今回いつもより3000字程度長いです。お気をつけて
~古明地さとり~
結局拒否することもできずに承諾してしまった。これは仕方ないと思う。だってなんだか紫さんからの圧力が凄かったように感じたし、断れば何をされるかわからなかったからである。
流石に地底と地上の双方に影響が出るような事はしなかっただろうがペットを猫質や鳥質に取られたかもしれないのだ。本当は面倒すぎるので行きたくなかったが一度引き受けてしまったものはどうしようもない。
死亡フラグとやらがたくさん転がっていそうな月に行くのは正直勘弁願いたいし、私に何ができるとも思えない。どうして紫さんがあんなに威圧してまで(さとりビジョン)私を連れて行こうとしたのかは私の頭では解明不可能である。
だってこの私だ。何の役にも立たない弱小の覚妖怪である。……はっ、もしかしたらそれが狙いなのかもしれない。つまりはただの囮役。相手は穢れを毛嫌いする月の民、こんな私でも囮となるには十分であるに違いない。
紫さんの計画が分かってしまったことで余計に行きたくなくなってしまった。何が楽しくて自ら囮役を買わなければならないのだ。いくら殺生を好まないと言っても下手をすれば死まである。というかむしろ鮮明に頭に浮かんでくる。
覚妖怪が自らトラウマを作ってどうするんだ、という話は置いておいてだ…もう承諾してしまった以上は逃げられないので何とか生き延びる術を探さなければならない。
私は考えた。仕事の合間にも、趣味の時間を削ってでも考え続けた。だって死んでしまったら趣味などできなくなるのだし。今趣味の時間を削ることで将来的な時間を確保できる
こんなものは初めから望み薄なのだが。何にせよとにかく只管に考えた。寝る間も惜しんで考えた。だが時間は待ってくれない。こういう時こそ非情にも時間は速く進んでしまう気がしてならない。だってもう紫さんの計画の一日前だなんて信じられないし信じたくない。
だが目の前の光景が、今自分がしていることが、これを現実だと知らしめてくれる。夢オチだったらどれだけ良かっただろうか。今の私なら例の神にでも縋れるかもしれない。
ご利益と全く関係の無い願いだから聞き入れられはしないだろうが、それくらい切羽詰まっているのだ。しかしもうすべてが遅かった。紫さんの提案を断れなかった時点で私の人生の負けは確定していたということである。
「さとり、もう準備はできたかしら?」
「えぇ、もうバッチリです。今の私に怖いものなどありはしませんよ」
そうか……これが悟りの境地なのだ。死ぬ覚悟のある者は強い。そして大概の場合はその蛮勇によって本当に死んでしまうものだ。どうか私は悲劇の物語の主人公にならぬよう。そう願っておくしかない。そもそも私は主人公体質ではないから問題ないかもしれない、と思うと少しだけ心が軽くなったような気がする。
~八雲紫~
「さとり、もう(パーティーの)準備はできたかしら?」
今夜はいよいよ明日に迫った第二次月面戦争の前祝いのようなものである。地上のロケット完成パーティーは少し前に終わってロケットはもう打ち上げられたが、こちらでは一切祝いをしていなかったのでクリスマスとついでで行う事にしたのだ。
「えぇ、……怖いものなどありはしませんよ」
さとりはこのパーティーにどんな意気込みで参加しているのだろうか。主催者側だから何か緊張でもしているのかもしれない。覚った…ではなくて悟ったような目をしているのは不思議で仕方がない。料理の批判を受け入れる準備なのだろうか。
確かに料理の腕前では火焔猫燐よりも藍の方が上かもしれないが、藍はそれを言うほど愚かではないはずだし、そこまで味にうるさい連中がいるわけでもない。さとりは何を恐れているのだろうか。そもそもこのパーティーを企画したのはさとりだったはず。
いや、違ったか。クリスマス自体はさとりも書物の知識で知っていた。それを騒ぎ好きの萃香か星熊勇儀が勝手に広めたからパーティーをすることになった…だったかもしれない。不要だと思って切り捨てた情報だからか今更うまく思い出せない。
何にせよ私たちを招待したのはさとりで間違いない。折角パーティーをするので式神さんたちも一緒にどうぞ、とさとりから言われた。だから普段は地底に来ない藍や橙も連れて来ているのだ。
「久しぶりだねぇ紫…あんたにしちゃあえらく遅かったんじゃないかい?」
「時間通りよ。ま、いずれにしても早く来て始まる前から酒を飲んでいるよりは少々遅れてきた方がマシよね。私は須臾も遅れはしないけれど」
さとりに案内されて到着した部屋で早々目に入ったのは酒を飲んでいる鬼二匹。そこらに酒瓶を転がしている割に大して酔った様子も無いのが余計に質の悪い。
「賢者殿も分かってないねぇ。地底では早く来るほど良いのさ。何せさとりはともかくお燐やらは仕事が休みになって暇してるからね。子守りがてら早く来るのが礼儀ってもんよ」
「勇儀…貴方だんだん萃香に似てきていないかしら。その言い訳の仕方なんて特に。さとりは別に早く来て飲んでほしいとは思っていないと思うわよ?
そして八雲紫、お久しぶりね。半年以上会っていなかったんじゃないかしら? まあそれはいいとしてそちらの狐と猫は知らない顔ね。貴方のお連れでしょうけど」
水橋パルスィは地底においてこの馬鹿(騒ぎをする)連中を咎めて制御してくれる数少ない良心の一人だろう。かつては嫉妬の鬼として大層恐れられた橋姫も随分と大人しくなったものだ。
そうは言っても地底で今まで生きてきた妖怪であることには変わらない。本性の恐ろしさも実はまだまだ健在なのかもしれない。それでも孤独だった過去とは異なり自らを受け入れてくれる仲間を得た彼女は確かに変わって来てはいるのだろう。
「紫様の式神の八雲藍だ。こちらは私の式神の橙」
「へぇ、貴方も式神なのね。そしてその子がさらにその式神、と。人形が人形を操っているのと大差は無さそうね」
実際その通りである。私がしていることはアリスのしていることと大差ない。式神は術者の言う事しか聞けないお人形。確かさとりのところの式神はそれをもとに命名されていたはずだ。私は人形を操り、そして人形にも人形を操らせる。
だが決定的に私とアリスで違うところがある。それはその人形に求めるゴールである。私の目指す先は
アリスはもう少し目標を考えてみても良いだろう。かつて本物のオートマタを見たことがあるのならばその危険性も十分に分かっているはずなのに。だがそこは彼女自身が気づくべきところだ。
「それにしても貴方は面白いわね。一介の式神のくせしてそれほどまでに強大な力を持っているところとか…」
「やめてくださいよ、パルスィ。式神はその性質ゆえ殊精神的に弱いのです。貴方の能力によって暴走でもされたら…止められそうな方は結構いますがとにかくやめてくださいね。私や貴方ではなくペットたちの多くはまだ妖怪化していませんから」
地霊殿は新しい妖怪を生み出せる環境が整っている。さとりが飼っている大小様々な動物たちがそこらに飛んでいる怨霊や死体を喰えば簡単に妖怪となる。事実、今ではさとりの右腕となった火車も地獄時代からそのようにして妖怪に至ったと聞いている。
あの鴉も恐らくは似たようなものだ。元々地獄に棲んでいた鴉が怨霊をその身に取り込んで大幅に力を上げたのだろう。本当、地底と言うのは厄介だ。地上よりも面倒な者たちの巣窟である。
「さとり様~料理を持って来ましたよ……あぁ! よそ見してたら落とすよ、お空」
「ほんとだ。ごめんね、お燐……あれ? お燐が二人…?」
どう見たら橙と間違えるのだろうか。その不可思議な脳内を知ることができるのは彼女自身とさとりだけである。さとりがため息を吐いていることからもこれがわざとではなく天然であることは明らかだ。でもああいう子が一人いれば場が和んでいいかもしれない。
「ははっ、お空は相変わらずだねぇ。ま、料理が来たんなら早速パーティーを始めようじゃないか。ほらそこの鬼二人も飲んでばかりいないでさ。…よしさとり、挨拶してもらってもいいよ」
困惑を顔に出すような者はほとんどいない。部外者でない者は慣れていることであるし、私も性格を知っているので別段驚くことは無い。藍も顔には出さないように努めているようだ。心の内など手に取るようにわかるが。橙は自分が間違えられた対象だということもあってかなり困惑していることがうかがえる。だがこればかりは慣れるよりほかないだろう。
「いきなり無茶ぶりですか…まぁしますけど。えー皆さん、本日はお集まりいただき誠にありがたく思います。降誕祭自体に興味があるわけではありませんが折角なので忘年会ついでに催してみました。普段ここに来ない方々も是非楽しんでいってくださいね。それでは……」
『乾杯!』
おおぅ。そこはメリークリスマスではないのか。さとり自身も乾杯と言っていたし…もしかして私がおかしいのだろうか。確かに降誕祭に興味が無いとは言っていたがまさかそこまでだとは思わなかった。いやいや、これはさとりが周りに合わせただけかもしれない。
萃香たちがただ騒ぐ口実を作るためだけにこれを広めたのならばそもそもクリスマスという言葉の意味自体知らない可能性が高い。つまりメリークリスマスなどと言う挨拶は知らなかった可能性も高くなるわけだ。さとりは当然それを読み取れるので周りに合わせた、と。
なるほど私も配慮が些か足りなかったようだ。外で忘れられた物ばかりが入ってくる幻想郷ではクリスマス自体極最近になって入ってきたイベントだ。その幻想郷よりもさらに一回りも二回りも遅れている地底ではそもそも知らない者ばかりなのだろう。
さとりが知っていたのはほんの偶然に過ぎず、他の妖怪たちはそんなイベントがあること自体を知らない。そういう事だったのだ。
「いやぁ~やっぱりワインってやつは美味いねぇ。薄いったらありゃしないけどあのお子様吸血鬼にゃあこれくらいが丁度良いんだろうね。それにしても古明地よぉ、挨拶するって言ったってちょっとばかりかしこまりすぎなんじゃないかい?」
「これくらいで良いのですよ。確かに見知った方々ばかりですがそこの子はここに来たことも無いでしょう? 変に誤解されてはたまったものではありませんからね」
地底が恐ろしい場所であることは間違いない。裏で全ての糸を引いているさとりが危険な存在であることも確かだろう。変な誤解を生まないようにかしこまった挨拶をする…これは一見矛盾しているように見える。
何故ならば橙がし得る『変な誤解』というのは恐らく地底を安全でいい場所だと思い込むことなのだ。そこで丁寧な挨拶などすればその誤解はより一層深まるばかり。しかし実際にはそうならないように挨拶したという。さとりにしかわからない他者の心理。そこに私の経験は挟めない。
なるほどなるほど…読めてきた。つまりさとりが橙に言いたかったことは社会の歪さを知りなさい、という事。普段笑顔の者ほど怒った時には非情であり、普段から丁寧な者ほど実態は恐ろしい。橙がまだまだ幼いという事を理解した上で社会経験の不足を指摘する。…やられたわね。
「それでもまだまだ緊張は解けていないようですね。戒、橙さんの面倒を少しばかり見てやりなさい。藍さんはあまり近くにいない方が良いでしょう………あー、お燐? 貴方に言わなかったのにはきちんとした理由があるのよ。
元となる動物は貴方もあの子も猫だけれどあの子はどうやらプライドが高いみたいなの。そういう子は同族に近い者の助言は聞かないことも多い。特にお燐はあの子よりも…そう、随分と長く生きてきているでしょう? 先輩風を吹かすだけの奴だと思われる可能性もあったから戒に頼んだのよ。藍さんを遠ざけたのは主従関係から心理的に解放させるためね」
種族関係が遠く主従関係の無い式神同士で対話させることによって橙の緊張をほぐすのか。誰にでも考えればわかりそうなことであるが誰にも思いつかないことだ。
それにしても橙の性格を読み取って瞬時にその判断ができるか…やはり面白い。これならば明日も良い仕事をしてくれそうだ。既に確定している勝利がさらに強固なものとなる。我が計略の最後の一ピース。あの姉妹を陥れる最高の切り札。
そのさとりはと言うと猫の姿の火焔猫燐と鴉の姿の霊烏路空を膝に乗せて少しだけワインを飲んでいる。テーブルにはまだまだ料理が残っている。主に洋食、所々にツマミが置いてある。洋酒だけでなく日本酒も置いてあるのはきっとクリスマスを意識していない者たち…つまりはほとんどの者たちへの配慮だろう。いくら洋酒が美味しくても私たちの舌はいつまでも日本酒寄りなのだ。
「おーい紫、あんたもこっちに来て飲みなよ。何、勇儀たちも別に気にしないんだし藍のやつも来ればいいよ」
元気に飲んでいる鬼二匹と土蜘蛛一匹…の方ではなく潰れた橋姫一人と鶴瓶落とし一人を見て藍の頬はひくひくしている。鬼から誘われて断るなど命知らずの所業であると知っている藍だからこそ現状を恐れているに違いない。次は自分があの橋姫たちのようになる番だ、と。
私は基本的に酔いつぶれることなど無いので恐れる必要はない。萃香とのサシ飲みも一度や二度ではないので大体の酒量の目安は付いている。藍はきっとついて来られないが。
「行きましょうか紫様。本当の地獄はこれからですね…ハハハ」
笑っているが笑っていない。これはあの時のさとりと同じ目だ。さとりの時はわからなかったが今の藍は諦めが心を占めているに違いない。残念ながら鬼に目をつけられた時点で詰んでいる。
~古明地さとり~
鬼二人が早々にパルスィとキスメを潰したせいで賑やかになるはずだったパーティーが思いのほか静かになってしまった。そして次なる標的となった藍さんもあっけなく酔いつぶれる、と。
まったく橙さんの教育に悪い妖怪たちである。それにしてもいつまで飲んでいるつもりなのだろうか。もう既に橙さんも寝てしまったというのに勇儀と萃香、ヤマメに加えて途中から参戦した紫さんや戒、あとはお燐も全然潰れる気配が無い。
キリのいいところで止めておかなければ明日の計画に支障が出てしまう。私は別に寝なくてもあまり問題ではないのだが、紫さんは心配だ。特に例年のこの時期は冬眠しているはず。寝坊なんてお話にならないのだから早く帰って身体を休めていてもらいたい。
「さて、そろそろいいでしょう。今日はもうお開きにしますよ…萃香、これ以上ここで飲み続けるというのなら禁酒も考えますが」
これこそ鬼に最も効く魔法の呪文だ。実際に勇儀にしたこともあったのでこちらの本気も受け止めてもらいやすい。
「何、たかが数か月酒を飲まなかったところで死ぬほど鬼はやわな妖怪でもないでしょう?」
「いんや、勇儀はどうか知らんが私は本当に死んじまうかもしれないねぇ。仕方ない…勇儀、旧都に行こうか。ヤマメも来るかい?」
うんうん、萃香がその気になったのならば勇儀も仕方なくではあるがついて行くだろう。鬼がいなくなれば酒盛りはお開き同然である。
「いや、私はやめておくよ。パルスィとキスメを家に連れて行ってやらないといけないしこれ以上はキツイだろうからね」
流石のヤマメもノックアウトギリギリだったようだ。ヤマメまで潰れていたらパルスィたちをどうしようもなかったので助かった。お燐と戒は片づけをさせれば良いだろう。戒も元は反逆勢力の頭。酒量は鬼にも引けを取らないのだろう。大して酔っている様子も無い。
「じゃ私と萃香は旧都で飲みなおしてくるか。ありがとうさとり、料理もケーキも美味かったよ」
「うんうん、久々に思い切り飲めたし楽しかったよ。ありがとな、古明地」
料理の話はお燐にしてあげた方が良かったのだが残念ながら今は片づけをさせているので玄関にはいない。あとで伝えておいてあげようか。ケーキは確かに私が作ったけれど。
「よいしょっと…ふぅ、じゃあまた来るよ。今度はパルスィたちも最後まで起きていられればいいねぇ。ま、美味しかったよ。お燐にもお礼を言っておいてくれるかい?」
「えぇ、勿論ですよ」
「今日はありがとう、楽しかったよ」
最後に残ったのは紫さんただ一人。藍さんたちはもう送り返されているようだ。
「もうこんなに大勢をここに呼ぶことも無いでしょうね」
「そうかしら? 私から見ればまだまだありそうだけれど。祝勝会、とかね」
紫さんが勝利してもそこに私がいる保証はない。紫さんほどの策士ならあらゆる状況をシミュレートして何万通りも作戦を考えている可能性はあるが、囮の私に死が訪れない作戦はそのうちのいくつだろうか。
「それは少なくともここではしないでしょうね。ともかく明日は直接私の部屋に来てくださいね」
事は秘密裏に進められる必要がある。危険だと言われている場所に行くと言えば優しいお燐たちは反対してくれるに決まっているのだ。だから誰にも告げない。
私が死ねばその時はその時だ。妖怪は霊にならないので怨霊となってここに帰ってくることも不可能である。そうなっても地霊殿主人はきっとお燐が上手くやってくれる。戒は……どうなるのかわからないが。どうやってもあと一日もすれば私の命運ははっきりする。ただ生きている事を願うしかないのだ。私には運命を逆転させるだけの力が無いのだから。
「分かっているわ。ではまた明日会いましょう。メリークリスマス、さとり」
そう言えば今日はクリスマスパーティーという体で開いていたのだった。始まる前から忘れてしまっていたので思い切り乾杯の音頭を取ってしまった。
まあいいか。私は別に神にも、その子にも興味は無いのだから罰は当たらないだろう。神の采配で死ぬなどと言うふざけた話は必要ない。
儚月抄本編の年である
紫様暴走気味ですが次回から儚月抄入ります