IS学園の生徒会室。その主ともいうべき生徒会長、
「これは……酷く
書類の内容は、時の人たる最初の男性反応者、
「現場からは唐突な異動や突貫すぎるスケジュール、それを一切無視した到底達成不能な
「四十院財閥も彼から技術、資金問わず多数の援助をされているし、何よりあそこは2人目の男性反応者、
「バレなきゃ違反じゃない」とばかりな既成事実前提の勝手な機体製作だけでも、公表されれば十分に社会的問題だろうが、その上1度
それを抜きにしても彼女にとっては、受けた倉持技研が後回しにした開発中の機体が、自身に劣等感を抱き、目の敵にしている妹、
「嫌な役回りね、暗部次期当主なんて……」
自由国籍権と共に専用機『
「せめて
「完全にトバッチリだけど、私の手先って警戒してるからねぇ……」
虚の妹で、産まれた時から両家が取り決められた主従誓約の元、同い年の簪に仕える本音は、暗部の人間とは思えない
「ところでその本音だけど、今はどこに?」
「恐らく倉持に向かったかと。さすがに今回は事態が事態なので、どうしても話がしたいと、簪様の元に……」
「大丈夫なの?相当嫌われてるようだけど」
「当然危険過ぎると止めたのですが、諦めたと思った隙を突いて、部屋を抜け出されました。我ながら甘い真似をしたものと、反省しています」
風貌通り普段から「出来る女」として活躍している虚に対し、間延びした口調に暗部の人間らしからぬゆったりとした服装と、普段から世話を焼かれる愛玩動物を思わせる本音だが、今回はその無害そうな様子に油断し、公私双方の面で見事に出し抜かれることとなったのは、余程痛恨と感じているようで、ギリッ、と歯を食いしばる音が聞こえる。
簪の嫌い様は尋常ではなく、街中などで声をかけられても無視するのは大人しい方で、倉持の警備員達に「代表候補生試験で知り合い親しくなったが、実は技術目当てだった他企業のスパイ」と説明し、
ガンッ!と自室に戻るなり、腹立ちまぎれに横の壁を殴りつけた、ボサボサの水色髪を肩周辺ほどに切り揃えた少女――更識簪は、合わせて肩が上下に動くほど荒ぶっていた呼吸を無理矢理宥めると、デスク上のパソコンが立ち上がるまでコンタクトレンズを外しながら待つ。
いつの頃からか、自分は2つ上の姉の
だから常に周囲の関心を引き付ける姉に対し、抱いていた嫉妬や対抗心はいつしか失せ、ただ自己の有用性を示すようにノルマをこなし、一定の成果を挙げていくだけの生涯を受け入れようとした矢先、その姉から「貴女は無能のままでいなさい」と言われたことは、ある種の存在意義の否定に等しかった。以来目的を見失い、沸き上がった虚無感を埋めるように姉への憎悪と敵意を燃やし――その影響が人相にまで及んだのか、瞳孔は極端に収縮しており、常に不快感を抱いているような目つきの悪さと相まって、周囲から恐れられるようになった。その反応に辟易したのもあって、現在人前に出るときはカラーコンタクトで多少大きく見せるようにしている――その立場を脅かすことで、自身の有用性を示さんと身を削ることが、彼女の自己誇示と姉への劣等感を払拭する手段にして、かつて憧れるとともに、いつかは自分を救ってくれると憧憬と希望を抱いたヒーロー像への身勝手な意趣返しでもあった。
そうしてISの導入から間もなく自由国籍権を取得し、ロシア代表に就任した姉に対し、日本の代表候補生にまで上り詰め、ついにはその中でも選ばれたものの象徴ともいうべき専用機が――次世代量産機の試作品としてでも――受理される話が出始めた矢先、あろうことかぽっと出の男性反応者に――それも当人側が欲するどころか、事前の契約を踏み倒した挙句、実質押し付け同然に――人員を奪われれたことは屈辱でしかない。
幸い機体の
そうしてシステムを構築しているところに、空気を読まない来訪者が控えめなノックで存在を伝える。組み立て完了にはまだ時間があるし、急な異動に不満を隠さなかった担当員達なら、連絡はスカートのポケットにしまった電話の方にするはずなので、大方先に裏切るような真似をしたくせ、自身の勝手な離脱に
「かんちゃん……」
しかし、直後ドアの向こうから聞こえた小さな声を聞き逃がさず、体を震わせる。あろうことか来ていたのは、最も会いたくない相手、本音だったのだから。本来なら入り口で引き留められ、入ってこれないはずだが、おそらくかつて学んだ
「パイロット用寮15号室から警備室。部屋前に
だから即座にポケットから取り出した電話で警備室へと小声で連絡を入れ、
咄嗟に座っていた椅子を突き飛ばすように立つと、扉が開くと同時に護身用として所持を許可されていた拳銃――オーストリア製の軍・警察用品、グロック17を胸元から取り出し、本音の姿を目視すると同時に2発発砲。両肩を撃ち抜き、「ぐぅっ…!」と呻き声をあげて顔を伏せたところに、
「かん……ちゃ「顔見せるなって言わなかった?」」
壁に激突し、肩と背中の痛みに立ち上がれず、倒れ込んでもなお声をかける本音に容赦なく銃を向け、問答無用で黙らせる。
「家の都合だか何だか知らないけど、アンタとの縁はとっくに切れてんだよ。謝罪も励ましも要らないから、わかったら2度と来るな、喋るな。次何か言えば口開けた隙にコイツねじ込んでやる」
繰り返した薬品調合の影響か、とうに光を失ったかのような三白眼は焦点が定まらず、顔を向けているのに明後日の方を向いているようにも見える。脅迫への服従以上に、明らかに正気を有してないような人相に、擁護できなかったためにそれを容赦なく実行できる程歪ませてしまった自身の無力さへの申し訳なさを感じて黙る本音に対し、彼女が落としたカードキーを拾った簪は、「やっと大人しくなった」程度しか感じないとばかりに一瞥もせず部屋に戻り、疲れ果てたようにベッドで横になる。その際手にしたままの銃を自らのこめかみに突き付けるが、今ではこうして自己脅迫をしないと精神が安定せず、特に本音を含む縁者と会った時には、「無能者」と蔑まれた過去がフラッシュバックし、手足を撃ち抜いたり、ナイフを突きつけたりと自傷行為までしなければ、呼吸困難にまで達する程に追い込まれてしまう。
彼女が安息を得る日は、遠い。
ファンの方には申し訳ないです