INFINITE XROSS FUTURE   作:ゲオザーグ

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疼く古傷と鋼のかさぶた

2人が落ち着いたのは、謝り続けて10分程経った頃だった。てっきり1、2時間は過ぎたと思いきや、時計を確認したところその半分も経っていなかったと気付いた2人は、どちらからともなく笑い出していた。

 

「なぁ、一夏。お前は……どうしたいんだ?」

 

後ろから抱きしめられ、自らの腕の中で落ち着く一夏に、今後の希望を尋ねる千冬。この体勢は家庭の事情もあり、千冬に負担をかけない様にと気を遣う様になってからも、時折どちらかとなく言い出してはよくやっていた。2人で一緒に笑いあったなど、いつ以来だったかと懐かしんでいたところに、「昔の様に抱きしめて欲しい」と一夏がねだってきたのだ。最後にした2年前の一夏は、頭が千冬の胸元に届くくらいまでしかなかったが、今では肩に顎を乗せ、顔を並べることができるようになり、改めて一夏()の成長を感じていた。

 

「ぁ……っ……」

 

 一夏はどう答えるか、迷う様にうめき声を発するが、千冬はひとまず反応があったのをよしとしたのか、続けようとする一夏を止める。

 

「いや、すまない。いきなり『どうしたいか』なんて聞かれても、こう周りが騒然としていては、今後の予定どころか、現状の整理がついてなくても、おかしくはないな……」

 

そのまま千冬は、かつて『伝説のブリュンヒルデ』と呼ばれていたとは思えない程に弱々しい、自らの本心を語り始める。

 

「私としては、また一緒に暮らしたい。今度こそ公私のバランスをしっかり調整して、身柄を狙う奴らはもちろん、世間の風評からも、お前を守りたい……。だが情けないことに、それを実現できるかと聞かれると、自信をもって頷けない。またあの時の様に、お前が私の目が届かないところで、危険に晒されてしまうかもしれないと思うと、情けないくらいそれが怖いんだ……」

 

言っているうちに想像してしまい、それを必死に(こら)えているせいか、身体が小刻みに震えだす千冬。一夏が自分の過ちを「許す」と言ってくれたことは嬉しかった。だがそれに甘え、また彼を危険な目に遭わせてしまうのではないかと、不安がこみ上がってくるのも、また事実だった。

 

「一夏、私はお前が望むなら、絶縁だろうと、自害だろうと、喜んで受け入れるだろう。今の私は、かつての許されざる罪を少しでも償うことしか頭にない、自己満足の偽善者だ。だからお前がヘルストームさんの元に行きたいなら、私は引き留めるつもりはない。IS学園に行くなら、贔屓(ひいき)と言われようが、最大限のバックアップをしよう。例え後々後悔することになろうと、今はお前のしたい様にしてほしい……」

 

それからまた、2人の間に沈黙が続く。明らかに過剰な表現こそ用いたが、先の言葉に嘘はない。千冬は一夏がどう決断しようが、それを止めるつもりは更々なかった。当然、詳細不明の相手に対する不信感は拭えなかったが、少なくとも姉である自分にすら怯えて、目も合わせようとしなかった一夏が、悠紀耶の姿を見た途端駆け寄っていったことから、彼のことは、自身の保身と利益にしか興味を示さないだろう日本政府や、IS委員会の役員に比べれば、一夏を任せても問題にはならないだろうと判断している。その悠紀耶が今になって紹介したのならば、少なくとも解剖や投薬等、非道な実験はされないだろう。もしそのつもりだったなら、わざわざ2年間手元に秘匿してきた一夏を表社会に出す必要はなかった。

 

それから10分程して、一夏が口を開き始めた。

 

「俺……も……千冬、姉と…一緒に、いたい………。だけど…俺が、いたら……また…千冬姉…に、迷惑……かけそう…だから……一緒…には……いられ、ない…と……思う…………」

 

一夏もまた、千冬()とともに平穏に過ごすことを望んでいた。しかしかつて千冬との血縁を理由に色眼鏡で見られ、過度な期待や見当違いな悪意を向けられてきた一夏にとって、それは最も望むとともに、最も遠い理想だった。それを聞いて千冬は、一夏への罪悪感とともに、行方の知れない親友に対する、憎悪とも呆れともとれる言い様のない感情がこみ上がってくるのを感じた。

 

「そう、か…。全く、束の奴も、何を考えてお前を搭乗可能に設定したのやら……。っと、そうだ。束のことで思い出したんだが、アイツにも妹がいたの、覚えているか? ソイツも新入生の名簿に、名を連ねていてな。大方政府の保護プログラムの一環で、『警備システム上最も安心』とでも言って送り込まれただろうが、彼女もIS学園に入学することが決まっているようだ。尤も、彼女自身ははたして納得しているかどうか……一夏?」

 

 ふと、彼女にも妹がいて、その妹も何の因果か、IS学園への入学が決まっていることを思い出した千冬。何となくそれを話題の種にしてみたのだが、その途中、一夏の身体が小刻みに震えていることに気づいた。そして、親友の妹(そいつ)が一夏にとって、悍ましい程に憎い相手だったことをすっかり失念していたことに気付く。

 

「すっ、すまない一夏! 私としたことが、お前がアイツを()()()()()ことを忘れていたなんて……っ! ここ1年程身体を動かしていなかったから鈍ったとは感じていたが、呆けていたせいで記憶力まで衰えていたか…」

 

 千冬は慌てて謝罪するとともに、一夏に悪夢とも言える過去を思い出させてしまったことへの罪悪感からか、(いま)(いま)しげに左手で自分の側頭部を力任せに殴る。

束の妹、箒と一夏が初めて会ったのは、一夏が千冬に剣道をする姿を見たいと願い、束と箒の自宅にあった道場に同行した時だった。その時入門希望者と勘違いした箒が、「腕試し」と称し一夏を一方的に叩きのめしたせいで、一夏は彼女のことがトラウマになる程苦手となり、2度と道場に近寄ろうとしなかった。しかし箒はそれを許さず、初対面以降毎日朝と夕方に一夏を強引に連れ出しては、立つこともままならなくなるまで徹底的に扱き続けた。その光景は誰がどう見ても明らかにやり過ぎで、一夏の身を心配した千冬が何度も止めるよう言い、時には箒に手を挙げて束と喧嘩になることさえもあったが、箒はいくら追い払っても「あの軟弱な根性を矯正する」と折れる様子はなく、道場の師範を務めていた父や、「一夏の身に後遺症でも残る事態になれば縁を切る」と千冬に脅された束の声にも耳を貸さずに一夏の元に通い詰め、千冬に見つかっては追い返されることが何年も続いた。

 そしてその日々は、2人が小学4年の頃に束が行方を眩ませ、箒達篠ノ之一家が『重要人物保護プログラム』で引っ越していったことで終わりを告げたが、その時も箒は、一夏が見送りに顔を出さないことに機嫌を損ね、「一夏がくるまでここを動かない」とごねて出発を大幅に遅らせていた。

 

「ハァ…これは益々ヘルストームさんの元に預けるべき状況だな。万が一奴にお前のことがバレようものなら、羽虫の如く延々と付き纏って、勝手な理想を押し付けた挙句、そぐわぬ部分に文句を垂れるぞ」

 

「そう…したい……。でき、れば……千冬、姉…と……一緒…に……」

 

 (ひと)(しき)り殴って落ち着いた千冬は、そのまま手を額に当て、ウンザリした様子で何としても一夏をIS学園に入学させる訳にはいかないと決意する。もし一夏をIS学園に入学させようものなら、箒は例えクラスが別でも姿を見せ、それまで意図せず剣道で対戦相手にぶつけていた6年間の鬱憤(うっぷん)を一夏に向けてくるだろう。そうなれば今度こそ一夏の身に何が起きるか分からず、下手をすれば手足を潰されるか、執拗な接触に一夏の精神が限界を迎え、廃人と化すかもしれない。

 当然一夏もそれを望むが、やはりかつてともに過ごした仲間がいると言えど、見知らぬところに一人で置いていかれるのは辛いようで、千冬にも一緒にいてほしいとねだる。周りに怯え、自身に縋り付く弟の姿に、千冬は胸を痛めるが、このままなあなあの関係を続けていては、第2回モンド・グロッソで誘拐された様に、また彼や自分を利用しようする輩が現れると考えていた千冬は、その痛みを押し殺し、恨まれる覚悟で最善と考える計画を教える。

 

「一夏……。私としても、できることならそうしていたい。しかし、今の私は知っての通りIS学園の教員だ。忌々しいが、お前が手に入らないと分かれば、政府の連中は何としても私をIS学園に引き留め、お前を手の届く範囲から離さない為の枷にするだろう。だから名残惜しいが、IS学園が始業式を迎える前に、私達は縁を切っておくべきだ。そうすれば連中も、お前との1番大きなパイプを失い、干渉しにくくなる。それでもお前のことに口や手を出そうとすれば、ヘルストームさん達がお前を守ってくれるはずだ」

 

「でも……それでも…嫌、だ…。それ……じゃあ…千冬姉が……1人、に…なっちゃう…」

 

 最も落ち着くはずの、千冬に背中から抱き付かれている体勢から、正面に向き直り、逃がすまいと千冬に抱き付き、すすり泣きまでしだす一夏。自分は今、誘拐事件の時とは違い、自身の意思で目の前にいる一夏()との縁を切ろうとしている。だと言うのに彼は、自分()を責めるどころか、心配して離れようとしない。その健気さに千冬は、なんて優しい子なんだ、と胸を打たれた。

 

「大丈夫だ。ブランクのせいで筋力や勘は選手時代よりも衰えたが、鍛え直せば十分自衛はできるし、あまりいい気はしないが、『伝説(過去)ブリュン()ヒルデ()』や束のコネを考えれば、手を出そうとする不埒な輩は、まずいないだろうからな。だから一夏、お前はまず、自分の身を守ることを考えてくれ……」

 

 自分の身を守る。今の一夏にとっては、非常に耳が痛くなる言葉だった。一夏は常に自分を守ってくれていた千冬の背中を見て育ったせいか、いつしか『自分も誰かを守れるくらい強くなりたい』と願うようになっていた。しかしその()()(あざ)(わら)かのように、周囲は彼を千冬と比べ、『こんなこともできないとは』『この程度か』と責め続けた。そしてその都度千冬に守られるうち、一夏の心は渇き、()()を見失い、自分のことさえどうでもよくなってしまっていた。箒が執拗に干渉してきていた小学3年の時には、左二の腕内側に包丁を突き刺し、病院に搬送されたこともある。そんな一夏にとって、自分の身を守るということは、見失った理想と対峙することでもある。

 

「千冬姉……。俺…誰かを……守る…こと、できる…かな……?」

 

「あぁ、必ずできるさ。守るのに必要なのは、力だけじゃない。むしろ、力だけじゃ何も守れないんだ。2年前、私がお前を失ったようにな。だから、お前は力に囚われないでくれ。私が犯した過ちを、繰り返さないでくれ……」

 

 第2回モンド・グロッソの決勝戦後、一夏の姿が見えないことをおかしく思った千冬は、すぐに担当者に詰め寄った。予定では試合開始30分前には到着していて、決勝戦へと(おもむ)く前に最愛の(一夏)に激励の言葉をかけてもらうはずだった。それが『水が合わなかったのか腹を壊したらしい』『渋滞に捕まった』などと言われ、結局決勝戦開始間際になっても一夏が到着することはなかった。そして遂に試合が終わり、インタビューに詰め寄る記者達をあしらいながら意気揚々と戻ったピットにも、影すらなかったためにとうとう堪忍袋の緒が切れたかと思いきや、誘拐の報告を聞くやそれまで浸っていた栄光の余韻など一瞬で醒め、手にしていた優勝トロフィーを床に落としかけたことも、それに見当違いな注意をする周囲の声も気にならない程動揺して更に詰め寄り、捜索を要請したと言うドイツ軍から強引かつ即座に聞き出し焦燥感に駆られるまま犯人のアジトに突入するも、そこにはまるで巨大な刃物で切り刻まれたような犯人の惨殺死体のみが散在し、一夏の姿はどこにもなかった。

 帰還後、無許可かつ指定域外でのIS展開を責任者に注意されたが、それが耳に入らない程憔悴していた千冬は、そのまま部屋に閉じこもって優勝記念のパーティーやインタビューを(ことごと)く欠席し、何よりも大切なはずだった(一夏)を、自ら見捨ててしまった事実に丸1晩泣き伏せた。それから数日間、一夏と仲良くしてくれていた彼の友人達に、何と説明すればよいかと考えながら帰国を待つ彼女に告げられたのは、『捜査協力の謝礼として引き続き滞在し、ドイツ軍IS部隊の教官に就任せよ』との通達。

 最早精神的に限界を迎え、反応する気力さえ失っていた千冬は、普段なら声を荒げて反発するようなそれに対し大人しく従い、ドイツ軍IS操縦部隊――通称『黒兎隊(シュバルツェア・ハーゼ)』に教鞭を振るうことになったが、初対面で自己紹介を終え、用意されていた「黒蟻(シュバルツェア・アーマイゼ)」と名付けられたISを前にした時、身動きがとれなくなった。

 眼前のISが、お偉方に踊らされた挙句名誉のために(一夏)を見捨てた自分を、無言で(あざ)(わら)っているかのように思えてきたのだ。蒼褪めた顔でひたすらうわ言めいた弁明をISに向けて繰り返す千冬の姿に、ただごとではないと感じた『黒兎隊(シュバルツェア・ハーゼ)』の隊員達が、即座に医務室へと搬送してくれたおかげで、その場は何とか治まったが、その後も千冬はISを見ただけで怯え、『ブリュンヒルデ』の称号や、モンド・グロッソでの活躍が嘘のようにISを拒絶していた。

 見かねたドイツ軍の上層部や、様子見のため同じく滞在していた日本政府関係者からの要請で、無理矢理搭乗させられることになった際には、指先がISに触れただけでその場にしゃがみ込み、立つどころか体を持ち上げることさえギリギリの状態で数分間嘔吐し続けた程である。

 

 『スポーツ選手』と『軍人』の差も、千冬を苦しめた。嘔吐から1週間後、『黒兎隊(シュバルツェア・ハーゼ)』の隊員達は「ISが無理なら」と生身での近接戦闘訓練を依頼してきた。「就任以来何1つ教官の任を成せていない」と落ち込んでいた千冬は、体調も良好だったこともあって「それくらいなら」と了承したが、制定されたルールの元安全が保証された『スポーツ』の感覚に慣れていた千冬は、ルールもなく、命懸けで相手を殺す『戦場』で発揮される彼女達の実力について行けず、辛うじて勝てたのは、『落ちこぼれ』と上層部に疎まれていた新人くらいだった。

 幸いにも『黒兎隊(シュバルツェア・ハーゼ)』の面々は、そうした醜態の数々を目にしても反発や軽蔑することはなかったが、自身の無力や認識の甘さを痛感した千冬は、その分朝早くから夜遅くまで彼女達よりも過酷な訓練を自らに課し、教官就任から半年後には『黒兎隊(シュバルツェア・ハーゼ)』の全員を1度に相手しても容易く勝てるようになり、更には機敏さと身軽さを活かした錯乱を主体とした近接戦や、距離を問わずにピンポイントで顔や首など露出した急所を狙った精密射撃による()()()()対IS用戦闘技術を身に着けたことで、周囲からは「ブリュンヒルデが本調子に戻った」と歓喜された。

 しかしその頃から誰もいないところでブツブツと呟いたり、会話の途中で上の空になったりと精神的にいくらか不安定な面も見られるようになっていき、千冬が教官として教えることが尽きたこともあって当初2年だった予定を切り上げられたために帰国したが、インタビューにきたマスコミに対し半狂乱で「試合は出来レースだった」「弟を交渉材料に売られた」と叫びだしたために同行していた政府関係者に取り押さえられ、そのまま自宅へと送迎後、軟禁されていた。

 前回来た時のように、他人とマトモなコミュニケーションをとれるようになったのも、つい最近になってからだ。

 

「わか…った。俺、ガルの…とこに行く…。でも…まず……千冬姉も、一緒に…きてほしい……」

 

 「ガル」とはおそらくガルガロスのことだろう。最後の意地で千冬に同行の約束をとりつけたうえでだが、遂に一夏が折れる。それを聞いた千冬は、より強く、それでいて優しく一夏を抱きしめて体を密着させ、ゆっくりと一夏の頭に手を伸ばし、撫でた。

 

「それくらいならお安い御用だ、一夏。こちとら大事な弟を託すんだ。何が目的でどんな企みを抱えているのか、しっかりと見極めさせてもらうとするよ」

 

その言葉は間違いなく、己の全てを賭けた『姉』としてのものであった。

 

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