セキュリティをすり抜けてどこからともなく屋上に現れ、煽るだけ煽ったの末煙のように姿を消した、『毒霧』と名乗る謎の女性。
恐らくガルガロスの関係者と思わせる発言をしていたが、『監視を兼ねた護衛』と語るその目的は一切不明ではあるもの、少なくとも日本政府の勝手に対しては、辛辣な物言いからかなり敵意を有しているらしい。
「(何をしたいのか、あるいは仕掛けてくるのかは全く読み取れないけど、到底楽観できない人物なのは確かね。とりあえず今から授業だけど、昼休みになったら、早急に報告と対策の提案をしなきゃ)」
「ん?
「織斑先生……」
刀奈が『毒霧』に対する早急な対応を考慮していたところに偽名を呼んだのは、自分が虚を連れていないように、真耶を連れず単身だった千冬。
「ちょうどいいと言えばいいのかな。すまんが、少し付き合ってくれ。担任には生徒会に関する話と後で誤魔化しておくから、授業に関してはあまり気にしなくていいぞ」
「えぇ、分かりました。実を言うとこちらも少し話したいことがありましたので」
唐突な呼びかけに驚きこそすれど、刀奈は即座にいつもの様に猫を被り、応じる。同時に暗部出身の自分を出し抜いた『毒霧』と言えど『
「すでに会ったようだが、昨日篠ノ之が襲撃されたのを受けてあちらから派遣された、
「先程は準備不足で雑になってしまいましたが、改めてよろしくお願い申しますわね」
あろうことか机に腰かけそこに待ち構えていたのは、ついさっき遭遇し、どうすべきかと頭を悩ませていた『毒霧』こと幻霧。室内にも関わらず相変わらず中折れ帽を目深に被って目元を隠し、手には火こそ着いてないが葉巻を持ち、器用に指でクルクルと回している。
「貴女は……!先生!彼女は……」
「
「く……っあ……!」
「信用ならない相手だ」と警告しようとした矢先、その相手たる千冬が肩に手を乗せ、「むしろお前らが信用ならない」と止められる。更に語るにつれ怒りが現れるが如く手の力がこもっていき、咄嗟に引き剥がし距離を取ろうとするが、千冬は特に気にした様子はなく、幻霧も彼女がそのまま話し続けるのを黙って聞いている。
「そういや昨日早速顔を見に部屋まで来たそうだな。まぁそのせいで警備が疎かになった篠ノ之が左腕を失う羽目になったのは気の毒だが、弱ったところに追い打ちするようであまり気は乗らないものの、こんな時でもないとアイツはすぐ竹刀を振るってくるからな。今のうちにクラスの奴らと会話して少しくらい仲を深めてほしいものだ……っと、話を戻すが、咄嗟に対処を優先し、立ち去ったおかげで会わなくて正解だったと言っておこう。下手をすれば『
「せ、先生……?」
段々と髪に隠れた目の焦点が揺らぎ、口角が上がっていく――『
「ただ今回の件で迷惑を被ったお前の妹には、悪いことをしたとも思っていてな。ヘルストームさんもあれを犠牲にしてまで『
「政府お抱えの暗部組織次期党首の座にロシア代表の地位、か……世間から見ればお前自身は十分安泰だろうが、そんなもんじゃ誰1人守れんぞ。現に『
「貴女に何が分かるんですか!!」
肝心な部分を煙に巻き、飄々と受け流す普段の余裕もなく、目一杯の気迫で睨み付け怒声を放つ刀奈だが、千冬は全く意に介さず、軽く鼻を鳴らすだけで続ける。
「『何が分かる』、ねぇ。私はお前じゃないんだ、今言った以外じゃ、お前の妹が日本の代表候補生で、開発中だった専用機をパーにされたくらいしか知らんぞ」
「だったらこれ以上首を突っ込まないでください。
「『縛ります』の間違いにならなきゃいいがな。さて、思ったよりかかったが、話は以上だ。手間をかけたな」
刀奈の覚悟を込めた決意を呆れたような態度で流し、千冬は幻霧を連れて教室を後にする。1人その場に取り残された刀奈は、行き場のない怒りをぶつけるかの如く苛立たしげに手近な机を殴る。その強さを表すかのように振り下ろした拳は殴った机を真っ二つに破壊するが、その勢いのまま力なく膝をつき、すすり泣く彼女の怒りとやるせなさは、全く収まりそうになかった。