面倒ごとを押し付けないで!   作:小鈴ともえ

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孤高の神子

   ~八雲紫~

 

 

さとりに地上を任せてでも私がしなければならなかった用事、それは外の世界に存在する。現実(うつつ)が支配を広げ幻想(ゆめ)が次々と失われている世界。そんな世界に私の旧い知人も残されていたのだ。

 

外に来てから様々な事を調査して久々にやってきた大きな神社。太い注連縄は何処も変わっていないように見える。

しかし管理された神社の随所に残る廃れた信仰の形跡。その広さに似つかわしくない閑散とした境内。ひび割れた石段。そして薄く濁った湖。その全てと私の記憶に齟齬が生じる。

 

前回私が見たのは幻想郷を結界で閉じる百年ほど前だったがその時にはここまでではなかった。人々は篤い信仰心を持っていたし境内には人があふれていた、とまではいかないものの多くの人が訪れていた。石段には苔さえ付着しておらず湖は底が見えるほど透き通っていた。

時代は変わる。時代は廻る。いつからか神社は観光地として以外の側面を失い祭神の持つご利益など二の次になっていった。神と交信ができない巫女が増え、神職は飾りとなったことで祀られていた神は次々と消滅していった。

 

もはや本物の神社すら少なくなった今日、ここの神社はまだ神が存在する珍しい神社なのだ。境内に入ってしまえば生温い空気と耳をつんざく喧噪から抜け出すことができるし、よく知った神力に包まれて何処か安心できる。

境内は神域なので妖怪からは力を失う場所として忌避されるはずなのだが慣れてしまえばどうとも思わなくなる。それにどうせ戦うとなっても相手は信仰の廃れた古い神、今ならば負けはしない。二柱いるから厄介なところではあるが。

 

”そこにいるのは誰そ……む、もしや紫か?”

 

「えぇ、お久しぶりですわね。その声は神奈子かしら?」

 

神域に踏み入れたから声をかけてきたのだろうか。姿が見えない事から考えれば社の中か。あちらのホームなだけあって自由がきくようだ。

 

”ちょっと待っていて頂戴、諏訪子も連れて今出るわ”

 

相手がだれか分かったらすぐに態度を変えた。昔会った時はこんな風ではなかったはずなのだがこれも時代の変化の一部なのだろうか。

 

「いやいや急に貴方が来るとは思わなかったわ。幻想郷(あちらの世界)を作ってそこに籠ったと聞いていたけれど。まあいい、早苗―今代の風祝だけど―ももうすぐ帰ってくるから中で待っているかい? 素晴らしい才能を持っている。会ってみたいだろう?」

 

「それはまだ駄目ですわね。少なくとも今ではないでしょう。考えてもみてください。貴方たちを見る事ができる者は多くありません。その中で私が急に現れたらその子はどう思うでしょうか」

 

東風谷早苗。彼女の事は事前に調べてある。当代風祝にして底知れない才能を秘める()()()。そう現人神なのだ。これが事をややこしくする。人間として生活している以上消滅することは無いが、神でもあるので外でずっと生活することは早苗にとって良い事とは言えないのだ。

外に来て初めて知ったことであるし、風祝を外に置いて二柱だけを幻想郷に連れて来ようと画策していた私にとっては思いがけない誤算だった。外に住む人間を食糧として以外の目的で幻想入りさせるのはあまり好ましい事とは言えない。

 

(常識)で育った人間が幻想郷(非常識)に馴染めるか、という問題もある。しかし最も危惧すべきことは幻想郷に行ったすぐ後に妖怪の餌となってしまう事である。

その目的で招き入れている人間ならそれでもいい。むしろそれがいい。だが幻想郷で暮らさせるために招き入れた人間がすぐに死んでしまうのは本意ではない。

 

「ではこうしましょう―――――――――」

 

 

 

 

 

私は生まれた時から特別だった。自分が特別だと自覚したのは小学校に入ったすぐ後だっただろうか。何か周りの子たちと見えている世界が違う、幼心にもそう感じた。

神社に住んでいる人が周りにいなかったからかな、とも思っていたから近所にある様々な神社に行ってみたものだ。しかし近所の神社のどこにも私と同じような子はいなかったし神社自体が泣いているようにも感じた。

 

『神様が見える』そう言っても誰も本気にはしてくれなかった。父親や母親をはじめとした親族でさえも私の言う事を本気にして聞いてくれる人は全くいなかった。幼いころは何も気になっていなかった。子供の戯言だとしてそれなりに話を合わせてくれていたからだろう。

しかし私が中学生になったころ辺りから親の反応が冷たくなってきたし、友人たちからは危険人物として見られるようになっていた。

 

いつしか私は自分の心を偽って生きるようになってしまった。もはや誰の前でも神様の事は口に出さないように生きていた。しかしそのことを言っていた頃の私を知っている人はかなりいた。

だから私は三駅ほど離れた少し遠い高校に進学することに決めた。誰も私を知らない場所で新しいまともな生活をしようと思ったからだ。当然ながら神社から遠いので朝は早く夜は遅い。私がそういった生活をしていることに二柱の神様たちは少し寂しそうな顔をしていた。

 

当然だ。そもそも話ができるのはもう私しかいない。代々この神社の風祝をしてきた東風谷の家系においてさえも神の声が聞こえるのはもう私だけらしい。私は特別なんだ。特別で人とは違うのに親にさえそのことを自慢できない。私は両親が悲しまないように普通の人と同じように過ごすだけ。神奈子様や諏訪子様が私の真の家族だと言われても納得できそうなくらいに私は両親よりも二柱を愛している。両親だってきっと私が普通の子だったほうが良かったに決まっている。

 

結局大学も近所にあるところにした。神奈子様たちは

『別に私たちの事は気にせず早苗のしたいようにしな。大学だって別に通えるところじゃなくても構わないよ。早苗ならもっと上も狙えるだろう?』

と言ってくれたが十数年もこの二柱に支えてもらった私にそれができるはずが無い。結局は一番興味のあった宇宙物理学を専攻することにした。近代の科学は神の存在を否定してきた。それでも私が科学を追い求めるのは否定されたはずの神の存在を知っているからだ。

 

科学は完成されていない。否定したと思い込んでいる人間が大半であるから証明できていると考えられているだけだ。ならばこの私が完全にして見せよう。否定しようも無い決定的な証拠を提出して科学に革命をもたらそうではないか。

大層な意気込みを持ってはいるがまだまだ大学に入って半年しか経っていない。基礎の基礎しか学んでいない小娘が科学の世界に物申してもよほど素晴らしい論文でもなければ相手にされないだろう。だから今はまだ来年以降学ぶだろうことを独学で身に付けているだけだ。

 

したいことはまだできていないが大学に入って良かったこともある。帰る時間が高校時代よりもかなり早くなったのだ。基本的に午後の授業は一コマ程度しか入れないようにしているので帰ってもまだ夕方になっていないことが多い。

だから最近は神奈子様たちと話ができる時間が増えているのだ。由緒正しい巫女服を着れば両親が私にとやかくいう事も無い。

 

今日だってまだ三時くらいだ。丁度良いからコンビニでおやつでも買って帰ってあげようか。お二柱が好きな物は何だっただろうか。高校時代には考えられない心の余裕がある。反抗期が終わったというのもあるのかもしれない。

気分が良ければ境内までの長い階段だって気にならない。ここまでわざわざ参拝に来るのはお年寄りの方ばかりだからこの段数は辛いだろうし罅が入っているから少し恐いけど。

 

「ふんふんふーん……あれ?」

 

いつも通りの境内のはずなのに嫌な予感がしてならない。冬場に冷たい手で背中を触られたかのような背筋も凍りそうな雰囲気。まだ秋口なのに冷や汗が止まらない。風も無いのに木の葉が舞い、晴れているはずなのにここだけ気温が10℃も下がったかのような錯覚に陥る。

 

「もし。そこの貴方、もしかしてここの神社の関係者ですか?」

 

「はっ? あぁ、そうですよ。神社について何か聞きたい事でもありましたか?」

 

振り返ると恐ろしいほど美人な女性がそこに立っていた。金の長髪に不思議な形をしたピンク色の傘、そしてゴテゴテしたドレス。普通なら非常に浮くだろうその恰好でも違和感を覚えない不思議な魅力がその女性にはあった。

 

「いえいえ、都合のよろしい事だと思いましてね…ふふっ。

貴方の大切な方を二人程人質に取りました。返してほしければ指定場所まで貴方一人で来なさいな。尤も一人で来るしかないでしょうけれど。場所は絵馬の一つに書いておきました。では待っていますよ」

 

人質を取られたことなんてドラマでしか見たことがなかったので女性が階段を下りて行った後も少しの間ポカンとしてしまった。そのせいで彼女を見失ってしまった。下るのがあまりにも早い気がするが今はそんなことを考えている場合ではない。早速絵馬を確認して神奈子様や諏訪子様に相談しなくてはならない。

両親を攫って残り私一人だと思い込んでいた相手には悪いがこちらにはまだ二柱が残っている。両親は必ず返してもらう。いくら最近冷たいと言ってもこの世にただ二人しかいない大切な両親なのだ。愛していないはずはない。

 

 

   ~その頃の古明地さとり~

 

 

この生活の終わりが見えないというのもなかなかに辛いところだ。紫さんは今年中には帰ってくるつもりだと言っていたけれどそれも本当かどうか怪しい。何をしているのかは知らないが早く帰って来てほしいものである。

 

「紫様、夕食ができましたが」

 

「まだ眠いからもう少し寝るわ」

 

こんな感じに紫さんの真似をするのも結構疲れるのだ。本当は藍さんの作った夕食を食べられる程お腹が減っていないのだがこれを紫さん風の言い訳にしなければならない。

そもそもそんなに寝ていないのにどうしてお腹が減らないのだろうか。地底にいるときはお燐の作る料理を全て食べられていたはずなのに。やはりストレスだろうか。医学書はたくさん読んだが精神病について書かれた本は読んだことが無かったかもしれない。

 

妖怪が精神病を患うのはかなり拙い事である。元々弱い部分をさらに弱めてしまう原因になるからだ。今の私は妖精程度の力しか出せないかもしれない。

天下の八雲紫がこの様と知れたら何をされるかわからない。この誤魔化しもいつまで通用するか分かったものではない。藍さんの式神を騙すだけの妖力は残っているがそれの管理も大変なのだ。元々少ない妖力をやり繰りしている状態だし。

 

「はぁ」

 

次に藍さんが声をかけに来るのは一刻ほど後だろう。彼女もすることは多いだろうに大変だ。違和感のない程度には労っているつもりだが効果はあまり望めないだろう。式神なんて働いてなんぼの使い魔のようなものだし。

こんな地獄のような日常から逃れて早く旧地獄に戻りたいものだ。改めて感じたが既に地獄ではない場所と現在進行形で地獄な場所は全然違うのだ。




高校生設定が主流だからこそ抗いたい。常温核融合を詳しく知っている高校生なんてほとんどいないですし

風神録の導入にばかり時間をかけて、異変自体はさとり様と無関係だから一瞬で終わるんですよね。悲しいなぁ

今回は回想ではないので『』ではなく「」を使っています
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