「───であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法によって罰せられ───」
入学式から
「(いやぁ、専用機の準備できてからは動かすことに必死だったけど、その前に時間が許す限り参考書読んどいてよかったわ。この先どうなるか分からんから、後でまた読んどかんとなぁ……)」
「(ここまでがまだ基礎なんだよなぁ……。今はまだ、何とかついていける感じだけど、のっけから不安過ぎる……後でまた四十院さんに聞いとこ……)」
今のところは問題なく聞いて理解している翔摩に対し、弾は早くも膨大かつ複雑な内容に、何とかついていくのが精一杯となっている。区切りのいいところまで読み終えた真耶も、黒板側から振り向いて生徒達を見渡すと、見るからに参ってそうな弾の様子を見かねてか、声をかける。
「ここまでは、皆さん大丈夫ですか?えっと、五反田くん達も、何か分からないところがありますか?」
「ああっ、はい。今のところは、何とかなってます。っても、予習はしてきたはずなのに、早くも振り落とされそうですけど……」
「俺の方は、まだ何とかなりそうですね。
つまらない見栄で後々困るならと、早々に認めてしまう弾。一方翔摩は多少の余裕を見せるが、頭の後ろで腕を組み、机を乗せた脚の内側に挟み、一見するとマトモに聞いているようには見えない体勢で、自己紹介以来無言のままの
「そうですか。じゃあ、少し授業スピードを緩めましょうか?しばらくは今のような簡単な復習がメインですから、本格的な授業を始める前に、まず他の皆さんに追い着くことを優先した方がよさそうですし」
「いえ、流石にそこまでしてもらわなくても……。自力で何とかしますんで……」
ISの授業としては真耶が「簡単な復習」と言ってのける基準だが、本来ならISそのものに縁がなかったと言える彼らは、連鎖的に多数の専門用語を解説しているせいで、電話帳を思わせる厚さを誇る参考書を見ただけでも十分驚愕したものだった。ひとまず現段階を乗り越えれば、筆記面に関してはしばらく何とかなるだろうとは思うが、その「しばらく」がいつまでかと考えると、あまり余裕がないのも事実ではある。
「その姿勢は悪くないな。ISはその起動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば、必ず事故が起こる。今はそうしないために必要な基礎知識と訓練のうち、前者を身に着ける時間だ。理解が出来なくても覚えろ。そして守れ。規則とはそういうものだ。ただし、無理にでも全部自力で、などと考えるのもなしだ。すでに実感しているように、現状お前達の
すかさず弾へのフォローに続き、威圧的な姿勢の
そして言われた通りに姿勢を変えた彼が、そうした世評に毒され、自己評価が低いどころか、自らの存在を否定してしまっていることを知ってしまったからこそ、あまり強く言いたくなかった。
「事情が事情だったからな。『自分は望んでここにいるわけではない』と思ってるのもわかる。だが望む望まざるに関わらず、人は集団の中で生きなくてはならない。そこだけは理解しておくようにな。そこのフォローも我々の仕事だから、困ったことがあれば、余程ふざけた内容や
「あっはい、では、先程のところから続けますね」
そして授業中割り込む形になってしまったことを真耶に謝ると、慣れない心労にため息をつきながら先程までいた教室後方に戻り、再開された授業を終了まで眺め続けていた。
「ちょっといいか」
「……」
早くも授業に疲れ、机に突っ伏しながらも教科書を眺めていた弾と、早速神楽と授業の復習をしていた翔摩の間をすり抜けるように接近してきた箒に対し、すでに千冬が注意する前の姿勢に戻った一悠は、先に声をかけてきたセシリアと義豊同様に無視を決め込む。当然それが気に食わない箒は、引き離そうとする男子2人を気にせず、苛立たし気に再度声をかける。
「聞いているのか?話がある」
「…………」
「お前いい加減にっ……!?」
明確に用を話しても一切反応がない一悠に、我慢が出来なくなって掴みかかろうとした箒だが、その直前炸裂音と共に何かが髪を掠め、後方の生徒達が悲鳴を上げる。正面を向いたまま腕を組み、微動だにしていなかった一悠の左手には、開発前提のせいで求められたハイスペックを満たしながら「デカい、重い、高い」と採用を見送られた本末転倒の産物、H&KMARK23がいつの間にか収まっており、その銃口を彼女に向けている。あろうことか一悠は、教室内で発砲してみせたのだ。
「まだ居座るってんなら、今度は目玉ぶち抜こうか……?」
「……今は望み通り引くが、いつか話してもらうぞ」
流石に恐怖で硬直しているなどとは考えていないか――それこそ宣言通りどちらの目を狙うか選ぶように銃口をゆっくりと左右に動かす一悠に、底知れぬ恐れを感じた箒は、周囲の喧騒を無視し、已む無く席に戻る。
「遂に私が教鞭を振るうのか……覚悟はしていたが、やはり緊張は止まぬな」
真耶と共に教員室から教室に戻る千冬の足取りは、お世辞にも軽いとは言い難く、むしろ日本代表を引退以降、周囲の視線と自身の眼光の鋭さを気にして目を隠すように伸ばした前髪と、頻繁に口から洩れるため息のせいで、傍から見てもわかる程に重いとしか言えなかった。
「気持ちはわかりますけど、あまり不安だと生徒達にも余計なプレッシャーになっちゃいますよ?それに『ため息をついてると幸せが逃げる』っても言いますし、切り替えていきましょ、ね?」
「その逃げた分が少しでも
必死に隣に並ぶ真耶が励ますも、周囲が称賛を送る栄光の裏を知って以来、疑心暗鬼ですっかり自信を喪失してしまっている千冬には、逆効果でしかないようだ。そもそも――当人は『
「もうっ!とりあえずもうすぐ教室ですから、少しでもシャキッと……なんか騒がしいですね?どうしたんでしょ」
事情を知っているために無碍にはできずも、なかなか踏ん切りの付かない千冬を立ち直らせることの難しさに、思わず突き放した態度をとってしまった真耶だが、直後教室の様子に気づき、付近にいた生徒に尋ねる。
「どうしましたか?」
「あ、織斑先生!大変です!男性適応者が他の生徒に向けて攻撃したって!」
しかし声をかけられた生徒――胸元のリボンの色を見るに、興味本位で覗いていた2年生のようだ――は真耶の横を通り過ぎ、後ろにいた千冬の方に駆け寄って報告する。大方この機に便乗して顔を覚えてもらおうとしたつもりのようだが、千冬の方はそれどころではない。攻撃した男性適応者はほぼ間違いなく一夏だろうが、それだけで大きく不利となる。その気になればいかな大国のIS部隊でさえ容易く黙らせる規模の戦力と財力に加え、些細なちょっかいに対しても躊躇なくそれをけしかける気の短さと激情を有するガルガロスがバックにいれど、セシリアのような他国からの留学生が相手だったら、それこそその所属国がどんな口出しをしてくるか分かったものではない。
「わかった、授業を始める前に軽く事情を聞いておこう。君も早く教室に戻っておくといい」
「え、ま、待ってください千冬様!」
「ちょっ、置いてかないでください先輩~!」
目論見が外れてあっさり会話を切り上げられた生徒は、一瞬反応が遅れた間に教室へと入っていく千冬の背に未練がましく縋ろうとするが、先程自分がスルーした真耶が割り込んで後を追ったために、そのまま流されてしまう。
「失礼、先程教室で何かトラブルがあったと聞いた。すまないが、誰か説明してくれないか?」
教室に入った千冬は、無意識に早足で教卓前に着くと、内心不安を感じながらも周囲を見渡す。少なくとも負傷者はいないらしい様子にひとまず安堵するが、即座に気づいた生徒達が堰を切ったように我先と話し始める。
「聞いてください千冬様!さっき
「その前にいきなり撃ったんです!ほらそこにその跡が!」
「怯えて逃げる篠ノ之さんに対して『次は目を狙う』って言ってました!」
「あんな奴と一緒に授業なんてできません!早くまとめて研究施設にでも送ってください!」
「み、皆さん落ち着いてください!一斉に話されても全然聞き取れません!」
パニックを起こして喚き立てる生徒たちの声に千冬が再度教卓をたたき割りそうになるのを堪える間に、真耶が必死に宥めてくれたおかげで、幾らか静かになる。その間にクールダウンを済ませた千冬は、ひとまず改めて事態を聞き出すため、おそらく先の生徒達よりは冷静に証言できるだろう人物を指名する。
「山田先生、ありがとうございます。それで五反田、一体何があったんだ?」
「……篠ノ之さんが一方的に突っかかってきて、それをウザがった速美が威嚇で1発放ちました。脅しに関しては聞いてませんでしたが、篠ノ之さんはビビったってた様子はありませんでした」
「ハァ!?適当なこと言わないでくれる?」
「千冬様とどんな関係か知らないけど、薄汚い男がすり寄るんじゃないわよ!」
「まさか千冬様が引退したのってアンタが原因じゃないの?だったらこの場で責任取りなさいよ!」
当事者から聞こうにも、教科書こそ開いているものの頬杖をついて窓の外を見る一悠は見るからに「不利も罵倒も承知で沈黙を破る気はない」と
「本来ならこの後授業で教材に見せる程度のつもりだったが、あまりに騒がしかったから実用させてもらったぞ。もう1度聞くが、先に接触したのは篠ノ之の方だったんだな?」
「はい。速美はそれまで、ずっとさっき注意された時の姿勢でした」
「そうか。念のため聞くが、オルコット、島津、五反田の今の発言は本当か?」
「え、えぇ。彼の証言通り、話しかけられても動じませんでしたわ」
「話しかけたのも手を出そうとしたのも、篠ノ之が先のようでした。尤も速美が拳銃を持っていて、おまけにそれを向けてくるとは思っていなかったようですがね」
すでに千冬の中で結果は見えているが、先の様子からそれに納得しない――むしろ受け入れようとしない――者も少なくないのも事実。ならばと白羽の矢を立てたことに内心謝罪しつつも、それまで口を出さなかった別の第三者――セシリアと義豊に聞けば、どちらも弾を擁護する。それを聞いた千冬は構えていたショットガンを
「篠ノ之。すでに発表されているはずだが、速美は当初入学の見送りも検討された程に極度の情緒不安定な精神状態だった。何とか付け焼刃のカウンセリングと面談で、不特定多数と接触する環境でも、パニックを起こさずに日常を過ごせる程度には整えたが、それこそ不用意な接近程度の些細なことでバランスを崩す、薄氷のような状態に変わりはない。余計な刺激でお前だけではなくクラス全員が巻き込まれかねないような真似をするな」
「しっしかし、あれは一夏が――」
反論しようと口を開いた直後、箒の頭にそれが音源とは思えないような轟音を鳴らしながら、出席簿を振り下ろした。角を立てず面で叩いたのは、千冬なりに情けと私情をぶつけることへの申し訳なさを混ぜたつもりだが、まず通じることはないだろう。
篠ノ之箒は悪い意味で非常にまっすぐな少女であり、1度「こうだ」と決めつければ、周囲から何を言われようが、どう扱われようが決してそれを曲げようとしない。そのせいで自他問わず周囲と衝突を繰り返したし、千冬の練習する様子を見に来ただけの一夏を入門者と勘違いして無理矢理連れだし、「お前の実力を見てやる」と竹刀の持ち方すら満足に知らなかった一夏を一方的叩きのめして以降、保護プログラムで引っ越すまで「情けないから鍛えてやる」と頼んでもいないのに毎日訪ねてきては、千冬が返り討ちにして束が引き取るのがある種の日常になっていた。思えば、コイツが最初に「
「当人が名乗ったはずだが、彼は『速美一悠』だ。顔が似ているからと赤の他人と間違えるな」
とにかくこのままでは不快感がループして授業どころではなくなると判断した千冬は、無理矢理切り替えるために締めると教卓に戻り、授業を始める。
「さて、早々に多少……では済まされんだろうが、とにかく授業を始めよう。この時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する予定だが、その前に1つ聞いておきたい」
早々に切り上げた千冬は、先程使ったショットガン、IS用のブレード、竹刀、コンバットナイフ、テニスボール、そして指先程のビー玉を教卓上に並べる。
「色々と並べさせてもらったが、皆はこの中で、どれが人を殺すことができると思う?」
「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」
憧憬を向ける相手から放たれた予想外の質問に多くの生徒が困惑で硬直するが、何事にも例外はいるようで、何人かスッと手を伸ばす者がいた。
「ほぅ、思ったより早く手が挙がったな。では島津と四十院、今の問いに該当すると思うものを挙げていけ」
「了解。私が思うにショットガン、ブレード、そしてナイフでしょうね」
「同じく、今挙がった3つが正解かと」
呼ばれた潤に答えた2人の回答に「ふむ」とだけ漏らした千冬は、選択された3つを
「どちらも選ばなかったが、では、なぜ残ったこれらで人は殺せないと思った?」
「どれもそのための道具じゃないから、でしょうかね。少なくとも生まれてこの方、テニスボールで人が死んだなんて話は聞いたことがありませんから」
義豊の返答に神楽も頷く様子を見て、千冬は納得したようにテニスボールを卓上に戻すが、それでも収納せず、今度はビー玉を手に取る。
「島津の説明も尤もだが、ならば
揚げ足を取るような千冬の新たな質問に対し、そう来るかとばかりに「あー」と呻きながら頭を掻く義豊。それから間もなく返答はまとまったようで、手を止めぬまま口を開く。
「『人を殺せる』って聞いたんで、事故は対象外かと思いましたが、もしかして残り全部もカウントされるってことで?」
最初の授業、それも掴みの部分としてはあまりに攻めた内容故に、さすがにそれはないと願った冗談のつもりで尋ねるが、それを聞いた千冬の浮かべる笑みを見るに、ほしい回答はまさにそれだったらしい。
「なかなか聡いな。こじつけ同然だが、まさにその通りだ。竹刀は叩くだけでなく突くこともできるが、どちらも生身で受ければただでは済まないし、それこそ喉元にでも当たれば余裕で意識を奪えるだろう。テニスボールも、当たったところで直接的な殺傷力は群を抜いて低いだろうが、踏んだ拍子に転べば、ぶつけ所次第で容易く命を失う。そもそも極端な話、道具など使わずとも、殴られたり蹴られたりしただけでも、命の危機になるのは、人生経験の乏しい皆でもメディアで十分理解しているはずだ。要するに人間ってものは、諸君が思っているよりはるかに脆い。それこそISなんて、軽くすれ違っただけで纏っていない生身の人間が重傷を負うくらいにはな」
早々に重い話で、すっかり教室内の空気は冷え込んでしまったが、元より承知していた千冬はそのまま言いたいことを続ける。
「改めて言うが、ISとはそれ程に危険な代物ってことだ。オルコットや島津の様に穴を開けて外が見えるようになった奴を除けば、今はまだ雛どころか殻も割れてない卵のような状態の諸君だが、それを認識できずモンド・グロッソで活躍する選手を見てキャーキャー言ってるようでは、この先殻を割ることなく選別に弾かれると、肝に銘じておけよ」