INFINITE XROSS FUTURE   作:ゲオザーグ

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水面の波紋と水面下の談話

 あの後の状況は、騒乱としか表現しようがなかった。暴行していた少女逹は、『出来心でISを見に行ったところ、先にいた彼が突如ISを起動、装備して襲ってきた』と少年を加害者扱いし、一方の少年は装備したISの保有元たるIS学園から報告を聞いて駆け付け、尋問する所属教員達に無言で(うずくま)り怯え続け、保護者代理を名乗る(はや)()()()()が迎えにくるまで、一切口を利かなかった。

 更に悠紀耶が少年のことを『甥の速美(かず)(ひろ)』と語ったため、それまで彼を『一夏』と呼んでいた監督官担当の教員――織斑千冬の証言から『行方不明になっていた織斑一夏』として話を進めていた教員達は混乱。最終的に同じ会場で試験を実施した彼の志望校、私立早蕨(さわらび)大学付属高校の監督官教員から『双方の受験者がいざこざを起こした』と詳細を誤魔化して借りた受験者表と、悠紀耶が所持していた提出書類の控えから、ひとまず表向きは『織斑一夏』ではなく『速美一悠』として扱うこととなった。

 IS起動時の状況についても、監視カメラの映像から、非があったのは連れ込んで先に手を出した少女逹の方だったことが判明し、情状酌量の結果一悠へのお咎めは無しとなったが、だからと言ってそのまま事態が収束して、今まで通りの日常に戻るかと言われればそうはいかなかった。おそらく『お咎め』を受け、入試を無条件で落とされた少女逹が、逆怨みで情報を漏らしたのか、一悠がISを起動させたことは、それから数日のうちにニュースとなり、世界中で話題となったからだ。

 そうなれば当然注目を浴びることになり、世界各地からマスコミや研究員等がインタビューや勧誘目当てに訪れようとしたが、その全てを悠紀耶が代理人として断り、一悠はメディアの前に顔すら見せずにいた。

 

 そのまま滞在していたホテルの一室に、籠城よろしく立て籠っていたと思いきや、いつの間にか姿を消し、『世界初の男性IS起動者、行方を眩ます!!』『ISを動かした男(イレギュラー)はどこへ!?』と騒ぎたてるメディアをよそに、一悠と悠紀耶がとあるマンションの一室に身を移してから更に数日。リビングには、IS学園から訪れた二人の教師と、来客に対しアイスコーヒーを用意する悠紀耶がいた。当の一夏は来客に怯え、自室に籠りベッドの上で全身を布団で覆い隠し震えている。

 二人のうち、中学生がスーツを着た様な童顔と低身長に対し、やたら胸が大きな方は元日本代表候補生の山田真耶。長身と相まって見目麗しいスーツ姿だが、それを曇らせる様な自信なさげの前のめりな猫背、そして同じく不安げな表情に反し、隠すように伸ばした前髪から覗く鋭い目つきが鋭利な刀の様な印象を感じさせる方は、ISの国際大会『モンド・グロッソ』の第一回、第二回で連続して総合優勝を果たした伝説のIS搭乗者(パイロット)にして、一夏の実姉でもあり、あの日暴走する一悠を足止めした、『伝説のブリュンヒルデ』こと織斑千冬である。

 

「前にも言ったが、オレ個人としては一悠(イチ)IS学園(そちらさん)に、ってぇのは、やっぱ気が乗らねぇなぁ……」

 

「そ、そう言われましても、織斑君――えっと、書類上は速美君ですが、とにかく貴重な男性IS適応者の身柄を民間人に預けてそのまんま、ってのは、やっぱり色々と問題が多いんですよ。安全面なら、IS学園のセキュリティは、一般の学校に比べれば非常に高レベルですし、政府の警護能力も、この2年間で大分向上してますから、いつまでも過去の事件を引き合いに出して、それを理由にゴネられるのもどうかと……」

 

 テーブルの上に並べられた複数の書類や資料に目を通し、真耶の説得を聞きながら、難しい――普段の彼を知る者ならば、「あの楽観屋がこんな顔をするとは」だの、「近々流星群でも降ってくるか」とでも言ってきそうな顔をした悠紀耶は、マグカップ内のアイスコーヒーを(あお)る様にして半分程を一気に飲み、()()()ゴトッ、と音が鳴る様にマグカップをテーブルに置く。その様子に思わず体を小さく震わせながら、小声で「ひっ」と悲鳴をあげた真耶は『機嫌を損ねたか』と肝を冷やし、千冬は無言で(うつむ)いたまま、悠紀耶の様子を伺う。

 

 交渉の目的は、一悠――もとい一夏をIS学園に入学させること。当初日本政府は彼の身柄を欲する各国に対し、「安全を保障するためにIS学園へ入学させ、どこに所属するかは卒業後自分で決めればいい」と強制的に入学させようとしていたのだが、それに待ったをかけたのが、保護者代理を務める悠紀耶だった。

 彼が『速美一悠()織斑一夏』と認めた上で語ったのは、日本政府の汚点とでも言うべき第二回モンド・グロッソ決勝戦中の、一夏誘拐事件。誘拐犯が撮影していた脅迫用の映像――それを見ていた千冬は暴行の様子に口元を抑え、左目の眼球を(えぐ)り取られる下りでは、込み上がる涙と嗚咽(おえつ)を抑え、大半の者が目や耳を塞ぐ中、一切目を(そむ)けることなく見続けた――を説明の際に公開し、「かつて誘拐された際にそれを揉み消し、見捨てておきながら、今更利用価値があると知って『安全を保障する』とは信用ならない。そもそもISを起動させたきっかけは、女性至上主義者による暴行の最中、偶然ISにぶつかったことであり、一夏の精神状態を考えれば、その元凶にして象徴とも言うべきISの教育機関たるIS学園へ入学させようものなら、周囲からの迫害や偏見に耐えきれず、卒業どころか1月も逹たずに自殺してもおかしくない。それだったら知人の元に預け、通信教育でも受けさせた方がまだ安心できる」と、当時一夏を見捨てたことや、さも厚待遇で受け入れる懐の深さがある様に見せつけ、彼を国外に出さず手元に置いておこうとする魂胆(こんたん)を誤魔化そうとする日本政府の対応を痛烈に批判した。

 そうなると、折角日本政府の対応に納得して黙りつつあった各国が、『ならば自国に』と一夏獲得に向けて再燃しだすが、あろうことか悠紀耶は「自分単体でIS含む軍事力を相手し、勝ったら考える。代わりに負けたら一夏争奪戦から手を引くこと」と豪語し、見事()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 結果アメリカ、ロシア、中国と言った軍事大国を始め、多くの国が脱落。敵わないと悟った残りの国も、自然と大人しくなっていったが、それでもなお日本政府と国際IS委員会は、執拗に一夏の身柄を引き渡し、IS学園へ入学させるよう悠紀耶に通告し、時には今回の様に、交渉人として学園から教員を送ってくることもあった。

 おそらく日本政府は一夏を担ぎ上げることで名誉挽回を、国際IS委員会はそれを援護することで、日本政府に貸しを作ることを狙っているのだろう。そう考える悠紀耶は、その都度居留守で誤魔化したり、いちゃもんや世間話でお茶を濁したりして、強行手段に出るのを待っていた。

原則5人1組のIS部隊を()()()()()()()()()()()()()()()()悠紀耶なら、闇討ちでも正式な勝負でも遅れを取るなどあり得ない。そしてそれをネタに脅すなり公表して評判を落とすなりすれば、後はもうこれまでの様に突っ掛かってはこないだろう、と考えていた。

 

「民間人じゃ問題が多い、ねぇ…。その護衛対象を昔見捨てといて、よく言うよ。だいたいアンタ等の言ってるこたぁ、極端な話、イベントか何かで偶然戦闘機のエンジン動かしたガキ相手に、それを理由(ダシ)にして戦闘機の搭乗者(パイロット)になれっつって、軍事学校にぶっ込もうとしてる様なモンだと思うぜ? それって実質徴兵じゃねぇかよ。まさかアンタ等、今日は本当(マジ)で赤紙でも持ってきたんじゃねぇだろうな?」

 

 真耶自身の弁ではないと言え、二年間面倒を見てきたこちらに対し、今更しゃしゃり出てきて『問題が多い』などと言いだした政府の振る舞いが気に障ったのか、テーブルの上に身を乗り出し、威圧するかの様に不満をぶちまける悠紀耶。一通り述べ終えると、勢いよく、それでいてテーブルにぶつからない様にして椅子に座り、だらりと身体を背もたれに預け、残りのコーヒーを数回喉を鳴らして飲み干すと、邪魔にならない様卓上に置いていたアイスコーヒーのペットボトルを手に取り、先程とほぼ同量をマグカップに注ぎ込む。

同様に真耶と千冬にも1本ずつ用意されているが、どちらも未開封のままで、前に出されたコーヒーカップにも口をつけた様子がない。

 

「た、確かにISも軍に配備されてはいますが、一応名目上はあくまでも防衛用ですし、『アラスカ条約』で運用自体に制限もかけられてますから、今のはちょっと暴論過ぎですよ? そもそも、女性にしか反応しない筈のISを、男性が起動、装着してみせたんですから、メディアは素性や経歴を含め、彼に関する情報を、必死に収集しようとしてるのは当然です。だから、あまり嗅ぎまわられたくないのであれば、優先順位の低い情報をある程度供給した方が、捜索から隠れ続けて、より重要な機密情報を嗅ぎ付けられるよりも、リスクは軽いかと思いますし…」

 

 流石(さすが)に『赤紙』と呼ばれた第二次世界大戦期の徴兵召集書を例に出されたのは心外だった様で、それを注意した真耶。続けてなぜ一夏が世界中から注目を浴びているのかや、現在の様に隠れて過ごし続けることに生じるデメリットを挙げていくが、悠紀耶の返答はそれを一蹴するものだった。

 

「そりゃあ、預け先が『最悪のならず者』こと『ガルガロス・ヘルストーム』でもか?」

 

「「っ!?」」

 

 これまで悠紀耶が語らずに黙っていた『知人』の名を聞いて、二人はぐうの音も出なかった。『ガルガロス・ヘルストーム』と言えば、それまで製作者の『篠ノ之束』しか知らなかった、ブラックボックスとも言うべきISコアの構造を解析し、多少スペックを犠牲にしながらも量産化を成し遂げ――その際なぜ男女問わず使用可能にしなかったのかは、『そこまで手が回らなかったし、興味もなかったから』らしい――、兵器への転用を後押しした人物であり、IS業界では『製作者』の束と並んで『育成者』と絶賛されている有名人にして、プライベートが一切不明なことでも有名だった。

 度々メディアが各所での接触や活動形跡から調査するも、満足に足取りすら掴めずに終わり、名前以外の素性は経歴どころか明確な年齢さえも分かってない。それでいて助力が必要な時は縁者を通したり自ら連絡を送ったりで的確なアドバイスをし、時には試作品(プロトモデル)の自作までしてみせる高い観察力と技能を持つため、政府やISの研究、開発機関の上層部からは、いつしか自然と『束以上の技術力を持っていて、プライベートの探求は到底不可能』と認識される様になった。

 そんな相手の元に送られるのなら、メディアの捜索など気にする必要もなく、安全に過ごせるだろう。なにせ所在すら把握(はあく)できなくなるのだから。

更にISの研究、開発に限らず、機械工学全般―特に兵器関連においては束をも凌駕する彼に師事すれば、同様に優秀な技術者(エンジニア)となることも可能だろう。

 

「そっ、それは、ですがその……」

 

 だが、だからと言って『はいそうですか』と引き下がる訳にもいかないのが二人の立場。そうなれば一夏とのパイプを少しでも繋いでおきたい日本政府と国際IS委員会が何を言ってくるか分からないし、――当人としては頼るどころか鼻にかけるつもりもないし、アテにされるのは不本意極まりないが――モンド・グロッソ二連覇の実績に束との親交と、一夏との血縁以外にも下手(へた)に手を出せない功績や立場を持つ千冬ならまだしも、一介の元代表候補生に過ぎない真耶は最悪解雇され(切り捨てられ)てもおかしくない。

 だがここにきて、それまで沈黙を貫いていた千冬が口を開いた。

 

「分かりました。知人の貴方が保証するなら、一夏も安心するでしょう」

 

「ちょっ、お、織斑先生!?」

 

 あろうことか真耶はもちろん、政府や委員会にとっても頼みの綱とも言うべき千冬が、あっさり承諾してしまった。こうなると最早実質部外者と化した真耶一人ではどうしようもないが、その一方、悠紀耶もすんなり決まったことを素直に納得した訳ではない様子だった。

 

「おろ、てっきり『あんな身元不明の不振人物に、折角再会した実弟を引き渡すなんぞ納得いかん。無理を通してでもこちらで預かる』とでも言ってくるかと思いきや、随分アッサリ聞き入れてくれましたね?」

 

 実際悠紀耶は千冬に対し、『周囲から不平があがろうと、それを無視して自分の意見を押し通す』印象を抱いていた。そんな彼女に2年間行方不明で、やっと見つかった一夏(実弟)を引き離し、また別の――それもそう易々と会いに行けないところに送るなどと言い出せば、いきなりキレて暴れやしないかと警戒していた。しかし千冬はそんな予想に反し、隣の真耶を差し置いて、こちらの提案をすんなり受け入れてみせた。

 

「確かに私はガルガロス()の素性についてよく知りませんが、以前通信でお話しした際、その言動から『自分の領域に相手を踏み込ませない』だけでなく、『自分から相手の領域に極力踏み込もうとしない』人物と感じました。今の一夏は他人の干渉を極端に嫌っていますから、その点では少なくとも延々つきまとうマスコミや、祭り上げようとする男性復権主張勢力よりは安心できます。同様に、彼はマスコミのインタビューに対し、『なぜ一夏がISを起動、装着できたか』や『どうすれば他の男性もISを起動、装着できるか』については、一切興味がないとのこと。となれば一夏が訓練を希望するなど、場合によってはISに接触させることこそあれど、先程言った様なことを解明したい、あるいはしようとする各種研究機関が計画する様な監視や検査、実験は行わないでしょうから、身の安全もそれ等よりは保証されるはず。そしてそのネームバリューと実績、敵対時の危険性は、確実に私より上でしょう。その分敵も多いそうですが、『彼を敵にまわせば戦力の半分は掌握(しょうあく)される』とも、『ISは最早篠ノ之束の元を離れ、ガルガロス・ヘルストームの支配下にある』とも言われる現状では、余程女性至上主義に傾倒(けいとう)した者か、極度の懐古主義者、もしくは過激なテロリストか、それを指揮する宗教組織くらいでもなければ、彼と対立しようとは思わないかと。そして仮にそんな彼が()()()()()()()()()()()戦力と同等のものを、彼に頼らず用意するとしたら、膨大な人員と多大な年月、そして小国なら数年分の予算が消し飛ぶ程の莫大な資金がかかることでしょう。私が知る限り、資金はともかく一人でそれをこなしきる天才的な頭脳と技術力を持ち、時間もほとんどかけず形にできるのは、それこそ彼以外ではISの産みの親、篠ノ之束くらいですが、あいにく彼女は行方をくらませ、私でさえ盗聴を警戒してか録に連絡も取れない状態。加えて一夏は彼女とその妹に対し、あまりいい感情を抱いていませんから、いくら篠ノ之束が私の親友と言えど、残念ながら彼女を頼る訳にはいきません。同様に私自身も、2年前の第二回モンド・グロッソ決勝戦にて、実質優勝のために一夏を見捨ててますから、今更引き取ろうとしても、一夏はまず嫌がるでしょうし、そもそもそんな資格がないことは自覚しています。その点、我々の知る限りおそらく一夏が現在最も信頼している貴方のお墨付きの彼なら、一夏も慣れに時間こそかかれど、少なくとも軽蔑や偏見を一身に受ける可能性が高いIS学園に比べれば、問題なく過ごせるでしょう。あぁそれと山田先生、この件については私の独断ですので。よって責任は全て私にあり、貴方には何の落ち度も不手際もない。報告の際は、そちらに余計な糾弾が及ばない様にちゃんと配慮しておきますから、安心してください」

 

 まるで今まで黙っていた分を発散するかの様に一息で喋りきった千冬は、それまで放置していたコーヒーカップに口をつけると、勝手に話を進められたせいで、未だに隣でオタオタしている真耶を(なだ)める。それによって、真耶も幾分落ち着きを取り戻したが、それとは別の納得していないこともあり、それを千冬に尋ねる。

 

「で、ですが、織斑先生。いいんですか? やっと弟さんの安否が確認できた矢先に、また離ればなれになっちゃうなんて……」

 

「さっきも言った様に、私はあの時第二回()モンド()・グロッ()ソ決勝()戦の()棄権()を蹴り、一夏(実弟)よりもモンド(己が)グロッソ(栄光と)二連覇(名誉)を取った。過程はどうあれ、そうなったことは事実であり、私もそれを否定しない。今更のうのうと姉貴面をして現れたところで、一夏は私を許さないでしょうし、むしろ顔すら見たくない程に憎んでいてもおかしくありません。そんな相手が…近くにいていい訳ないじゃないですか…」

 

 けじめとでも言うべき持論を答えていく千冬だが、最後は再度俯き、僅かに声を震わせながらも、自分に言い聞かせる様に言いきる。できることなら無事を喜び、見捨ててしまったことを謝り、姉弟の絆をつむぎ直したかった。だが再会した一夏は脅迫用の暴行で左目を奪われたばかりか、突如暴れだしたかと思いきや、怯える様にうずくまって体を震わせるなど、元々(わずら)っていた人間不信と対人恐怖症の悪化から、極度の情緒不安定となっており、それが更に千冬の罪悪感を強めた。

 いつしか『一夏が壊れてしまったのは、自分が()()()()()()()()()()()()()見捨てたから。ならばこれ以上一夏を壊し、苦しめないためには、一夏を自分から遠ざけ、関係を断ち切るべきだろう』と考える様になっていた千冬にとって、悠紀耶の案はまさに渡りに船。

 内心では、『失踪していた一夏()との仲を取り持てば、いい機嫌取りになって有利に働いてくれる』とばかりに一夏の身柄を引き取ろうとする日本政府も、『男性もISを起動、装着できるための実験体として使うか、余計な騒動が発生する前に、事故を(よそお)って始末してしまおう』と考えているであろう国際IS委員会も信頼してない千冬からすれば、どの道信頼ならない相手に一夏を預けるなら、少しでも自分と距離を置け、一夏自身が安心でき、安全が保証される方がいいと思ったが故の決断だった。

 

「まぁ特異ケースでイチが注目集めるのは分かるけどよ、本人がアレじゃ色々とヤバ過ぎるだろ。せめて()()()()()()()()()()()()()()()()、注目も分散する分まだマシになったと思うから、()()()()()()()()()()かなぁ、()()()()()ちゃみ()んだが…」

 

 話は終わったととらえたのか、席を立ち受け取った資料等を片付けやすいようにまとめていた悠紀耶だったが、その際ポロリともらした発言に、すかさず真耶が反応する。

 

「ほっ、本当ですか!? 本当に、入学させてくれるんですか!?」

 

「いや、()()()()()、ってだけで、決定事項じゃないっすよ……?」

 

 今回の交渉は、真耶にとって余程プレッシャーになっていたのか、条件が未知の仮定な上、それでも確定ではなく、考えると言っただけでも希望を見出せたらしく、大分興奮気味だった。

 

「山田先生、落ち着いてください。あくまで仮定の話ですし、可能性は極めて低いかと。速美さんも、質の悪い冗談はやめてください」

 

 そんな真耶と、折角自分にとっていい形にまとまりつつあったところにややこしいことを言いだした悠紀耶を、呆れながらも冷静に注意する千冬は、すでにガルガロスの元に預ける方向で同意した旨を手帳に走り書きで記入し、真耶が席を立つのを待つ間に、要点のみの簡素な状態とは言え、報告書の下書きもこなし始めているところだった。

 

 

 

 

 

 

「え~、本日は貴重なお時間をとっていただき、真にありがとうございました。それでは、失礼しますね」

 

 玄関まで見送りにきた悠紀耶に対し、深々とお辞儀をして部屋を後にする真耶と、一足早くマンションの廊下に出て、そこからお辞儀をする千冬。

 

「おうよ。まぁ気が向いたら、いつでもきてくれや。今度はもう少し、マシなもてなしするからよ」

 

 それに対し悠紀耶も、組んだままだった腕のうち、上にしていた右手を持ち上げ、軽く振って答える。そして真耶がドアノブを手放すと、扉はゆっくりと戻っていき、やがてガチャンと音をたて閉まった。

 

 

 

 

 

 

 それから数日後、千冬は私用のため真耶を連れず、一人私服姿で悠紀耶の元を訪れていた。

 今回の要件は一夏との面会のためか、前回「いつでもこい」と言っていた悠紀耶も、なかなか納得しなかった。事前に自分の訪問を、一夏に伝えてもらうよう頼んでいた千冬に対し、そうすれば一夏が警戒して、面会を拒絶すると思った悠紀耶からは、『逆に連絡を入れず、適当な理由をつけ外出させた一夏と偶然を装い会ってはどうか』と提案された。

 しかし『それでは悪質なドッキリに等しいし、人に見つかって騒動になる可能性もある。一夏が受け取るかどうかはともかく、此方の誠意を提示する意味も含め、しっかりと連絡した上で面会をしたい』とその提案を断り、紆余曲折の末、なんとか一夏自身に面会許可をもらい、今日の面談まで持ちこめた。

 

「よぉ、待ってたぜ」

 

 入ってすぐのフロントで、腕を組んで壁に寄りかかった悠紀耶が出迎えた。すでに自室の暗証番号とパスワードを隣のセキュリティシステムに入力していた様で、向き直るとともに持っていたカードキーを読み込ませると、すぐに解錠される。

 

「今回はアンタの責任感に根負けしたが、たまにゃあリフレッシュした方がいいぜ。よく知らねぇし興味もねぇが、アンタもイチも色々背負ったり、抱えたりし過ぎなんだよ」

 

「…お気遣い感謝しますが、全て私の問題ですので、お気になさらず」

 

 エレベーターに乗り込むなり悠紀耶は、常に陰のかかった顔をしている様に感じた千冬に、それを指摘する――しつこく追求しないのは、彼なりの優しさだろう。それに対し千冬は、『あくまで自分の問題である』と素っ気なく返し、悠紀耶も「あっそ」と簡素に返して終わる。

 そして遂に悠紀耶の部屋に着いた千冬は、帰るなりリビングのソファーに背を預けた悠紀耶に『一夏か自分が部屋から出るまで、二人きりにしてほしい』と頼むと、一夏の自室に向かっていく。

 

 

 

 

 

 

「一夏、私だ。失礼するぞ」

 

 ノックをしてドアノブを軽く捻ると、鍵はかかっておらず、簡単に開く。ひとまず一夏の気持ちに変化はないことが分かり、安堵する千冬が見たのは、――千冬自身は直接見ていないが――前回同様ベッドの上で、全身を布団で覆い隠している一夏の姿。入ってきた千冬に気づいたようで、顔があると思われる布団がかかってない部分が、僅かに動いた。

 

「(こうして面と向きあうのも、もう2年ぶりか……)」

 

 試験会場で再会した時は、一夏に相手の顔を見る余裕などなかった。そのため第二回モンド・グロッソ決勝戦で一夏が誘拐されてから、――一夏は顔を隠しているが――お互い向き合っての顔合わせは、実質今回が初めてとなる。

 一度は決意を固めたものの、いざ向き合うと簡単に揺らぐそれに、失笑さえ感じてしまう千冬。だが折角悠紀耶に無理を言ってお膳立てしてもらった手前、ここで情けなく逃げ帰る訳にはいかない。改めて気を引き締めた千冬は、一夏に向けその場で土下座をする。

 

「すまなかった…! 決勝戦の時、私は何も知らされなかった。誘拐犯から届けられた脅迫の連絡と映像は、私がお前の身を案じて、試合を放棄することを危惧した日本政府の関係者に、処分されていたんだ。今思えば、お前の到着が予定から大分遅れていたことや、それを理由に『予定を変更する』と、連中が入場前にお前と会わせようとしなかった時点で、気付くべきだったかもしれない。入場してから関係者席を見て、そこにお前の姿がないことに気付いた時、無理にでも試合を抜け出して、探しに行くべきだったと、今でも後悔している…」

 

「………」

 

 いきなりの土下座と、弱音や後悔のこもった懺悔(ざんげ)にも等しい謝罪に、一夏は無言のまま困惑した。確かにあの日誘拐され、千冬が決勝戦に出場したために痛め付けられたとも言えなくもないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()一夏にしてみれば、それはむしろそう願っていたことであり、謝罪される謂われはないと考えていた。

 だが千冬の謝罪は、なおも続いていく。

 

「あの時の私は、言われるままに決勝戦に出場することしかできず、結果お前を見捨ててしまった…。今更こんな事を言ったところで、どうにもならないのは分かっている。当然許しを請おうなどとも思っていないし、むしろ許されるべきではないことだと思っている。だがお前が左目を失ったことや、精神的な障害が悪化したのは、間違いなく助けに向かわず、決勝戦に出場した私の責任だ! お前が望むなら、私はいかなる罰も受ける覚悟を「…う」…え?」

 

 それまで愚痴などとして周囲に漏らすこともなかったのか、(せき)を切ったかの様に湧き出た千冬の謝罪は、一夏の発した、(うめ)き声の様な呟きに(さえぎ)られる。あまりに声が小さく、偶然聞こえた千冬は、聞き漏らすまいと自然に顔を上げていた。

 

「違う……悪いのは、千冬姉じゃ、ない…。千冬姉の……足手纏いに…過ぎない…俺は、行く資格なんて…なかったのに……無理矢理…連れて……行かれた…。だから…誘拐、されたのは……俺の…自業、自得、だ……」

 

「そんな…! じゃあ、関係者が『弟が応援に駆け付けた』と言っていたのは…」

 

 ボソボソと小声で、『お荷物な自分は、応援に行こうとしたのが間違いだったし、そもそも自分は行くつもりなんてなかった』と言い出す一夏。一方千冬はそれを聞き、出発前に『一夏が応援のために同行を願い出た』と聞いて、思わず喜んでしまっていた自分が、その時点で愚かにも踊らされていたことに絶句するが、一夏は構わず続ける。

 

「あれは……ああなるかも…しれなかった、から…本当は、行きたく……なかった。けど、『一緒の方が護衛しやすい』って、無理矢理…連れて行かれた……。でも……あの日…千冬姉が、決勝戦に出て…連中の、目論見が失敗した時、()()()()()…。もう、千冬姉の…お荷物じゃ……ないって……これで………千冬姉を、自由に…できる、って思った…から……」

 

 皮肉にも、『一夏のために』と身を削り、金を稼ぐべくモンド・グロッソでの活躍や、IS関連のイベントやテレビ番組への出演をこなしてきたつもりが、逆に自分が活躍すればする程、一夏は周囲から「織斑千冬の弟」と言う色眼鏡で見られ、そのせいで不当な偏見を持たれていたことに苦しみながらも、ずっと一人で抱えていたことを知り、愕然(がくぜん)とする千冬。

 結局最愛の弟にとって、一番の加害者は自分であったにも関わらず、彼はそれを隠し続け、一切責めようとしなかった。それどころか、そのことを明かした今も『悪いのは周囲が納得するような成果を示しえなかった自分』と姉を(かば)い、自身を卑下(ひげ)する始末。

 そんな一夏の歪んだ気遣いと、そのせいで余計に大きく感じてしまう自分の罪の意識に、千冬の精神は限界に達してしまう。

 

「っ…! すまない…! 私のせいで、お前がそんな辛い目にあっていたなんて…。自分のことを、そんな風に考えていたなんて…! 全部…全部私のせいだ…! 私がお前のことを、もっとしっかり守ってやれてれば…そこまで苦しむ前に、気付いて相談に乗ってやれるくらいは、できたはずなのに…!」

 

 ガンッ!と音がする程、床に強く頭を叩き付ける様な勢いで再度土下座する千冬。

 いっそのこと、恨みを込めて罵詈雑言でも浴びせてくるか、無抵抗なのをいいことに当たり散らしてでもくれれば、それを『当然の報い』と受け入れることができた。しかし一夏が自分に憎悪も復讐心もない以上、そんなことはしてこず、だからと言って自分で身体を傷つけたところで喜びなどせず、むしろ「また千冬姉を苦しめてしまった」と余計に背負い込んでしまうだろう。

 そうなっては最早恥も外見もかなぐり捨て、到底『伝説のブリュンヒルデ』とは思えない程、ひたすら涙ながらに土下座で謝罪を続ける以外、どうすればいいのか千冬には思い浮かばなかった。

 

 一方一夏も、そんな姉の様子に心を痛めていた。確かに一夏は『織斑千冬の不出来な弟』としか自分を見ない世間の目に辟易(へきえき)こそしていたが、そのことについては「自分の努力と才能が、連中の勝手な理想に届いてなかっただけ」と早くから諦め、斜に構えていた。

 だが()()()()に対してはどうだったかと言えば、恩や後ろめたさこそ感じていたが、()()()()()()()()()()()()()

 まだ一夏が物心つく前、共に両親に見捨てられて以来、千冬は泣き言一つ漏らさずに、自分を育ててくれた。いくら気丈に振る舞っていたからと言って、千冬とて人間である以上、耐えきれずに逃げ出したくなった時も、溜まったフラストレーションを放出したくなった時もあっただろう。

 だが千冬は決して一夏を見捨てることも、暴力を振るうこともなく、そればかりか、ことあるごとに自分よりも一夏のことを優先してくれた。

 幼稚園に通っていた頃は、大抵のワガママをきいてくれていたことに、ただ気分をよくしていた。しかし小学2年生頃から、それが非常識なことや、千冬に無理や我慢をさせていることに気付き始め、その辺りから千冬との関係が、どことなくギクシャクし始めた。そこに決定打を叩き込んだのが『白騎士事件』や第1回モンド・グロッソでの活躍で、優勝後一躍時の人となった千冬が称賛や喝采を浴びる一方、『その弟』と言うだけで向けられた、心ない侮蔑や偏見に耐えきれず、腕に包丁を突き刺し、病院に搬送されたこともあった。

 その後は何とか学校で友人ができ、ある人物に束縛されていたことで(わずら)ってしまった、人間不信と対人恐怖症も、幾分落ち着き始めたと思った矢先にあの誘拐事件が起き、結果余計に悪化して今に至る。

 

「千冬姉は……悪く、ない…! 謝ること……なんて…何も……してない! だから…自分を、責めないで…くれよ…」

 

 その過程全てにおいて、千冬に非はないと考えていた一夏は、不器用なくせに責任感の強い姉が、自らを責めたて謝罪する姿に、身体をより小さく丸め、苦しげに慰める。

 

二人の嗚咽(おえつ)は、しばらく止まなかった。

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