読み流しても然して問題はないかと思います
書く時にはなるべく他人の呼び方や性格、飲む物などが変わらないように過去話を見直すのですが、それでも性格を一貫させるのは難しいなと。他小説の後書き見てたらふとそう思いましたね
~万頭狼戒~
さとり様の話によると相手は人間二人。だが人間だと思って油断してはならないらしい。私が以前人間を見たのは地底に来る前だったのだと思う。しかし何故かさとり様の式神になるより前の事はあまり思い出せない。
私がいたから万頭狼戒がいるのか、万頭狼戒という式神があるから私がいるのか。卵が先か鶏が先かと言う問題に類似しているような気もするが、残念ながら事はそう簡単ではない。
八雲藍が式神としての名前であるように万頭狼戒も式神の名前なのかと問われれば、そうではないと答えるだろう。
さとり様は式神に名を与えたのではなく、私自身に名を与えただけであるからだ。八雲藍は式が剥がれればただの九尾となるが私の場合は式が剥がれても万頭狼戒のままなのだ。
換言すれば九尾という妖狐は名で存在を固定し、縛らなければ制御が難しいほどの大妖であるという事でもある。八雲様もまたそれができるだけの力を持っているという事だ。
さとり様にはあれほどの式を扱う事はできないらしい。私は名付けて可愛がる程度の弱い式神でしかないのだとか。
私の記憶が曖昧である事については誰も教えてくれない。ただ旧都にいる妖怪たちとは知り合いであったことから考えても昔は私も旧都で暮らしていたのではないかと思っている。もう百年以上はこうして暮らしているので今更考える必要も無いのかもしれないが、時間ができるとつい考えてしまうのだ。
「また考え事をしているのね。自分を考えなおす事も大事だけれど、それ以上に今はもうすぐ来る人間について考えておきなさい」
さとり様には隠し事も通用しない。こいし様や八雲様をはじめとしたごく一部の方だけがさとり様の能力を回避できるとかなんとか。
勿論私にはできないのでこうして毎度毎度考え事を見抜かれてしまっているのだ。これも日常の一部になりつつあるのが現状だ。
それよりももうすぐ来る人間か。確か片方は巫女でもう片方は魔法使い。紅魔館のメイドはお休みのようだ。私たちと戦うならば取引をしている関係者ではなく全く知らない部外者である方が好都合、というわけなのだろうか。
八雲様の意思なのか、それとも紅魔館側の意思なのか。はたまた気づかなかっただけなのか。すべてはあのメイドだけが知ることだ。
「どうやら今はお燐が戦っているのかしら。音が近づいてきているし上手くこちらに誘導しているのね。そろそろ到着するでしょう。
これを持っていきなさい。お空の相手をしてもらうならばできるだけ万全にしておいた方が良いわ。では手筈通り中庭に案内してあげて頂戴ね」
「お任せください」
弾幕勝負をするのは力試しのような意味もあるが、ここまで来た時点で実力は十分であろう。何せ一つ前には旧都で鬼と戦ってきたはずだ。
となれば
雪が降り、凍えるように寒い外とは打って変わって中庭の灼熱地獄跡に行けば肌が焼け付くほどに暑くなる。人間の身体はそのような急な温度変化についていけないらしいので、ここで一つ緩衝材のような役割を果たすのだ。
身体を温めるというのは何も外で冷えた身体を温めるという意味ではない。それならばすぐにでも中庭に連れて行った方が効率的だからだ。
そうではなく、これから激しい戦いになるだろうからその準備運動をこなしてもらう、という意味なのだ。本来避けられるはずの弾を避け損ねて体力を無駄に消耗させるというのは、解決してほしい側からすれば望むところではない。
さとり様から渡されたのは緑茶。さとり様は普段紅茶を飲んでいるが、八雲様によれば地上では緑茶の方が一般的らしい。これもさとり様の気遣いなのだろう。
先ほどからしていた音が急に止んだ。これはお燐の誘導が完了したとみて良いだろう。玄関の外で待つことにしよう。お茶は……室内の机の上にでも置いておくか。
「なんだったのかしら、さっきの猫。目の前をウロチョロされて面倒だったわね」
「確かにな。ま、逃げられたけどあいつを追っかけたおかげで随分なお屋敷に着いたじゃないか。こんだけ広い屋敷ならお宝もたくさん眠っているに違いないぜ」
思いのほか元気そうである。本当に人間だろうか。いくら遊びによる疑似決闘だと言えどもキスメにヤマメ、勇儀殿や萃香殿、果てはお燐とまで連戦してきたはずだ。
さとり様の気遣いも無駄になりそうな気がしてきたが声をかけないわけにもいかない。
「ここまで来て堂々とコソ泥宣言とは……人間とは斯くも浅ましき生き物だったか。その蛮勇がいずれ己の身を亡ぼすことになろう。変わるべき時に変わらぬならばお前は一生を悔いて亡霊ともなるやもしれんな」
「いきなり出てきてご挨拶だな。私はこう見えて正直者なんだ。嘘は吐かないし借りた物もきちんと返すぜ。お宝はさっくり貰っていくがな」
なんと手癖の悪い人間だろうか。ここまで堂々と言われると逆に嫌悪感が無くなってしまうのはどうしてなのだろうか。
人間の一生は短いからこそ、その輝きは何物にも代えがたい。短い人生を如何に豊かに暮らすか、それを求め続けるからこそ相手の物を羨む。子供のように悪事を悪事だと思わないうちはまだ何とかなる。しかし自らの行動が悪事であると気づいたときから人生は豊かさを失ってしまうのだ。
だからこそ目の前の魔法使いには今、変わってほしい。まだまだ若いからこそ取り返しがつく。
妖怪が他人の事に口出しをするのはお門違いだと認識している。ましてや相手は人間。こちらの話など一言さえもまともには聞かないだろう。
だがどうしてか、自分よりも立ち位置の低い者を見るとどうしても気にかけたくなってしまう。どうしても見捨てられないのが自分でも不思議で堪らない。
『嘘を吐かない者などいない。嘘を嫌う鬼でさえ時に嘘を吐く。山は嘘で塗り固められているし、
この声は八雲様か。確かお燐からの情報では魔訶不思議な通信用の珠を使っているという事だったはずだ。言われてみれば巫女の方から声が聞こえるような気がする。声の発生源は……陰陽玉か。
どんな通信方法を使おうが、八雲様だから……と納得できてしまう。あの方の能力の限界、妖力の限界すらも私程度では逆算できない。
「その声は八雲紫だな。何故地底に刺客を差し向けた? 真なる理由を貴方の口から直接聞かせていただこうか」
『ふん、怨霊の管理も満足にできない阿呆が何をほざいているのかしらね。地下から湧き出る間欠泉と怨霊。すべての責任は地底にある。……ふふふ、何も言い返せないでしょう? さ、二人とも、目の前の妖怪は次々と退治なさいな』
思いのほか酷かった人間の性質と想定外な八雲様の介入のせいでお茶を出す口実が無くなってしまったうえに戦う口実を作られてしまった。
先に八雲様に仕掛けたのは私なのだけれど。まあ中庭に案内するのは戦った後でも良いし、これだけ元気そうならお茶もいらないだろう。
「あんたに言われなくてもやるっての。こいつは何か知ってそうだしね」
博麗の巫女。妖怪蔓延る幻想郷において人間側の調停者として君臨している、聞く必要も無いほどの実力者。本人は自覚していないだろうが育て上げたのは八雲様自身。
膂力はそれほどではないが力の使い方は別格だ。単純な殺し合いならば私たち妖怪は分が悪い。才能も過去の博麗の中でもかなりの上位だという。博麗をあまり知らない私からすればあまりピンと来なかったが、いざ目の前にすると納得できる。
「あの金が毒物入りだってのは残念だった。まあしかしお前は私の心配をするより先に自分の心配をした方が良さそうだな」
隙の無い立ち居振る舞いである彼女に比べればこちらはまだ人間の範疇に収まっていると言える。それでも凡そ人間とは思えない程の豪胆さを持ち合わせている。
底の無い探求心とこの肝でここまで生きてきたのだろうか。八雲様も
「妖怪を恐れない人間などここには必要ない。私が勝てば疾く帰っていただこうか。
さあ行くぞ。 吠符『吠える監視者』」
私は鬼のようにパワーで押す弾幕を張れるわけではない。必然的に頭脳を使った弾幕になる。如何に避けづらい所に弾を置くか、如何に思いがけない場所に弾を撃ち込むか。
勿論美しさも考慮している。美しくない弾幕はその時点で負けであり、勝負をすることすら烏滸がましい物となる。
私の一枚目は数年前にさとり様が読んでいた外の世界の本に書いてあった言葉から作った物だ。元の言葉が何だったのかは忘れたが、確かその言葉の意味はさとり様曰く”鯨を監視すること”
鯨とは簡単に言えば海に棲んでいる途轍もないほど大きな魚らしい。それが頭頂部付近から間欠泉を噴き出すんだとか。確かにそれを監視していなければ今回の地上と地底のような問題に発展しかねない。現状を風刺しているこのスペルを使うのは今回限りかもしれない。
海は確か池を湖よりもさらに大きくしたものだったはずなので、私のスペルでは相手側深くに水を模した青っぽい弾幕を置いてその上に大きな魚型の弾を滑らせるという形になっている。途中で急に噴き出る間欠泉擬きに当たりさえしなければそれほど難しい弾幕ではない。
ちなみに噴き出るまでに魚を避けていればあとは動く必要も無い。逆に魚を引き付けていると避けるスペースがとても狭くなるという罠である。少しでも長く様子見したいという心理を突くことで難易度を上げているだけで、二回目以降であれば問題なく避けられるだろう。残念ながら二回目など存在しないので狭くなっても避けきってもらうが。
「ほう、流石ここまで来るだけはある。あの状況から避けきるとは。
では二枚目だ。 吠符『
これは耐久である。と言っても90秒程度しかない上に私側の残り枚数も一枚なので気は楽だと思う。内容自体も非常に単純である。小さな弾が一つ横切った後に次々弾が襲い来るだけのものだ。
これはさとり様から借りた本に載っていた”一犬影に吠ゆれば百犬声に吠ゆ”ということわざから取っている。根拠もない影形に犬が吠えるとそれにつられた犬が次々と吠えていくという。
吠影吠声とも言い、適当な事を言った一人からデマが真実だとして広がることを指す。
さとり様によると小さなデマが大きな影響を与えることが地上ではよくあるらしい。確か鴉天狗の新聞だったか。適当を書いている新聞が何処にもかしこにも配られるために誰もがそれを真実だと思い込んでしまうとか。
人間もそのような物に騙されないようにすればいいものを。天狗に良いように扱われているだけではないだろうか。地底に影響が出ないのであれば私としては何も言うことは無いのだが。
それにしても耐久はこちらも暇である。考え事をするには短すぎるし、何もしないには長すぎる。次から耐久スペルは減らすようにしよう。普段ならば相手側も弾幕を消すためにスペルを消費してくれるのは良いのだが、消費を抑えてほしい今回に関しては逆効果だったかもしれない。
「絶妙に嫌らしいところに撃ってくるんだな。弾幕研究家としては勉強になるからありがたいが」
「なんだそれは……まあいい。これで残すはあと一枚だな。正真正銘これで決着だ。
狼符『散歩徘徊』」
これの内容は猫状態のお燐のスペルを模倣したものであり、名前は萃香殿の試作スペルからもらっている。
お燐ほど規則的に動くわけでもなければ萃香殿ほど爆発的な攻撃をするわけでもないが、少しでも私らしくなるようにアレンジしたつもりだ。
腹の空いた狼のようにあても無くフラフラ移動し、相手に近づくと周囲を取り囲むように弾幕がばらまかれる。それ以外にも方向転換する毎に弾幕をばらまくので密度は意外に高い。
これは狼が主に集団行動をするためである。多くの仲間を引き連れて獲物を追い、捕らえるために多数で一人を取り囲む。
今回は相手が二人もいるせいで余計に密度が高くなってしまっている。流石にこれはまともには避けられないようだ。だが二人いるおかげでボムの消費が半分で済んでいる。
ここまで来たことを認めながらもあの魔法使いを少し侮っていたようだ。彼女の持つ魔具から放たれる魔力の奔流は私の弾幕をいとも容易くかき消してくれる。フラフラしている私も当然巻き込まれるわけである。痛いし熱い。
これが魔力ではなく霊力ならば恐らく倒れている。遊び用に火力が調節されていなくても同じだっただろう。しかしこれはあくまでも遊びの範疇だ。何とか倒れることなく立っていられる。
負けたが……これで良い。理想的である。
お空に通用するのかは分からないが、私が負けた以上もうこの二人を信用するしか選択肢が無い。
紫様も案外ノリノリ。ちなみにサブタイトルの『三歩』は紫様の少しの介入の事です
なお悪いのは全て戒
『吠えーるウォッチング』なんて寒い案もありましたが流石に止めました。
漢文的な間違いがあれば遠慮なく指摘して頂ければ
絵が描ければかなり分かりやすくなるんですがねぇ……まことに遺憾であります
とりあえずこれで4/7面が終了です