~古明地さとり~
忙しい日々はあっという間に過ぎてしまう。でも楽しい日もあっという間に過ぎてしまう。何が言いたいかと言うと私にとっては毎日がとても早く過ぎてしまっているのだ。
ゆっくりしている暇がない。気づけばもうすぐあれから一月が経とうとしている。本は睡眠時間を削ってでも読み終えたので貸し出し期限に関しては問題ない。
私の久々の地上ももうすぐだったはずだ。なんと相手の吸血鬼は私の能力を知った上で話し合う事を許可したという。私からすればかなり驚きだった。
行くのは確か神無月の二十にすることになったとか紫さんが言っていた気がする。しかし困ったことにこの地霊殿だけでなく地底のどこにも暦の書かれた物は存在していない。理由は簡単、必要な時が無いからだ。
私の休日だって三十日ごとに取っているだけだ。初めの日がいつかわからないから今がいつなのかも当然わからない。彼岸花が散ったからもう神無月ではあると思うのだが詳しい日付はさっぱりである。いつ来てもいいように準備だけはしてある。
あれから三日。ついに紫さんがやってきた。という事は今日が神無月の二十のようだ。でも残念ながら今日を基準に日付を数えても何処かでズレが生じるらしい。今の暦は一月が三十日だったり三十一日だったりするらしい。
何故昔のように三十日に統一しないのか甚だ疑問である。今の人間には十五夜が満月ではない事への違和感が無いのだろうか。
「何を考えているのかしら、さとり」
いけない。声をかけられる程考え込んでしまっていた。紫さんの事だから心配とかではないだろうけど。
「あぁいえ、何でもありません。それよりもうすぐにでも行くのですか?」
「えぇあの蝙蝠はわがままだもの。あまり待たせない方が良いわ。脅せば問題ないでしょうけど」
紫さんほどの力がなければ脅せないだろうからこちらとしては問題大ありである。ただでさえ鬼に匹敵する膂力と天狗にも食らいつくスピードを持っている吸血鬼なのだ。
まともに戦えば勝ち目は恐らくない。卑怯ともいえる方法を使えばいくらでもやりようはあると思うが、戦いに持って行かないのが一番である。
「私からすれば問題だらけですよ。間違っても煽ったり脅したりしないで下さいよ。困ったことになりますから」
下手をすれば私が消されかねない。相手の実力の全てはわからないが実力差は相当のものだろうし。紫さんの言う
歳だけなら私も大して変わらないはずなのにどうしてこうも違うのだろうか。……種族間格差だな。間違いない。
~八雲紫~
約束通りの十月二十日。てっきり私が行ったらすぐにでも行けるようにしているのかと思っていたがさとりはいつも通りに仕事をしていた。
挙句の果てに『今日が神無月の二十でしたか』と言う始末。
どういうことなのかわからなかったから聞いてみると、どうやら地底にはカレンダーという物が全くないらしい。確かに年中酒を飲んで宴を開いている奴らには不要な物だろう。さとりにとっても基本的に使うことが無い物だ。
今まで困っていなかったのは外界から切られているからだろう。たまーに地底の妖怪と思われる妖怪が地上で目撃されることもあるが誤差の範囲だ。そもそも古明地こいしは大体地上にいるのだろうし。
地上側の管理者がこんなに緩くても地底側の管理者がかなり堅いので地上から地底に迷い込んだりするものはいない。地底の存在を知らずとも誤って縦穴に落ちてしまう事はある。そんなときは土蜘蛛なんかが地上まで送り返すらしい。
送り返された者は大抵酷い熱が出ているので地上の妖怪たちは熱に浮かされた者の戯言としか思わない。これは地上にとっても地底にとっても都合が良い。恐らくさとりの指示なのだろう。
お子様の吸血鬼なんぞ脅せば問題ないと言うとさとりは脅すと困ったことになると言う。この『困ったこと』と言うのは私にとっての事だろう。これは恐らく私のせいで交渉が失敗したら地上を火の海にすると言いたいのだ。
それは確かに困る。地底側が地上に攻め込んできた時の対策は色々シミュレートしてあるが、さとりの場合は予想もしない方向から攻めてくることも考えられる。
私の考え得る何千通りの中から最適解を見つけたと思ってもさとりがプラス1通りの攻め方をして来れば私の計画は全て無意味になる。こういうシミュレートをことあるごとにしているが未だに活用したことは無い。しておくに越したことは無いからするのだが。
「そういえば護衛…まあただの付き添いだけれど誰に頼むつもりなのかしら? やっぱりあの火車?」
「お燐の事ですか? いえ、彼女には頼みませんよ。それに頼んだ妖怪はもう扉の前まで来ているようですのですぐにわかりますよ」
ふむ、意外や意外。てっきりあの火車を一番信用しているのかと思っていたがそうでもないのか?
「不思議そうな顔をしますね。紫さんにしては珍しい。結論から言うとお燐に頼まなかったのは彼女を信頼しての事です。この地底、いえ世界中で私が最も信頼しているのは家族であるあの子たちです。こいしや動物たちはまた信頼とは少し違ったものですが。
お燐にお空に戒。彼女たちを一番信頼しているからこそ連れて行かないのです。紫さんならお判りでしょう?」
なるほどなるほど。さとりの言いたい事はよく分かった。普通なら主人は力でも中身でも最も信頼出来る従者を連れて行きたがるものだ。
「ここが地底だから、ね。地上にいればあの猫か鴉か狼のうち誰かを連れて行ったという事ね」
もしその三人のうち誰か一人でも連れて行ってしまうと途端に今の地底の機能は失われてしまう。外の世界で言う管理者のいなくなった看板だけの自然保護区のように。
保護すると言って残した土地も管理者がいなくなればすぐに荒廃してしまう。残したいと願った自然も蔓延る雑草に喰われてしまう。そうならないための管理人であり、その管理人がいなくなった時に後を継ぐ者が必要になるのだ。
「えぇ、その通りです。勿論地底を統治してくれる組織が地霊殿以外にもあったなら真っ先にお燐を連れて行ったでしょうけど」
さとりの飼っているペットたちの中でも最古参なのがあの猫だ。実際あの貧相な家で私が初めてさとりに会った時もあの猫はいた。こいしの方はあまり家にいないことを考えれば、さとりと最も多くの時間を過ごしているのはきっとあの猫である。
申し分ない実力と猫とは思えない頭脳(橙と比べているから?)、それにさとりを一番に考える忠誠心。さとりが一番に名前を出すのも納得だ。そして恐らく交戦することになれば鬼より厄介であるに違いない。
~レミリア・スカーレット~
地底の主と言う権力者がやってくるらしい。それは私たちが初めて敗北した時に聞かされた存在。あの八雲紫にあそこまで言わせるほどの存在。
心を読むという他人の弱点を突くことに特化していそうな妖怪だがそんなものでは八雲紫は騙せない。実力も相当なのだろう。
パチェや美鈴は危険かもしれないからと言って反対したが私はその妖怪に会う事を許可した。自らの眼で確かめる。それに一応の保険として見た私の運命に死の影は無かった。流石に知らぬものを見られるほど便利な能力でもないのでその妖怪がどんな奴なのかは来るまでわからない。
「なんだか嬉しそうですね、お嬢様」
「あぁ勿論だよ。普段なら会いたくない相手ではあるがこれは格好の商売チャンスなんだ。みすみす逃すのは勿体ないだろう?」
嘘ではないからまあいいか。本当は少しだけ会ってみたかった、なのだが咲夜を納得させるのにはこれでも十分だろう。
「流石はお嬢様です。自らを危険にさらしてでも紅魔館を守ろうとするその姿勢、素晴らしいとしか言いようがありません。ですが自分の身も大切にしていただきますよう」
「あ、ああ。分かっているさ。咲夜が心配することは無いよ」
うん? なんだか思っていたのと違う方向に行ったような気もするが咲夜は納得したようなのでいいことにしておこう。変に言い訳するのもまた面倒だし。
「レミィ、お客様が到着したわよ。美鈴が連れて来ているわ。でも……あれは不味い。いくらレミィでも気をつけなさいね。私も一応ここにいるけれど意味はないでしょうね」
パチェがここまで弱腰になるほどの相手。珍しいこともある物だとは言っていられない。
「なんだか騒がしくないか? 美鈴はいったい何をしているんだ? 癪だが少し見てくるよ」
「素直に美鈴が心配だからと言えばいいのに」「うるさいよ、パチェ」
まったく。確かに私が行く理由は美鈴が心配だからなのだがわざわざ咲夜の前で言わなくてもいいではないか。折角威厳のあるを演じているというのにパチェのせいで台無しになったらどうする。
「ま、こういう貴方を見るのも悪くはないわ。精々頑張ることね」
「いつまでも嫌味な奴だ」
そしていつまでも最も良き親友なのだろうな。本当に縁と言うのは不思議なものである。
さとり様に対する紫様の評価が高すぎて心配
話し合いは次回
次話は少し早く出せそうです。多分おそらくきっと