面倒ごとを押し付けないで!   作:小鈴ともえ

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度々時間がずれて申し訳ないです


月に来た賢者

   ~古明地さとり~

 

 

最近何かと地底を出ることが多くなった気がする。ここ百年少しに限れば旧都よりも地上に行った回数の方が多いのだ。まあ旧都は一度も行っていないからそもそも比較にもなりはしないの。だがそうはいってもこれは私にとって由々しき事態である。

戒を主に据えることで地底から私の存在を隠蔽したのは良いのだが、地上に私を知っている者が多くなっているのだ。そして地上と言えば厄介な妖怪や人間たちの住処である。地底の妖怪たちよりも関わりが少ない方が身のためだったはずなのにいまや逆転してしまっている。

 

そして地上と私の距離が近くなるにつれて私と寿命の距離も近づいているような気がしてならない。千年ぶりくらいに地上に出た時にはたまたま会った幼い吸血鬼に殺されそうになったし、最近いた時には神から殺害予告をされかけた。私にとって地上はそんな恐ろしい場所であり極力関りを持たないようにしたいのだ。

精々紫さんとレミリアさんくらいの交友関係で済ませておきたかったものなのだ。こうなることが分かっていれば無理にワインを仕入れようとは思わなかっただろうし、紫さんの計画にはもっと適任がいるだろうと言って逃れられただろう。だがもうすべては後の祭り。

 

今から行く月でだってきっと面倒なことが待っているに違いない。私はそう言う星の下に産まれてしまった哀れな妖怪なのだ。決して私の願いなど叶いはしない。

面倒なことの無い世界、自由に好きな事をしていればそれで暮らせる世界。私は月の民が羨ましい。だが彼らにとっては私たちこそ異常なのだ。常に監獄にいるようなものなのだから。

 

「来ましたか…紫さん。道は無事開通したという事で良いのですね」

 

願わくば紫さんの道づくりが失敗しますよう、と思っていたのに紫さんは何の問題も無く開通させたらしい。いよいよ覚悟の時だ。私の運命は今定められる。

 

「えぇ。では今夜の計画をお話ししましょうか。藍も心して聞いていなさい。今から予定通りに月に行くわ。私と藍で一組、そしてさとり。あとは先に向かっているはずのレミリアたちの三手に分かれて行動する。それさえ分かっていれば問題ないでしょう。ここを抜ければあとはあちらさんが運命の歯車を動かしてくれるわ」

 

つまり私は死亡フラグ満載の月で一人行動をしなければならないと。行く前から死亡フラグが立つとは既に心配だ。やはり私は囮で間違いなかったらしい。私が敵を引き付けている間に紫さんたちとレミリアさんたちの二組が月の都を陥れるという策なのだろう。

正直私は圧倒的な技術力を前に数瞬も耐えられる気がしないのだが。そんな短時間で紫さんは何ができるというのだろうか。確かに紫さんは強いが月はそれすら容易に上回ったという。地上に墜ちた賢者でさえ紫さん以上の実力を秘めている気がしてならないのだ。

 

「紫様、具体的なご指示などは無いのでしょうか? さとり様もお困りになるかと思いますが」

 

「まったく貴方はそんなのだからレミリアたちにもなめられるのよ。他人の話を全く聞いていないんだから。するべきことなどあちらに行けば自然にわかると言ったでしょう? 私たちはあちらの用意した道に沿って進めばいいだけよ」

 

いや、私も困ってはいるのだが。紫さんはまるであちらが今回の侵略を知っているような口ぶりで話している。事実、知っているのだろう。月と地上を自由に行き来できるのが紫さんだけである以上どうやったのかはわからないが恐らく八意永琳の仕業だ。月側に今回の事が割れているのはそれしか考えられないからだ。

もしくは紫さんが単なる憶測で話しているか。常に最悪を想定して動くのは当然の事である。紫さんも自分の計画が完璧だとは思っていないが故の保険なのかもしれない。

 

「ですが……」

「相手の思う壺だ、と? そう、それで良いのよ。今回私たちがするべきことは出てきた相手を打ち倒すことではなく月を陥れることなのだから。たかが数人程度誤差でしかないわ。さあ一度地上に出るわよ。道は満月だけが形作れるのだから」

 

やはり紫さんの言いたいことはよくわからない。敵を倒さずしてどうやって月を陥れるつもりなのだろうか。出てくる相手が数人だけだとも限らないはずだ。紫さんは何を知っていて何を隠しているのだろうか。これ程までに自分の能力の力不足を嘆くことはあまりないだろう。

紫さんの深謀遠慮な物の見方が私には理解できない。限りなく近いのにあまりにも遠すぎて手が届かないのだ。思考回路すら次元が違う。私にとってだけではなく藍さんも恐らくそうだ。

 

 

   ~八雲紫~

 

 

先ずさとりを湖の月に飛び込ませてから私と藍が飛び込む。正直な話別にさとりがいなくても今回の作戦は成功していただろう。月の民(奴ら)は穢れに敏感だ。私にもさとりにも瞬時に気づいて私たちを捕らえるか追い返そうとするだろう。

誰が来るかはわからないがとりあえずかなりの策は用意してある。私にとって最悪のシナリオは妹側が私たちの前に立ちふさがること。最良のシナリオは誰にも会わないこと。

 

最悪はあっても最良の方はあり得ないと考えて良い。()()がそこにいたことを知る者の目を欺くのは並大抵の事ではなく、だからこそ過去の私は失敗した。

あのことを知る多くの妖怪はあれをただの失敗だとしか見なかっただろう。だからこそ都合が良い。私の計画に乗せる妖怪は最小限に。そうでもしないとまた再び私のスキマから大量の妖怪を送り込まなければならなかったからだ。

 

だから藍には言わなかったがあえて断ってきそうな妖怪を選んで計画を話した。月からの侵入者は想定外だったがあの玉兎のおかげで私の計画はより確実になった。八意永琳が帰る玉兎を使ってあの姉妹に私の動きの怪しさを忠告するのも想定内だった。

地上から穢れた妖怪や人間が来るとなったら初めに出てくるのはあの姉妹で間違いない。地上からロケットを出して攻め込む方には主に戦闘をメインにしている妹が出てくるだろう。私たちの方には主に捕縛目的の姉が出てくると予想している。

 

そして八意永琳の手紙には決して書かれることの無い第三の刺客、さとりがこちらにはいるのだ。相手は恐らく黒幕の私を狙ってくるだろう。何せ私は月に名を知られているちょっとした有名人なのだから。

さとりの方にはあまり警戒が行かないだろう。戦闘要員の兵が数人出てくるかどうか。いくら相手が最新鋭の武器を持っていたとしても狙っている箇所を読めるさとりが撃たれる可能性はかなり低いはずだ。慎重に慎重を重ねた結果藍にもさとりにも作戦の真意は話していないが彼女なら何か読み取ってくれるだろう。私の古い友人のように。

 

そして飛び込んだ先の海での最後の仕上げ。愛用の傘をグニャグニャに曲げる。普通ならばポッキリ折れてしまうであろう角度まで曲げてもこの傘が折れることは無い。藍にさえばれないように小さな隙間を開いて目印をつけておく。私の作戦はこれにて完成する。

きっとあの子ならこの宝の地図を解読してくれる。従者はうちの藍と同じで頼りないし気まぐれだが、それでも彼女ならこの場所に来てくれるに違いない。

 

そろそろ月の探知に引っかかる頃合いだろう。周りの風景もどことなく地上の竹林に似てきた。だが落とし穴が無いのはダメだ。再現性が低すぎて月の技術もこの程度なのかと思ってしまうほどだ。逆に地上は罠が多すぎる気もするがあれは万を超える年を生きてきた素兎の穢れの証明だ。

そして……やはり来たか。そろそろ来ると思っていたのだ。月と地上を繋ぐ者、地上が私なら月はこの女だろう。綿月豊姫がこちらに来たのは私の計画が上手く進んでいる証拠。思わずニヤリとしてしまいそうになるが無理矢理抑えつける。

 

フェムトファイバーとやらで縛られてまるで動けなくなる。流石の私でも永遠と須臾の境界などと言う果てしない境界は操ることができないため大人しくお縄についているよりほかない。

藍が心配そうな目でこちらを見てきているのが分かっているが無視する。ここで相手側に私の心情を覚られるのは非常に拙いからだ。考え事をしていて藍の視線に気づかなかったふりをしていればいい。こちらを低く見ている分詳細に観察はしてこないので適当な演技でも乗り切れそうだ。

 

「今回も私たちの勝ちですね、八雲紫。前回で懲りたかと思っていましたがまったく愚かな事をするものです」

 

「えぇ、今回も()()()の負けね。…あら、藍はどうしてこちらをじっと見ているのよ。どうせこの紐からは逃げられないわ。神の行動を縛る注連縄のようなものね」

 

まるで私ならこの紐からも抜け出せるだろうと思っていたのだろう。そんな馬鹿なことがあるわけがない。私は万能であって全能ではないのだ。できないことなどあんまりないが、当然少しはあるのだ。結局私も一介の妖怪でしかないのだから。

 

「そうですか…いえ、なんでもありません。それにしても注連縄ですか? 注連縄と言うと神域と現世を隔てる結界のようなものだと思っていましたが」

 

「だから貴方は…いえ、これはさっきも言ったからもう言う必要はないわね。まあ注連縄と言えばその役目が多いのは確かよ。でも最も重要なのは神の行動を制限すること。天岩戸で太玉がしたように外からの侵入を妨げる、または出雲や諏訪のように中から出てくることのないように封印する。そんな役目を担っている注連縄も多いわ」

 

同じことを二度言わねばわからない程藍は馬鹿ではないと信じたいものだ。でも神社の監視をもう随分長くやってきているのだから注連縄の意味くらいは知っていてほしかったところ。

ここのところは流石に霊夢でも知っていることだろう。次代の巫女からは藍に教えさせることにした方がいいだろうか。そうすれば藍も嫌でも覚えるだろう。我ながら名案だ。

 

「そして藍は知らないかもしれないけれど(ここ)も神が多く住んでいる場所。目の前の月人も昔はそんな神の一柱だったはずよ。綿津見神の子、豊玉姫に妹の玉依姫。そして先ほども話題に出した天照大神の弟の月夜見は月では大きな存在でしょう。今は地上(こちら)にいる八意永琳もここにいた神の一人。

このフェムトファイバーは月の民が決して地上に降りたくないという意志を示すために生み出した最強の注連縄と考えられるわね。そして月の民は喜んで自らを封印する。監獄は果たしてここと地上とどちらなのでしょうね?」

 

高貴なる神々の住まう場所と言われる月。その代表は月夜見で間違いなく、目の前の豊姫も昔は人間から信仰されていたのだろう。注連縄の話になったのはほんの偶然だったが上手くフェムトファイバーから月人を馬鹿にする話につなげられた。

 

「監獄は地上において他にはありません。穢れのない月こそ最も素晴らしい場所なのです。輝夜姫や八意様、レイセンはこんな素晴らしい場所を出て行くなど…勿体ない事をしたものです。

貴方のように穢れに塗れてしまった者はいつか朽ち果てる運命にある。穢れから離れ、自由に暮らす。これこそが至上の幸福と言えるでしょう」

 

わざわざ月人を馬鹿にしたのには勿論理由がある。理由もなしに刺激するなど愚者のすることだ。目的はただ一つ、冷静さを少しでも失わせること。

少しでも冷静さを失えば途端に判断力は鈍る。逃げ出す気はさらさらない。私がしたいことは周囲への注意力を散らすことだ。少しでもあの子が移動する時間を稼いであげなければならない。

 

残念ながら今回私ができるのはここまでだ。あとは地上に送り返されるまで只管悔しそうな顔をしているしかない。せめて私の演技が疑われないように願っておこう。

 

だからあとは上手くやって頂戴な。さとり、幽々子。今の貴方たちなら前回の妖怪連中よりもよくやってくれるでしょう。月の連中に良い思いをさせたままにしないよう存分に動いて頂戴。




次回はさとり様
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