~レミリア・スカーレット~
「そもそもレミリアさんは『心を読む』という事をどういう事だと思っていますか?」
心を読まれるという事は考えていることが筒抜けになる事。今私が考えていることをさとりがわかるという事なのではないのだろうか。
「ふむ、間違ってはいません。ですが正解でもありませんね。これこそが核心であり最も難解で私も理解できていないこと、すなわち心とは何かです。レミリアさんは先ほど心を読むという事と思考を読むという事を同一視しましたね。間違いではありません。基本的に私は他人の思考を読んでいますから」
心を実際に読んでいるさとりからすれば単純に私の考えが正解ではないという事なのか。心と思考の違いは運命と未来の違いのようなものなのだろうか。
「その認識で構いません。私も貴方も見えない概念を見ることができる存在ですからこの辺りの話は通じやすくて良いですね。そして貴方の考えている通り、心とは思考ではないのです。人間にも理解できるように言えば中毒と依存症の違いのようなものでしょうか」
何故わざわざ人間にもわかるように説明しなおしたのだろうか。運命と未来の関係で語ってくれても構わなかったのに。私からすればそちらの方が理解しやすいだろうし。
「その辺りはあまり気にしないでください。そもそも運命を理解できない私にはその説明もできませんし。…話を戻して中毒と依存症はしばしば同じ意味で使われます。アルコール中毒や薬物中毒なんかがそれにあたるのですが、レミリアさんは中毒と言うと普通どういったものを想像しますか?」
「そうねぇ…食中毒かしら。咲夜の料理に限ってそんな心配は皆無だけど茸なんかは特に危ないって言うわよね」
そうはいっても食中毒で苦しむのは人間だけで私たちにとっては毒にもならないんだけど。ウイルスやら細菌なんかは勿論、フグ毒なんかも吸血鬼にとって恐くもなんともない。毒が効かないから薬も効かないんだけど。
「そうです。中毒と言えば基本的には
中毒と依存性は同義にはなり得るのですが同値にはなり得ません。これと同じことが心と思考にも言えるのです。心という大きなくくりの中に思考というものが存在する、そう私は考えています」
心が思考とは別物である事は分かった。でもその二者間にどういった関係があるのだろうか。思考の中に心があるという発想は出てこないのだろうか。
「私が心を読む時には基本的に思考を読む、と先ほど言いましたね? ですが心という言葉にはもっと別の意味もあります。例えば咲夜さんがレミリアさんのために『心を込めて料理を作った』といった場合の心とは考えている事でしょうか? 明らかに違いますよね。
『心にもない事を言う』といった場合の心は思考を表します。つまり心は思考の外側にも内側にも存在する、つまり心の中に思考があるという事なのです」
心を込めて何かする時には確かに自分の考えを込めているわけではない。だが同時に誰かのことを思ってそれをしているのだから考えを込めているとも言えるのではないのだろうか。
そもそも考えを込めるとは何だろうか。まるでどこかにある心をその一点に集中させるような言い方だが…。
「流石鋭いですね。そこで生じるのは心が何処にあるのかです。多くの人も妖怪も心と聞くと先ず自分の胸を指す者が多いです。恐らく古くから知られてきた生きていることの証明、心臓の鼓動が原因でしょう。心とは生きている者にしか宿らないと考えられているからです」
死んでいる者にも心は宿ると言いたいのだろうか。もしそうだとすれば里の墓場は大変なことになると思うのけど。
「外で暮らしていたころの人間の思考が少しうつってしまっているようですね。死者と言う物は様々な形で心を持ちます。最も単純なものが幽霊や亡霊、悪霊、怨霊などの霊です。他にも古来の中国で使われていたキョンシー。これは人間だった頃の記憶を封印し、行動を制御するお札を張った死体です。お札が剥がれれば人間だった頃の習慣に従って行動すると言われています。これらのように死んでも心は失われず存在するのです。
また死者だけでなく無生物にも心は宿り得るのです。貴方も知っているでしょう? 付喪神と言う物は自分を壊さずに捨てた持ち主を怨む道具が妖怪化したものです」
幻想郷では如何なる物にも心が宿るという事なのか。
「えぇ、その通りです。外の世界でもそのはずなのですがある意味での信仰が失われたのでしょうね。話が逸れましたね。心臓という漢字が示すように心は胸にあると考えられてきたのでしょう。次に多い回答は頭です。こちらはより現代的な考え方に基づくものですね。脳によって思考をするのだから心も脳に存在するはずだ、という事です。
これは大きな間違いです。先ほども言ったように思考するから心が生まれるのではなく、心があるから思考が生まれるのです」
「うーん、難しいわね。でも胸にも頭にもないとなったら一体全体どこにあるというのよ。腹にでもあるの?」
これは流石にジョークだが本当にどこにあるのだろうか。さとりは知っているのだろうか。
「ふふっ、虫ではないのですから。心はどこにでもあり、かつどこにもないと私は考えています」
なぞなぞは別に得意ではない。子供だましだと思って無視し続けた弊害だろうか、さとりの言っていることがいまいち理解できない。
「そう難しく考える必要もありません。強いて言うなら心は私の目の前でのみ存在する、でしょうか。ご存じの通り心は私以外の誰も見ることはかないません。いつでもその人の心は存在していますがそれを認知することは不可能なのです。故にどこにも存在しない。ですが私の目の前に出てくることによって引き出すことが可能になります。
私にとっての心はレミリアさんで言えば運命でありフランドールさんで言えば物の目になるのでしょう。まるでないようにも見える。心と言う物はそう単純な物でもないのです」
~古明地さとり~
かなり適当な事を言ってしまった気もするがとりあえず私の考えはそんなところである。自分の能力を理解できる者など皆無に等しい。悠久に近い時間を過ごす中で如何にその能力の可能性を見つけていけるのかが重要だと思っている。
心とは何なのか。運命とはどういったものなのか。動く物体の最も緊張している部分とは。自分にもわからないからこそ他人にとって脅威となり得る。
私がこいしの心を読めないのは彼女が心を閉ざしてしまったから。だからあの子の思考は流れてこない。あの子は心を閉ざす前に会っていた少数を除いて決して誰にも心を許せないだろう。相手が如何に私と親しい妖怪であったとしてもあの子から見れば等しく他人。よく見るご近所さん程度の認識でしかないのだろう。
紫さんの心を読めないのは恐らくあらゆる能力の干渉を遮断する結界を張っているせいだろう。今考えれば心に結界を張るのはいくら紫さんでも恐らく不可能だ。
四季様の場合はそもそもこちら側とはズレているせいだ。結界など無くてもこちら側の存在からのあらゆる能力は遮断される。
「そういえばさとりも妹がいるって言っていたっけ? どんな子なの?」
「可愛いし良い子ですよ。ですがあの子は誰にも好かれないでしょうね」
それこそ私たち以外からは。
「やっぱり覚妖怪だからとか?」
「いえ、あの子は既に覚ではありません。心を読む眼も心も閉ざしてしまいましたから。ですからあの子を嫌う妖怪は居なくなったでしょう。そもそも誰の目にも留まらないのに嫌う方が難しいのです。今は行方も分かりませんよ…たまに帰ってくる程度です」
それだけでも十分にありがたい事だ。あの子が放浪しだした頃はもう帰ってこないかもしれないと思って散々嘆いたし後悔したものだ。今はその心配もあまり無いのでそう悲観的にならずに毎日を過ごせている。あの頃はお燐も悲しんでいたし。ただの黒猫だったけど。
「どこに行っても姉と言うのは苦労するものなのね」
「私はレミリアさんほどではないでしょうけど。表にも出ませんし威厳たっぷりに振る舞う必要もありませんからね。レミリアさんも肩の力を抜いてみてはいかがです?」
この話を
「なんかね、ある意味もう慣れてしまったのよ。こちらの方が私らしいんだけど今更すぎる感じはするわね」
「レミリアさんも気づいていたんですね。ならもう放っておく必要も無い気がしますが」
これ以上放置しておいても仕方がないし早く言ってあげた方があちらのためにもなるのではないだろうか。
「確かにそうね。初めからずっと聞き耳立てられてたんじゃあ気になって仕方がない。出てきなさいな咲夜にパチェ、あとは勇儀とやらも」
確かに初めからいたようだがその時から気づいていたとは思わなかった。そんな思考を挟まなかったからわからなかった。それにしても妖力や魔力をたどるのではなく部屋の外の音を聞くとは吸血鬼の地獄耳は伊達ではないらしい。
しかし咲夜さんもいる事に気づいていながらあの話し方をしていたという事は館の中では自分を変えようと思っているという事だ。良い事だと思う。
「すみませんお嬢様」
「大方さとりと私が二人きりで話す事を心配していたんだろう? なら仕方ないさ」
話し方が戻ってしまっている事については何も言わない方がいいのだろうか。心の中のレミリアさんの葛藤が面白いし何も言わなくていい気がしてきた。
「だが心配は無駄だったようだな。私が負けるはずが無いじゃないか」
そうそう、私が勝てるはずが無いのだから心配なんてするだけ無駄だ。レミリアさんは相当の実力者だし。
「おうおう、小娘が吠えるねぇ。さとりにかかればあんたなんて瞬殺だろうよ」
「やめなさい勇儀。そもそも私にはレミリアさんを害する気もありませんしそんな議論は無駄ですよ。…まあそちらのお二人は信じていないようですけれど」
恐らく二度と会わないから別に信じてもらう必要も無いのだが。それにしてもいつになったら勇儀の誤解は解けるのだろうか。私はそんなに強い存在ではない。
「はぁ、二人とも仕方のない奴だ。申し訳ないね、さとり」
「いえいえ、当然と言えば当然ですから全く気にはしていませんよ。では私たちはそろそろ帰りますね。これからもよろしくお願いします」
もういい時間になってしまった。仕事はお燐と戒に任せっきりにしてあるから早く戻ってあげないといけない。数百年ぶりくらいの地上で疲れたし早く帰りたいというのもある。なんというか長い一日だったように思う。
来た直後から敵意ばかり向けられていたし昔を思い出して懐かしく思ったというのは私の心の中にだけ留めておこう。誰も共感できないだろうし。
懐古するくらいの心の余裕はあるさとり様