さんでは見られなかっただろうから。
因みに今更ですがこの小説、戦闘描写がアホほど少ないです。理由は私が書けないからに他なりません。面目ないです
ここまでの異変同様萃夢想もいつの間にか終了
流石に終わらせないと、と思って書いたのでオマケ部分が全体の四分の三以上というわけの分からないことになりました