~古明地さとり~
最近地底に不穏な噂が流れているようだ。私は基本的に外に出ないので知ったのはごく最近になるのだが、噂自体はもう数年前からあったらしい。お燐や勇儀たちから聞いた。
お燐はすっかり人型になっての生活に慣れたようで今では私の優秀な右腕として働いてくれている。上が私のような弱小妖怪でなければお燐ももう少し才能を発揮できたかもしれないが、何故か私を慕ってしまった今となってはもう望めない。
そしてその重要な噂の内容はと言うと『地上に結界が張られることで人間が多く住む世界と隔離されるらしい。結界の内側ではむやみに人間を襲う事も禁止されるらしい。だから結界を張るのを阻止しようではないか』というものだ。
私にとってはまたか、と思わせられる噂である。封印されたことでこの地に住み着いた者が地上に出たいと言うのはわかる。だが自らの意思でこの地に来た者がそれに賛同しているのを見ると、もう開いた口が塞がらない。数百年前に同じような事をしようとした者たちがどうなったか知らないのだろうか。何事にも首を突っ込みたがる若さは良いものなのかもしれないが無謀な事をしようとするのは評価できない。
というか地上に出るのは本当にやめてほしい。冗談ではなく私が紫さんに消されかねない。一応あちらも私の提示した条件をしっかりと守ってくれているのにこちらが契りを破ることはできない。私のような存在にとっては面倒ごとを増やすだけに止まらない事態に発展しかねない。死ねば面倒ごとからは解放されるがそれが私にとって益となるかと言えば勿論そんなことは無い。
面倒ごとは勝手に増えるくせに勝手に消えてくれないから厄介だ。だからこその
「ごきげんよう、さとり。お久しぶりね」
「お久しぶりですね、紫さん。私はいつでも気分がすぐれませんよ。いつも最悪です。それにいい加減その方法で目の前に出てくるのはやめてもらえませんか?」
急に出てくるから毎回驚いている。態度には出ないのが幸いか。でも本当にやめてほしいと毎回のように言っているのに紫さんがやめる気配は全くない。
「まぁまぁ、いいじゃないの。なんだかんだ言っても長年の付き合いでしょう?たまには驚いてくれてもいいのよ?」
数百年付き合っているうちにいつの間にか私への話し方が変わっていた。何故だろうか。
「私は毎回のように驚いていますよ。態度に出ないだけです。それより今日はどんな用で?」
「毎度の事だけれどつれないわねぇ。まあ今日は特にこれと言った用があって来たのではないのよ。ただ貴方が元気かどうかを確かめに来たのよ」
特に用もないと言うくせに机の上にはいつの間にかお茶の用意がされている。私の屋敷には置いていない種類のお茶に、高級そうな菓子。生活が豊かなようで妬ましい。おっと、これは彼女の口癖だった。最近たまに話しているからうつったのかもしれない。
「私なら元気では無いので大丈夫ですよ。いつも通りです。そう言えば毎度思っているのですがこのお茶や菓子は何処から手に入れているのですか?貴方が持ってくるまで見たこともありませんでしたが」
「これなら海を渡った向こうの国から仕入れてきた物よ。私の移動には海など関係ないもの」
まったく羨ましい能力だ。私にもそれだけの能力があれば……いや、欲しくはないか。あれだけ強大な能力は能力者も規格外でなければ扱えるはずが無い。私があの能力を持っても持て余すどころか私の存在が危うくなってしまいかねない。
「そういえばそうでしたね。あぁ、海の向こうで思い出しましたが、地上を結界で隔離しようとしているという噂が立っていますが」
「地底にもその話が来ていたのね。えぇ、その話は本当の事よ。結界で幻想郷と外の世界を隔離することで妖怪の楽園をより強固な物とする。これは幻想郷の賢者たちによる決定事項だからいくらさとりでも覆せないわよ」
地上の賢者たちか。聞くところによると紫さんにも引けを取らない強者たちらしい。というか紫さんの中での私の評価は何故落ちないのだろうか。むしろ初めより上がっている気もする。そのうち地霊殿七不思議なんかができたら絶対に入るに違いない。
「妖怪の楽園、ですか。確かにそう言っていれば反乱も少なくて済むかもしれませんね。実際そうはなっていないようですが」
妖怪が妖怪の楽園を作るのはまあ当然の事と言える。間違っても人間が妖怪の楽園を作るわけがない。しかしそこに『人間をむやみに襲ってはならない』この一文が追加されるだけで妖怪からの反発は強くなってしまう。更に結界の外側に行ける妖怪はほとんどいなくなる。中の人間も外の人間も襲えない妖怪たちの怒りは当然紫さんへ向かう。私よりはるかに強く、はるかに賢い紫さんでも案外苦労するようだ。
「まあ、ね。考える頭の無い馬鹿な連中はそれが自分たちを救う唯一の方法であることを理解していないもの」
「確かに最近外では妖怪の仕業が自然現象の一言であしらわれている状況らしいですからね。その波が幻想郷に達してしまえば妖怪が消滅するのは必至。だからこそ結界によって外とのつながりを極限まで少なくしたいのですね。そして結界は妖怪を守るという建前の下、実際には人間を守るための物だという事ですか」
妖怪を守るために結界を張るのではなく、人間を守るために張るのは話を聞いていれば容易に理解できる。紫さんにしてはわかりやすい話だったから助かった。
「……………………やはりそうでなくてはね」
何がだろうか。紫さんの言葉は基本的に理解するのに時間がかかる。先ほどの物が例外だっただけだ。
~八雲紫~
私の話を聞いてこの答えを出してきた妖怪は華扇に萃香の二人だけ。あとは妖怪ではないが幽々子もだ。私の真の目的はさとりの言ったように人間を守ること。考えることを放棄した妖怪たちは結界を張る事が自分たちの消滅に繋がると考える。
そんなわけがない。私だって妖怪だ。妖怪の滅亡を望んでいるはずなど無い。だからこそ結界を張るのだ。妖怪によって管理された里を作ることで人間の数を一定に保つ。増えすぎれば妖怪に喰わせ、減れば外からも連れてくる。人間がいなくなれば恐怖が無くなって私たち妖怪や神は消滅してしまう。
恐怖とは妖怪や神への直接の恐怖ではない。闇夜の恐怖、災害への恐怖、得体の知れない物への恐怖、蟲の恐怖など妖怪そのものを恐れるのではなく、それに付随するものを恐れることで妖怪は消滅を避けることができる。
逆に人間が妖怪に喰われずに増えればどうなるか。外の世界を見れば一目瞭然である。無駄に増えた人間たちは数が増えた分自分たちの領土を広げたがり、食料を求めて争いを続けている。なんと愚かな事だろうか。同じ人間をいとも簡単に殺すことができる武器を作り、使用する。
これはもしかすれば外の人間たちの数の減らし方なのかもしれない。だが幻想郷では人間同士ではなく人間と妖怪と言う二つの関係によって数を調整するつもりだ。この際最も重要になるのは間違えても人里に指導者を出さない事だ。指導者が現れればそれに同調する人間たちが幻想郷の仕組みに反抗しだす恐れがある。そうなれば人間側の全滅は必至。それによって私たち妖怪も絶滅する。
結局人間は同じ志を持った集団になると途端に愚かさが増す。それは世界中どこに行っても変わらない事である。自分たちの地位を向上させるためには決して勝てない戦争をすることになる。それを勝てない、と思わせないようにするのが指導者なのだ。指導者が出た時には秘密裏に妖怪に喰わせるしかない。
妖怪側に指導者が出た時には妖怪が対応するしかない。それが今の地上や地底の状況だ。指導者を潰せば組織など脆いもの。今の地底の組織程度なら瓦解させるのに数刻もかかるまい。さとりの知略を以てすれば尚の事。
地底は地底で厄介ごとが多そうだが地上も負けず劣らず厄介だらけだ。まだ抵抗してくる妖怪たちが強くないから何とかなっているが、近年大陸の西の端で猛威を振るっているという妖怪が幻想郷に来たら私だけでは何ともできないかもしれない。
「お疲れのようですね。他人の前で弱みを見せるなど紫さんにしては珍しいこともあるものです」
「心にも態度にも出ないようにしていたはずなのだけれど」
「顔や妖力を見ればわかりますよ」
今まで数多くの妖怪の心を読むにあたってその時の表情や妖力の揺れなどを観察してきたのだろう。心を読めないのに私の思っていることを凡そ当てられるのもそのせいなのだろう。流石に詳細はわからないようだが、実質さとりに心の内を悟られないのは妹のこいしくらいだろう。あの閻魔でさえ表情を偽ることはできないだろう。
「貴方には敵わないわね。では一つ相談にでも乗ってくれないかしら」
私は弱くないがそれでも地上は私にとって楽な場所ではない。その苦労を解決したいなら地上よりさらに過酷な地底をまとめているさとりに何か相談してみればいいだけの事だ。生きている年月も大して違わないだろうし大いに参考になるだろう。
~ ~
さとりによるカウンセリングは紫にとって確かなプラスとして働いたようである。これまで生きてきた中で常に他人を観察し続けたさとりは確かにカウンセラーとしては満点なのかもしれない。
――――紫さんが私に相談など初めての事ね。やはり地上は地底などよりはるかに恐ろしい場所なのだろう。不用意に出ないようこいしにも言い聞かせたいけど無理なのでしょうね
――――流石はさとりだ。心を読めないというのにこの指摘の正確さ、参考になるわね。そしてやはり地底の主は私には務まりそうにないわね
この二人の互いへの誤解は余計にひどくなる。ユークリッド空間において平行な線は永遠に交わることが無い。そしてさとりと紫、二人の間においては平行線をたどるこの互いの誤解は永遠に交わらない。
第三者視点の時の~の間をどうするか考えるのが面倒だったので空けておきました
恐らく次話までは約一週間空くと思います。
また次回も読んでいただければ幸いです