~古明地さとり~
おっと、危ない危ない。この館の門番…美鈴さんと言うらしいについて無駄に長い(地霊殿も大概だが)廊下を歩いていたら急に廊下のランプが割れた。本当に急に割れた。予兆など無かったし紫さんがやったわけでもない。
ただ美鈴さんには何やら心当たりがあるらしい。
「ほう、当主の妹さんですか。これはまた危険な能力を持っているようで」
地霊殿にもこんなに厄介なバケモノはいない。地霊殿から出ればそこらにいるのだが少なくとも普段敷地内にはいない。
と言うかここに来た時から美鈴さんの私への嫌悪がかなり凄い。まあわからなくもない。心を読まれる事がわかっていて招いた当主への不満も多少はあるみたいだが、それ以上に私が堂々とこの館内を歩いているのが気に食わないらしい。態度に出さないのは流石門番といったところか。当主への忠誠心は本物。実力も本物。
やはり私の護衛の選択は正しかったようだ。流石の彼女も手を出して勝てるとは考えていないらしい。当たり前だ。地上最強の種族だった鬼に敵う妖怪などほんの一握りである。
「お? あのちっこいのかい? (身長に関しては)萃香といい勝負だね」
その心の声は私以外には聞こえていない。身長ではなく実力が、と捉えられてもおかしくない発言だ。その証拠に美鈴さんは完全にそう捉えたようだし、紫さんも品定めをするような顔をしている。
見た限り彼女は別に弱いわけではない。むしろかなり強い部類にはいるはずだ。私の周りにそういう者たちがゴロゴロいるせいであまり実感できないが地底でも恐らく上位には入ることができるだろう。多分。
「あらあら、誰かと思ったら本当に誰? そっちのスキマは知ってるよ。昔戦ったし。他の二人は誰?」
何とも歪、何とも不安定。矯正する事など不可能なほどにその心が見せる心象は狂っている。
「私は古明地さとりと申します。こちらは星熊勇儀。今日はこの館の当主に話があって来たのですよ、フランドールさん」
「貴方…もう一人の方も、今まで会った誰よりも濃密な死の匂いがするわ。この館でそんな悪意をばらまくなんて貴方たちきっと敵なのね」
話し合いなどしようと思わない方が良い。まともな会話などできようはずもない。心の読めるこいしという感じだ。かわいらしさは段違いだが。
私たちからする濃密な死の匂いというのは恐らく怨霊のせいだろう。特に私は毎日怨霊の大量にいる屋敷に住んでいる。その悪意を受け続けていればその匂いも多少は移ってしまうものなのだろう。かれこれ数百年以上は浴び続けているわけだし。
「勇儀、彼女を極力傷つけないようにして拘束してください。その時にはまず右手を潰すのが良いでしょう。彼女の危険な能力も右手無しには発動しません」
「はいよ。っつっても上手く手加減できるかどうか……」
相手が吸血鬼ならば最悪やりすぎても復活してくれるだろう。再生力は他の妖怪を凌駕するほどだと聞くし。いくら勇儀が不器用だからと言っても抑えつけるだけなら大丈夫だと思う。
「ふふっ、良い敵意だわ。ねえ、貴方は壊れないかしら?」
フランドールの能力も完全なノーモーションではない。右手にある目を握りつぶすための動作が必要なのだ。私にとっては一瞬だが、身体能力がおかしい勇儀なんかにはその時間だけで十分だ。
「その前にあんたがくたばらなけりゃ良いけどね……ほいっと。…ありゃ? 逃したか」
「ふんっ、私だって吸血鬼なのよ。貴方みたいな妖怪に私が捕まえられるはずが無いよね」
天狗にも負けないスピードがこの狭い場所で生かせるはずが無い。今まで碌な戦闘もしてこなかったのだろう。触れなくても相手が肉片と化すのだから当然と言えば当然か。ただ今回ばかりは相手が悪かったと思ってもらうよりほかはない。
「世間知らずの小童がよく吠えるじゃないか。あんたがいくら速くても天狗には敵わない。見慣れた私からすればあんたなんか遅い遅い。……ほら、捕まえた。おっと、逃げるんじゃないよ。どうしても力勝負にしたいのなら付き合ってあげるけど。右手はとりあえず貰っておくよ」
改めて感じたがやっぱり鬼はおかしい。今回は相手の思考が幼かったこともあるのかもしれないが、それでもあれほど簡単に吸血鬼を捕まえられる妖怪はそういないだろう。
フランドールの右手はいつの間にか折れている。いつやったのかはわからないが勇儀の思考を読む限り手刀で手首の骨を砕いたらしい。
「恐ろしく速い手刀、私でなきゃ見逃しちゃうわね」
美鈴さんは捉えられていたらしい。流石は武人といったところか。
「くっ、あいつに幽閉されなければこんな惨めな事にはならなかったかもしれないのに……!」
「こらこら、お姉様をあいつ呼ばわりしないの」
「あら、いつの間にここに来ましたの? お姉様」
この幼い妖怪がここの当主のレミリア・スカーレットさんか。見た目で言えば私も他人の事は言えないが、一勢力の長で幻想郷最強格の妖怪がこのような見た目なのは知っていても驚きだ。私もレミリアさんくらい実力があればもう少し良かったのかもしれない。
「まったくわざとらしいったらありゃしない。
コホン。妹が迷惑をかけてしまったようだな。私がこの館の主である吸血鬼、レミリア・スカーレットだ」
「ご丁寧にどうも。紫さんから聞いているかもしれませんが私が地霊殿主人の古明地さとりです。そちらで妹さんを拘束しているのは私の護衛をしてくれている星熊勇儀。本日は私共の勝手なお願いを聞いてくださりありがとうございます」
なーんか、レミリアさんの中の私像がおかしなことになっているようだ。これは確実に紫さんのせいだな。誤解させたままにするのも可哀そうだし後できちんと言っておかないといけない。
一番気になるのは外面と内面の差だけど。本人の希望なら私からとやかく言うことは無い。
「レミリアが来たという事はもう私はいりませんわね。ではまた帰るときに呼んで頂戴ね」
紫さんを呼ぶのは簡単だ。少し前に例の球の改良版を手渡されている。実は私の能力を付与していないだけの劣化版なのだが十分使い物になるだろう。『だろう』というのは今まで使ったことが無いからだ。すなわち呼ばなくても来るので使いどころが無かったのだ。
「えぇ、帰りはまたよろしくお願いします」
レミリアさんが私を誤解しているように私もレミリアさんを誤解していたようだ。やはり会ってみるまではわからない事の方が多い。
~レミリア・スカーレット~
「ではとりあえず部屋に行こうか。フランはどうすればいい?」
騒がしいと思って来てみればフランが騒ぎを起こしていたらしい。地底からの客人二人はそれを止めてくれていたとか。美鈴には特にけがはないようだったのでとりあえずは一安心だ。
フランの相手をしてくれた妖怪にもけがはないようだ。客人にけがをさせたとなると紅魔館の名に傷が付く。相手が強くて助かったといったところだ。
「恐らく彼女の部屋に戻しても大丈夫だと思いますよ。折れた腕自体はじきに治るでしょうから、そうなっても大丈夫なように眠ってもらいました」
なんと。相手を眠らせることもできるのか。
「えぇ、眠りに誘う方法は単純。ただの催眠術ですよ。心に直接働きかける分、普通の催眠術とはレベルが違いますがね」
眠らせるのに時間はほとんどかからないみたいだ。つい先ほどまで元気に暴れていたフランも今は猫のように丸まって眠っている。こう見ればただの可愛い妹なのにどうして姉をあいつ呼ばわりするような子になってしまったのだろうか。
……いや、大体の原因は分かっている。私がまだ自我すら芽生えていないフランを地下に幽閉したからだろう。恨まれて当然。嫌われて当然なのである。だから私の愛もあの子には伝わることが無いのだろう。
「ならば問題は無いか。咲夜、フランを部屋に運んでおいてくれ。美鈴は門に戻れ。今日は妖精の一匹も通さない様細心の注意を払って門に立て。泥棒の一人でも通せば解雇は免れないと思っておけ。今日はパチェも図書館にいないからな」
一応小悪魔と妖精メイドたちは図書館にいるがあの白黒に対抗できるだけの力は無いだろう。パチェが図書館にいないことがバレるのも避けたいところであるし。
「では客人とその護衛よ、私についてきてくれ」
無駄に広いせいで迷ったら大変だからね。この館の中で迷われたら責任は全て私にくる。咲夜が調子に乗って広くし過ぎたのが悪いのか、広くしてくれとだけ頼んで規模を伝えなかった私が悪いのか。どちらにせよ置いてある物の位置がずれるかもしれないから狭くするのは無理だ。客人が迷わないようにするためには私が先導するしかない。
「なんか態度がでかいなぁ。おいおいさとり、ありゃ下手な交渉をさせられるかもしれないよ」
「やめなさい勇儀、みっともないですよ。私は彼女を悪い妖怪だとは思いませんよ。むしろこちらが心を開けばかなり接しやすい部類だと思います。それに私に限って下手な交渉をさせられるなどあり得ませんよ。相手の手の内が見えるのにそれに乗るなどバカでもしない事です」
ひそひそ話しているつもりかもしれないけど私には全部聞こえている。どうやら星熊勇儀とやらは私を疑っているようだ。そして古明地さとりの方は別に私を悪く思っていないと。心が読めるから私の違和感にも気づいたのだろう。許してほしい。
「何を言い合っているのかは知らないがもう着いたぞ。先にどうぞ」
「お気遣いありがとうございます。ではお先に失礼します。ほら勇儀も早く入ってきてください。レミリアさんが入れなくなりますよ」
今の礼は先に部屋に入れる気遣いへなのか話の内容を聞かなかったことにしたことへなのか。答えは心の読めない私には永久にわからない。
「では早速ですが話を始めましょうか。レミリアさん、とお呼びしても?」
確かさっき既に使っていたようだし特に問題はない。スカーレットと呼ばないのは恐らくフランと私をきちんと区別するためだろう。フランはここには来ないというのに律義な奴だ。私の中のイメージではもっと高慢な奴だと思っていたのだが。おのれ八雲紫め…私を嵌めたのか?
「ありがとうございます。では交渉に入りましょう。紫さんから大まかな話は聞いていますね?」
「あぁ、勿論だ。うちのワインを地底に売ってほしいのだろう? それについては構わない。だからここに呼んだわけだしな。そちらの問題はその値段、だな?」
八雲紫が急に来た時はかなり驚いたが、よく考えればあいつが出てくるときはいつも急だった。でも驚かないのは不可能だ。不意に声をかけられたときの表情は誰にも見られたくない。絶対に酷い顔をしているに違いない。
「話が早くて助かります」
今までにない大きな商談。失敗は許されるがなるべくしたくはないものだ。
さとり様は好かれない。至極当然の事なのです