ある者は盾として
ある者は娯楽として
ある者は生への渇望として
~八雲紫~
さとりの意図は理解できた。表の世界から存在を消している彼女自身を悟らせないようにするために私まで巻き込んだか。それに関しては特に問題も無い。私もどう扱えば良いのかは分かっていなかったからだ。
しかし本当にそれで良いのか? 神奈子たちが手を出した以上、地底と地上の交流は今までとは比にならないほどに活発になってもおかしくはない。
関りができるのに相手の姿を知らないのは良い事なのだろうか。地底ではあの式神がトップとなっているが、今でも真のトップはさとりである。
なれば地底とのいざこざがあった時に一番に話が行くのはさとりでなければならないはずであろう。あの式神では対処できない話の方が多いに違いないのだ。
私は私の意思で行動させてもらうとしよう。妖怪の賢者としての正義で私は動く。
これもすべては幻想郷のため。悪く思わないでほしいわね、さとり。
~ ~
霊夢がパルスィを退けたところで丁度後から来た魔理沙も合流した。魔理沙が釣瓶落とし一人と戦っている間に、土蜘蛛と橋姫の二人を伸したというのだからこの博麗霊夢という少女の恐ろしさがうかがえるというものだ。
「あら、白黒の人間ね。こんな場所に来るという事はそれなりに自信を持っているんでしょうけど……その自信が油断にならなければいいけれどね。
力をもてば己を過信するようになる。それで権力まで持っているように錯覚してしまう者もいるくらいに。ああ、そこまで自分を褒められる奴らが妬ましいわ」
「おい霊夢、なんだよこいつ。急に何か言ってきたんだけど。やっていいのか?」
魔理沙が困惑するのも当然である。だからと言ってすぐに退治しようとするバイオレントな思考はどうかとも思うがそこは人間、妖怪に喰われないようにするために最も手っ取り早いのが退治してしまうことなのである。
これは人間の里から離れて暮らしている少女特有の思考だろう。麓の神社に束縛されている少女は元より妖怪退治を生業にしており、紅魔館で飼われている少女は自分よりも主。そして山の神に縋った少女は厚い庇護の下にある。
生きるための妖怪退治。あるいは最も人間らしい人間は彼女なのかもしれない。
『橋姫に構っている暇はないわ。さっさと先を急ぎなさい。ここで
「ふうん、こいつがねぇ。そんな風には見えないが……まあ先を急ぐか。無駄な事をして体力を使うのは良くないからな」
パルスィにとっては思ってもみなかった紫からの助け舟。遠くにいて表情が分からない分いつもよりさらに紫の真意はわからないが、パルスィは救いの一手だったと思うようにしたようだ。
紫に情報を与える役割であったパルスィからしてみればそう取りたくなるもの当然であろう。何せ二回もやられなくて済んだのだから。
『強きを志し、力を願う者は他人を僻む愚者よりもなお強き者。かつての死者の国にいる者が万年生者の国に住む者に敵うべくもないわ』
「人間にも理解できる言葉で話して頂戴よ……人間だけじゃなく妖怪も理解できていないみたいだし。ほんと、あんたは他人に理解させる気が無いわね」
『理解しようともしないじゃないの。何のために頭があるのかを少し考えてみてはいかがかしら。それが今の貴方が積める善行よ……なんて馬鹿馬鹿しいですわ。さあ、早く行きなさい』
この場にいる霊夢、魔理沙、パルスィと、神社にいる面子は誰も紫が閻魔を苦手としていることを知らないので、皆からすれば ”何言ってるんだこいつ” 状態である。
境界という一見明確そうで曖昧な物を操る能力と、黒と白で二分して明確に区別する能力の相性は最悪だ。そういうことにまで頭を回して今の紫のボケを理解しろと言うのは酷な話だろう。
「気になるが先に行くしかないか。早く帰りたいしな」
「えぇ、さっさと終わらせて帰りたいわね。帰ったら頂いた金で大儲けよ……フフフ」
清楚であらねばならぬ巫女として、そもそも年頃の乙女がしてはならないような顔をしている霊夢に魔理沙は少々引いている……わけでもなく、彼女自身も悪い顔をしている。
金儲けを目論む巫女と魔法研究材料の蒐集を企む魔法使い。こんな顔をしているうちは貰い手など現れないだろう。そもそも性格に難ありだが。
既に旧都に差し掛かり、後は金の眠る場所を探すのみとなっている。当然そこには待ち構えている鬼が二人程いるのだが、今の彼女たちはそんなことを知らない。
所変わって博麗神社。異変解決は人間に任せて妖怪四人はお茶を飲んでいる。これは神社に置いてあったお茶であるが勿論霊夢に許可を取ったわけではない。勝手に飲んでいるのである。
元来人間への迷惑など考えない妖怪らしい勝手気ままな行いである。
「分かっていましたがここの茶葉は上質とは言えませんね」
「今は霊夢もいないのだしはっきり言っても良いのよ? 傷んでいそうな葉だと。あの子は食料を大事にしまっているのかと思えば杜撰に放置しているだけだもの。黴が生えていないだけマシだと思いなさいな」
蓄えはあるのにそれをきちんと管理しないせいで黴が生えてしまった物も少なくない。悲しいかな、元々豊かではない神社をさらに貧しくしているのはある意味では霊夢であるとも言える。
幸いな事に彼女にそれなりの人望があるおかげで食中毒などによる死を避けられているというのが現状だ。彼女自身は自覚していないと思われる。
「相変わらず酷いのね。たまに来るけれどもう少し頻度を上げた方が良いのかしら」
「必要ないわ。甘やかせば甘やかす程自分では何もできなくなってしまうもの。心配しなくても私がいる限りあの子の飢え死にだけは無いわ。中って死ぬのは流石にどうしようもないけれど」
妖怪の賢者には巫女が中らないよう予防する気はないらしい。まさに中るも八卦中らぬも八卦という恐ろしい賭けである。
中れば外れ、中らなければ当たり。なんともわかりやすい事であるが外れれば永遠亭に走らなければならないのは言うまでもない。如何に早く妹紅を見つけられるかのタイムアタックである。何重に賭けをすれば気が済むのだろうか。
「賢者ってのは無責任なんだねぇ。それで本当に霊夢のやつが死んじまったらどうするんだい?」
「調停者がいなくなればまた代えを探すだけですわ。今まで幾度となく繰り返してきた手順をまた踏むだけよ。人間である限り死は避けられず、生きている限り消滅は避けられない。たかが百年程度経てば幻想郷の構成員も勢力関係も大幅に変化しているでしょう。人が死ぬのは自然の掟。早いか遅いかの違いだけです」
人里は守護者を除いて全て変わっているだろう。紅魔館では門番がメイドに復帰しているかもしれない。森の魔法店は荒廃し、返却されなかった本だけが回収されているかもしれない。山の神社では洩矢の血が途絶えているかもしれない。麓の神社には三代ほど後の新たな巫女が同じように暮らしているだろう。
或いは、メイドは体の老化を止める方法を編み出しているかもしれない。人間だった彼女は研究に費やすだけの寿命を手に入れているかもしれない。現人神の風祝は神へと昇格しているかもしれない。ただし巫女だけは生きていないだろう。仙人になるにしても修行すら満足にこなせぬ者はいくら力を持っていても生きることはできないからだ。
紫にとってはここ数百年で幾度となくこなしてきた巫女の選定、人間の衰えも考慮すればそれが三十年程度早まるだけなのだ。妖怪にとっては決して長い時間ではない。
「短い時しか生きられないからこそ必死に生きる。とても美しく、素晴らしく、そして愛おしい。人間以上に素晴らしい種族はいないでしょう」
人間を愛していなければこのような理想郷は作らない。紫ほどの力があれば無理矢理にでも誰かを殺して畏れを受けることはできたはずだからだ。
そもそも幻想郷を作った目的は人間を滅亡から護るため。表向きには妖怪を消滅から救うための楽園としているが、実際には自ら滅亡への道をたどる外の人間たちから保護するためにここを結界で覆ったのだ。
「貴方の場合は少々度が過ぎている気もしますがねぇ。愛があるのならもう少し気にかけてあげれば良いのではないですか?」
「過ぎたるは猶及ばざるが如し。今くらいで丁度良いのよ。愛の押し売りは良くないわ」
良かれと思ってやることが相手にとっては不快でしかないという事もよくある。相手を考えない善意は相手にとって悪意でしかないのである。
愛もそれと同じであるらしい。
『金で大儲けよ』
「そういえばあいつらは金を盗りに行ったんだっけ。協力者として私も少し頂こうかな」
「考えるだけ無駄よ。あの子たちは金なんて持って帰ってこないでしょう。と言うよりも持って帰りたくなくなるでしょうね」
追い求めていた物に毒素が含まれていたとなればどうするだろうか。いくら魅力的な物だったとしても自分の命や健康と引き換えにはできないだろう。生きていてこその富である。健康であってこそ仕事ができるのだ。
故に二人が金を持ち帰ることは無いだろうが、紫にとってはどうでもいい事なのである。まだ伝えていないが、紫は二人を宝探しに送り出したのではなく異変解決に送り出したのだ。
神奈子たちに変えられた霊烏路空の実態を調べて間欠泉から湧き出る怨霊が止まれば紫としては成功なのだ。主に前半の理由を知らない紫以外の三人は怨霊を止めることを目的としているが。
「そうなのかい? よくわからないが残念だね…………んん? げげ、霊夢たちの前にいるあれってもしかして……」
「もしかしなくても鬼ね。萃香と……もう一人」
紫がここで名前を出さなかったのは定期的に地底に行っていることを悟られないようにするためだろうか。紫が知らないふりをしても文が勝手に名前を言ってくれるから都合がよかったのだろう。
「まさかあの方までいるなんて……本当に行かなくて良かったわ」
しかし鬼を忘れて久しかった人間にとっては勇儀の立派な角を見ても瞬時に鬼だと判断できなかったらしい。流石に萃香の方には気づいたようだが。
「丁度良いわね。怨霊の事を話してしまいましょう。ということで射命丸、よろしくお願いしますわ。私だと萃香に何か言われるかもしれませんし、それに鬼への苦手意識を克服するチャンスでしょう?」
この時の紫の表情は笑顔だったにもかかわらず悪魔のようだったと射命丸は後に語ったとかなんとか。話を聞いた相手は文の誇張癖を知っているので話半分にしか聞かなかったらしいが。
途中の紫様の発言はただの言葉遊びでしかありません。直後の発言がほとんど答えになっているような物ですが
私は別にアンチキリスト教でも何でもありませんよ