【忍殺実況】ヤモト・コキ育成計画.mp0【完結】 作:いらえ丸
世界には、きみ以外には誰も歩むことのできない唯一の道がある。
その道はどこに行き着くのか、と問うてはならない。ひたすら進め。
――フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ。
ネオサイタマの雲は厚い。昇っているはずの太陽は遥か遠く、今この時も重金属混じりのカーテンに遮られている。国道に通ずるとあるパーキングエリアにて、ヤモト・コキはインテリジェント・モーターサイクル「クロイヌ」に身を預け、雨の止んだ曇天を眺めていた。
ヤモトの背には体躯に合わぬ大型バックパックがあった。中には生存やイクサに必要な、様々なアイテムが収納されている。メンターの教えの通りに、無駄な物は何一つ入っていない。写真も、化粧品も、髪飾りも、全てが必要なのだ。
流れぬ雲を見るでもなく眺め、ヤモトはネオサイタマに来てからの事を思い出していた。初めて登校した日の事、楽しかった部活、オリガミ部みんなで行ったカラオケ……。ニンジャになった事、強いニンジャから逃げた事、もっと強いニンジャと戦った事……。コミックみたいだな、とヤモトは思った。キョート人からすると、ちょっとハヤイに過ぎる日々だった。少し止まった今だからこそ、そのように思う。
「ヤモト=サン」背後に鈴めいた声。ヤモトはクロイヌから身を離し、振り返った。視線の先、小さな影が歩いてくる。長い黒髪に幼げな丸い瞳、汚れを知らぬ白い肌は透き通る様。細い輪郭に沿うライダースーツは背の低い彼女にはどうにも不似合いで、だからこそカワイイだった。「おまたせ」「ううん」
「はい、ドーゾ」「悪いよ」「余ったお金だから」「受け取れません」「ブッダも怒るよ」「では、ありがたく」ヤモトは手渡されたチャ・ボトルを受け取り、二人して笑った。「知ってるんだ、キョートのなのに」「私これでもカチグミの出だよ? 学校は、行った事ないけどね」そう言って、少女――アヤメ・ユズリハはジンジャーエールを一口飲んだ。爽やかな甘みと鮮烈な炭酸が少女の喉を通る。アヤメはこの小さな痛みが大好きだった。「アー! 炭酸おいしー!」「もう、はしたないよ」「だってシャバのジュースは美味しいんだもん」
しばし、ヤモトとアヤメは他愛ない会話に花を咲かせた。クレープの事や流行りのファッション、時に下世話な話まで。年の違う二人の少女は昔馴染みであるかのように気安く話していた。そうして、ひとしきり話し、ひとしきり笑い合った後、アヤメは目を伏せて云った。「アリガトね、ヤモト=サン」
ヤモトは続くアヤメの言葉を奥ゆかしく待った。「あの時、あのままだったら私、死んだままだったからさ……。ヤモト=サンが助けてくれたから、生きられる」アヤメはかつてのイクサの顛末を思い出した。何故、あの時死んだはずのアヤメ・ユズリハがこうして生きているのか。今この場でそれをお話しする事はできない。何故ならそれは、少女達のトップシークレットだからだ。目撃者には、忘れるよう言い聞かせた。
「ううん、アタイだって、アヤメちゃんには助けられてばかりだったから。それにまだ……」「そんな事ないよ」「……うん。じゃあ、オアイコ」「うん、オアイコ」アヤメは小さく笑むと、空になったボトルを握りつぶし、ダストボックス目掛け投擲した。もうカトンで焼く事はできない。「叔父さんには迷惑かけっぱなしだなぁ」アヤメはクロイヌに寄りかかって空を見た。「アタイの事、隠してくれたんだよね。今度お礼言わなきゃ」「あの人、入ったお金全部寄付しちゃってたんだってさ」アヤメは呆れるように、それでいて誇らしげに云った。「私みたいな子供達の為にって、スゴイよね」「うん……」
静寂。二人の間に風が吹いた。目を瞑るヤモト。瞼を開くと、ヤモトの眼前にイナセなトンビ・コートを着こなす少女ニンジャが立っていた。瞑目、合掌、拝礼。ぶわり、アヤメは真紅のマフラーを翻し、カトゥーンヒーローめいて颯爽とクロイヌにまたがり、安全重点でヘルメットを被った。「……それじゃ、そろそろ行くね」
返事を言おうとしたヤモトだったが、一瞬喉が詰まって言葉が出なかった。言うはずだった言葉を飲み込み、ヤモトは既に知っている事を訊いた。鼻の奥が熱い。「何処に、行くんだっけ」「ドサンコ。アペ・ニンジャ=サン……リレイズ=サンの故郷なんだってさ」アヤメは決意に満ちた瞳で道路の先を見ながら答えた。「そこでしばらくトレーニングかな。私、弱っちいから」
アヤメの返事を聞いて、ヤモトはくすりと笑った。「またトレーニング?」「ウン」「アタイは、もうしばらくしたくないかな……」「勿体ないよ、せっかく丈夫な体なんだから」「そうだね。うん、ガンバルゾー」「それでこそ我がアプレンティス。精進するのじゃぞ」アヤメはあえておどけてみせた。
「「イヤーッ!」」パシン! 突き出された拳をヤモトはしっかと握り、受け止めた。カラテの差は歴然だ。ヤモトの育成計画は、もう必要ない。「……オタッシャデ」「オタッシャデー」拳を引き、アヤメはエンジンを吹かせてスロウスタートした。ゆっくり、ゆっくりと、進む。やがてタタミ数枚のところで停止し、アヤメは振り返って天を指さした。「空! 見てみて!」
アヤメの指差す先、曇り空が裂ける。雲の裂け目から、一条の太陽光が降り注いだ。薄闇を貫く光柱はひとつふたつと数を増し、やがて無数の光の雨となり、暖かな太陽がネオサイタマを照らし出した。それはまるで、ブッダが少女達の門出を祝福しているかの様な光景であった。「リライズ!」初めて見る空模様に唖然としていたヤモトだったが、聞こえてきたアヤメの声に反応して視線を戻した。声の主は、陽光めいた満面の笑みを浮かべていた。
「私の新しいニンジャネーム! リライズ! 覚えておいて!」そう言って、アヤメ・ユズリハ――リライズは、クロイヌを駆って高速道路に飛び出した。ドルルルルルル! トモダチが遠ざかっていく。見る見るうちに小さくなる影に、ヤモトは意を決して声をかけた。必ず届くように、大きな声を。「また! 合おうね!」遠く、遠く、小さな影が、後ろ手に親指を立てた。少女達は、新たな一歩を踏み出した。
助けはなかった。
慈悲もなかった。
機械仕掛けの神もまた、現れる事はなかった。
だが、友を想う少女の心が、気まぐれな火神を呼び起こした。
そして、もう一人の友もまた、奇跡を起こしてみせたのだ。
これは復讐者の物語ではない。
これは英雄達の物語でもない。
ただ一途に、友の幸せを願った者たち。
――友達の為の物語だ。
陽はまた昇る。
ネオサイタマの太陽は「幸運あれ」と呟いた。
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「ザ・ジャーニー・ビギンズ」終わり。
◆忍◆ニンジャ名鑑#■■■ 【ヤモト・コキ】 ◆殺◆
サークル・ミカン所属。シ・ニンジャに憑依された女子高生。
トモダチとの約束を守る為、ネオサイタマに留まった。メンター直伝の素晴らしいカラテの持ち主。
◆忍◆ニンジャ名鑑#■■■ 【ソメイ・シモムラ】 ◆殺◆
元デッカー。今はしがない探偵業を営んでいる。
持ち前の推理力と腕っぷしは健在だが、ペット捜しや恋人の浮気調査などに活かされる事はあまりない様だ。
◆忍◆ニンジャ名鑑#■■■ 【エノスケ】 ◆殺◆
ネオサイタマ市警所属のマッポ。
病的な食道楽でやや自我病質気味の青年。彼の今しか見ていない精神性が、ヤモトとその友を救う事になった。
◆忍◆ニンジャ名鑑#■■■ 【シガキ・サイゼン】 ◆殺◆
新進気鋭の墨絵師。右手が旧時代の義手。
受賞後、各メディアに引っ張りダコの多忙な生活を送っている。最近、弟子を取った。
◆忍◆ニンジャ名鑑#■■■ 【マト・ノキアミ】 ◆殺◆
元オムラ所属。ヒャッキシリーズ開発者。
逮捕後、スガモ重犯罪刑務所にてインガオホーのリンチを受け、死亡した。
◆忍◆ニンジャ名鑑#■■■ 【クグイ・ノキアミ】 ◆殺◆
墨絵師志望の青年。元ジョック。
とある美術館で見た墨絵に感銘を受け、ドゲザで頼み込んで件の絵師に弟子入りした。墨絵のワザマエはまだまだで、雑用ばかりしているがフシギと充実している様だ。
◆忍◆ニンジャ名鑑#■■■ 【フィードバック】 ◆殺◆
ソウカイヤ所属のマジメなニンジャ。ゲイトキーパーの後継者候補。
オーソドックスなカラテの使い手で、実際タツジン。キラボシ殲滅作戦の帰り道、フジキドにスレイされた。
◆忍◆ニンジャ名鑑#■■■ 【リレイズ】 ◆殺◆
正体不明のニンジャ。
何よりも自分がしたい事だけをする気質。
◆忍◆ニンジャ名鑑#■■■ 【リライズ】 ◆殺◆
サークル・ミカン所属。卓越したボー・ジツの使い手。
黒い髪、黒い瞳、赤のマフラーに黒コート。ドサンコにおける都市伝説的存在で、人知れず遭難者を救助している。
彼女は時折、ネオサイタマの方角を眺め見る。その向こうにトモダチがいるからこそ、冬の孤独にも耐えられるのだ。
いつかまた会う時が来る。そう、約束したのだから。