~古明地さとり~
私が地霊殿に引っ越してから数日が経った。もう既に地底全体にそのことは広まっているみたいだが、地底の妖怪たちは全く動きを見せない。お燐(折角一緒に住むことになったので火焔猫燐という名前を付けてあげた)によると、旧都の雰囲気は以前までと大して変わらないらしい。もしかして私の心配は杞憂だったのだろうか。それならそれで構わないのだが。
以前までとは打って変わって家が広くなりすぎたのでほとんどの部屋は持て余している状況だ。こいしのためにたくさん飼っている動物たちに部屋を提供しても余るくらいだからむしろ困っているのだ。何より掃除が面倒でしかない。排泄物はきちんと場所を教え込んでいるから問題ないが、やはり抜け毛などは出てしまうものだ。
毎日掃除だけで半日以上かかってしまって、他にしなければならない事(怨霊の管理など)をしようとすれば睡眠時間は二刻ほどとなってしまう。妖怪であるためまだ大丈夫だが、これをあと何百年続けなければならないのか、と思うと毎日が地獄である。ここが地獄だった頃よりはるかに。
誰かを雇う事も出来ない。誰が好き好んで覚妖怪の下で働きたがると言うのだ。そもそも労働者を探すほど暇な時間も無い。近頃は動物たちにも心配されるようになってしまっている。彼らの前では精一杯余裕ぶっているはずだが、動物の勘と言うのはやはり侮れないという事なのだろうか。
幸いなのはまだ反乱がおきていない事か。その騒動の火消しまでやっていたら身体がもたないからありがたい限りだ……「おいっ、さとりっ!大変だぞ!」
こんな事を考えていたから
「…ふむ、数は五十ほどですか。(普通に多いけど)思ったよりは少ないようですね。勇儀さん、少し技をお借りしますよ」
私の人望の無さが浮き彫りになっている。勇儀さんたち鬼が敵側にいないのが不幸中の幸いと言うべきか。彼女たちが敵に回ると勝ち目は完全になくなってしまう。
「悪くは思わないでくださいね。これも
想起『三歩必殺』
文字通り三歩目が恐ろしい技のようなので、敵軍までの最適距離を見て技を繰り出す必要がある。攻撃範囲と威力は勇儀さんの技なだけあって流石のものだ。
「へぇ、お前さんそんなこともできるのかい。これは一度戦ってみたいものだね」
「やめてくださいよ。私はただ他人の技を借りることでしか戦えないような弱者なのですから」
それにいくら勇儀さんと同じような攻撃をしたと言っても所詮は私の妖力で再現できるところまでだ。威力は勇儀さんのものと比べるまでもない。故に戦ったら普通に私が押し負けるので、ただの虐殺にしかならない。
「しかしこいつらも情けないねえ。反乱するならもう少し作戦を考えるべきだろうに。まあ私に気づかれずに仲間を集めたことだけは褒めてやるかね。それで首謀者はどいつだい?」
「…………殺されたとしても絶対に言わないぞ……。頭の名誉にかけてもな……「なるほど、牛鬼でしたか」なぁっ!?」
「私が何の妖怪だったか忘れたのですか?滑稽ですね。頭に姿を思い描いた時点で私の餌食ですよ。こういう時ばかりはこの能力にも感謝しなければなりませんね。さて、もう少し聞いておきましょう。その前に勇儀さん、この者が自害しないように押さえておいてください」
これから先の私の生活に脅威が現れないように徹底的に本拠地を潰しに行かねばなるまい。恐れを以て地底を統べるのは私の理想とするところではないがこればかりは仕方ないのだ。
「まずは一つ目です。貴方たちの本拠地は何処にあるんです?あぁ、声には出さなくても結構ですよ。……旧都の外れのさらに路地裏ですか。確かにそこならほとんど誰も通りませんからね。次に牛鬼含め貴方たちの能力を聞いておきましょう。……ほう、従える程度の能力?ある意味では厄介かもしれません。他は…ふむ、隠れ処を隠れ処たらしめるにはやはり隠す者も必要ですね。入る方法は案外簡単なようですけど。それでは最後に、貴方たちが反乱を起こそうと考えた理由は?……ふふっ、まあそうでしょうね。ご協力感謝しますよ。それと死にたいのならご自分でどうぞ。私から殺すことは致しませんよ」
牛鬼も馬鹿なものだ。口外すれば死ぬような術がかけられていたようだが私がいる時点でその術の意味はなくなる。残りはあと百ほどいるらしい。聞いてもないことまで教えてくれるなんて優しい妖怪だことで。
「勇儀さん、私は本拠地に殴り込みに行ってきます。ここで潰しておかないと後々面倒なことになりますからね」
「それなら私も行こう。私はこうやってこそこそしている連中が一番嫌いなんだ。どうせなら正々堂々と勝負すればいいのによ」
今回のやり方に相当怒っているようだ。しかし正々堂々と反乱してくる者なんていやしないだろう。理不尽である。しかし勇儀さんも来てくれるのはとてもありがたい。戦力が大幅に上昇する。
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「ここですね。タネさえわかっていれば大したことも無い仕掛けだったようです」
「おぉ?地底の主様と鬼の娘じゃねえか。来ると思っていたぜ」
「なんだ、私らが来ることはわかっていたのかい」
「当たり前だろう?もとよりあんな雑魚どもなんざ信用してないからな。それにお前さんのような強い鬼にここまで来てもらえりゃあ俺様がわざわざ出向くまでもないからな」
仲間をどうとも思っていないような発言に依り勇儀さんの怒りが相当なものになろうとしている。
「勇儀さん、今は怒りを抑えてくれませんか?嫌な気分になるのは同感ですが」
「ちっ。分かったよ、さとり。しかしあいつは何が言いたいんだ?」「つまり従えるのに苦労せずに済むという事です」
「そりゃまずいんじゃないか?つまりこの状況はあいつの思う壺だったというわけか?」「まあ大丈夫ですから安心してください」
「てめえらさっきから何をこそこそ話してるんだ?まあもう関係なくなるがな。俺様の能力でもくらってそこの気持ち悪い妖怪を潰しな」
「…………?お前さん何かしたのかい?私には何も感じないが」
「嘘だ……どうして俺様の能力が……?」
「貴方は自身の集めた妖怪たちを見て気づかなかったのですか?彼らの中に鬼は一人でもいましたか?いなかったでしょう。貴方の能力が効くのは精神の非常に弱い者や貴方より力の弱い者ばかりだったはずですよ。貴方の敗因は自身の能力を過大評価していたこと。自惚れは自身を滅ぼすのです。私たちが貴女ごときに従うと考えた時点で貴方の敗北は決まっていたようなものですよ」
牛鬼の従わせる能力は催眠の応用だ。それさえわかっていれば力の弱い私でも精神は乗っ取られない。鬼も催眠にかかるようなやわな妖怪ではない。
「残念ですが貴方の野望もここまでです。少し遠くなりましたが八寒地獄にでも行って少し頭を冷やしてはいかがでしょうか」
想起『住吉の怒り』
心に眠る恐怖の記憶、思い出せば記憶の補正でさらに恐ろしい夢が見られる。悪夢を見ることで精神は破壊される。妖怪にとっては致命的である。八寒地獄に関しては生きて行くのは相当面倒になっている。元々はここに八熱地獄があったから結構簡単に行き来できていたが、肝心の八熱地獄が遠くに行ってしまったからだ。まあこの牛鬼なら死後地獄に行けるだろうから安心だ。
「残りの手下たちも適当に無力化しておきましょう。二度と反乱など起こしたくならないように」
「お、おう。それじゃ、いっちょ派手に暴れてやるか」
正直な話、勇儀さん一人いればここの掃除は十分である。でも一応ここまで連れてきたのは私なので私も参加する。反乱が起きたのも私が原因なわけだし。
~星熊勇儀~
さとりの持つ能力は反則としか言いようがない。さとりの使った三歩必殺。あれは元々私の奥義の一つだ。威力こそ足りていなかったが、さとりが繰り出したのは私の技と同じだった。
さとりの持つ第三の眼は心を読むだけでなく過去の記憶を引き出すこともできるらしい。大抵は相手の恐怖を呼び起こすことに使っているらしいが、戦闘になると相手の記憶に残っている攻撃を再現することも可能なようだ。それはつまりどんな相手にでも弱点を突けるという事に他ならない。
さとり自身は自分の事を弱者だと言っているが、私から見ればそうは見えない。戦闘においても他の妖怪に後れを取らず、相手の隠し事も通用しない。統治者としてはまさに理想的な奴だ。萃香でさえさとりとの交渉は避けたがる。自分にとって有利な条件が得られない事をわかっているからだろう。
初めの五十余りを倒した後も首尾よく情報を聞き出し敵の本拠地に向かうという。さとりにだけ任せるのは流石に悪い。そもそもさとりがここの主になったのは私の推薦のせいでもある。そこのところの責任は私も取らなければならない。静かな生活を望んでいたらしいさとりを表舞台に引っ張り出してきたのは私なのだから。
連中の頭、牛鬼は拍子抜けする妖怪だった。上がこれではいくら多くで攻めてきても怖いわけがない。奴に従わされていたと言い訳をしてくる野郎もいるがそんなことは関係ない。そもそも奴が声をかけたのは少なからずさとりを不満に持っている連中ばかり。それに従っていた頭がいなくなった途端に命乞いを始めるような腐っている妖怪にかける情けは生憎持ち合わせていない。
牛鬼も『鬼』と付いているくらいだから少しは期待していたのに残念な事だ。こそこそしているような陰湿な奴だとは思ってもみなかった。図体ばかり大きいために小柄なさとりに勝つのは簡単だと踏んでいたのだろう。実際はここを壊滅させるのに私すらいらなかっただろう。さとりの強さに今更気づくとは。私の他人を見る目も無くなってきているかもしれない。
勇儀の勘違いがどんどんひどくなってきてますね。さとりさんがいかにも強者、みたいな話し方をするから…
牛鬼は二度と出てきません。文字通り地獄送りにされましたから。能力は自己申告制なのでこういう見掛け倒しな物も当然あります
そろそろこいしも再登場させたいところ
次回も読んでいただければ幸いです