~八雲紫~
さとりは隙あらば霊夢たちに油断させようとしているように見える。油断させて早々に決着をつけてやろうという算段なのだろう。実際に私が指摘しなければ、もう何度か心を大きく揺さぶられて言い負かされるようなことがあった。
流石に口が上手い。自身というものをはっきり確立している人間の精神をこれ程までに揺らがせるのはそう容易い事ではない。ましてや相手は今や幻想郷の人間代表のようになった二人。
まだまだ幼いとはいえ様々な経験を通して成長は垣間見えている。その二人を同時に相手取って、その心をまだまだ翻弄する余裕のあるさとり。やはり強い。
相手が人間でなく妖怪であったなら、およそ戦いとも呼べない舌戦によって叩きのめされているはずだ。それこそ大妖怪と呼べる程度の実力を持つレミリアや、先ほどさとりが披露した弾幕の元になったスペルを持っているパチュリー、射命丸でさえも心が折られているだろうと思う。
心を読まれさえしなければ幾分かマシかもしれないが、それでもさとりの中には長い年月の間に築き上げたマニュアルにも似た物が存在しているに違いない。
この場面、こういう状況ならばこう思っているはずだ、という経験則。さらに彼女の場合は表情や力の変化まで考慮に入れて考えていることを判断しているらしい。
私も今までに何度か思考を先回りされたことがあった。まるで心を読まれているのかと錯覚してしまうほど的確な物言い。言われたくない事をズバリと言い当ててくる厭味ったらしさ。
だが私が気に入っているのも彼女のそういったところだ。
つい十年程度前までは私の周りにはあまりにも強者に媚びる妖怪が多かった。それは何も悪い事ではなく、むしろ生き延びるためには必要な事でもあると思う。しかし私からすればそれはつまらない、その一言で片づけてしまいたいほど矮小な存在。
強者に媚びて自我を殺す。それが妖怪の在り方だとでも言うのだろうか。鬼が作りたかったのは自分たちを恐れて平伏するだけの部下だったのだろうか。
そうではないだろう。畏怖の上に自分たちの強さをも自負できる妖怪の組織、それを作りたかったのではないか。
今の天狗は妖怪の山が組織として発足する以前の天狗像を残せなかった。鬼は人間に見切りをつけて地上から姿を消したと聞いている。しかし実のところはそんな天狗や河童にも呆れていたのかもしれない。自分たちの力を恐れ、畏れるような。
だからこそ彼らは地底で上手くやっていけているのだろう。膂力を絶対としない地位。トップに君臨しているのは鬼をも恐れぬどころか、鬼に対してさえ厭味は変わらないさとり。誰にも媚びる事は無く、よほどのことが無い限りは誰の力を頼ることも無い、頭脳で頂点に立つ大妖怪。
普段は力を見せびらかすことが無いが、いざとなれば能力を遺憾なく発揮して、その身にそぐわぬパワーを見せることもあるという。能ある鷹は爪を隠すとはまさにこのことか。
そんなさとりの在り方が気に入っているのは何も鬼だけでなく私も同じで、きっと
彼女の力を、その魅力を知らないから覚妖怪であるというその一点だけで差別して迫害しようとする。それに耐えられず逃げるより他なかったのがこいしであり、それに抗ってその思想を消し去った*1のがさとりである。
一概にどちらの方が良かったのか、それを私たち部外者が言うことはできない。当事者にさえ分からないだろう。
片や虚ろな笑顔の裏に自分の心を隠して放浪するだけの路傍の小石と化し、片や地霊殿から出られず凝り固まった身体と疲弊した精神でペットや式神を
あまりにも悲劇的で対照的な、それでいて多くの部分に相似性を内包する二人の境遇。彼女たちがまだ二人一緒だった時から知っているわけでもない私が同情などする資格はない。
そんな過去を持っていても強くあろうとするさとりが気に入っている。幽々子とも萃香とも違う。かといって藍や橙とも違う。隠岐奈や華扇とも違う。しかしこれは明確な好意なのだろう。
彼女の未だ底知れぬ実力が怖い。鶴の一声で地底を簡単に動かせる統率力が恐ろしい。
それでもさとりの事は好きだ。
「陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし 我ならなくに」
呟いた程度だと思っていたがアリスには聞こえていたようで、急にどうしたのかと聞かれた。別に何でもないと返しておく。別に古代日本の文化に明るいわけではないアリスのことだ。今の歌の意味も理解できなかっただろう。射命丸や河童には聞こえていなかったようだし気にすることもあるまい。
我ならなくに。そう、すべては貴女のせいなのよ。
嫌な顔をしながらも相談に乗ってくれる優しさが、危ない時でも余裕を崩さぬ姿勢が、ペットに心配されるほどに休めぬ性が、そのくせ意外と胃が弱いところが、よく頭を抱えているところが、見た目相応でも不相応でもあまりにもさとりらしい。
昔の私が今と変わらず賢くて助かった。もしあの時無理矢理にさとりを僕にしていれば、友人としてこのような付き合いをすることはなかった。
『流石、ここまで来ただけはあるわ。どちらの実力も想像以上ね。地底が崩壊する前にもう帰っていただいても…………え? 私をボコボコにするまでは帰らないって? 相も変わらず野蛮な人間たちですねぇ。まあ
そもそも初めに十枚での勝負を宣言しているのだから終わるまではやってくれないと困る。スペルカードルールを施行するにあたってその名を使った霊夢、そのものを作った私、そして大元を考案したのはさとりだ。考案者とも言える彼女が宣言枚数未満の四枚で降りるのはご法度だ。
しかしながら、少しでも油断しているとさとりはこうして勝負を中断しようとする。今回は彼女自身の意思で続けてくれたから良かったが、口出ししなければならないことも多い。面倒ごとを嫌う割には面倒な性格をしている
それにしても今度は私のものか。全てにおいて完璧とは言えないまでも概ね同じような構成。少し違うのは霊夢の記憶が曖昧だからだろうか。元よりも難しくなっているのは彼女の心が映し出すトラウマが記憶を
面白い。まだまだ楽しませてくれるというのね。ではもっと楽しませてもらおうではないか。まだまだ序の口、本番はここからだ。
~古明地さとり~
何か背筋に冷たいものがあてられたような感覚に陥ったがきっと気のせいだろう。人間でもあるまいし今更恐れる物はそう多くない。精々目の前の人間からの敵意だったり紫さんからの殺気だったり、そんなものであろう。
まあなんだ、今は人間が怖いかな。紫さんはここにはいないし、殺気を放ってくることもここ三百年ほどの間は一切無い。だが人間は皆等しく敵意を向けてくる……並みの妖怪も同じなのだけれど。
と言うかこれ、自分で撃っていて言うのもなんだが鬼畜すぎではないか? 人間には案外手加減をするような紫さんがこんな鬼畜なもの組み込まないと思うのだが……トラウマは案外誇張されて頭に残ってしまうものだし、本人すらも無意識のうちにより鬼畜な弾幕を脳に刻み込んでしまったというわけか。
実際全てを完璧に覚える事ができる者などほとんどいない。地上でもごく最近九代目に差し掛かった稗田くらいではないだろうか。
そんな特異な能力を持っていない限りは全てを正確無比に記憶することは不可能だ。神がかった頭を持っている八意永琳であってもその記憶には僅かに齟齬が生じてくるだろう。
それを踏まえても原形を疑うほど難しく見える。私の実力が足りないから、というのもありそうだが、少なくとも魔法使いの方を読む限りはかなり難しい部類のようである。
巫女の方はこんなものだったと思い込んでいるのでそれほど絶大な効果があるわけではない。まあ普通に難しい弾幕、程度の認識でしかないのは少しばかり残念だ。
「物足りないというならば、もう少しばかり弾を追加してあげましょう。何、密度を上げるだけですよ。私からの精一杯の親切心ね」
どうしてもお燐の弾幕を見た後では私のは物足りないように思うらしい。私の技はトラウマとして想起した物を真似ているだけなのだから仕方のない部分はある。だが主人がペットよりも低く見られるというのはあってはならないことなのだ。
私の中に存在する多少の意地。それが無ければこうして戦う事も無かっただろう。だがそれが無ければ、今こうして生活できているのか定かではない。
やはり…………
~ ~
「運命ね。運命が囁いているわ。咲夜、今すぐ出かけてきなさい。運命が貴方を向かうべき場所へと導くでしょう」
「お、お嬢様? おっしゃっている意味がいまいち分からないのですが……」
「貴方は答えを見ながら迷路を進むような人間なの? 分からないからこそ、運命はより強く貴方を引き寄せるのよ。咲夜は気の向くまま進めばいいの」
地上にて優雅に茶会を開いているのは紅魔館の主レミリア・スカーレットとその親友パチュリー・ノーレッジ。準備から何からここまで進めたのは従者の十六夜咲夜だ。
そんな茶会の折に主人たるレミリアが急にこんなことを言いだしたのだから咲夜にとってはどうしたら良いのかわからない。百年来の友人であるパチュリーにとってみればまたか、と思うだけである。レミリアのわがままは今に始まったことではなく、殊『運命』という言葉が入れば意思が揺るぎないものになる事をパチュリーは知っているのだ。
だがそもそも咲夜はどうして出かけなければならないかを理解できていない。彼女が何か言いたげであるのは尤もな事であろう。
「そうじゃなくて……はぁ。良いかしら咲夜、よく聞きなさい。貴方が今出かければどこかでレミィにとって都合の良い事が起こると、レミィはそう言いたいわけ」
そこでパチュリーからの助け舟が出される。相性はバッチリ、流石は親友だ。もう既に紫と幽々子のコンビと同程度に以心伝心なのではないだろうか。
「そうね。さ、分かったならすぐ行きなさい。大した防寒はしなくても良さそうね。貴方は何も知らない、そういう態度をとっていれば何も問題は無いでしょう」
「……はい、では行ってまいります」
やはりまだ納得のいかなさそうな咲夜。それでも主人の命令に逆らう事はあり得ない。レミリアが瞬きをした次の瞬間にはもう姿を消していた。
「言葉足らずは相変わらずね。的を射ない返答ばかりしていてはそのうち愛想を尽かされてしまうわよ。気をつけなさい」
「言ってくれるわねぇ。私だってさとりに言われてからは態度を改めるように頑張っているんだから……どうせ私はまだ返答の方に意識を向けられない子供ですよーだ。勘弁してよ」
紅魔館において『さとり』という言葉にまず嫌な顔をするのがパチュリーである。当主の親友という館の体裁を気にしなくてもよい立場にいるからか、彼女は誰の前でも好ましくない事には露骨に嫌な顔を見せる。ある意味正直と言えるのだろうか。
そんな親友を見てレミリアも思わず笑ってしまう。パチュリーも「別に笑わなくてもいいじゃない」と文句を垂れるほどだ。
「いやいや悪かったわ……でもまあ今回咲夜に出かけさせた事柄の根本にいるのもさとりなのよ。突然に湧いた間欠泉。間違いなく地底が絡んでいるもの」
「……行かせて良かったの?
パチュリーからしてみればさとりがいなくなるのは別に悪い事ではない。むしろ厄介な妖怪が消えて嬉しいくらいだろう。
しかし彼女はレミリアと仲が良く、酒の消費が多い地底は紅魔館産ワインの買い手としては最大規模になっている。それを失うのはレミリアの精神面を考えても、紅魔館の経済状況を考えてもなかなかの痛手となろう。
そういう考えからの心配だ。パチュリーが心配しているのは決してさとり本人ではない。レミリアと紅魔館だ。
「さとりが咲夜に? 無い無い、絶対にあり得ないわ。百回やっても百回咲夜が負けるでしょうね。さとりに挑むのは紫に挑むことと変わらない。むしろ私なら紫に挑む方がマシね。壊れた肉体は治せば良い。でも壊れた精神は決して元と同じようには治らないもの」
「壊れた精神は二度と元には戻らない、ね。だからこそ私たち妖怪は……いえ、何でもないわ」
『さとりという妖怪を嫌うのだ』
そう言いかけてパチュリーは思いとどまった。それがレミリアを傷つけることにもなると理解したからだろう。
覚妖怪は嫌われて当然の種族だ。さとりを気に入っている妖怪が少しでもいるということが如何にさとりの助けになっているか、それを知れば紅魔館住民のさとりに対する意識は変わるだろうか?
「パチェが何を言いかけたのかは知らないけど今回勝つのがさとり、なんてことは一言も言っていないわよ」
「どういう意味よ。咲夜は絶対に勝てないんでしょう?」
「文字通りよ。今回わざわざ間欠泉が噴出した直後では無くてここまで時間をおいてから出発させた理由……ふふっ、私の従者に敗北は似合わないわよね」
わざわざ歌を引用しましたが、あくまでも
そしてさとり様にとっては絶望の自機追加(饅頭こわい理論)
第三の刺客 十六夜咲夜 参戦‼