『古き良き時代の下町』とでも表現するのが妥当そうな商店街。そこに
うち1人は千冬で、向かい合うのは時に店主と客として、時に料理の師弟として世話になった店主、
「なるほどなぁ……。ひとまず、お前さんがた姉弟が無事揃ったことにはおめでとうと言っておこう。今日は忙しいようだから無理そうだが、アイツも落ち着いたら祝いの席を用意するから、恩人達も連れていつでもこい」
「ありがとうございます。それでは、しばらく弾をお預かりいたします。最悪我が身を捨ててでも守りぬきますので、どうかご安心を」
「もうっ、そんなこと言っちゃダメよ千冬ちゃん。そりゃあ弾は大切な跡取り息子だけど、貴女や一夏君もほとんどうちの子みたいなものだから、あまり気負いしなくてもいいのよ?」
元々弾と一夏は、残り2人のISを稼働させた男性共々ガルガロスの元へと向かう予定だった。しかし「これ以上貴重な男性反応者を独占させる訳にはいかん」とばかりに国際IS委員会と日本、フランス政府が協力し、強引に3人のIS学園への入学を取り決め、更にそこから強引なこじつけで一夏も入学することにしてしまった。
ウィンディからそれを聞いたガルガロスは、相手方の勝ち誇るような通知にウンザリした様子だったが、4人全員の機体を自分が用意すること、そのためのコアは国や企業から徴収すること、入学式までは自分のところで予習をすることを条件に、半ば吐き捨てるように認めた。ウィンディ曰く「お偉方との交渉はよほど堪えたらしく、普段なら数日ぶっ続けで徹夜しても10分ばかり仮眠をとれば問題ないが、2時間も熟睡していた」とのことで、――千冬からすれば大差ないどころか、ある意味束以上のトンデモ体質であることしか理解できなかったが――悠紀耶が
「しかし、天才……いや天災だったか? あのお嬢ちゃん。まぁどっち道、俺達みたいな凡人には何考えてるか分からんようなことをしてくるな。一応お前さん方のことは懇意にしているつもりだが、こんな商店街の小さな店から世界を揺るがすようなことを起こして、何が面白いんだか……」
実際国の一斉検査で弾がISを動かせると判明した時、店の周囲にはそれこそ付近の迷惑になるほどマスコミが押しかけてきた。くるだけ来て特に恩恵もないばかりか邪魔なだけで、当の弾やその家族である厳達も相手にする気がないとあって、ご近所同士の団結で間もなく追い返されて以来近寄ることはなくなったが、その光景を思い返したらしき厳がその原因とも言うべき束の選択に呆れた様子で茶をすすると、心当たりのある千冬が口を開く。
「
「それは大変ねぇ。だとしたら弾や鈎原君、だったかしら? がいてくれるのは、一応よく似た別人ってことになってる一夏君も幾分気を楽にできるかしら」
「少なくとも、他の2人は一夏や弾を害するような
蓮の気遣いに苦笑しながら席を立った千冬が向かったのは、2階にある弾の部屋。2人と話をする前、弾の荷造りを手伝うよう一夏を向かわせていたからだ。しかし部屋の前で見たのは、弾と同じ赤髪の少女――妹の蘭に抱き着かれ、困惑して身動きできずにいる一夏の姿だった。
「すいませんね千冬さん。一夏にも言ったんですが、この前の報道から気が気じゃなくって、無事な姿を目の当たりにして、感極まっちゃったんですよ。だから一夏のダチとしては引き離してやるべきだったかもしませんが、兄貴としてそっとしてやりたいって気持ちが勝っちゃって……」
「気持ちはわからんでもないが、せめて座らせてやったらどうなんだ? この様子だと部屋に入る前からこの体制だったみたいだが。ほら、蘭もそろそろ離してやれ」
「ご、ごめんなさい千冬さん。一夏さんの顔見て、帰ってきてくれたのを実感したら抑えきれなくって」
流石にそのままでは色々と不便なため、仕方なく一夏と離れてもらった蘭もつれて部屋へと入るが、ベッドの上には持っていく着替えや勉強道具などを詰めている大きめのショルダーバッグが鎮座し、抱き合ってなら2人座っても大丈夫そうな椅子があるはずの勉強机の前は、今しがた弾が机の上から筆記用具やノートを集めているところだった。
「流石に俺がドタバタしてる横で、「くつろいでけ」って入れるわけにもいかないっしょ? かと言って蘭の部屋でのんびり、って訳にもいきませんでしたから、どうもできなかった結果があのままでして……」
「ハァ……わかった、もう言及しない。それより準備の方はどうだ? 一応まだ迎えがくるまで時間はあるようだが」
弾なりに考えたうえで放置していたことを理解した千冬は、これ以上の追及はかえって空気を悪くするだけと判断し、話題を変える。手にした文房具をバッグに詰め、ベッドの横に降ろした弾は、軽く整えたベッドに一夏を挟むように3人が座ったのを確認し、千冬の隣に腰を下ろす。
「ひとまず持ってくるよう言われたものは、一通り用意しときました。だけど、いいんすかね? 適正あるからって、参考書どころか練習用にわざわざ専用機まで用意してくれるだなんて。入学前から変な目で見られそうで、怖くなってきますよ」
「確かに大げさではあるかもしれんが、そこは仕方あるまいさ。元々実質女子高に男のお前らが行くんだ、ある程度の好奇の目は当然向いてくるだろうが、それくらい受け流せ。不相応かなんて悩むほど充実したサポートだって、貴重な男性反応者という立場に加え、入学手続き自体がかなり強引で一方的なものな以上、受けて当然だと開き直ってしまえば、案外不自由もなくていいものかもしれんぞ。専用機の話だってそうだ。データの採取も兼ねて、護身用に用意されるのは何らおかしくない」
「あんまヘマしないでよね。来年は私も
かゆいところに手が届くどころか、かゆくないところにまで過剰なほどケアを施されるほどの優遇ぶりに、弾は内心身分不相応ではないかと恐縮していた。しかしISが反応した男性は、それこそ全世界の興味を一身に浴びる存在であり、当然その分危険も増す。最悪誘拐されて非人道的な検査を施された挙句、その存在を抹消される恐れもあることを理解している千冬は、それが決して過剰と言えなくもないことを伝え落ち着かせようとするが、反対側にいた蘭が発した余計な一言で、更に弾の緊張が高められる。
「いやお前、なんでわざわざ……」
「気持ちはわかるが、少々無謀だぞ。聖マリアンヌ女学院なら、成績や素行に不備がなければ問題なく高校部に進学できるし、大学部まで行けば進路の幅も格段に広いはずだ。挑戦するなとは言わんが、血縁やコネでどうこうなるものでもないし、厳さんや蓮さんに余計な心配をかけるな」
蘭が通う聖マリアンヌ女学院は、付近でも有名な私立女子校であり、場合によってはIS学園以上に卒業生の将来が有望ともされている。IS学園が体面的にはスポーツ選手の育成と銘打っているが、実質的な内容は兵器関係であることもあって、1部では『生徒の進学希望率No1のIS学園に対し、親の進学希望率No1は聖マリアンヌ女学院』とも評されている程だ。それをわざわざ乗り換えようとしている妹の無謀ともとれる発言に、弾は困惑するが、早い話、2年間消息不明だった一夏への燻っていた恋心が爆発した故の衝動的な考えと見抜いた千冬は、ひとまずクールダウンさせようと宥める。
「大丈夫です千冬さん。私、この前受けた簡易適性試験でA判定だったんですよ。これなら試験も問題なく……」
「確かに民間の適性試験でAを出すものは希少だろう。それで大成した奴もいないことはないそうだが、IS学園には適性Aなら、それこそ知識や技能で大きくリードした他国の代表候補生や企業のテストパイロットがざらにいる。一般入学生の大半は、そうした奴等を相手に挫折して、科目の変更や退学していくのはよく知っているだろ?」
IS学園より聖マリアンヌ女学院の方が保護者に人気なのは、卒業までの退学率が格段に低いこともある。特にISの花形とも言うべき
「そ、それは……」
「気持ちがはやるのもわかる。だが勢い任せの行動で、人生を棒に振って後悔するようなことはするな。時間は十分あるんだから、せめてお2人に相談くらいはしておけ」
「は、はい…………」
そうした事態や、勢いに任せて一夏への思いのまま適性だけを武器に入学し、後悔しない様にと考慮した千冬に宥められ、落ち着いた蘭の様子を一夏とともに見ていた弾は、対照的に自分は何かと勢いに押され、説得どころかマトモに話すことすらできなかったことを思い返して恥じるも、気持ちを新たに――あまり意味はないかもしれないと思いながらも――千冬の援護に入る。
「そうだぞ蘭。一夏のことを心配する気持ちはわかるが、変に突っ走ったところで大した意味はないだろうし、情けないだろうがこれ以上俺に余計な心配させないでくれよ。タダでさえ自分と
「う、うるさいなぁ! 気持ちは嬉しいけどお兄は余計な心配までしなくてもいいったら! むしろ心配なのはお兄の方よ! お高く留まったような奴等に目ぇつけらるとか、余計な
流石に情けなすぎると感じた兄の心境を容赦なく一蹴するが、少なくとも蘭は弾が自分のことを心配してくれていることはしっかり理解している。事実一夏が消息不明となったショックでふさぎ込んでいた時は、部屋の前で顔を出すまで、食事を持ったまま何時間も待機していたり、豹変ぶりに友人たちが離れていく中、何度も反射的に手を出してしまったにも関わらず、祖父や母とともに離れることなく支えてくれていたからこそ、こうして立ち直ることができたと自信を持って言えるし、一夏との再会がもっと遅れていたら、彼が姉の千冬に思いを寄せるように、自分も弾を思うようになっていたかもしれないと考え、顔を赤らめたことも何度かある。
だからこそ自身のことだけで大変な現状の兄に、
「安心しろ、私も贔屓にならん程度には手を貸そう。弾にはなるべく早くISに慣れてもらわなくてはならないからな。ただ、入学後は色々と忙しくなりそうだから、あまり時間はとれないかもしれん。その分内容は詰め込むがな」
「うげ、余計なこと言わなきゃよかった」
「大丈夫…千冬姉は、言うほどきつくは、ない……。疲れたら、ちゃんと休ませて…くれる」
「いや一夏、それ当然だからな? 休憩なしで千冬さんとISの訓練とか、考えただけで死にそうだから」
露骨に顔をしかめ後悔する弾だが、彼は千冬が帰国してから幾分調子を取り戻してきたころ、興味本位で剣道を教わろうとして、加減を間違えた千冬に手痛い一撃をもらったことがある。幸い千冬が慌てながらも的確に対処したおかげで、傷や後遺症などは残らなかったが、以来余程懲りたようで、冗談でもそうしたことを言わなくなった。そのことを思い出したようで、頭を抱えて見るからに落ち込むが、一夏のどこかずれたフォローに毒気を抜かれたらしく、すぐに顔を上げたのを見て蘭が思わず笑い出したのをきっかけに、しばし和やかな空気が流れたのだった。
一夏と千冬を五反田食堂に置いた悠紀耶が向かったのは、四十院財団令嬢の神楽と、その専属護衛にして男性IS反応者の翔摩がいる、同財団傘下のホテル。その1室には翔摩と神楽の他に屈強なSP達もいたが、指定時間寸前に少々慌てた様子で入ってきた悠紀耶は、入室してからは一切動揺を見せず、むしろビジネススーツ姿でしっかりと姿勢を正した相手方に対し、いつも通りのラフな服装でソファの背もたれに寄りかかり、呑気に近くで買った缶コーヒーを開けて飲むほどくつろいだ様子を見せている。
「あ~、まぁ何から話そうかねぇ。大っ体のことはガルから聞いてるだろうし……」
中身を飲み干した缶を口から離し、テーブルに置いた悠紀耶に対し、口を開いたのは、神楽の方だった。
「ええ。ですから彼がISを動かせると発覚してから、我が財団が出資している工場の訓練施設にて、其方が開発に協力してくださった『ラプト・イェーガー』を使った訓練を受けてもらいました。使用した機体も、こちらに」
支援者などいない弾や、時間が取れずまだ座学だけの一夏と違い、翔摩には四十院財団から練習用の機体と場所を提供されており、その結果、移動する程度なら問題なく行えるほどには慣れており、機体の方も彼を主と認めたようで、翔摩の腰には、その待機形態であるスーツに不似合いなチェーンベルトが輝いていた。
「まぁ準備はできてるってことでいいみたいだな。んじゃあ車用意してあっから行くか。事前の約束通り、しばらく2人借りてくんで後はよろしくな」
事前の連絡でガルガロスが必要事項を全て語っていたため、実質送迎担当ともいうべき悠紀耶からは他に伝えることもなく、早々に席を立つと、同行を許されなかった他のSP達を置いて2人を連れ出しながら千冬に連絡を入れる。
ほぼ同じころ、フランス最大のIS企業デュノア社では、応接間にてウィンディが社長夫婦と対面していた。
「つまり今回の報道は、我欲に走った者達の独断と」
「ええ。それで、これを機に彼らと社内の主導権をかけて戦おうと思うのですが、その間危害が及ばぬよう、しばし娘たちの保護をお願いしたく」
社長のアレクサンドル・デュノアによると、今回『ISを動かせる
元々アレクサンドルは、大学時代に同級生だった一般人女性のクローデット・トリルと交際していた。しかし先代である父はその交際を許さず、強引に懇意の資産家の令嬢だったブリジットとの見合い結婚を強引に取り決めてしまった。それでも周囲の目を盗んではちょくちょく顔を合わせ続け、ブリジットも恋愛に憧れていたことや、結婚が強引なもので反発を持っていたこともあって2人の仲を責めるようなこともせず、むしろクローデットを自身の秘書に雇用するなど支援することも多かった。
やがてアレクサンドルが会社を継いでからしばらくして、偶然にもほぼ同時期に妊娠が発覚し、ブリジットの療養名義でクローデットをその付き添いとして会社から距離を置かせ、双子の妹とされているジルベルトともどもブリジットの実子として迎え入れられた。
その後はしばし5人で順風満杯な生活を送っていたが、シャルロットが9歳の時クローデットは病死。13歳の時に出生の真実を明かされて以来、家族から距離をとるようになってしまう。それを
「なるほど、事情は理解しました。ジルベルト嬢に関しては、技術研修も兼ねた
話を了承したウィンディは、ガルガロスに連絡を取るべく1度席を立とうとするが、何かを思い出したように持ってきていたトランクに手を伸ばす。
「そうそう、このトランクですが、以前業務連携の話が出たときに用意されていた新型用の武装に関するデータが入っています。今から陛下への連絡のためしばし席を外しますが、私が戻るまで開けてはいけませんよ?」
そうして部屋から出るウィンディを見送るデュノア夫婦だが、10分ほど経っても戻ってこなかった。
「だいぶかかってるな。さっきの話からすると、交渉が難航しているわけではないようだが」
「時間に余裕は持たせておいたけど、あまりかかるようだとあの娘達も不安がるわ。ちょっと探してみましょう」
アレクサンドルは立場的にあまり時間を無駄にできないため、ブリジットは娘達の身を案じて落ち着きをなくすが、我慢できずに席を立ったブリジットに続く形で同意したアレクサンドルも部屋から出たところ、探しに行くつもりだったウィンディは部屋のすぐ前に立っていた。
「あぁ、『部屋を出るな』とは言ってませんでしたね。これは不手際でした」
「う、ウィンディさん、交渉は終わったのですか?」
流石にすぐ目の前にいたとは思ってなかったようで、思わず硬直してしまったアレクサンドルに対し、ウィンディは何ともないように戻る。
「ええ、交渉というよりは連絡でしたから。ちょっといたずらをしようと思ったのですが、そちらが乗られる前に終わってしまいましたので、このデータはご自由にしてください。機体については、お預かりするご令嬢方に協力をいただいて仕上げていきますので」
「わ、わかったわ。じゃあ、2人を連れてくるから、入り口で待ってて」
ウィンディとしては、日本のバラエティ番組でよくある「押すなよ? 絶対に押すなよ!?」のノリで席を立ったつもりだったが、それを知らなかったらしいデュノア夫婦が自分を探しに部屋を出るのは予想外だったようだ。
データの譲渡でふざけたことをごまかしたが、肝心の機体はシャルロットやジルベルトにプレゼントする予定の専用機をベースにするつもりのため、基本的なコンセプトは決めているが、まだ製作には手を付けていないのが現状だった。
「それじゃあお父さん、お母さん、行ってくるね」
「いろいろ大変なこともあるだろうけど、元気でね、シャル。ジルも、シャルのことをお願いね」
「2人とも、変に気負うことはないからな。基本的なデータさえあれば、あとは今までの経験と技術で形になるはずだからな」
「……」
デュノア社前で、社長夫婦に見送られるシャルロットとジルベルト。容姿こそ双子と言っても十分通用しそうなくらいよく似た2人だが、両親と元気よくあいさつを交わすジルベルトに対し、シャルロットは荷物を社内に積み込み、ウィンディの隣で車に乗るのを待っている。
「いいのですか? 別れも言わなくて」
「いいよ、ボクはそこまでされるような人間じゃないし」
今まで普通の親子だと思っていたが、複雑な事情を抱えていると明かされたことは、両親が思っていた以上に深い影を落としていたらしい。何か気の利いた言葉でもかけてやればいいのだろうが、生憎ウィンディはガルガロス以外にそこまで気が回らず、利かせる義理もないと考えるドライな部分があるため、やったことと言えば、ぶつかるふりをして彼女の背中を軽く押し、デュノア夫婦の方に突き出すくらい。バランスを崩してよろけるシャルロットだったが、ブリジットが慌てて受け止めたため、転んで怪我をすることはなかった。
「だ、大丈夫シャルロット!?」
「あ、う、うん、問題ないよ」
「失礼、
そこにさも偶然を装い謝罪するウィンディだったが、シャルロット達に向ける目は、無言であいさつを促していた。
「…じゃあ、行ってくる」
「あぁ、行っておいで。お前が返ってくる頃には、何も気にすることなんてなくなっているだろうさ」
「ごめんなさいね、シャルロット。勝手な気遣いで余計な苦労をさせてたみたい。あなたが気にすることなんて、何もないはずなのに……」
事情を知らないジルベルトが隣にいたからか、肝心な部分はいくらかぼかしているが、かつて亀裂を生むこととなった告白を後悔している2人に対し、シャルロットは申し訳ない気持ちになるが、いまだに気持ちを整理できず、苦労を掛けることには罪悪感があった。
「ううん、いいよ。悪いのは踏ん切りがつかないボクだから。心配してくれて、ありがとう」