~八雲紫~
「これは……いったいどういう事なのかしら? 紅魔館の真似でもしているの?」
「あら紫さん、お久しぶり…というほどでもないですね。つい先日も会いましたし」
地上の宴会から逃げ出して地底に来たはいいものの、前回のさとりの休日には無かったはずの光景を見て驚くばかりだ。紅魔館のように妖精たちがそこかしこで仕事をしているという異常事態。
メイド服ではなく死者の仮装という見た目は似ても似つかないものだし、どこか死んだ目をしているように見えるが間違いなく仕事をしているのは妖精だ。
「えぇ紫さんの言う通り、これは紅魔館を参考にして働かせているんですよ。普段は役に立たない妖精であっても、その脳に命令を深く刻み込むことによって桁違いの質の仕事をこなしてくれるようになるのです。量は少なめにしていますが」
脳に直接命令を刻み込む、か。確かにさとりならできてもおかしくない事だ。しかしそれはつまり式神よりも自由に僕となる道具を作りだせるという事でもある。
計算処理能力に特化させない僕としては式神よりも高性能になり得る。今のさとりは妖精で実験をしているのではないか。これから妖怪を従えるための下準備として妖精で試しているだけだとすれば……これは非常に拙い事態になるかもしれない。
「どうせなら楽して生きたいじゃないですか。妖精たちを働かせ始めてからはお燐や戒が仕事を手伝ってくれることが多くなりましたし非常に順調ですよ。
それはそれとして今日はいったいどんな用で?」
非常に順調…いやいやさとりに限って支配を目論むような真似はしないだろう。ただしさとりの場合は怖いところがある。それは楽になるためなら手段を択ばない節があるところだ。
楽をするために地底を封鎖し、楽をするために自らを死者として式神に指揮を執らせる。楽をするために常人なら取らない選択を容易く取ってみせる。
「そろそろ私の計画を動かそうと思ってね。その詳細を伝えに来たのよ」
「なるほど。二年ほど前に言っていた件でしょうかね? あれから何も伝えられていないので準備などできていないですが」
覚えていたか。まあたかが二年前の話を忘れるほどの馬鹿ならこんな役職に就いていられないだろうが。それにしてもこの計画は最悪の場合地上がさとりの手に落ちる可能性をはらんでいる。
隠岐奈や華扇がいるから大丈夫だとは思うがいざとなった時のさとりの行動力と決断は常に油断ならないものだ。楽をするための究極の手段は全てを支配してしまう事だからである。一応隠岐奈たちには話を通しておいた方が良いだろう。万が一が起こらない保証などどこにもないのだから。
計画を実行するのは今年ではなく来年だが直前になってから計画を話すのは良くない。相応の準備が必要となるうえに断られても文句は言えない内容である。
もし直前に話して断られたら打つ手なしの状態になるので一年以上の猶予は持たせておきたかったのだ。
~古明地さとり~
二年前にはぐらかされていた計画というものをようやく話してくれるらしい。毎日忙しかったせいで忘れかけていたが何とかすぐに思い出せた。
休日がとれるくらいの余裕はできたわけだが忙しかったことに変わりはない。気が付けば萃香の刑期ももう一年無いくらいの時間が経っているわけだから驚きだ。
最近は妖精のおかげでさらに生活に余裕ができ始めている。これはかなりありがたい事だ。紅魔館の妖精メイドたちを見てその仕事ぶりを信用していなかった私だが、思った以上に催眠の効果は出ているらしい。それこそ無駄が無さ過ぎて怖いくらいにはよく働いてくれる。
仕事が雑で後からもう一度掃除しなおさなければならない、という事も無い。これ以上多くの命令を出すと流石に精神が完全に破壊されてしまいそうなのでこれくらいに止めてあるが、現状不満はない。
やはり生活が楽になるというのは良いことだ。必要以上の楽は身体に毒だがこれくらいの実感できる楽はいくらあっても困らない。一番良かったのはこんな仕事をしなくても良かったはるか昔なのかもしれないが。
今となっては仕事のある日常が普通になってしまって何もしない日と言うのを思い出すことができない。まあこんな立場になったからこそ家族が増えたのだと思えばそう悪くもなかったのかもしれない。それでもやはり面倒ごとの舞い込まない生活というものには憧れてしまう。
私には紫さんのような圧倒的な能力や力も無ければ、レミリアさんのような多くの妖怪を従えるカリスマも無い。只管に地味な生活をするべきだったのだろうと今更ながら少し後悔してしまう。
「では改めてお聞きしましょう。その計画とは?」
「そう、それは――――――――――――――――」
~水橋パルスィ~
「なんだかお疲れのようね」
私たちなど毎日することが無くて暇を持て余しているというのに忙しそうに毎日が充実しているさとりが妬ましい。
「えぇ、疲れていますが本当にそうお思いで? 確かに毎日が充実していないと言えば嘘になります。ですがそれ以上に厄介なことも多いんですよ。つい先日も地上からの厄介な要請が入ったところですし断れもしませんでしたよ」
私にはわからない忙しさや取り決め、地上との繋がりなどさとりが憂う事は多いらしい。
「そういえば屋敷に入ったすぐ後から見慣れない物がそこかしこに飛んでいるのだけれど。妖精って死ぬのかしら?」
妖精のほとんどいない地底に長くいるせいで忘れているだけかもしれないが妖精にも死の概念はあったのかもしれない。確かに自然のほとんどない地底では妖精が死んでもそうおかしなことではないようにも思えてきた。
「残念ながらこの妖精たちは生きていますよ。この身なりはお燐の趣味です。そう言えばパルスィはこの妖精たちを見てもどうして働いているのか疑問に思ったり驚いたりはしないのですね」
さとりがこの言い方をするという事は先日要請を入れた地上の者――賢者だろうが――は驚いたのか。少し見てみたかったかもしれない。面と向かって話したことなど無いに等しいが。
「別に……貴方はいつも人手不足を嘆いているもの。少しくらい働き手が増えているところで別に驚いたりはしないわ」
「普通の妖怪は妖精がきちんと仕事できていることに驚くものなんですよ」
確かに妖精の知能は低いと言うがそれがどの程度なのかは知らないのだ。だから別に不思議に思わなかったし驚かなかったのではないだろうか。
というか妖精はまともに仕事もできないとみられる程馬鹿だったのか。地底にいる馬鹿でも与えられた仕事はできているというのに。酒瓶集めとか。
「あの妖怪たちは酒を飲みたいという一心で働いていますからね。所謂モチベーションというやつが高いのです。まああれは私としてはかなり意外でしたけどね」
あぁ、あいつらの仕事ぶりもさとりから見ればかなり意外だったのか。確かに私から見ても意外だったことは認める。常に飲んだくれで片付けなど最も縁のないような奴に見えたのにいざ小銭稼ぎができるとなればしっかり仕事をこなすという。
あんな奴らでもできるのなら私もすればよかった。(主に酔っぱらった連中が)面倒そうだと思って避けたが案外何とかなったのかもしれない。
「貴方は別に金があっても使うことが無いでしょう? やっていてもモチベーションが上がらないから続かなかったかもしれませんよ」
「確かにそうね。お金を使う時なんて差し入れを持ってくる時か……それくらいかしら」
想像以上に使う場面が無かった。貧乏救済のためにある程度の食糧は地霊殿から出ているし賭け事もしない。酒も基本飲まないから本当に使いどころがないのだ。
「無欲なのは悪い事ではないですね。無趣味と捉えられることもありますが私は別にそれならそれでいいと思っていますよ。趣味など生活に余裕のある者の特権なのです。
私のように少ない時間の中で趣味を持っている者もいるかもしれませんが、どのみち趣味に使える時間が少なければそれに対する興味が失せてくる者が少なくありませんから私は例外でしょう」
さとりの趣味は読書と執筆だったか。どちらも短時間でこなせるものではないだろう。それでもスキマ時間を見つけては読んだり書いたりしているらしい。
でもそれって仕事内容とあまり変わらないのではないだろうか。聞いたところによればさとりの仕事は書類を読んだり書いたりするものだった気がするのだが。
「失礼な、まったくの別物ですよ。私の好む読書は文字の中に主人公やらがいるんです。事務書類にはそんなものいませんからただの退屈な文章の羅列ですよ。心に響かない文章のどこに楽しみを見いだせるでしょうか」
お、おぉ。何やら地雷を踏んでしまったらしい。そんな気は無かったけど気にしているのなら申し訳ない事をしてしまった。
「ごめんなさい。さとりにとっては重要な事だったのね」
大事なことは人それぞれであって自分があまり重視しないことであっても他人にとってはそうでもないことは少なくない。不用意な考え方をした私が悪いだろう。
「いえ、私の方も少し熱が入ってしまいました。それにしても言葉にも出すとは相変わらず律義ですね。別に心を読めばパルスィの謝罪の意は汲み取れたというのに」
さとりはわかっていない。いやわかっていながらそう見せないだけなのだろうか。
「言葉の重みという物は大きいわ。ただ心の中でだけ謝られるのと声に出して謝られるのとでは感じ方が違うでしょう? 謝罪だけじゃないわ。好意も嫌悪もはっきりと口に出された方がそれこそ心に響くのではなくて?」
さとりだけじゃない。私もヤマメも勇儀だって人間だけでなく妖怪にも拒絶されてきた。嫌われているのを肌で感じていてもやはり口に出された方がショックは大きいものだ。
それが分かっているからあえて口に出す。それに口に出した方が誠意も伝わるというものだ。
「貴方は心が読めるからこそすべてがわかってしまう。相手の本心がわかるから声を聴いてこなかったんじゃないの?」
「耳が痛いですね。私は言葉の重みを知っているからこそそれを拒絶してきたのでしょう。聞かなくてもわかる、という言い訳の下に逃げ続けているだけの精神的弱者なのです。幻滅しましたか? ……ふふ予想通り、ですか。本当に…貴方はあまりにも優しすぎる」
私が優しい、か。以前にもさとりに同じことを言われたことがあった気がする。でも私が自分の優しさというものを実感できたためしはない。だからさとりの言葉がお世辞にしか聞こえないのだ。
「私がお世辞? そんなもの間違っても言いませんよ。いや、何か間違いがあれば言うかもしれませんが私の貴方への評価はいつでも本心からのものですよ」
自分の事は自分が一番よく知っていると言う者は多いが実際は全然そうではない。むしろ他人の方がその人をよく見ていることの方が多いのだ。
さとりは嘘を吐かないのでさとりの私に対する評価もそういうことなのだろう。特にさとりは他人の内面まで見る事ができるから余計に自覚しにくいのだろう。
さて、そろそろ帰ろうかな。今日はさとりがやつれていないかを見に来ただけだし。
「お燐たちがいる限りその心配は不要かもしれませんね。ではまた来てくださいね。貴方ならいつでも歓迎しますよ」
さとりも忙しいだろうからそんなに高頻度で来ることは無いだろうけどそのうちまた来るだろう。次は勇儀たちも一緒かもしれないけど。
久しぶりにパルスィを出したかった
相変わらず紫様のさとり様に対する深読みが過ぎる