INFINITE XROSS FUTURE   作:ゲオザーグ

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鋼の巣窟

「…………」

 

「っ……!」

 

 一糸纏わぬズブ濡れの女性と鉢合わせ、などと聞くと、大抵の場合、『ラッキースケベ』と言われるお色気系ハプニングに分類される(シチュエ)(ーション)を思い浮かべるだろう。しかし千冬と一夏の前に現れ、無言で対峙する()()は、あまりにも異様過ぎた。

 背丈は千冬以上の猫背の上半身を大きく前に突き出した状態でも()()()()()()()()()()()、片方だけでも人の頭を超えるサイズの胸や、力なくダラリと下がった腕、千冬の胸元まである脚には、「何をどうしてればそこまでつくんだ」と言いたくなる程無数の傷痕がある。そして、先端から水が(したた)り落ちる蒼い髪は伸ばし放題で、前髪は顔にかかって口元以外を隠し、後ろ髪は姿勢もあって床に着きそうになっている。

 この3人が対峙する経緯は、今から30分程前まで遡る――――

 

 

 

 

「ようこそ、我々の巣窟(アジト)へ」

 

 車から降りて早々、出会った時のようにスカートを持ち上げると、それまでの愛想笑いから一転し、茶目っ気を含んだ笑みで2人に歓迎の言葉をかけるウィンディ。悠紀耶と吉美に促されて降りた一夏と千冬は、予想外の歓迎にしばし(たたず)むも、「さぁ、こちらへ」とウィンディが背を向けて進みだすのを見て、慌てて後をついて行く。

 

「少しお待ちを」

 

 窓がなく、幾つもの蛍光灯が照らす長い廊下を、「ISのPICを流用した」と言う大きめの布団程ありそうなホバーボードで進むこと20分。一行は左右に並ぶ無数の部屋のうち、目的地らしい扉の前に到着した。早速ウィンディが慣れた手つきで横のパネルに暗証番号を打ち込んでロックを解除し、部屋の中へと足を踏み入れる。

 部屋の中を見ると、左側の程よく片付けられた本棚には、資料用と思われる多数の本が並び、右側にある大きなベッドも、乱れた様子はない。これが自分だったらこうも綺麗には整えられないな、などと思いながら千冬が迷うことなく奥へと進むウィンディを追って目を向けると、複雑なプログラムや図形が映る幾つもの巨大なモニターに向き合い、こちらに背を向けておそらくこの部屋の主たる人物――ガルガロス・ヘルストームが座っていた。

 

「陛下、お2人をお連れしましたよ。陛下、陛下~?」

 

 臆することなくガルガロスの左側からモニターの前に割り込み、顔を覗き込むウィンディ。しばらく声をかけていたが、反応がないことから、どうやら寝ているらしい。それを確認すると、あろうことかそのまま顔を近づけようとするが、直前に頭を鷲掴みされ、失敗に終わる。

 

「あら残念。おはようございます、陛下」

 

「おぅ。相変わらずな寝起きのドッキリ、ありがとよ」

 

どうやらこのやりとりは、2人にとっては日常茶飯事らしい。気だるげにガリガリと頭をかく様子は一見不機嫌そうだが、その声色は呆れこそすれど、棘の感じられない、穏やかなものだった。

 

「さて、いい加減俺も名乗るとするか。初めましてお2方、『最悪の(マッド・)ならず者(エンジニア)』ことガルガロス・ヘルストームだ。ここでの生活は面倒だが、不便なことはそうそうねぇだろ。気が済むまで好きに過ごしな」

 

 グルリと椅子を180度回し、遂にその姿を2人に見せたガルガロス。椅子の背もたれにかけた長袖のコート、手首まである長袖の(えり)なしシャツ、裾が足首を隠すズボンにゴツゴツしたブーツ、左目を覆う無地の眼帯と、最低限手入れされた髪も含め、身につけているものは全て黒か、そう勘違いしそうな(のう)(こん)(のう)()で、ふてぶてしくも両足を投げ出し、右腕を肘掛に乗せ、左腕で頬杖をつく様は、ウィンディ同様額から頬まで通った4本の傷痕もあって、『ならず者』の自称を見事に体現しているかのようだった。何よりも、椅子に座っているはずなのに、目線の位置が横で立っているウィンディや、対峙する千冬達と大差ないということは、立ちあがれば相当な威圧感を与える巨躯であると想像するに容易(たやす)い。

 

「お久しぶりです。お話したことは以前にもありましたが、こうして顔を合わせるのは初めてですね」

 

「あぁ、確か日本政府か倉持技研かとの交渉だったか? まぁあん時は声だけだったしな。それより、要件はコイツ等から聞いてらぁ、ホレ」

 

 後ろから様子を伺う一夏を宥めながら、千冬が先に切り出した。その際、以前倉持技研への技術提供に関する交渉の場に同席し、対話したことを持ち上げてみたが、ガルガロスは特に関心もなかったようで、単刀直入に大学ノートサイズのタブレットPCを差し出す。

 

「これは…?」

 

「持つかどうかは別として、専用機の話もあがってんだろ。デザインとか装備とか機能とか、何か要望あったらそれにぶち込んどけ。俺も(エン)()(ニア)としてのポリシーっつぅモンがあるんでね。全部が全部は無理かもしれんが、可能な限りは沿うようにしといてやらぁ」

 

 千冬越しに受け取った一夏が早速起動させると、同時に立ち上がったのは、3Dモデル作成と文字入力のソフト。どうやら早くも専用機を造るつもりのようで、それで好きに意見を提出しろ、と言うことらしい。

 

「お気持ちはありがたいですが、実を言いますと、日本政府とIS委員会の間でそこまで話が進んでいないんです。現在は、例のコアの所有権や、所属先に関する議論から先に進まず、機体の方に至っては、各所から立候補が乱立していて、着工どころか設計図の考案すら目処が立っていない状態で……」

 

 しかし千冬の伝えた現状に、ガルガロスは元から鋭い眼光を更に強め、見るからに機嫌を損ねる。その場の感情や直感で行動する刹那かつ快楽主義の彼にとって、自己の利益や権威のために適当な大義名分を掲げ主張する会議は、無意味としか評しようがないのだろう。

 先の盟約が功を成しているおかげか、悠紀耶にIS部隊をコテンパンに叩き潰されたアメリカ、ロシア、中国等の政府は口を出してこないが、国内の研究施設や開発会社は関係ないとばかりに他の国に混ざってアピールを行っており、仮にガルガロスの怒りを買っても、適当な謝罪で誤魔化して切り捨てるつもりなのか、それを抑制する動きもない。

 

「ザドの頼みとあって腰を上げたが、予想以上にグッダグダじゃねぇかよ……。まぁ、俺は『自衛のためにあればいい』程度にしか考えてないんでね。一応『交渉』するつもりはあるが、こっちの戦力考えりゃあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あろうことか、専用機の存在は世間の注目の的でもあるにも関らず、そう断言してみせるガルガロス。実際悠紀耶の活躍もそうだが、IS業界への進出に便乗して、各所にアピールしていた無人兵器の数々は、単体でもISの小隊と渡り合える性能を誇っており、近年過激な活動を行う女性権利団体や、それに(くみ)するIS搭乗者(パイロット)等の女性至上主義者に対する(けん)(せい)にも繋がっている一方、テロリストやゲリラの手に渡り、中東やアフリカ各地の紛争を長引かせ、被害を拡大させる一因と非難もされている。そして無人となったり担保として徴収した土地を独占し、密猟などを目的に侵入した者や抗議の声を上げた元住民を、周回させている無人兵器達の犠牲にしては、性能をアピールしていることから、――彼の存在を気に入らない女性至上主義者たちの世評操作もあって――『ISの育成者』としての名声以上に『死の商人』としての悪名が知れ渡っているが故の『最悪の(マッド・)ならず者(エンジニア)』の通称である。

 

「兎に角専用機のことは後だ、やるにしても相応の勉強や訓練がいるからな。まずは考えるついでにゆっくり休んでけ。ビディ、部屋に案内してやれ」

 

「畏まりました。では、こちらへ」

 

 結局専用機やそれに使うコアのことは深く追及せず、ウィンディの案内で用意された部屋へと通された。その際「自分達は移動に慣れているから」とホバーボードの使用方法を教わると同時に譲渡されたのだが、散策がてらホバーボードを量子化収納して歩いていたところ、2人の前方にあったT字路の右からノソリと姿を見せたのが彼女だった。

 千冬がコッソリ後ろに庇っている一夏に、彼女が知り合いかどうか尋ねると、異様さに怯えて体を丸めていた彼は、首を横にふった。一方謎の女性は、相変わらず足元にできる水溜りも気に留めず(たたず)み、眼前の2人を前髪越しに見続けている。

 やがてそれまで微動だにしなかった彼女が右腕を持ち上げると、下を向いたままの手を千冬の頭へと伸ばすが、唐突に現れた別の手がそれを止める。

 

「そこまでですディウ。客人に対する対応ではないですよ?」

 

「し、シルフィードさん……」

 

「2人とも、こちらのブラッド・ダイノテールに失礼な真似を許してしまい、申し訳ありませんでした。何分彼女は生体兵器として生み出されたため、常識に疎いものでして……」

 

 いつの間にかそこにいたウィンディは、千冬と一夏に頭を下げると、子供の手を引く親のように『ディウ』ことブラッドを連れ、T字路の左へと姿を消す。2人を見送った千冬は、安堵とともに緊張が解けてその場にへたれ込むが、足の力が抜け、バランスを崩したことにいち早く気づいた一夏が支えてくれたおかげで、床に尻をつけずに済んだ。

 

「す、すまない一夏。私としたことが、完全に()()されてしまった。遇うのがもう数分早かったら、危うく更に情けない姿を晒すところだった……」

 

 苦笑しながら立ち上がった千冬は、これ以上危険な奴と遭う前にとホバーボードを展開し、一夏共々そそくさと部屋に戻るのだった。

 

 

 

 

 一方ガルガロスは、一夏達が部屋を後にして早々、日本政府に対し「一夏の身柄はこちらで保護した。一応彼の希望とあってコアの譲渡を請求するが、別にこちらは彼がISを稼働させた要因の究明やデータの取得を必要とはしないので、引き続きIS学園への入学を条件とするなら要求は棄却する」と交渉とすら言えない、宣告に等しいメールを送っていた。

 日本政府側からすれば当然憤慨物だが、ガルガロスがISの製作者である篠ノ之束同様完全に姿をくらまし一切の形跡を残さず、あちらへの連絡手段もないことから、クレーム1つ入れることすら満足にできない状態だった。そんな中、新たにISを稼働させた男性が3人見つかったとのニュースが、再度世界を騒がせることとなった。

 

 

 反応したのはフランスのIS開発企業、デュノア社の御曹司、クリストファー・デュノア。日本の企業グループ、四十院財団の令嬢、神楽の専属護衛を務める(かぎ)(はら)(しょう)()。そしてかつて一夏と交友関係があり、その縁もあって千冬とも仲間がよかった五反田弾。この発表が千冬を悩ませ、再度交渉を複雑にする事態となった。

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