あの後の状況は、騒乱としか表現しようがなかった。暴行していた少女逹は、『出来心でISを見に行ったところ、先にいた彼が突如ISを起動、装備して襲ってきた』と少年を加害者扱いし、一方の少年は装備したISの保有元たるIS学園から報告を聞いて駆け付け、尋問する所属教員達に無言で
更に悠紀耶が少年のことを『甥の速美
IS起動時の状況についても、監視カメラの映像から、非があったのは連れ込んで先に手を出した少女逹の方だったことが判明し、情状酌量の結果一悠へのお咎めは無しとなったが、だからと言ってそのまま事態が収束して、今まで通りの日常に戻るかと言われればそうはいかなかった。おそらく『お咎め』を受け、入試を無条件で落とされた少女逹が、逆怨みで情報を漏らしたのか、一悠がISを起動させたことは、それから数日のうちにニュースとなり、世界中で話題となったからだ。
そうなれば当然注目を浴びることになり、世界各地からマスコミや研究員等がインタビューや勧誘目当てに訪れようとしたが、その全てを悠紀耶が代理人として断り、一悠はメディアの前に顔すら見せずにいた。
そのまま滞在していたホテルの一室に、籠城よろしく立て籠っていたと思いきや、いつの間にか姿を消し、『世界初の男性IS起動者、行方を眩ます!!』『
二人のうち、中学生がスーツを着た様な童顔と低身長に対し、やたら胸が大きな方は元日本代表候補生の山田真耶。長身と相まって見目麗しいスーツ姿だが、それを曇らせる様な自信なさげの前のめりな猫背、そして同じく不安げな表情に反し、隠すように伸ばした前髪から覗く鋭い目つきが鋭利な刀の様な印象を感じさせる方は、ISの国際大会『モンド・グロッソ』の第一回、第二回で連続して総合優勝を果たした伝説のIS
「前にも言ったが、オレ個人としては
「そ、そう言われましても、織斑君――えっと、書類上は速美君ですが、とにかく貴重な男性IS適応者の身柄を民間人に預けてそのまんま、ってのは、やっぱり色々と問題が多いんですよ。安全面なら、IS学園のセキュリティは、一般の学校に比べれば非常に高レベルですし、政府の警護能力も、この2年間で大分向上してますから、いつまでも過去の事件を引き合いに出して、それを理由にゴネられるのもどうかと……」
テーブルの上に並べられた複数の書類や資料に目を通し、真耶の説得を聞きながら、難しい――普段の彼を知る者ならば、「あの楽観屋がこんな顔をするとは」だの、「近々流星群でも降ってくるか」とでも言ってきそうな顔をした悠紀耶は、マグカップ内のアイスコーヒーを
交渉の目的は、一悠――もとい一夏をIS学園に入学させること。当初日本政府は彼の身柄を欲する各国に対し、「安全を保障するためにIS学園へ入学させ、どこに所属するかは卒業後自分で決めればいい」と強制的に入学させようとしていたのだが、それに待ったをかけたのが、保護者代理を務める悠紀耶だった。
彼が『速美一悠
そうなると、折角日本政府の対応に納得して黙りつつあった各国が、『ならば自国に』と一夏獲得に向けて再燃しだすが、あろうことか悠紀耶は「自分単体でIS含む軍事力を相手し、勝ったら考える。代わりに負けたら一夏争奪戦から手を引くこと」と豪語し、見事
結果アメリカ、ロシア、中国と言った軍事大国を始め、多くの国が脱落。敵わないと悟った残りの国も、自然と大人しくなっていったが、それでもなお日本政府と国際IS委員会は、執拗に一夏の身柄を引き渡し、IS学園へ入学させるよう悠紀耶に通告し、時には今回の様に、交渉人として学園から教員を送ってくることもあった。
おそらく日本政府は一夏を担ぎ上げることで名誉挽回を、国際IS委員会はそれを援護することで、日本政府に貸しを作ることを狙っているのだろう。そう考える悠紀耶は、その都度居留守で誤魔化したり、いちゃもんや世間話でお茶を濁したりして、強行手段に出るのを待っていた。
原則5人1組のIS部隊を
「民間人じゃ問題が多い、ねぇ…。その護衛対象を昔見捨てといて、よく言うよ。だいたいアンタ等の言ってるこたぁ、極端な話、イベントか何かで偶然戦闘機のエンジン動かしたガキ相手に、それを
真耶自身の弁ではないと言え、二年間面倒を見てきたこちらに対し、今更しゃしゃり出てきて『問題が多い』などと言いだした政府の振る舞いが気に障ったのか、テーブルの上に身を乗り出し、威圧するかの様に不満をぶちまける悠紀耶。一通り述べ終えると、勢いよく、それでいてテーブルにぶつからない様にして椅子に座り、だらりと身体を背もたれに預け、残りのコーヒーを数回喉を鳴らして飲み干すと、邪魔にならない様卓上に置いていたアイスコーヒーのペットボトルを手に取り、先程とほぼ同量をマグカップに注ぎ込む。
同様に真耶と千冬にも1本ずつ用意されているが、どちらも未開封のままで、前に出されたコーヒーカップにも口をつけた様子がない。
「た、確かにISも軍に配備されてはいますが、一応名目上はあくまでも防衛用ですし、『アラスカ条約』で運用自体に制限もかけられてますから、今のはちょっと暴論過ぎですよ? そもそも、女性にしか反応しない筈のISを、男性が起動、装着してみせたんですから、メディアは素性や経歴を含め、彼に関する情報を、必死に収集しようとしてるのは当然です。だから、あまり嗅ぎまわられたくないのであれば、優先順位の低い情報をある程度供給した方が、捜索から隠れ続けて、より重要な機密情報を嗅ぎ付けられるよりも、リスクは軽いかと思いますし…」
「そりゃあ、預け先が『最悪のならず者』こと『ガルガロス・ヘルストーム』でもか?」
「「っ!?」」
これまで悠紀耶が語らずに黙っていた『知人』の名を聞いて、二人はぐうの音も出なかった。『ガルガロス・ヘルストーム』と言えば、それまで製作者の『篠ノ之束』しか知らなかった、ブラックボックスとも言うべきISコアの構造を解析し、多少スペックを犠牲にしながらも量産化を成し遂げ――その際なぜ男女問わず使用可能にしなかったのかは、『そこまで手が回らなかったし、興味もなかったから』らしい――、兵器への転用を後押しした人物であり、IS業界では『製作者』の束と並んで『育成者』と絶賛されている有名人にして、プライベートが一切不明なことでも有名だった。
度々メディアが各所での接触や活動形跡から調査するも、満足に足取りすら掴めずに終わり、名前以外の素性は経歴どころか明確な年齢さえも分かってない。それでいて助力が必要な時は縁者を通したり自ら連絡を送ったりで的確なアドバイスをし、時には
そんな相手の元に送られるのなら、メディアの捜索など気にする必要もなく、安全に過ごせるだろう。なにせ所在すら
更にISの研究、開発に限らず、機械工学全般―特に兵器関連においては束をも凌駕する彼に師事すれば、同様に優秀な
「そっ、それは、ですがその……」
だが、だからと言って『はいそうですか』と引き下がる訳にもいかないのが二人の立場。そうなれば一夏とのパイプを少しでも繋いでおきたい日本政府と国際IS委員会が何を言ってくるか分からないし、――当人としては頼るどころか鼻にかけるつもりもないし、アテにされるのは不本意極まりないが――モンド・グロッソ二連覇の実績に束との親交と、一夏との血縁以外にも
だがここにきて、それまで沈黙を貫いていた千冬が口を開いた。
「分かりました。知人の貴方が保証するなら、一夏も安心するでしょう」
「ちょっ、お、織斑先生!?」
あろうことか真耶はもちろん、政府や委員会にとっても頼みの綱とも言うべき千冬が、あっさり承諾してしまった。こうなると最早実質部外者と化した真耶一人ではどうしようもないが、その一方、悠紀耶もすんなり決まったことを素直に納得した訳ではない様子だった。
「おろ、てっきり『あんな身元不明の不振人物に、折角再会した実弟を引き渡すなんぞ納得いかん。無理を通してでもこちらで預かる』とでも言ってくるかと思いきや、随分アッサリ聞き入れてくれましたね?」
実際悠紀耶は千冬に対し、『周囲から不平があがろうと、それを無視して自分の意見を押し通す』印象を抱いていた。そんな彼女に2年間行方不明で、やっと見つかった
「確かに私は
まるで今まで黙っていた分を発散するかの様に一息で喋りきった千冬は、それまで放置していたコーヒーカップに口をつけると、勝手に話を進められたせいで、未だに隣でオタオタしている真耶を
「で、ですが、織斑先生。いいんですか? やっと弟さんの安否が確認できた矢先に、また離ればなれになっちゃうなんて……」
「さっきも言った様に、私はあの時
けじめとでも言うべき持論を答えていく千冬だが、最後は再度俯き、僅かに声を震わせながらも、自分に言い聞かせる様に言いきる。できることなら無事を喜び、見捨ててしまったことを謝り、姉弟の絆をつむぎ直したかった。だが再会した一夏は脅迫用の暴行で左目を奪われたばかりか、突如暴れだしたかと思いきや、怯える様にうずくまって体を震わせるなど、元々
いつしか『一夏が壊れてしまったのは、自分が
内心では、『失踪していた
「まぁ特異ケースでイチが注目集めるのは分かるけどよ、本人がアレじゃ色々とヤバ過ぎるだろ。せめて
話は終わったととらえたのか、席を立ち受け取った資料等を片付けやすいようにまとめていた悠紀耶だったが、その際ポロリともらした発言に、すかさず真耶が反応する。
「ほっ、本当ですか!? 本当に、入学させてくれるんですか!?」
「いや、
今回の交渉は、真耶にとって余程プレッシャーになっていたのか、条件が未知の仮定な上、それでも確定ではなく、考えると言っただけでも希望を見出せたらしく、大分興奮気味だった。
「山田先生、落ち着いてください。あくまで仮定の話ですし、可能性は極めて低いかと。速美さんも、質の悪い冗談はやめてください」
そんな真耶と、折角自分にとっていい形にまとまりつつあったところにややこしいことを言いだした悠紀耶を、呆れながらも冷静に注意する千冬は、すでにガルガロスの元に預ける方向で同意した旨を手帳に走り書きで記入し、真耶が席を立つのを待つ間に、要点のみの簡素な状態とは言え、報告書の下書きもこなし始めているところだった。
「え~、本日は貴重なお時間をとっていただき、真にありがとうございました。それでは、失礼しますね」
玄関まで見送りにきた悠紀耶に対し、深々とお辞儀をして部屋を後にする真耶と、一足早くマンションの廊下に出て、そこからお辞儀をする千冬。
「おうよ。まぁ気が向いたら、いつでもきてくれや。今度はもう少し、マシなもてなしするからよ」
それに対し悠紀耶も、組んだままだった腕のうち、上にしていた右手を持ち上げ、軽く振って答える。そして真耶がドアノブを手放すと、扉はゆっくりと戻っていき、やがてガチャンと音をたて閉まった。
それから数日後、千冬は私用のため真耶を連れず、一人私服姿で悠紀耶の元を訪れていた。
今回の要件は一夏との面会のためか、前回「いつでもこい」と言っていた悠紀耶も、なかなか納得しなかった。事前に自分の訪問を、一夏に伝えてもらうよう頼んでいた千冬に対し、そうすれば一夏が警戒して、面会を拒絶すると思った悠紀耶からは、『逆に連絡を入れず、適当な理由をつけ外出させた一夏と偶然を装い会ってはどうか』と提案された。
しかし『それでは悪質なドッキリに等しいし、人に見つかって騒動になる可能性もある。一夏が受け取るかどうかはともかく、此方の誠意を提示する意味も含め、しっかりと連絡した上で面会をしたい』とその提案を断り、紆余曲折の末、なんとか一夏自身に面会許可をもらい、今日の面談まで持ちこめた。
「よぉ、待ってたぜ」
入ってすぐのフロントで、腕を組んで壁に寄りかかった悠紀耶が出迎えた。すでに自室の暗証番号とパスワードを隣のセキュリティシステムに入力していた様で、向き直るとともに持っていたカードキーを読み込ませると、すぐに解錠される。
「今回はアンタの責任感に根負けしたが、たまにゃあリフレッシュした方がいいぜ。よく知らねぇし興味もねぇが、アンタもイチも色々背負ったり、抱えたりし過ぎなんだよ」
「…お気遣い感謝しますが、全て私の問題ですので、お気になさらず」
エレベーターに乗り込むなり悠紀耶は、常に陰のかかった顔をしている様に感じた千冬に、それを指摘する――しつこく追求しないのは、彼なりの優しさだろう。それに対し千冬は、『あくまで自分の問題である』と素っ気なく返し、悠紀耶も「あっそ」と簡素に返して終わる。
そして遂に悠紀耶の部屋に着いた千冬は、帰るなりリビングのソファーに背を預けた悠紀耶に『一夏か自分が部屋から出るまで、二人きりにしてほしい』と頼むと、一夏の自室に向かっていく。
「一夏、私だ。失礼するぞ」
ノックをしてドアノブを軽く捻ると、鍵はかかっておらず、簡単に開く。ひとまず一夏の気持ちに変化はないことが分かり、安堵する千冬が見たのは、――千冬自身は直接見ていないが――前回同様ベッドの上で、全身を布団で覆い隠している一夏の姿。入ってきた千冬に気づいたようで、顔があると思われる布団がかかってない部分が、僅かに動いた。
「(こうして面と向きあうのも、もう2年ぶりか……)」
試験会場で再会した時は、一夏に相手の顔を見る余裕などなかった。そのため第二回モンド・グロッソ決勝戦で一夏が誘拐されてから、――一夏は顔を隠しているが――お互い向き合っての顔合わせは、実質今回が初めてとなる。
一度は決意を固めたものの、いざ向き合うと簡単に揺らぐそれに、失笑さえ感じてしまう千冬。だが折角悠紀耶に無理を言ってお膳立てしてもらった手前、ここで情けなく逃げ帰る訳にはいかない。改めて気を引き締めた千冬は、一夏に向けその場で土下座をする。
「すまなかった…! 決勝戦の時、私は何も知らされなかった。誘拐犯から届けられた脅迫の連絡と映像は、私がお前の身を案じて、試合を放棄することを危惧した日本政府の関係者に、処分されていたんだ。今思えば、お前の到着が予定から大分遅れていたことや、それを理由に『予定を変更する』と、連中が入場前にお前と会わせようとしなかった時点で、気付くべきだったかもしれない。入場してから関係者席を見て、そこにお前の姿がないことに気付いた時、無理にでも試合を抜け出して、探しに行くべきだったと、今でも後悔している…」
「………」
いきなりの土下座と、弱音や後悔のこもった
だが千冬の謝罪は、なおも続いていく。
「あの時の私は、言われるままに決勝戦に出場することしかできず、結果お前を見捨ててしまった…。今更こんな事を言ったところで、どうにもならないのは分かっている。当然許しを請おうなどとも思っていないし、むしろ許されるべきではないことだと思っている。だがお前が左目を失ったことや、精神的な障害が悪化したのは、間違いなく助けに向かわず、決勝戦に出場した私の責任だ! お前が望むなら、私はいかなる罰も受ける覚悟を「…う」…え?」
それまで愚痴などとして周囲に漏らすこともなかったのか、
「違う……悪いのは、千冬姉じゃ、ない…。千冬姉の……足手纏いに…過ぎない…俺は、行く資格なんて…なかったのに……無理矢理…連れて……行かれた…。だから…誘拐、されたのは……俺の…自業、自得、だ……」
「そんな…! じゃあ、関係者が『弟が応援に駆け付けた』と言っていたのは…」
ボソボソと小声で、『お荷物な自分は、応援に行こうとしたのが間違いだったし、そもそも自分は行くつもりなんてなかった』と言い出す一夏。一方千冬はそれを聞き、出発前に『一夏が応援のために同行を願い出た』と聞いて、思わず喜んでしまっていた自分が、その時点で愚かにも踊らされていたことに絶句するが、一夏は構わず続ける。
「あれは……ああなるかも…しれなかった、から…本当は、行きたく……なかった。けど、『一緒の方が護衛しやすい』って、無理矢理…連れて行かれた……。でも……あの日…千冬姉が、決勝戦に出て…連中の、目論見が失敗した時、
皮肉にも、『一夏のために』と身を削り、金を稼ぐべくモンド・グロッソでの活躍や、IS関連のイベントやテレビ番組への出演をこなしてきたつもりが、逆に自分が活躍すればする程、一夏は周囲から「織斑千冬の弟」と言う色眼鏡で見られ、そのせいで不当な偏見を持たれていたことに苦しみながらも、ずっと一人で抱えていたことを知り、
結局最愛の弟にとって、一番の加害者は自分であったにも関わらず、彼はそれを隠し続け、一切責めようとしなかった。それどころか、そのことを明かした今も『悪いのは周囲が納得するような成果を示しえなかった自分』と姉を
そんな一夏の歪んだ気遣いと、そのせいで余計に大きく感じてしまう自分の罪の意識に、千冬の精神は限界に達してしまう。
「っ…! すまない…! 私のせいで、お前がそんな辛い目にあっていたなんて…。自分のことを、そんな風に考えていたなんて…! 全部…全部私のせいだ…! 私がお前のことを、もっとしっかり守ってやれてれば…そこまで苦しむ前に、気付いて相談に乗ってやれるくらいは、できたはずなのに…!」
ガンッ!と音がする程、床に強く頭を叩き付ける様な勢いで再度土下座する千冬。
いっそのこと、恨みを込めて罵詈雑言でも浴びせてくるか、無抵抗なのをいいことに当たり散らしてでもくれれば、それを『当然の報い』と受け入れることができた。しかし一夏が自分に憎悪も復讐心もない以上、そんなことはしてこず、だからと言って自分で身体を傷つけたところで喜びなどせず、むしろ「また千冬姉を苦しめてしまった」と余計に背負い込んでしまうだろう。
そうなっては最早恥も外見もかなぐり捨て、到底『伝説のブリュンヒルデ』とは思えない程、ひたすら涙ながらに土下座で謝罪を続ける以外、どうすればいいのか千冬には思い浮かばなかった。
一方一夏も、そんな姉の様子に心を痛めていた。確かに一夏は『織斑千冬の不出来な弟』としか自分を見ない世間の目に
だが
まだ一夏が物心つく前、共に両親に見捨てられて以来、千冬は泣き言一つ漏らさずに、自分を育ててくれた。いくら気丈に振る舞っていたからと言って、千冬とて人間である以上、耐えきれずに逃げ出したくなった時も、溜まったフラストレーションを放出したくなった時もあっただろう。
だが千冬は決して一夏を見捨てることも、暴力を振るうこともなく、そればかりか、ことあるごとに自分よりも一夏のことを優先してくれた。
幼稚園に通っていた頃は、大抵のワガママをきいてくれていたことに、ただ気分をよくしていた。しかし小学2年生頃から、それが非常識なことや、千冬に無理や我慢をさせていることに気付き始め、その辺りから千冬との関係が、どことなくギクシャクし始めた。そこに決定打を叩き込んだのが『白騎士事件』や第1回モンド・グロッソでの活躍で、優勝後一躍時の人となった千冬が称賛や喝采を浴びる一方、『その弟』と言うだけで向けられた、心ない侮蔑や偏見に耐えきれず、腕に包丁を突き刺し、病院に搬送されたこともあった。
その後は何とか学校で友人ができ、ある人物に束縛されていたことで
「千冬姉は……悪く、ない…! 謝ること……なんて…何も……してない! だから…自分を、責めないで…くれよ…」
その過程全てにおいて、千冬に非はないと考えていた一夏は、不器用なくせに責任感の強い姉が、自らを責めたて謝罪する姿に、身体をより小さく丸め、苦しげに慰める。
二人の