面倒ごとを押し付けないで!   作:小鈴ともえ

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社畜は死んでも治らない

   ~八雲紫~

 

 

『さとり様がああなっているのは……あれは怨霊のせいなんです』

 

火焔猫燐が告白したことへの衝撃で空いた口がふさがらない。それもそのはず。怨霊は妖怪の天敵である。取り憑かれれば最悪の場合死に至ってもおかしくはない。

そんな状態になっているさとりを数日と言わず半年近くも放置しているというのだろうか。これは危険すぎる。さとりが部屋の中で死んでいる可能性も捨てきれない。入るのには少々の勇気が必要になるかもしれない。

 

「それ、さとりが中で死んでいるかもしれないわよ? まさか隔離だけしてそこのところ失念していたとは言わないでしょうね?」

 

「当たり前。そもそもさとり様を一番大切に思っているのはあたいたちペットなんだからそんなヘマしないよ。あたいは怨霊を操れるんだってパルスィは忘れたのかい?」

 

私の思っていることを水橋パルスィが代わりに言ってくれた。

その結果さとりが中で死んでいる可能性は無いらしいことが分かった。この火車の言うことがどの程度信用できるかはわからないが、主人の生死が関わっている場面で変な見栄は張らないだろう。

 

「怨霊を操れるのならばさとりから引きはがすこともできたのではなくて?」

 

これができていればさとりを隔離する必要も無かったはず。聡いこの猫がそれを見逃すはずはないと思うのだが。或いはそこまでの事はできないか。

それにしても妖怪の天敵である怨霊を操るとなるとまたまた厄介である。こんな状況になって相手の戦力を知ることになろうとは。まあ敵対しなければ良いだけの事なのだけれど。

 

「できない、とは言いません。しかしそれをするのは間接的にさとり様を操るという事になるのです。あたいにはそれをできるだけの根性が無かった。ですから戒に頼んで結界だけ張ってもらったんです。本当の目的は怨霊を逃がさないため。会ってすぐにわかりましたがあれは外から流れ着いた怨霊です。結界の知識も皆無ですので出てくることはありませんよ」

 

外の世界から入ってきたとなるとこちら側の世界に紛れ込んだのは再生の年だろうか。しかし現代の人間が何かに明確な怨みを持って怨霊となるケースはそれほど多くない。火焔猫燐の思い違いだという可能性も捨て切れはしない。

 

「外から来たという根拠はあるのかしら? あと聞きたいのはそうねぇ……どうしてさとりが無事だと言い切れるのか、でしょうか」

 

火車は肝心な点を除いて話した。彼女の言葉が正しいとするならば、さとりは怨霊と共に半年近くも文字通り缶詰状態になっていたわけだ。そしてその間さとりの様子を直接見た者はいない。

 

「根拠はまあ訳の分からない事ばかりに怨みを持っていたからですね。ブラック企業が何たらだとか部長が部下が……と。何かの隠語の可能性はありますが」

 

あぁ、それは間違いなく外から来た奴ね。幻想郷には企業も無ければ部長もいない。天狗などには部下がいるが人間の里では精々弟子程度である。

 

「さとり様が無事なのは……うーん、言って分かるかは知らないですけどあの怨霊は非常に若いんですよ。怨霊歴が浅いんで妖怪を殺すまでに至れないんです。あいつはとにかく魔力を貪るために取り憑いているのではなく、自分の目的のためだけに取り憑いている。つまりさとり様は半分だけ覚醒した状態になっているんです」

 

魔力が枯渇しないから妖怪として死にはしないという事か。正直説得力の欠片も無いが数多の怨霊を見てきた彼女からすれば確信を持って言えることらしい。

しかしさとりの意識が常に半分だけ残っているという。それゆえに受け答えは多少の違和感はあれど問題ないように見えるわけだ。

 

誤魔化せないのは能力部分か。これは妖怪に限らず人間でも同じことであるが、固有の能力は自身に残っている魔力や霊力に大きく依存する。それ故に憑かれている者や疲れている者は上手く能力が発動できないことがある。

今のさとりがまさにその状態であるわけだ。能力は使えないが半分はさとりであることには変わりない。だからこそこの火車は逡巡したのだろう。

 

「主のためを思うのならば自らの正義を貫け。いずれにせよいつまでもこの理想的な状態が続くわけではないのです。後悔など後からいくらでもできるわ。そして後悔するかどうかは貴方の決断にかかっている。火焔猫燐、貴方はさとりを助けたくはないのかしら?」

 

何時怨霊が活発に動き出すのかは決してわからない。行動は早ければ早いほど良いのだ。さとりがいなくなって困るのは何も地底の者たちだけではない。

 

「よろしい。決心がついたようね。ならばこの中にお入りなさい。行先はさとりの部屋の中よ」

 

何も知らなければ結界ではじかれるが、あると分かっていれば結界を超えてスキマで侵入することも可能である。ただしこれは私の力量に見合った程度の結界までの話であり、月の都に張ってあった結界のように解くのにもかなりの時間がかかってしまう物は例外である。

今回は私から見れば幼稚な結界でしかなかったので中に出口を作るのも何ら問題はなかった。

 

覚悟を決めた火焔猫燐に続いて万頭狼戒が入っていくが、水橋パルスィは入っていく様子が無い。これは少し意外だったかもしれない。さとりとは最も仲の良い妖怪だと思っていたが助ける気はないのだろうか。

 

「何よ……そんな目で見られても私は入らないわよ。私は嫉妬心を煽ることしかできない妖怪だもの。私が行けばむしろさとりに迷惑をかけてしまうわ。だから役立たずな私は貴方たちを妬みながら部屋の前で待っているしかできないというわけ。わかったらさっさと行って助けて来なさいよ」

 

思わず笑ってしまいそうになる。どうして地底には素直ではない妖怪ばかりがいるのだろうか。

確かに怨霊は嫉妬の念に駆られた死者の霊だ。それを煽ってより凶悪な物にならないようにここで待っているという事なのだろう。友人思いで優しいのに性格が捻くれている妖怪だ。

 

「えぇ、言われずとも。ではまた後程会いましょう」

 

はたしてスキマを抜けた先は……ナイフが転がり、妖精が飛び回り、式神は途方に暮れており、そしてさとりはバッタリと地面に倒れている。

…………どうしてこうなった。

 

 

   ~ ~

 

 

時は少々遡る。

 

部屋の外で紫とパルスィが話している間にお燐と戒は部屋の中に入っていたわけだ。しかしそこには二人ともが予想もしていなかった者がいたのだ。

古明地こいしである。何故か右手には銀製のナイフが握られており、姉であるさとりに向けて構えられている。

 

「なっ、何をしているんですかこいし様!?」

 

お燐の叫び声がもう少し遅れていればナイフはさとりに振り下ろされていた……かもしれない。ここでさとり(仮)はようやく誰かが部屋に入っていたことに気づいたのだが、あまりの急展開に頭がついて行っていないようである。

因みにお燐の叫び声は結界に阻まれて外には届いていない。もし結界に遮音性を付与していなければ毎日さとりが誰かを呼ぶ声が聞こえたかもしれない。

 

「うん? あっ、お燐じゃない。どうしてここにいるの?」

「それはこちらの台詞なんですが……こいし様は何時入って来ていたんです? …………あぁではどうしてさとり様にナイフを?」

 

尤もな疑問である。結界で封じていたはずの部屋の中に対象以外がいれば驚くのも無理はない。しかしこいしにその疑問をぶつけても明確な答えは返ってこない。彼女が部屋に入ったのは紫がスキマを開いた直後なのだが特に考えず飛び込んでいるため返す答えを持ち合わせていないからだ。

それを悟ったお燐はすかさず別の質問に変える。お燐も伊達に長生きしているわけではない。こういう時の頭の回転はさとりも褒めるところである。

 

「だってお姉ちゃんの偽物でしょ? 処分しないとお姉ちゃんが困るんじゃないの?」

 

偽物であって本物なのだがそんなことを知らないこいしは誤って実の姉(かどうかはわからないが)であるさとりを刺しかけたのだ。

 

「あ、いや! 違うんですよこいし様。実は…………」

 

これにはお燐も顔を真っ青にして説明を始める。こいしを諫めるためであり紫が来るまでの時間を稼ぐためでもある。実際はこいしが全くと言っていいほど聞いていなかったので、その説明すらほとんど無意味であったわけだが。

 

「うわー、見て見てお燐。ちょっと無意識を掘り起こしたら急に仕事始めた……あっ、あれ? 今度は急に倒れちゃった」

 

「何やってるんですかこいし様! はぁ、もう滅茶苦茶ですよ。あぁあ、あたいは一体どうしたらいいんだい……」

 

無意識的なトラウマを呼び起こすこいしの能力によって怨霊(社畜)は仕事をせずにはいられなくなってしまった。ああ哀れ、いくらブラック企業と上司を怨んでも根源的な性質は死んでも変わらないという事か。これぞ社畜の鑑。

だがもしかすればこれはさとりの無意識部分であったかもしれない。嫌々始めたさとりも今や外の世界に出しても恥ずかしくない立派な社畜に育った。

 

出てきた社畜魂がどちらのものであったとしても、急におかしな量の仕事を始めたら脳の処理が追い付かなくなるのは当然である。

可哀そうに……さとりと怨霊は共にノックアウトである。実を言うと怨霊の方はお燐の引き連れる妖精(ゾンビフェアリー)を見たとたんにノックダウン状態くらいにはなっていた。外の世界の人間という物は不思議なもので、妖怪は怖がらないのに幽霊には腰を抜かす。

自分が霊的存在であるにもかかわらず仮装をしただけの妖精にビビるのである。

 

 

「…………あぁ~、これがどういう状況かどなたか説明して頂けるのかしら?」

 

そこに我らが紫様の登場である。しかし当然今来たばかりの紫にはこの状況が理解できない。

既にこいしが手放したナイフが地面に転がっており、頭を抱えているお燐の統率が効かなくなった妖精が飛び回り、こちらも脳がパンク寸前になっている戒は途方に暮れて、無理な負荷を身体にも脳にもかけられたさとりがバッタリと倒れている状況である。

 

もはや理解しろと言う方が酷な話であり、いくら紫が文字通り超人的な頭脳を持っていたとしても全くヒントの無い状態では適当な憶測しかできない。

 

つまりこいしが何らかの理由でさとりを刺してお燐と戒が困り果てている、くらいである。後半以外はかすりもしていないが、パニックになりそうな頭で瞬時にこれだけ考えられるのならばまだ賢者はやっていけるだろう。常人ならパニックに陥るだけである。

 

「あ、賢者様もようやくいらっしゃったんですね。まあ説明は後でしますよ。とにかく怨霊が精神的にやられている今がチャンスなので切り離しましょうか」

 

精神に作用するはずの怨霊が精神的にやられるとはこれ如何に。と紫も思ったわけだがツッコむべきところでも無いような気がしたのか、結局聞かずにお燐が怨霊を操ってさとりと分離するところを黙って見ていることにしたようだ。

 

怨霊の自我が消えている今ならば暴れられることも無く引きずり出せる。見ていて決して気分の良い物ではないが、折角の珍しい場面なので紫も眼を逸らさずにじっと見つめている。

怨霊は基本的に取り憑けば自らの意志で出るまでは出てくることが無い。と言うかそもそも怨霊を操れる者などそういないので、無理矢理外に出される怨霊と言う物に紫も興味があったわけだ。

 

「うーん、あたいの管理が杜撰だったのかなぁ。こんな奴見たことも無い気がするんだけど。まあいいか。戒、もう結界を解いてもいいよ。賢者様はもうすぐ起きると思われるさとり様を見ていてほしいんですが……ありがとうございます。あたいはこいつを元の場所に戻して食事でも作ってきますよ。さとり様もあたいのせいでお疲れでしょうから」

 

お燐がこの社畜怨霊を見たことが無かったのも無理はない。この怨霊はかつての地震で結界が緩んだ時にこちら側に入ってきた霊であるからだ。ここに着いてすぐにさとりに憑いたので誰もその姿は見ていなかったのだ。

この怨霊に元の場所など無い事を知らない真面目なお燐は他の怨霊をまとめている場所まで連れて行くのだが。




シリアスを期待していた方はいなかったという前提で

この怨霊に憑かれたさとり様をラスボスにして地霊殿をする案もあるにはあったのですが、もうそれさとり様じゃないよね、と言うことでボツにしました

こいしちゃんは結局何がしたかったのか、真意は閉じられた彼女の心の中にあるので明かされることも無いです
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