早いものでもう12月です。今年中には完結させたかったのですが無理そうですね
~古明地さとり(回想)~
『紫さんになり切ってほしい?』
紫さんから計画を話されて、その話の突飛さに思わず聞き返してしまった。だってそうだろう。力の無い私が妖怪として頂点にも立つべき紫さんの代わりになどなれようはずもない。
『そう、貴方無くしてこの計画は実行不可能なのよ。協力してくれるわよね?』
聞き間違いであってくれと天にも縋った私の願いはどうやら聞き入れられなかったらしい。そして紫さんのこの聞き方。”断ればどうなるか分かっているな?”という考えが透けて見えるほどに単純であり、また無慈悲である。
お燐たちには受け入れるしかなかったこの私をどうか許してもらいたいものだ。
そんな経緯から始まった八雲家での生活。自分よりも強い式神に世話をされ、かつ藍さんが想像する通りの紫さんを演じ続けなければならないという生き地獄。
毎日胃がキリキリと痛む生活をしているので当然食も細くなる。ここに来る直前に胃薬の補充をしてくれた紫さんには感謝しかない……わけもない。こうなっているのも紫さんのせいなのだった。これが所謂マッチポンプというやつなのだろうか。
『おや紫様、今日は珍しい時間に起床なさるのですね』
昼夜の概念が無い地底と違い、明確に昼夜がある地上。慣れている時間に起きたと思っても昼だったり夜だったりとまちまちになってしまう。外の世界には時差ボケという言葉があるらしい(そもそも時差が何なのか分からないが)。きっと私もこれだったのだろう。
朝に起きれば藍さんからこう言われてしまう始末である。そういう時には適当な事を言ってあげれば大抵何とかなるものだ。
『真なる神出鬼没とは誰にも予測不可能な物よ。計算が得意な貴方や私でさえもね』
なんだかんだかなり長い付き合いなので紫さんが言いそうな言葉はスッと出てくる。嬉しくはないが怪しまれる心配も少なくなるのでこういう時だけは助かる。
そして藍さんは
しかし私が懸念していたのはそんな藍さんからの質問ではなかったのだ。そう、式神とは術者の妖力や霊力を借りて存在している形無き物なのだ。つまり
この質問を紫さんにぶつけた時、初めに彼女は私を馬鹿にしたような目で見てきた。
確かにこの問題が解決できずにあるままなのならば真っ先に紫さんが気づく物だろう。何せ式神を私に教えたのは紫さん自身であり、式神の使い方は彼女が一番理解しているだろう。つまり杞憂だったのである。その後の彼女の開口一番の言葉は
『二年前にどうして貴方を欺いたのか、考えてみなさい。貴方ならわかるでしょう?』
だった。そこで私は考えたのだ。欺かれかけた理由とその方法を。
『そうですか、だからあの時あの人形は妖力を纏っていたのですね』
私は他の妖怪よりも圧倒的に妖力や霊力などの力に敏感だ。それが生き残るための手段だったからだ。そして紫さんが突いたのはまさにそこ。彼女自身の妖力を人形に纏わせる方法自体はあの時既に完成していたのだ。
そしてその理由は…”貴方の
『えぇ、貴方はただ私の真似をしていれば良いだけよ。僅かな量の妖力でも式神が検知できれば問題はない』
紫さんの妖力操作は完璧であり私にも読めないものだった。妖力が彼女の意志を反映するのは完全に無意識である時のみ。つまりそれ以外は平静であり動きがほとんどないのだ。
そして覚妖怪という種族柄無意識は非常に相性が悪い。故に彼女の妖力の扱い方など真似できようはずもない。強いていうならずっと動かさない事くらい。妖力操作はある程度得意だが完全に動かさないというのは思っている以上に難しいのだ。
藍さんが騙された最も大きな原因はここにあった。検知できる程度の妖力を纏ってさえいれば他人の妖力や魔力を含んでいても違和感を覚えないという絶望的な式神の性質、さらに見た目では判断できないほどの酷似。
今回の計画は全て式神と観察眼の無い者の弱点を突くことで真価を発揮する物だったようだ。自身の忠実な従者をさえ迷いなく騙す。私には足りない強者たる所以の一つだろう。
全ての世話を藍さんにしてもらうという快適であり窮屈な生活は四か月間も続いたのだ。その間に最も危なかったのは幻想郷の賢者の一柱、摩多羅隠岐奈との邂逅だっただろう。危なかったというのは私が紫さんでないとバレることではない。私自身の命が危なかったのだ。曰く
『紫のやつからお前の話は聞いているぞ。なんでも厄介者の多く棲む地底を治めているような妖怪らしいじゃないか。そこであえて聞こう。
お前はどうして地底から出てきた? 紫の頼みなど断れただろう。地上を、幻想郷をどうするつもりだ? お前は楽をしたいそうじゃないか。答えに因ってはここで楽にしてやるぞ』
ただの殺害予告である。だが抗う事は許されない。内包する力は数多く存在する神の中でも頭一つ抜けている。私ではどうしても対抗することはできない。須臾の間にやられるだろう。
幻想郷を愛しているからこその言葉だというのは理解できる。しかし幻想郷新参(参加していないしするつもりもないが)の私にとってはその愛がわからない。
『私が幻想郷をどうするか、ですか? どうするつもりもない、とお答えしておきましょう。……まあまあ落ち着いてください。そもそも私が紫さんに取り入ってまで幻想郷を支配したがると思いますか?』
『お前と私は初対面だろう。いくら私でもそんなものすぐに判断できるわけではない』
『そうでしたね。話を進めましょう。結論から言えば当然ですが幻想郷を支配する気など毛頭ありません。もし私がそのような野望を持って彼女と接していたのならばもっと能動的に動いていたでしょう。それだけの魂胆があればそもそも地底の主などしてはいなかったでしょう』
地底を治めるなんてやらなくていいのなら絶対にやらなかった。紫さんや四季様からの提案を断るだけの勇気を私は持ち合わせていなかったのだ。
紫さんをここまで騙しとおすほどの魂胆があったのならば確実に断る勇気もあったことだろう。それが無いからこそこうして紫さんの計画に付き合わされているし地底を治めることになっているのだ。
『…確かに貴方の考える通り、野望が強ければ強いほど長く忍耐できるでしょう。妖怪ならば相手から都合の良い提案を持ちかけられるまで待つことも可能ではあります。私を信じるか信じないかは貴方自身の判断でしかないわけですし、ここでいくら私が白を主張しても言い訳にしか聞こえないでしょう。
しかしあえて言わせていただきましょう。紫さんの頼みなど断れた? できないですよ。私にはどうあがいても不可能な話です。楽をしたい? えぇ当然そうですよ。平穏な日常ではなく刺激のある生活を望むのは圧倒的強者あるいはマゾヒストくらいなんですよ』
私はいたって普通の弱小妖怪なのだ。刺激ある生活こそが日常でありそれを除きたいと考えるのは妥当だろう。平穏無事に飽き飽きする者は恵まれているとしか言いようがない。私だって毎日命の危機にさらされているわけではないがそれなりに危険な生活をしているのだ。
力は無く、勇気も無い。私にあるのは神にさえ通用するこの忌み嫌われた能力だけ。
『私はお前を信用する事など到底できない。だが紫がお前を信じるというのなら今回の事は信じてやろう。だがもしこの幻想郷に牙をむいたならば…分かっているな? ではさらばだ』
何とかこの四か月間で最大の危機を退けることができたのだ。言葉の通りまったく信用はされていなかったが今回は紫さんに免じて、だったらしい。私の中でできれば二度と会いたくないリストに入った。
因みにそのリストに入っているのは胸糞の悪かった牛鬼(故)、今のこいしになった原因を作った妖怪(生死不明)、
何度も訪れた危機的状況も摩多羅隠岐奈の襲来に比べればなんてことは無い。結界の管理についての博麗との話も勢力関係での天狗やレミリアさんたちとの話も何ら問題はなかった。このような活動をして改めて理解できたことがある。地上の者の紫さんへの感情だ。
どこへ行っても嫌悪感をあらわにされたものだ。普段から慣れていたために全く動揺せず話ができたが、私以外ならば気分が悪くなっていたかもしれない。
狡猾なのはやはり天狗だ。レミリアさんはあからさまな敵意を向けてきたし博麗も信用していない態度をもろに見せてきた。だが天狗は違う。あそこまで裏の顔を偽ることができるものなのかと幻滅しかけたほどに内心と言葉が釣り合っていなかったのだ。
『最近になって鬼が出てきたそうではないか。八雲殿はこれをどうみられるか?(八雲がいなくなれば天下は天狗の物だというのにとことんまで邪魔をする奴だ。実際に見るのは初めてだが噂に聞いた通り胡散臭い)』
失礼な奴である。紫さんがいなくなっても天狗に天下は取れない。そもそも鬼を知らない若造がこんな偉そうな役職に就いている時点でお察しだ。
『う…や、やめろ……来ないでくれ…』
急に弱音を吐きだす先ほどの大天狗。勿論犯人は私である。鬼を知らない者にはその恐怖を植え付けてやらねばならない。何故天狗が今こういう社会を築いているのか、何故山を統治できているのかを伝えるのが天魔の役目ではなかったのか。
『八雲……お主そこの大天狗に何かしたかの』
『失礼な者にはそれ相応の苦痛を与えているだけですわ。それにしても天魔も衰えたものですわね。こんなものでは天下は取れませんわよ?』
少なくとも私や鬼たちの記憶にあった彼女はもっと威厳のある風格だったはずだ。この僅か千年近くでこうも衰えてしまったか。今時風に言えばストレスによって一気に精神にガタが来たか。
『何をぬかすか。お主の生きているうちは天下など誰も取れないだろうよ。それにの、もう鬼と喧嘩する事も無くなってしもうたし力が衰えたのも納得じゃ。このままでは天狗の未来は暗いものじゃからのう、新風を招き入れるために若造に世代交代しておる。お主に不快感を与えたのもその一人。前回お主と話した直後に就任させた新進気鋭の若年者じゃ。安心せぃ、次回までには躾けておくわ』
なんだか申し訳ない事をしてしまった気分だ。もう二度と会わないだろうが出鼻を挫くような結果にならないことを祈るばかりである。いつの日か鬼の恐怖と世間の広さを知る立派な大天狗になってほしいものだ。
『ありゃ、気を失ってしもうたか……これ、射命丸よ。そこの大天狗を屋敷まで運んでやれ』
『はい(うわぁ、めんどくさいなぁ。私より若いくせして地位だけで威張っているような奴に肩を貸したくなんてないんだけど。でも天魔様の命令だしなぁ…はぁ。それにしても八雲紫もたまにはいい事するじゃないの。グッジョブだわ)』
幻想郷を見ていればかなりの頻度で見る射命丸さんだがこうして組織の中にいる彼女を見るのは初めてだ。初めて会った百年余り前と何ら変化はない。鬼がいない分心の中でも言いたい放題になっているが。
大天狗の事は嫌いみたいだが天魔には忠実らしい。威厳があったころの彼女を知っているからだろうか。そこまでは読み取れない。
『山の外にいることも多いゆえあ奴の事はお主も知っておろう?』
『えぇ、勿論ですわ。どこに行っても付き纏ってくるまさに羽虫のごとき天狗。いくら最速でも私よりは速く移動できないようですけれど』
音速もスキマ移動には敵わない。紫さん本人なら幻想郷の西端から東端までだって一瞬で移動できるだろう。私は精々一里程度しか移動できないがそれだけでも射命丸さんを撒くことは十分に可能だ。神社に寄った時などにはそうして逃げていた。
自画自賛できるほどの演技力で何とかやり過ごし藍さんからの心配も上手く躱すという大変な日の中にもいい事はあった。趣味に使える時間が驚くほど増えたのだ。この四か月で貸本屋にお忍びで入ってみたり、書きかけだった原稿を完成させることもできた。
こいしに暴露されて以来新たにこっそりと少しずつ書き進めていたがようやく完成だ。執筆期間は実に百年越しの超長編小説である。一日当たりの進み具合がノミほどだったから百年かけたという割には少なすぎるけど。
地底に原稿は持って帰って来たのであとは製本作業を頑張らなければならない。それに関する本も地上にいる間に借りて読んだし頭に叩き込んだから問題はないはずだ。
売り物にする気はないので増刷も無い。この本は貸本屋のお嬢さんへの感謝の気持ちのような物だ。何度も利用させてもらったし様々な最近の本を知るきっかけにもなった。
”uzusoK ot sknahT laicepS”
っと。これであとは製本ができたら紫さんに頼んで持って行ってもらうだけだ。
「おーい古明地、私たちも来てやったぞ~」
まったく耳の早い人たちだ。昨日帰って来たばかりだというのにもうお燐から話が行ったらしい。だが聞きつけてすぐ来てくれることには感謝している。
「相変わらず貴方は飲んでばかりですね。地上に出て少しはマシになるかとも思いましたが」
「酒吞童子から酒呑みを取ったらただの子供じゃあないか。もう素面ではいられないねぇ」
傍から見れば酒を呑んでいる子供だ。恐ろしい鬼を少しでも滑稽にしようと付けた名前なのかもしれないが言い得て妙である。人間もまさか本当に子供だとは思ってもみなかっただろう。
まあ萃香の理屈で言えば勇儀や茨木さんなんかは本当にただの子供になってしまうのだが別に指摘する必要も無いだろう。萃香も本気で言っているわけではないし。
「萃香が素面だったのなんてもう何百年前だい? さとりでも知らないくらい昔じゃないか?」
詳しくは覚えていないが来た当初はまだ素面の面影があった気がする……気がするだけかもしれない。でも確実にパルスィたちは知らないだろう。
「忘れましたね。まあその話はまたあとにしましょう。これ、早く飲みたいでしょう?」
昨日紫さんから労いに貰った外の世界の日本酒。島崎藤村の作品名を冠する「夜明け前」外の通貨で二万円もした高級酒だそうだ。私が日本酒をほとんど飲まないのを分かっていながら高級酒を持ってくるあたり紫さんの性格の悪さが垣間見える。
鬼二人やヤマメ、お燐には嬉しいお土産だろうが私にとっては別にそうでもないのだ。これなら小説「夜明け前」の方が嬉しかったくらいである。言っても紫さんには聞き流されてしまうだけだろうけど。まあ萃香の帰りの祝いの席には丁度良いかな。
前話で既に萃香の名前は書いていました。気づいた方もいたのでは?
次回は紫様回ですかね