INFINITE XROSS FUTURE   作:ゲオザーグ

4 / 25
左の傷――スカーレフト

 2人が部屋を出て悠紀耶の元に向かうと、いつの間にか訪問していた来客と、リビングで親し気に談話しているところだった。千冬の後ろに隠れていた一夏が、それ程警戒した様子を見せずに顔を出したことから、どうやら一夏も知っている相手らしい。

 

「よぉイチ。姉貴とは仲直りできたか?」

 

2人に気付き、談話を中断して一夏に話かける悠紀耶。一方来客の女性は千冬に興味があったようで、千冬の手を取ってソファに座らせ、自分もその隣に腰を下ろすと、自己紹介を始めた。

 

「アンタが『伝説のブリュンヒルデ』ね、アタシは(やす)()(よし)()。まぁ、ザドの相方ってとこかな。よろしくね」

 

「ザ、ザド……?」

 

 上半身はカーキ色のチューブトップに薄紫のノースリーブベスト、下半身はライトグレーのホットパンツに裸足と、まだ少し肌寒い春先にも関わらず、時期をトコトン無視したかのように過剰な程肌を露出した女性。名乗ると同時にいきなり馴れ馴れしく話かけてきた彼女が、続けて呼んだ聞き慣れない名前に、千冬は思わず困惑してしまう。

 その答えを教えたのは、一夏と話していた悠紀耶だった。

 

「あぁ、そりゃおれのことだよ。昔、『振る舞いがサディスティックだな』って言われたことがあったんだけど、ソイツ英語慣れしてなかったから、訛って『ザディスティック』になっててよ。面白かったから、略して『ザド』って名乗るようにしたのさ。ま、コードネーム、って奴かね? アンタもこれからは、気軽に呼んでくれや」

 

「そ、そうですか……。と、申し訳ないのですが、できれば先程の呼び方はやめていただけないでしょうか? 悪気はないのでしょうが、あまりいい思い出がないものでして……」

 

 ひとまず疑問が解決したところで、千冬は吉美に呼称の変更を希望する。顔を見た途端そのまま畳みかけられ、(ひる)んでタイミングを失いかけたが、『伝説のブリュンヒルデ』は世間からすれば称賛でも、千冬自身にとっては知らぬ間に一夏()を代価に差し出されて得た、他人の欲でできた忌み名に過ぎない。それを説明すると、吉美は申し訳なさそうに苦笑し、即座に代案を出す。

 

「あ~、イヤだった? じゃあ無難で面白くないかもしれないけど、イチに合わせて『フユ』なんてどう?」

 

「まぁ、それなら……。ところで、安崎さんは何故こちらに?」

 

 会って早々に(あだ)()を付けられるとは思わず、畳みかけるような吉美の押しにタジタジとなる千冬だったが、とりあえずどうにか彼女の流れを止めようと、話題を切り替えてみることにした。

 

「あぁゴメンゴメン。イチのこと迎えにきたんだけど、お取り込み中みたいだったから、ついザドとだべっちゃっててさぁ。ただ、流石にフユは泊まる準備なんてしてないでしょ? だから後でこっちが準備しとくわ。アンタのことは歓迎するから、ついてきてよ。それと、アタシのことは気軽に『ゼディ』って呼んでくれていいからね?」

 

 吉美が言うには、ガルガロスの送ってきた迎えの車とその運転手が地下の駐車場に待機しており、悠紀耶との顔会わせも兼ねて同伴してきた彼女が、到着の報告がてら顔を出しにきたらしい。更に一夏が千冬の同行を希望することも、予想済みだったようだ。

 

「そうでしたか。それは色々と、申し訳ありませんでした」

 

「いいっていいって、久々の姉弟水入らずな時間だった訳だし、(むし)ろ割り込む方が無粋ってモンよ。そいじゃ、さっさと行きましょうか。アタシはフユと先行ってるから、イチとザドは持ってくものとかあったら、用意しといて」

 

 至れり尽くせりな対応に思わず呆れながら礼を言うに対し、吉美は千冬の肩を軽く叩くと、袖をつまんで引っ張りながらそそくさと玄関に向かう。

 

「おぅ、悪いな。んじゃ、イチの準備手伝ってくるから、少し待っといててくれや」

 

「もう…できてる。後は……持って、くる…だけ……」

 

「あ、そう。んじゃあ、おれが持ってっから、ゼディは2人連れて先行ってな」

 

「アイッサ~」

 

 そう言うと悠紀耶は一夏の部屋へと向かい、残された一夏は千冬とともに、吉美の案内で地下駐車場へと足を運ぶ。

 

 

 

 

 

 エレベーターで地下駐車場に降りると、吉美はすぐ近くに停まっていた黒い大型ワンボックスカーの元に向かい、待機していた運転手を呼び出す。

 

「うぉ~いビディ~、連れてきたよ~」

 

 悠紀耶の『ザド』や、吉美の『ゼディ』のように、『ビディ』と呼ばれた女性は、後ろ髪を腰まで、前髪は左側だけ目を隠すように伸ばし、腰程までのジャンパーこそファスナーを全開で広げているが、その下に胸元が見えるカーディガンとそれを隠すキャミソール、膝丈程のスカートに裾広のズボンと、吉美とは対象的にゆったりした余裕を持ちながらも、肌の露出を抑えた衣装を若葉色で統一していた。

 

「お待ちしておりました、織斑千冬様。(わたくし)()()の絶対忠実なる(しん)()、ウィンディ・シルフィードと申します。イチも久しぶりですね」

 

 珍妙な名乗りとともにスカートの裾をつまみ、頭を下げる『ビディ』ことウィンディ。彼女もまた、一夏のことを知る者らしい。そこに、後方の扉を開け、乗り込むところだった吉美が割り込んできた。

 

「ビディはねぇ、誘拐されて死にかけてたイチを助けて、うちに連れてきたんだ。いやぁビックリしたよ。今言ってた陛下ってのはガルのことだけど、アイツ一筋の彼女が、見知らぬ子供連れて帰ってきたんだから」

 

「!? それは、本当ですか…?」

 

「詳しくは車内でお話しますので、どうぞお乗りください。これ以上陛下をお待たせさせる訳にもいきませんから」

 

 眼前のウィンディを「(一夏)の恩人」と紹介され、思わぬ相手との遭遇に動揺する千冬。しかし当のウィンディは軽く微笑むだけで千冬の問には何も答えず、乗車を促し運転席に乗り込むと、いつの間にか追い着いていた悠紀耶も、思わせぶりな話を振った吉美も続くように乗っていき、呆然としていた千冬と、回復を待つ一夏は車外に取り残されてしまう。

慌てて2人も乗り込み、ドアを閉めると同時に、車を発進させるウィンディ。窓には外の景色を遮断するかのように――ウィンディ曰く、「実際には自動運転なので大丈夫」らしい――黒いシートがかけられていたが、千冬はそれ以上にガルガロスやウィンディのことが気になっていた。

 

「それで、シルフィードさん。先程安崎さんは『一夏を助けた』とおっしゃられましたが……」

 

「そうですね。着くまでにも時間がありますし、いい暇潰しにはなるでしょう」

 

 そうしてウィンディは、一夏が誘拐されたあの日、第2回モンド・グロッソ決勝戦の裏で何があったのかを語り始めた。

 

 

 

 

 

 

『これでいいだろ。後は()(リュ)(ンヒ)(ルデ)が要求通り決勝戦を棄権すれば、俺達の任務は完了だ』

 

 かつては町工場だったと思われる郊外の寂れた廃墟で、不慣れそうな英語で会話しながら、下卑た笑いをあげる数人の男。その足元では、ズタボロに痛めつけられた少年――一夏が、全身を束縛され、左目から血を流して生気のない顔で横たわっている。

 この男達は千冬のモンド・グロッソ連覇を妨害するために、唯一の肉親である一夏を誘拐、監禁する実行犯として雇われた無法者で、少し前まで千冬や日本政府関係者に送る脅迫状に(どう)(こん)する映像として、一夏に暴行を振るう様を撮影していた。しかし一夏はいくら殴られようが蹴られようが、付近にあった錆た鉄パイプで叩かれようが、泣き叫ぶどころか(うめ)き声さえ禄にあげなかったため、逆上した誘拐犯達に「より心理的なダメージを与えるため」と、左目にナイフを突き刺され、眼球を(えぐ)り取られてしまう。流石に耐えきれずに、一夏が絶叫をあげたことに満足した誘拐犯達は、映像を録画したタブレット型ディスプレイと抉り取った眼球を同梱した脅迫状をスタジアムの入り口付近に置いてきたところだった。

後はそれを直接見るなり、政府関係者に報告されるなりで千冬が決勝戦から身を退けば、目的は達成される。そう確信していた。

 

『おい大変だ! ()(リュ)(ンヒ)(ルデ)が決勝戦に出場してやがるぞ!』

 

『は? 何言ってんだよ。肉親誘拐されて脅迫状に()()抉り取った()()()()まで入れたんだぞ!?』

 

別の部屋で大会の中継を見ていた仲間が、慌てた様子でしてきた報告に、誘拐犯達が信じられないと思いながらも、確認のため部屋に向かうと、確認用の小型パソコンの画面に映し出されていたのは、あろうことか()(リュ)(ンヒ)(ルデ)が決勝戦に出場する姿だった。同じく会場入りした相手選手――イタリア代表のアリーシャ・ジョセスターフが笑顔で手を振ったり、投げキッスをしたりと観客の声援にアピールしているのとは対象的に、きょろきょろと観客席をあちこち見渡すその表情は、どこか不安げで、実況からも心配の声が出る。やがて所定の位置に着き、試合開始前のカウントが始まると、諦めたように客席から相手に視線を移し、目付きも変わった。

 

『チィっ! 上の連中めぇ、あのガキを見捨てやがったか……。しかたねぇ、アイツを殺してズラかるぞ! 万が一俺達のことをしゃべったら――!?』

 

 リーダー格の男が口封じのため一夏を殺すべく戻ると、そこにはいつの間にかきていた女性――ウィンディが誘拐犯達に背を向けた状態で、解放した一夏に何か話しかけていた。幸いにも一夏は相手に対し怯えていて、禄に会話できる状態ではないが、恐らく身元や、連れてこられた経緯を聞き出そうとしているのだろうとしていると判断したため、まとめて始末しようとした1人がウィンディに拳銃を構えるが、ウィンディが左腕を軽く後ろに振ると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『ヒィっ! な、何だアイツ! 腕動かしただけで、首を()ねやがったぞ!』

 

『ビビるんじゃねぇ! どうせISの装備だ! もっと火力あるの持ってこい! 今はガキの方を――!』

 

「許すと思いますか?」

 

理解不能な現象に浮足だつ誘拐犯達は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そしてウィンディが一夏を連れて廃墟から立ち去った10数分後、日本政府関係者に内密の捜査を依頼された地元ドイツのIS部隊が、生存者のいないアジトを発見し、それを強引に聞き出した千冬が突入し、犯人の惨殺死体を発見したのは、更に20分後だった。

 

 

 

 

 

 

「そのようなことが……しかし、シルフィードさんは何故、何の関わりもない一夏を助けてくださったのですか?」

 

 何故彼女はわざわざ廃墟に立ち入り、そこで発見した見ず知らずの()()を助けて姿を消したのか。千冬がそう考えるのも当然だろう。それに対しウィンディは、ゆったりとした口調を崩さずに答える。

 

「私は風が好きなのですが、風が吹くままに偶々あの付近を歩いていたところ、彼の血の匂いに釣られ、気付いたらあそこに来ていました。それに、折角の『(スカ)()(フト)』をわざわざ手にかける理由など、ありませんから」

 

「す、『(スカ)()(フト)』……?」

 

 新たな謎の言葉に千冬が困惑していると、吉美が助け舟を出す。

 

「『(スカ)()(フト)』ってのは、アタシ達の間で広まってる、1種のジンクスのことね。イチみたいに顔の左半分に何かしらの傷や障害があると、ソイツは大成するって感じ」

 

「私のは陛下への忠誠の(あかし)として自らつけたものですが、ちょうどこのような感じですね」

 

 それに乗るようにウィンディが振り返り、左目周辺を隠していた髪を持ち上げると、その下には眉の上から(まぶた)を通るように伸びる、4本の傷痕があった。

 

「そ、それを自ら!?」

 

「うちじゃあ、もっとすごいのがワンサカいるぜ。自分で左目潰した奴とか、眉間で×になってる奴とか」

 

 ケラケラと笑いながらより凄惨な傷痕を持つものがいると豪語する悠紀耶に、千冬は最早かける言葉がなかった。結局到着するまで、一夏共々口を開くことはなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。