INFINITE XROSS FUTURE   作:ゲオザーグ

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()負け犬の咆哮

 IS学園の生徒会室。その主ともいうべき生徒会長、酒牧奏多(さかまきかなた)――本名更識刀奈(さらしきかたな)は、会計担当の腹心、野崎藍藤(のざきらんどう)――本名布仏虚(のほとけうつほ)の持参した書類を前に、頭を抱える。

 

「これは……酷く(こじ)れることになりそうだわ……」

 

 書類の内容は、時の人たる最初の男性反応者、速美一悠(はやみかずひろ)こと織斑一夏について。所有予定の『グレート・ホワイト』が、『ガルガロス・モデル』と呼ばれる「『アラスカ条約』なぞくそ食らえ」とばかりに規格外な戦闘特化仕様機体だからと、日本政府が新規で別の専用機を開発するよう委託したのだが、引き受けた倉持技研にて、人手不足のため先に受け持っていた別の機体開発を停止させ、担当していた人員を軒並み無理矢理当てはめた旨が記されていた。向かい合って待機する虚も彼女の内心を汲み、同じように顔を伏せる。

 

「現場からは唐突な異動や突貫すぎるスケジュール、それを一切無視した到底達成不能な性能(スペック)要求の高さに、不満の声が多数挙がっており、入学式1週間前の現段階でも、完成度は機体全体の半分にも到達しておらず、肝と言うべき単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)、『零落白夜(れいらくびゃくや)』の再現に至っては、参考データが詰まった『暮桜』のコアがガルガロス・ヘルストームに渡ったため、1からプログラムやシステム調整に着手するとなれば複数照準機能(マルチロックオンシステム)以上の難航を想定されたことから、本体の製造を優先せざるを得ないこともあって着手もされていないとか……。同じくオファーを送られた島津産業は、自社量産機の武装開発や、それをベースにした所属パイロットの専用機調整を理由に持ち込まれた段階で断りを入れてましたが、おそらくは下手に関われば彼の怒りを買うと予見し、リスクの大きさから身を引いたのでしょう」

 

「四十院財閥も彼から技術、資金問わず多数の援助をされているし、何よりあそこは2人目の男性反応者、鈎原翔摩(かぎはらしょうま)の存在もあって、政府や倉持程一夏君に固執する必要がない以上、わざわざ恩を仇で返すようなこの件に乗るメリットは皆無。むしろ同行した令嬢、神楽ちゃんの専用機まで依頼して無償承諾された辺り、同様に断って当然でしょうね……」

 

 「バレなきゃ違反じゃない」とばかりな既成事実前提の勝手な機体製作だけでも、公表されれば十分に社会的問題だろうが、その上1度計画段階(ペーパープラン)で躓いて、事実上没となったのを解決策もないまま引っ張り出した代物なのだから、政府の目論見にしてはあまりにも粗末すぎる。大方男性復権思考の連中が、未だ千冬を持ち上げる奴等に唆されて独走したのだろう。

 それを抜きにしても彼女にとっては、受けた倉持技研が後回しにした開発中の機体が、自身に劣等感を抱き、目の敵にしている妹、(かんざし)の専用機なこともあり、私情の面でもこの厚顔無恥な政府の強行に納得がいっていない。

 

「嫌な役回りね、暗部次期当主なんて……」

 

 自由国籍権と共に専用機『霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)』を所持し、日本人でありながらロシア代表を務める彼女だが、その正体は対暗部(カウンターテロ)用暗部「更識家」当主の娘であり、妹との仲を拗れさせる最大の要因となった跡継ぎ問題を始め、不穏な話題に事欠かない家柄に、余計な火種を持ち込んでくる政府と、彼女個人ではどうしようもない案件にウンザリしつつ、可能な限り余計なわだかまりが出ないよう考案する。

 

「せめて本音(ほんね)にだけでも心を開いてくれていればよかったのですが……」

 

「完全にトバッチリだけど、私の手先って警戒してるからねぇ……」

 

 虚の妹で、産まれた時から両家が取り決められた主従誓約の元、同い年の簪に仕える本音は、暗部の人間とは思えない(ほが)らかな人柄もあって、良好な仲を築いていた。しかし簪が周囲から刀奈と比較され、肩身の狭い思いをしていくうち、それでも変わらず寄り添おうとする彼女に「虚経由で刀奈や彼女を支持する奴等に内通している」と疑いを抱くようになり、今では一方的に絶縁を叩きつけ、疎遠となっている。

 

「ところでその本音だけど、今はどこに?」

 

「恐らく倉持に向かったかと。さすがに今回は事態が事態なので、どうしても話がしたいと、簪様の元に……」

 

「大丈夫なの?相当嫌われてるようだけど」

 

「当然危険過ぎると止めたのですが、諦めたと思った隙を突いて、部屋を抜け出されました。我ながら甘い真似をしたものと、反省しています」

 

 風貌通り普段から「出来る女」として活躍している虚に対し、間延びした口調に暗部の人間らしからぬゆったりとした服装と、普段から世話を焼かれる愛玩動物を思わせる本音だが、今回はその無害そうな様子に油断し、公私双方の面で見事に出し抜かれることとなったのは、余程痛恨と感じているようで、ギリッ、と歯を食いしばる音が聞こえる。

 簪の嫌い様は尋常ではなく、街中などで声をかけられても無視するのは大人しい方で、倉持の警備員達に「代表候補生試験で知り合い親しくなったが、実は技術目当てだった他企業のスパイ」と説明し、立入禁止者(ブラックリスト)入りさせたり、ハッキングしたIS学園の合格通知に見つけた名前を削除したりと、同じ場所にいることすら許さず、自宅にいた頃には投げナイフや拳銃で攻撃したし、特に酷い時に至っては首を絞めて殺そうとまでしたことさえ何度も見かけられている。それでも寄り添おうとするのは、果たして物心つく前から定められた誓約に殉じているのか、或いは彼女なりに救おうとしているのか。どちらにしろ、とにかく無事に帰ってだけ来てほしいと刀奈は願わずに入れなかった。

 

 

 

 

 

 

 ガンッ!と自室に戻るなり、腹立ちまぎれに横の壁を殴りつけた、ボサボサの水色髪を肩周辺ほどに切り揃えた少女――更識簪は、合わせて肩が上下に動くほど荒ぶっていた呼吸を無理矢理宥めると、デスク上のパソコンが立ち上がるまでコンタクトレンズを外しながら待つ。

 

 

 

 

 

 

 いつの頃からか、自分は2つ上の姉の予備(スペア)だと自覚するようになった。実際周囲の大人達は、姉が成したことと同じことをしてみても、然程(さほど)称賛を送らないどころか、碌に関心も向けないことさえざらだった。むしろ毒薬の調合やハッキングなどで姉以上の成績を挙げても、「対暗部(カウンターテロ)」の肩書に本来国のため真っ先に捨てるべきつまらない矜持や正義感のような私心を抱いていた連中は、「卑劣な手法を乱用するような者は当主の器にあらず」と否定さえした。

 だから常に周囲の関心を引き付ける姉に対し、抱いていた嫉妬や対抗心はいつしか失せ、ただ自己の有用性を示すようにノルマをこなし、一定の成果を挙げていくだけの生涯を受け入れようとした矢先、その姉から「貴女は無能のままでいなさい」と言われたことは、ある種の存在意義の否定に等しかった。以来目的を見失い、沸き上がった虚無感を埋めるように姉への憎悪と敵意を燃やし――その影響が人相にまで及んだのか、瞳孔は極端に収縮しており、常に不快感を抱いているような目つきの悪さと相まって、周囲から恐れられるようになった。その反応に辟易したのもあって、現在人前に出るときはカラーコンタクトで多少大きく見せるようにしている――その立場を脅かすことで、自身の有用性を示さんと身を削ることが、彼女の自己誇示と姉への劣等感を払拭する手段にして、かつて憧れるとともに、いつかは自分を救ってくれると憧憬と希望を抱いたヒーロー像への身勝手な意趣返しでもあった。

 そうしてISの導入から間もなく自由国籍権を取得し、ロシア代表に就任した姉に対し、日本の代表候補生にまで上り詰め、ついにはその中でも選ばれたものの象徴ともいうべき専用機が――次世代量産機の試作品としてでも――受理される話が出始めた矢先、あろうことかぽっと出の男性反応者に――それも当人側が欲するどころか、事前の契約を踏み倒した挙句、実質押し付け同然に――人員を奪われれたことは屈辱でしかない。

 幸い機体の部品(パーツ)はすでに完成しており、後は組み立てるだけのところだったので、そこまでは済ませた上で引き渡されるように話をつけることには成功したが、問題は着手すらされていなかったOS(オペレーティングシステム)。一応コアのおかげで基盤自体は問題なく、飛行、浮遊や通信など基本的な動作も可能ではあるが、兵器としては最重要にしてに最大の売りにあたる火器制御(FCS)などは完全に開発前だったため、最早完全に自力でやらねばならず、だからこそ少しでも形にすべく即時に思考を切り替え、行動に移すために高速でプログラムを打ち込み始める。特に力を入れているのは、最大の売りとなる予定だった複数照準機能(マルチロックオンシステム)。分裂ミサイルの弾幕が各個獲物(ターゲット)を追跡、殲滅する数の暴力が場を制圧するこれが完成すれば、。

 そうしてシステムを構築しているところに、空気を読まない来訪者が控えめなノックで存在を伝える。組み立て完了にはまだ時間があるし、急な異動に不満を隠さなかった担当員達なら、連絡はスカートのポケットにしまった電話の方にするはずなので、大方先に裏切るような真似をしたくせ、自身の勝手な離脱に文句(クレーム)を言いに来た上層部の連中だろう、と無視して作業を続ける。

 

「かんちゃん……」

 

 しかし、直後ドアの向こうから聞こえた小さな声を聞き逃がさず、体を震わせる。あろうことか来ていたのは、最も会いたくない相手、本音だったのだから。本来なら入り口で引き留められ、入ってこれないはずだが、おそらくかつて学んだ隠密技術(ステルススキル)を使い、わざわざ忍び込んできたのだろう。だからと言って簪には律儀に顔を見せるつもりなど微塵もないし、むしろとうに縁を切ったにも関わらず、家の取り決めだか知らないが、未だしつこく付きまとう彼女には2度と会いたくないとすら思っている。

 

「パイロット用寮15号室から警備室。部屋前に不審者(ネズミ)が出た。とっとと駆除して」

 

 だから即座にポケットから取り出した電話で警備室へと小声で連絡を入れ、不審者(本音)を追い出してもらうのを待つことにした。しかしそれを察したのか、あろうことか本音は、どこからか調達した――おそらく管理室からくすねてきたのだろう――カードキーで部屋の施錠(ロック)を解除し、勝手に入ろうとする。

 咄嗟に座っていた椅子を突き飛ばすように立つと、扉が開くと同時に護身用として所持を許可されていた拳銃――オーストリア製の軍・警察用品、グロック17を胸元から取り出し、本音の姿を目視すると同時に2発発砲。両肩を撃ち抜き、「ぐぅっ…!」と呻き声をあげて顔を伏せたところに、鳩尾(みぞおち)を狙った追撃のつま先蹴りで大きく突き飛ばす。

 

「かん……ちゃ「顔見せるなって言わなかった?」」

 

 壁に激突し、肩と背中の痛みに立ち上がれず、倒れ込んでもなお声をかける本音に容赦なく銃を向け、問答無用で黙らせる。

 

「家の都合だか何だか知らないけど、アンタとの縁はとっくに切れてんだよ。謝罪も励ましも要らないから、わかったら2度と来るな、喋るな。次何か言えば口開けた隙にコイツねじ込んでやる」

 

 繰り返した薬品調合の影響か、とうに光を失ったかのような三白眼は焦点が定まらず、顔を向けているのに明後日の方を向いているようにも見える。脅迫への服従以上に、明らかに正気を有してないような人相に、擁護できなかったためにそれを容赦なく実行できる程歪ませてしまった自身の無力さへの申し訳なさを感じて黙る本音に対し、彼女が落としたカードキーを拾った簪は、「やっと大人しくなった」程度しか感じないとばかりに一瞥もせず部屋に戻り、疲れ果てたようにベッドで横になる。その際手にしたままの銃を自らのこめかみに突き付けるが、今ではこうして自己脅迫をしないと精神が安定せず、特に本音を含む縁者と会った時には、「無能者」と蔑まれた過去がフラッシュバックし、手足を撃ち抜いたり、ナイフを突きつけたりと自傷行為までしなければ、呼吸困難にまで達する程に追い込まれてしまう。

 彼女が安息を得る日は、遠い。




()なんか……自分でも進めてて引くくらい簪がぶっ壊れたな……
ファンの方には申し訳ないです

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