INFINITE XROSS FUTURE   作:ゲオザーグ

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()喧騒は止まず

 SHRを終え、生徒たちが次々と教室を出ていく中、千冬はセシリアを呼び止めた。

 

「先程は不快な思いをさせてすまなかったな。朝の報告の際は事前に釘を刺したつもりでいたし、代わりの候補を考慮するための時間を設けたつもりだったが、一切功を成していなかったとは……」

 

「おそらく『件の男子生徒と同じクラス』というだけで自分達も話題の中心かの如き優越感にのぼせて、正常な思考ができていなかったのでしょうね。ですからどうか顔を上げてくださいまし。ブリュンヒルデの栄誉を抜きにしても、憧れる方を相手にここまで謝罪されては申し訳ありません」

 

 新人ではあるものの、本来真っ先に(たしな)めるべき立場にあった教師としての責任感から、執拗にクラスメイト達に存在を(ないがし)ろにされたことを執拗に詫びてくる千冬に対し、セシリアは困惑するばかりだった。

 確かに彼女達が自分を無視して男子に夢中だったことは気に食わないが、代表候補生としては一々そうした些事に反応していてはキリがないし、むしろそれくらい余裕で流せなければ品格すら問われかねない。それくらい『今から学んでいく』新入生と『今まで学んできた』代表候補生では注意すべき振る舞いも異なる。

 それを抜きにしてもセシリアとしてはほぼ同年代で両親を失い――しかも事故で死別し、汚い話だが遺産も十分にあった自分とは異なり、乳飲み子同然の弟共々実の親から捨てられ、手持ちのやりくりにも非常に苦心したと聞いている――立派に大成して見せた千冬にここまで頭を下げさせることは、愚行を棚に上げて敵意を向ける周囲の目を抜きにしても良心を痛めていた。

 

「寛大な処置に感謝する。一応来週のクラス代表選抜に関しては、詳細が決まり次第男子生徒達も合わせて招集して報告する。それとすでにアリーナの使用が申請されているが、事態が急に決まったわけだし、明日以降他の訓練施設と合わせてそれまで使用できるよう許可証を発行しておくから、今日はこのまま部屋に戻って、身体を休めてくれ」

 

「わ、わかりました。それでは失礼いたします」

 

 立ち去っていくセシリアを見送った千冬は、続けて神楽と共に真耶から寮の設備やスケジュールを聞いていた男子生徒3人の元へ行く。

 

「待たせてすまなかった、今から部屋まで案内する。荷物については事前に速美さんが持ってきてくれた。寮長室に置いてあるから、到着次第配布する」

 

「了解、と。んじゃあ山田先生、また明日」

 

「はい、ちゃんと寄り道しないで帰るんですよ。道草食っちゃダメですよ」

 

「道草って、どこに寄るような場所があるんですか……」

 

 真耶の注意に弾が呆れるように、――購買や食堂などはあるものの――学園から寮までは直通であり、わざわざ寄り道するような場所はない。先程セシリアと千冬の会話にあったアリーナなどの訓練施設は、基本申請がなければ使えないため、していない彼等が今日立ち寄る理由もない。

 

 

 

 

 

 

「この1001号室が寮長室で、私の部屋でもある。何かあったら報告にこい。部屋割りは隣の02号室が五反田と速美、03号室が鈎原と四十院だ。それと、各員の所持品はこれに入っている。速美さん曰く、『何持ってきゃいいか分からんかったから、部屋の私物は適当に全部ぶっこんできた』とのことだ。部屋の具現機(リアライザ)で中身を確認しておけ」

 

 自室として割り当てられた一室に招き込んだ千冬が差し出したのは、昼頃にふらりとやってきた悠紀耶が持ってきた『拡張収納機(バス・コンテナ)』。見た目やサイズは市販のUSBメモリのようだが、ISの『拡張領域(バス・スロット)と同じ量子化技術で内部に30トン近く収納できるにも関わらず、重量自体はそのままの優れもので、各地の軍部や民間で非常に好評な代物となっている。

 

「おぉ、これが……実物見たのは初めてだな」

 

「流石にコスト的な面で、まだ企業規模より下には認識や浸透は進んでないみたいですね」

 

 存在については耳にしたことはあるものの、実際に触って驚く弾の様子に、財閥内の企業で取り扱われているのを知っている神楽が率直な感想を言い放つ様子に苦笑する千冬だが、直後鳴り出した部屋の電話に出て聞いているうちに、どんどん顔が曇っていく。そして受話器を戻し、先程聞いた報告を4人に伝えた。

 

「警戒はしていたつもりだったが、早速トラブルだ。篠ノ之が襲われた

 

 

 

 

 

 

 授業が終わったIS学園の放課後。体育館の1部に設置された道場から本館をつなぐ廊下を、篠ノ之箒は非常に苛立ちながら大股で歩いていた。

 

(全く、一夏(アイツ)の態度は何だ!以前の弱々しいのも癪に障ったが、偽名を使ってまで別人を装うばかりか、こちらを見もせずいきなり発砲だと?それが久方にあった幼馴染への挨拶だとでもいうのか!)

 

 怒りの原因は、6年ぶりに会ったはずの一悠こと一夏。到底彼女が考える男のイメージから程遠い、周囲に怯える様な彼の振る舞いは、()のせいで別れる以前から気に入らず、――他でもない自分こそがその原因にも関わらず、むしろ周囲からされる説教を「そんなことはない」と突っぱね――矯正してやろうとしては引き留められてきた。

 それが離れている間にどこでどう歪んだのか知らないが、折角の再会だからと声をかけただけでこうも手酷く門前払いされるとは、到底納得できない。

 

(千冬さんも千冬さんだ!『極度の情緒不安定』だと?恐怖を払いまっすぐ芯の通った心を育むために、剣道をやらせようと毎日家まで通っていたのに、『お前のせいで一夏が余計に傷つく』などと追い払って!わざわざ姉さんに連絡して何度妨害されたことか!そうやって甘やかしていたから、女性に手をあげるばかりか飛び道具に頼るあんな卑劣な奴になってしまったではないか!)

 

 剣道一筋で暴力的なせいであまり評がよくなかった自分と違い、手先が器用で剣道以外の様々なことをやっては褒められていた束のことは、逆恨みも込めて気味悪がっていたが、家を離れ行方を晦ませてからは「翻弄された」と憎悪を募らせ、その発明品たるISで活躍する千冬や、依存して全く関係ないはずの自分にまで縋りついては、アテにならないと知るや杜撰に扱ってきた政府の人間も同じくらい不愉快な存在だった。そのせいで各地を転々とする中でも続けることができた剣道の中学大会では、相手から「どうせ姉のコネだ」とケチをつけられたせいで一気に気分が最悪になり、殴りかかってせっかく獲得した優勝を取り消されたばかりか、所属していた部からも追い出されてしまった。

 

(どいつもこいつもISIS!そんなにIS(アレ)が大事か!だったら私までIS(アレ)に縛り付けるな!)

 

 段々と前々から溜まっていた鬱憤にも引火してきた箒は、思わず足を止めがてら壁を横殴りしてしまう。突如響いた音と荒々しく肩を上下させながら息をする彼女の様子に、周囲の生徒は思わず固まるが、しばらくして暴れる様子がないと分かると、ある者はそそくさと立ち去り、別の者はひそひそと彼女について仲間と話し合う。

 

「(はぁ……全く、心身を落ち着かせるために道場で素振りをしてきたのに、アイツの振る舞いを思い出したせいで大分心が乱れてしまったな。部屋に戻ったらもう1度シャワーでも浴びるか……)っだぁ!?

 

 ビクビクとこちらを窺う生徒達を不愉快に感じ一睨みした後止めた歩みを進めようとするが、その矢先左足から激痛が走る。すかさず真新しい内履きに目を向けると、見るからに今着いたばかりの踏み跡が甲の部分にしっかりと刻まれていた。

 

「誰だ!人の足を踏んで謝りもしない奴は!今ならまだ名乗れば許してやるぞ!」

 

 即座に再度周りをにらみつけるも、一様に「違う」「私じゃない」と否定してそそくさと逃げていく。

 

「揃いも揃って……やはりこの学園は碌な奴がいない……」

 

 千冬が聞いたら「お前がその筆頭格だろうが」と嫌味の1つも言われただろうが、すっかり生徒達が無くなった廊下には、もう何かを言ってくる相手はいない。ウンザリした箒がまた進もうとした矢先、今度はまるで誰かに殴られたかのような衝撃が左半身を襲い、そのまま右半身を壁に叩きつけられる。

 

「づぅ……(今度は何だ!?付近には誰もいなかったはずだぞ!?痛くてたまらんが、とにかくこれ以上ここにいても碌な目に遭わん!妙に力が入らんが、早く立たないと・・・)」

 

 身体に力が入らず、ズルズルと重力のまま床に座り込みながら混乱する中、何とか立ち上がろうとするが、壁の感触がしっかり伝わる右腕に対し、何故か左腕に感覚がない。痛みを堪えて何とか顔を向けると、あろうことか廊下の反対側に酷く焼きただれた腕が転がり、本来つながっている肩部分はほぼなくなっていた。

 

「ぇ……ぁ……(あれが……私の腕……?一体……どうなって……)」

 

 それを最後に事態が理解できぬまま意識が遠のき、倒れ伏した箒は、爆発音を聞いて駆け付けた生徒や教師に発見され、そのまま病院棟に収容された。

 

 

 

 

 

 

「まさかル-ムメイトが貴女だとは思いませんでしたが……そのトカゲ達は何ですの?」

 

 セシリアが先輩代表候補生のサラ・ウェルキンと共に祖国(イギリス)との定時連絡や、悶着を起こしたことへの謝罪――幸いにも千冬が事前に報告がてら手回しをしてくれており、事情の考慮もあって、下された処分は軽い口頭注意で済まされた――を終え、割り当てられた部屋に入って早々目にしたのは、窓際の壁を占領する幾つもの水槽(ケージ)と、そこに入っている蜥蜴や蛇を楽し気に眺め、その1体であろう大きな蜥蜴を赤子をあやすように抱える義豊の姿だった。

 

「あぁ、コイツか?南米原産のテグーって奴でな。柄や産地で細かく分類されるが、コイツはミナミテグーの中でもアルゼンチンB&W(ブラックアンドホワイト)テグーと呼ばれる――」

 

「そうしたことではなくて!なぜこうも部屋がトカゲやヘビに占領されてるんですの!」

 

 何故か義豊は抱えていた蜥蜴(テグー)の説明を話しだしたため、ある種惨状と呼べる室内の有様に至った経緯を知りたかったセシリアが無理矢理(さえぎ)って尋ね直すと、少々機嫌を損ねながらも語る。

 

「うちから連れてきたペットだよ。言っとくが、これでも全体の1割にも満たないからな?もっとデカい奴や運搬の手続きが面倒な奴、環境の変化にデリケートな奴もワンサカいるから、事前に内装を確認して、水槽(いえ)を持ち込める奴から厳選してこれだ」

 

「……学園にペットの持ち込みは禁止のはずですが?」

 

「事前に校則は確認したが、爬虫類は載ってなかったぞ?犬猫や小動物に関してはしっかり記載されていたがな。ちなみにこのやり取りは入学前に織斑教諭ともやって、事前に許可は取得しているぞ?まぁ食い物に関してはいい顔しなかったが、今思い出してもあの顔は傑作だったな」

 

「色々言いたいことはまだありますが、許可を得ているならこれ以上はとやかく言いませんわ……。それより共に暮らすに当たって取り決めたいことが――何事でしょうか?」

 

「すまんが、ちょっと確認してきてくれ。わたしはコイツ等の飯を準備しなきゃならん」

 

 屁理屈に疲れたセシリアが口論を諦めて早々、何やら廊下側が騒がしいことに気づくが、興味なさげな義豊は抱えていたテグーを水槽(ケージ)に戻すと、食器棚から取り出した幾つかの小皿を調理台に並べ、備え付けのと比べ一回り小さい自前だろう冷蔵庫から野菜や肉を取り出して、刻むのにかかりきりとなる。呆れながらも室外にいた同級生から、(誰か)が襲われて重傷を負い、学園病棟に担ぎ込まれたことを聞いて戻るが、直後見たのはある意味又聞きのそれより衝撃的なものだった。

 

「あまり他人事(ひとごと)ではなさそうでヒィッ!!

 

「なんだ騒々しい。代表候補なら虫けらの10何匹くらいで動じるな」

 

「堂々とゴキブリ(ローチ)を手掴みにしてそれを正常な反応みたいに言わないで!」

 

 あろうことか義豊がベッド下から引っ張り出した衣装ケースには大量のゴキブリが入っており、しかもそこに今さっき出たばかりであろう野菜の根や皮を投下してから何の躊躇もなく手を入れ、ヒョイヒョイと適当に捕まえてはプラケースに放り込んでいき、それぞれ要約すれば『カルシウム剤』『マルチビタミン剤』と書かれたケースから白い粉を乱雑に(まぶ)してからケースを振り、念入りに粉まみれにする。

 

「言っとくがコイツ等はその辺歩き回ってる奴と違ってちゃんと栄養も衛生も管理してるんだ。その気になればカラッと揚げて食えるぞ……そういやこのゴキブリデュビアっても呼ばれてるんだが、フランスのデュノア社と「バカァ!!」

 

 もはや部屋に居たくないとばかりに乱暴な足取りで部屋を後にしたセシリアは、明日早々千冬に部屋替えを懇願することを食堂に向かう道中で決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 翌朝のIS学園で話題になったのは、当然(生徒)が何者かに襲われ、左腕を喪失した件だった。一応教員達が迅速に緘口令を敷き、ネット回線の遮断など強硬的な手段まで講じた結果、外部への発散は防がれたものの、保健室では対応不可との判断から普段はあまり使われない学園病棟へ搬送され、その過程で廊下をすれ違ったり、最初の爆発音で駆け付けた不特定多数の生徒に目撃されたため、個人や被害の特定まではともかく「新年度初日に生徒が重傷を負った」と多くの生徒が不安を感じる話が学園内で広まることまでは防げなかった。

 とりわけ熱心に取りざたされたのは犯人や動機の推測だが、多くは現場にいなかったはずの一悠(かずひろ)達を仕立て上げたようなデマだったものの、被害者()の身の上を知っていたり、名字から身内と(関係を)推測した勘の鋭い者は、「『白騎士事件』やIS台頭に関する騒動の被害者家族」「協力を拒否した篠ノ之博士()に対する見せしめや報復」などとも推測していた。

 

「空席から察したり、すでに広まっている噂を知っていた者もいるようだが、昨日篠ノ之が襲われた。未だ意識は取り戻していないが、ひとまず命の危機は脱したそうだ。入学早々同級生が襲われたとあって、自分も狙われまいかと気が気じゃない者も多いだろうが、警備が厳戒化されるため、ひとまず安心は無理でも、可能な限り落ち着いてほしい」

 

 当然箒が姿を見せないことで信憑性を高めるその件で湧き立つ教室に入って早々、千冬の連絡で確定となるが、事前に予測されていたためか、ざわめきだっても悲鳴などは上がらない。

 

「それと心配する気持ちも分かるが、上の方はあまりことを大きくしたくないらしくてな。見舞いなども控えてほしい。代わりと言っては何だが、アイツは()への反抗心からか、IS関連の成績はお世辞にもよくなくてな。我々も補習などで後押しするが、復帰したら勉学や日常で、なるべくサポートしてやってくれ」

 

 箒にとっては災難以外の何でもないだろうが、千冬としては同時にチャンスだとも思った。いくら一夏()への横暴な振る舞いが目に余るほど憎くても、流石に腹を抱えて不幸を嗤う程歪んではいない。しかし箒は周囲――特に目の色を変えて束を探すお偉方から執拗に尋問を受けたり、『護衛』を理由に付きまとわれたり、頻繁に引っ越しをさせられてきた。そうした中で募る鬱憤からすっかり周囲に対して懐疑かつ攻撃的になってしまい、無差別に敵意をまき散らすせいで余計腫れものを触るように扱われ、それが更に機嫌を損ねる負のループに陥ってしまっていたとあって、彼女の対人コミュニケーション能力はある意味一夏以上に壊滅的と言っても過言ではない。

 おかげで天性の記憶、習得力を活かして身に着け、すでに離れて久しい現在でも、竹刀(しない)を手にすれば自然に体を動かせるほどに馴染ませた()への対抗心から始まり、当人としては一夏とのつながりのつもりで続けていたであろう剣道も、束や彼女に執着する周囲への憎悪や敵意ですっかり鈍り、最早力任せに振るうだけに過ぎなくなっていた。つまり皮肉にも『天災()の妹』のレッテルに対する憤りが、『天災()の妹』以外の存在価値を彼女から奪っていた。

 だからこそ今からでも、束の存在を抜きに『篠ノ之箒』を見てくれる人間が必要だと考え、剣を握れないうちにそうした存在が周囲にいてくれることを知ってもらおうと考えたのだ。ついでに言ってしまえば、幸か不幸か箒はル-ムメイトがいなかったため、早々に義豊の勝手に音を上げ部屋割りの変更を求めたセシリアを、サポートの名目で体よく割り当てることができたのも暁鐘だろう。「イギリスへの贔屓」と不満を上げる国や地域もあるだろうが、前日の振る舞いを見る限り、彼女はそうした個人を見る目は備えており、義豊に対してもあくまで『ル-ムメイトとして』は抜け穴をついて断りなく実質占拠された部屋で共に過ごすのは無理でも、『企業のテストパイロットとして』の腕前はしっかり評価している。少なくとも彼女が先導すれば、最悪でも箒が敵意を向ける振る舞いは周囲の生徒にさせないだろう。

 むしろ問題は、ただでは終わらんとばかりに襲撃を口実に、日本政府から『グレート・ホワイト』の代わりとつい先日までペーパープランだったはずの機体――それも武装は近接ブレード1振りのみと明らかに性能が劣るにも関わらず、拡張領域(バススロット)に一切の余裕がない、欠陥以前のガラクタ同然な代物の押し付けが一層激しくなったことだろう。

 事前に開発を強要されたかつての級友、篝火ヒカルノから束への密告(リーク)で、『白式(びゃくしき)』と命名されたその機体の存在と性能(スペック)は千冬も確認していたが、どう頑張っても『暮桜の劣化コピー』としか評しようがなく、護身どころか、最悪無理矢理再現した唯一仕様特殊能力(ワンオフアビリティー)(れい)(らく)(びゃく)()』のせいで殺傷沙汰等起きようなら、余計な問題や不当な要求を押し付ける口実にされかねない。

 すでに機密情報のつもりのやり取りはボイスレコーダーに録音されており、提出されたIS委員会を通して各国にも周知の事実だが、説明のため機体情報を提出した『グレート・ホワイト』との性能(スペック)の格差や搭乗者(一夏)の希望に準じた造形(コンセプト)であることから優位性はなく、大人しく認めて引き下がれば、ガルガロスの采配で暗黙の了承に近い形で表面化することなくお咎めなしに終るはずだった。

 しかしおめでたいことにそうとは知らぬまま、執拗に国産の看板(フレーズ)以外取柄も――それこそ搭乗者(一夏)にしてみれば百害ばかりで一利もない、千冬()の名誉を汚すような機体への乗り換えを強要し続けた以上、どこかで提示されるだろう実機がそのまま物的証拠となって、そのまま首を撥ねるほど締め上げるのは明確だろう。(いびつ)だろうことは自覚しているが、その様を想像すると、自然に溜飲が下がることを自覚している千冬としては、権力しか取り柄のない連中の無駄話に付き合わされる度に、早くこの日常からの解放を願いつつ聞き流して時間を過ごす中でその時を待ち望んでいた。

 

 

 

 

 

 

 一般生徒にも開放され、各所にベンチやテーブル、花壇などが設置されているIS学園屋上。その最上部とも言える出入口上に、『彼女』はいた。中折れ帽から薄いジャケットとパーカーにチノパン、スニーカーと衣装を枯葉色で統一したその女性は、右手に火の付いた葉巻を携えながら、紫煙の香りを楽しむ様に虚空を眺め続ける。

 

「どこの誰だか知らないけど、学園内は全面禁煙よ」

 

 そこに突如声をかけられ、振り返らぬまま肩の上からスプリングフィールドXDを握った上下逆の左手を反射的に突き付けたが、やがて相手が誰か気付き、尚且つ「脅威とはなり得ない」と判断したのか、ゆっくりと左手を降ろす。

 

「誰かと思えば、仕事を忘れてまでおふざけに夢中で、大失態をやらかした更識(さらしき)さんでしたか。咄嗟に銃を向けたことは失礼に思う故に詫びますが、程々にしないと後々身を滅ぼす羽目になりますよ?」

 

「……余計なお世話よ。それよりもう1度聞くわ、貴女は何者?」

 

 いつの間にか空いた左手で顔を隠すように中折れ帽の鍔を下に引き、深く被り直す『彼女』の発言に、『要警戒対象』と書かれた扇子で下半分を隠した顔を苦々しくしかめるのは、学園生徒会長にして特例でロシア代表を務める更識刀奈(かたな)

 裏工作を実行する暗部に対する対暗部用暗部『更識家』の次期当主でもある彼女だが、身分を艤装しており、素性を知るものは少ないはず。にも関わらず相手は碌に顔も見ず言い当てたばかりか、まさに昨日箒が襲われた時、弾達を揶揄(からか)おうと部屋で待ち伏せしていた――こうした飄々とした軽々しい振る舞いや勝手の多さで、実力は次期当主として充分ではあるものの、あまり周囲の受けは良くない――ことまで知っていることを暗に語り、クツクツと笑う相手に、警戒を強める。

 

「そちらにはとうに総大将から、『監視を兼ねた護衛が付く』連絡が入っていたはずですが?それとも傑作への負け惜しみに、妹さんの機体を投げ捨ててまで用意した代わりのゴミを押し付けるのに夢中で、聞いてなかったでしょうかね?」

 

「!?」

 

 『総大将』――話からするとガルガロスのことだろうが、彼は白式製作の人員を確保するために、自分の妹、(かんざし)の機体が開発中止にされたことも知っているらしい。そのことに動揺するが、相手が行動を起こすには十分すぎる隙だったらしい。

 

「しいて名乗るなら、『毒霧』とでも呼んでくださいな。それでは!」

 

 直後勢いよく手首のスナップだけで投げつけた右手の葉巻は、刀奈が対処する前に彼女の眼前で炸裂する。咄嗟に顔を伏せて再び視線を向けるが、すでに毒霧と名乗った『彼女』の姿は屋上になかった。

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