「ビディ、ブランデーとかウイスキーとかあるか?」
握り潰した取っ手が砕ける前に衝撃を送り込み、叩きつけることなくジョッキを粉砕したガルガロス。掌を下に向け取っ手の残骸を落とすと共に、不快さ全開で一転して酒を欲すると、ウィンディも予想していたとばかりに少し離れた冷蔵庫から酒瓶を取り出し渡す。
「どうぞ。8年物の3つ星コニャックです」
直後掻っ攫う様に受け取るや、キャップ部分を指でへし折る様に封を開け、風情も何もなしとばかりに一息で煽り飲み、降ろした拍子に投げ付ける。咄嗟に惨事を予見し、それぞれ一夏とクロエを庇うように覆い被さる千冬と束だったが、ウィンディは涼しい顔で受け取ったそれを、何事もなかったように足元のゴミ箱に放り込む。
「で?その
「あ、あぁ……えっと、
相変わらず不機嫌剥き出しでイラついた様子ではあったが、幾分落ち着いたのか唐突に話を戻したため、束も切り替えの早さに動揺しながら話しだす。
倉持技研の第二研究所所長で、打鉄弐式から白式の開発主任に異動されたヒカルノは、千冬を除き中学で束が唯一心を開いた稀有な人物で、束が世間に絶望して行方を晦ませてからも、ちょくちょく通話やメール、時には酒の席で語り合い、多忙だった千冬に近況を届けていた。
ファッションセンスこそわざと目立つ奇抜な服装で世間の目を誤魔化す束とは違い、素で彼女に「一緒に出掛ける際はまず自宅に押し掛けて見繕わないといけなかった」とゲッソリさせた程ぶっ飛んではいるものの、同じ
そんな彼女が
「だいたい『
「ところで束、左目の調子はどうだ?」
「……どーしたのさちーちゃん、束さんの視力は昔っからマサイ人もビックリなくらい良好だってのは周知の事実でしょーに」
唐突ながらかなりピンポイントな言及に、一瞬体が跳ねるように固まったものの、傍目にはそれを感じさせない程スムーズに立て直して見せた束だったが、長年の付き合いでそれを見抜く術を身に着けた千冬には通じず、更に言及される。
「関心できんとは言え誤魔化そうとしてる努力は認めるが、動揺すると一人称が名前になる癖は相変わらずだな。できれば外れてほしかったが、一夏が隻眼なのを知れば、躊躇なくやるとは思ってたよ。なぁ、いい加減その自傷癖何とかならんのか?」
「……やぁっぱちーちゃんは誤魔化せないかぁ。だから来たくなかったしできたら苦労しないよ。それに結局いっくんがそうなったのは元をただせば私のせいじゃん?だから私なりのけじめって奴でもあるかな」
既に見抜かれたと知るやため息と共に眼孔に指を入れ、「ご覧の通り」と義眼を取り出す束。幼い頃から他者との感性の違いに思い悩んでいた彼女は、ある日柳韻が敷居に躓き、足の小指を痛がっていたのを見て試しに真似て以降、文字通り「我が身を抓って人の痛みを知れ」とばかりに、親しい人が負傷する度同じ怪我を自らの身に刻んできた。
「何故か同じ怪我をする」と不安がっていた両親にバレ、即座にやめるよう言われてからは控えていたものの、『白騎士事件』以降は自罰的な意味で再発していたが、流石に欠損まで至る程は今回が初であり、千冬としても自身の言及が原因とは言え、嫌な予感が当たってしまったことで空気が悪くなってしまったことに、気まずさを感じて黙り込む。
「結局は威張り散らすしか能のねぇ連中が悪いってことでいいんじゃね?新しいのできたみたいだし、それ食って腹落ち着かせようぜ」
実際担当官達が千冬のやる気を出させようと無理矢理一夏を連れてきたせいで、予見して同行を控えていた彼の懸念通りの事態を招き、密入国していた半島やアフリカ系の難民を唆し、実行させたのは、代表が呆気なく予選落ちし、裏を掻いたトラブルで開催国のドイツを貶めると共に、マッチポンプで国威を取り戻そうとして、ウィンディの乱入と予想以上に優秀だった『
そうしたある種の緊迫感を全く気にせず、無理矢理流す悠紀耶が指摘する通り、すでに自身の二の腕より一回り以上太い肉塊を焼くウィンディが配った次の品は、豪快に縦切りされた伊勢海老の半身焼き。見た目のインパクトも相当だが、味付けは軽い塩胡椒程度と、逆の意味でシンプルなのがギャップを誘い、引き締まった身の歯応えと溢れ出る肉汁の旨味を引き立てる。
「ってーか今更だけど、いつもならわざわざ伝える前に嗅ぎ付けてお得意の武力行使しててもおかしくないのが、こうしてブーたれてるなんて珍しいじゃん。私がやらかしたせいで何か不都合でも起きた?」
ほじくり出した身にエビ味噌を塗りたくって頬張る束が指摘する通り、それこそ
顕著な例がユダヤとイスラムの2宗教が長年せめぎ合ってきたイスラエルで、両勢力に制作した兵器を送り対立を煽った末、疲弊したところを諸共新兵器のプロモーションで叩き潰したのは、各所から激しい非難を浴びた。とりわけキリストも合わせた3宗教が聖地に定めたエルサレムは惨劇の象徴として挙げられ、数多くの住居や各宗教に関係する教会、遺跡は瓦礫の山に成り果て、かつて賑わいを見せていた観光客や巡礼者に代わり、とうに形骸化した陣営に割り当てられたまま従い、対峙する自律兵器が往来する隅で、逃げ遅れた住民が時折巻き込まれ骸を晒す地獄にしてみせたのは、彼の成してきた凶行でも特に語り草となっている。
「見てわかんだろ。粉塵爆発決めてぇらしく頼んでもねぇのにわざわざテメェから埃撒き散らしてんだから、お望み通り頃合い見て火種ぶち込んでやろうって寸法さ。まぁ、退屈しのぎに一足早く暴れに言った奴もいるみてぇだがな」
「『クリュ』様ですね。ディウを連れてましたが、どこぞの女権団支部が対象だったかと」
要はわざと泳がせ、盛大に自滅する際にトドメを刺すのを楽しみにしているらしい。それとは関係なく勝手に出向いている者もいるようだが、基本ガルガロスは仲間の行動を制限せず、好き勝手やらせているため、今回の件も特に咎めるつもりもないようだ。
名前を聞いた束と千冬も、「あぁ、彼女か」と特に気にした様子を見せないが、実はクロエ以外件の人物――『クリュロフィル・ヘルストーム』とは1度対面している。
ガルガロス曰く「血縁のない妹分」だが、「自分が構われないから」と敵意をぶつけてくる程彼への依存ぶりが強く、今回の様に外部で発散している分大人しくなった方で、かつて独欲のまま仲間を手にかけて怒りを買い、縁を切られたこともある。
「ディウ?珍しいな。まぁアイツのことだし、まず殲滅確定か。ハンバーグの生地でもマシな方だろうよ」
彼に言わせれば「束や千冬の寄生虫」に過ぎず、両者からも「歪曲解釈が過ぎる」と疎まれている女権団は、しつこく勝手を押し付けてくる邪魔な存在で、時折鬱陶しく思ったり、ただの暇潰しで襲撃する仲間も多い。だから翌日新聞の1面を飾るほど激しく暴れようと、一切興味はなかった。
「にしても毎度思うけど、アンタ金に糸目付けないよねぇ……以前ふざけて『100万ドルくれ!』とか抜かしてみせても怒るどころかポンと小切手寄越された時は、逆にこっちが言葉なくなったし」
「まぁな。俺は儲けることより技術開発を促すのが目的なんでね、稼いだら稼いだ分だけぶち込んで、ドンドン発達させねぇとならねぇってのに、ケチ臭く惜しんでらんねぇよ」
「おぉおっかな、束さんも巷じゃ『天災』なんて呼ばれてるけど、流石マジモンの『天災』は言うことが違うねぇ」
「お前ほんと大丈夫か?」
「ぶっちゃけドシンプルに『美味しいもの食べてる』って認識はしてるけど、来た時から高級感への緊張やら政府への不快感やらその他諸々で、全然味わかんない」
急に軽口を叩き始めた親友が不安になり、様子を確認すればすっかり場の空気に参っており、さながら皮を剥がれた稲葉の白兎よろしく耐えるのに精一杯な有様に、思わず顔を引きつらせる千冬。今の束は、かつて彼女が見た歓喜の余り散々どもった末に言葉を発したファン以上に戸惑っていた。
「あ、アンタ達、何のつもりでこんなことを!同じ女でしょうが!」
とある女権団支部最上階で、長たる厚化粧のキツい中年女性が喚くのをウンザリした様子で睨むのは、ガルガロスに似せた衣装を胸元まで伸びたボリュームあるサルビアブルーの髪に合わせ、明るめの蒼で統一した若い女性、クリュロフィル。ガルガロス程ではないものの、背筋を伸ばせば天井スレスレの長身で、大きく頭を下げているが、それでも眼前の相手を余裕で見下せる。
「同じ女ぁ?お兄ちゃんにもらった
「まさかあの狂人の手先!?ISを穢す奴の何が――」
それ以上支部長が言葉を発することはなかった。クリュロフィルの蹴り上げた床の1部と共に窓を破り、血飛沫と肉片を撒き散らしながら外に放り出されたからだ。
「マジで見た目通り口だけはデカいババアだな。コアの量産どころか解析も満足にできないで、データもらってばっかのゴミが!」
苛立たし気に手近な壁を殴りつけ、クレーターを作り上げていたところに、更なる来訪者が扉を突き飛ばして現れる。無造作に伸ばしたより濃い青――サファイアブルーの髪をつむじ付近で括っただけの乱雑なポニーテールを、猫背の上半身を腰から曲げ、肉食恐竜宜しく大きく前方に突き出すような姿勢のせいで、ネイビーのジャンパーの上を通って腰から尻にかけて垂らし、地に付けんばかりに伸ばした手に捥ぎ取られたISの腕部――断面をよく見れば、
「もう来たんだ、その様子じゃ相変わらずみたいね。思ったよりシケてたし、とっととズラかるわよ」
先程消し飛ばされた支部長以下、ここの上層部は散財が酷かったようで、ハッキングして確認した帳簿は残高がほぼなく、骨董など金目の物もなかった。