シャルロットを含む世間に名と顔を知られた男性反応者が、身柄の保護を名目に揃って集められてから数日。専用機が完成するまでは、千冬と神楽、そしてジルベルトが講師となっての座学と、用意したコアを搭載した『ラプト・イェーガー』に搭乗しての実技を中心に行われていた。おかげでISに関する知識がほぼからきしだった弾も、ある程度専門用語を聞いて、意味を連想できるくらいには知識を身につけることができるようになったが、それから間もなく、頃合いを見計らったようにガルガロスから『専用機が完成した』と呼び出しがかかった。
一足早く要望を出していた一夏だけでなく、着いて間もない3人、加えて
それをわずか数日で済ませたのは、相応の技術と機能を備えた独自のパーツ生産工場を持っているようだ。あるいは勝手な要望を押し付け、足を引っ張ってくる政府や委員会の役員達に対する腹いせで、余程手を抜いたのか。
「コアの
現在ガルガロスが一夏達を連れて訪れているのは、普段彼が籠っている自室ではなく、大型旅客機の格納庫のような空間が眼下に広がる一室。空間の具体的なスケールがどれ程かは不明だが、中央付近には周囲から照明で照らされた
「んじゃ順に説明してくぞ。まずは
ガルガロスの説明開始に合わせ、窓の手前に並んだ機械の1部から緑色の線でできた各機のホログラム3Dモデルが実物と同じ並びで現れると、向かって1番左にあった機体のモデルが高速で回転しながら大型化し、残りは縮小されて手前に移動し、それぞれ同じペースでゆっくり回転をはじめる。
「名前は『グレート・ホワイト』、見ての通り銃器てんこ盛りの遠距離砲撃型だ。こんだけぶちこみゃあ、大抵の奴は近寄るどころか、その場から動くこともできずに銃弾の洗礼浴びるしかねぇだろうよ。一応しっかりとブースターも積んでるから、チマチマ動き回る奴が相手でも一方的にハチの巣にはされねぇぞ。っても、この特製装甲をぶち抜ける奴はまずいねぇだろ」
まず目を引くのは背中に搭載された2連装の大型キャノン砲と、その周囲を囲うブースターだが、腰にも大型のバトルライフルが備え付けられ、カマキリの鎌のような両腕にも、人間でいえば手の甲部分に2連装の中型砲台が3つ縦に並んでいる。そして肩から突き出る装甲には、左右に2連装砲を搭載した、それぞれ独立起動するように見える砲台が3つずつ並んでいる。
なぜこれほどまでに重装甲かつ過剰なまでの火力かといえば、一夏のリクエストが「相手を近寄らせず倒せる機体」だったから。近寄らせないためにはすなわち装備の主体が火力に任せた遠距離からの射撃となり、当然その火力の余波で操縦する一夏自身が負傷しないよう、装甲も強化した結果、これほどまでになった。
各所にスクリーンで詳細な性能が記載されたグレート・ホワイトのモデルが先ほどとは逆に小さくなると、次に出てきたのは、対照的に外部の銃器がなく、肥大した肘から先が目立つ、隣の機体。
「この『イースレイ』は
徒手空拳や近接武器の扱いに長けた
4つのセンサーアイに、大きな牙状の顎カバーを備えた頭部ユニットが昆虫を連想させるこの機体は、肩に乗った大型ランチャーや、尻尾に付いたボウリングの玉ほどの鉄球など、見るからに各所が武装してあり、三角錐型の腕は手にあたる底面の頂点部分に、指ではなく展開式の鉤爪が収納されている。
「続けてシャルに用意した『バンデット・ハウンド』だが、
最後に映し出されたのは、本来ならこの場にあるはずのない、
「この前日本政府との交渉ん時、腹いせがてら『使ってねぇんだからついでに寄越せ』って要求してみたコアがあってな。一応
自分の
「く、暮桜って、千冬さんがモンド・グロッソの代表時代に乗ってた…!」
「マジかよ……。引退する時に手放したって聞いちゃいたが、いくらかつての乗り手がここにいるからって、それを軽々しく取り寄せるって……」
流石に業界でも名の知れた大手の令嬢だけあって、真っ先に反応したのはシャルロット。続けて付き合いの長い弾も復帰するが、それでも完全には追いついていない状態だった。
ISコアは基本、1度
そうした事情もあってか、本来なら喜ぶべきであろう千冬の顔はひどく曇っており、しばし目を泳がせ、無言で口を開閉してから弱々しく話し始める。
「…………わざわざかつての専用機に使われていたコアを取り寄せるなど、お気遣いありがとうございます。しかし折角用意していただいて申し訳ありませんが、あの機体の受け取りは、辞退させていただきたく思います」
「ハァッ!?」
「なっ…!」
「えぇっ!?」
「ちょっ!?」
「っ…!」
「あぁ~やっぱり……」
帰国以来、自身の功績も含め、極力ISに関する話題を避けていたことから、何か思うところがあると考えていた弾と、目の前で再度動きを止めていたガルガロス以外は、彼女の返答に皆驚愕する。
「いらねぇってか。ソイツはやっぱ、2年前の大会か?」
その理由に思い当りがあるガルガロスが訊ねると、帰ってきた答えは肯定だった。
「はい。一夏があのような目に遭ったのは、世間にもてはやされ、愚かにも舞い上がっていた私のせいです。ISのせいなどと、言い逃れするつもりはありません。だから、とても怖いんです。新たな力に現を抜かして、また一夏を失ってしまうのではないかと……。ですから今の私では、あれに乗っても引き出せる性能はせいぜい基本の1割が限界でしょう。例え世間から『伝説のブリュンヒルデ』などと称賛されていても、性能を十全に活かしきれないのであれば、所持に必要性を得られないかと。翼を失い、刀折れ矢も尽きた
見方によっては、国の都合に振り回された哀れな偶像と取れなくもないが、彼女はそれさえも「見抜くことができなかった自分が未熟だった」と結局自身を責め立てるだろう。それでも無意識のうちに張りぼての栄光とそのきっかけになったISを拒んだ結果、全盛期からIS適正を大きく下げ、ドイツで発症したISへの拒絶反応につながった。いくらか癒えた現在においては、かつてのように急な脱力や嘔吐などの症状こそ発しなくなったものの、満足に飛び回るどころか、数歩歩くことすら大変な労力となることだろう。折角最新型の専用機を提供されても、その性能を完全に発揮できないのであれば、所持する資格はない。そう考える千冬に対し、ガルガロスの見解は異なるものだった。
「別に構いやしねぇよ。『
「っ…確かにそれはそうですが、だからと言って使いこなせない機体を渡されても意味はありません。護身だけなら学園に配備されている『打鉄』でも事足ります。」
ただでさえ一夏のことを挙げられると、一気に反論の余地がなくなってしまう千冬だが、何とかこらえて必死に言い逃れをするが、直後思わぬ伏兵が現れる。先ほどから隣に並び、服の袖を掴んでいた一夏だ。
「千冬姉は……『タイガー・シャープバイト』のこと…嫌い?」
「い、一夏? 急にどうかしたのか?」
タイミングも内容も唐突で、どう答えるべきか悩む千冬だが、普段何かと彼女の行動を気にする一夏は、珍しく視線を彼女ではなく、眼下の一角に並ぶ機体――それも『
「座学の時、ISのコアには…意識みたいなものがあるって……教わった。さっき、千冬姉が手放してから、凍結されてた…って聞いたけど、その間…『暮桜』は、苦痛と孤独しか、なかったと思う。それに…『暮桜』は、どんな姿でも……千冬姉と、一緒にいたいんじゃ、ないかな」
千冬が感じたのは、しっかり学んだことを覚えていたことへの感心と、痛いところをつかれたことへの苦笑だった。束が製作したISのコアには、「愛着を持ってもらえるように」と1種の学習成長型AIが搭載されている。――対してガルガロスのコアには、サポートAIとしての任を果たすことを優先し、事前にある程度機体の装備などのデータを登録してある。――故にその点に触れられると、それなりの覚悟を持って決めたはずの誓いも最早ただの片意地でしかなく、周囲からすれば「いつまでこんな茶番を繰り広げるんだ」としか思われまい。
「ハァ、わかった。わかったよ一夏。素直に受け取るからそんな目を向けないでくれ。と言っても、当の『暮桜』……もとい『タイガー・シャープバイト』が私を受け入れるかどうかは別だがな。もしかしたらとっくに見放しているかもしれんぞ?」
「どーだか。少なくとも貧相過ぎた攻撃面は大幅に強化させてもらったぞ。昔みたいに品のない特攻はしなくてもいいから、そこは慣れとけ」
そして束の説得も
そうした経緯から、例え千冬自身に拒まれようと、『暮桜』は彼女以外を受け入れる気などさらさらないと考えたガルガロスが、より長所を伸ばし、同時に短所を補うようにと作り上げたのが、この『タイガー・シャープバイト』だった。
かつて千冬は、刀型近接ブレード『雪片』1つで敵の懐に潜り込み、自分のシールドエネルギーを攻撃に転用する
いくらISがまだ発展途上にあるといえ、ただでさえ中遠距離用の射撃武装がなく、唯一の攻撃手段も非常に使い勝手が悪い機体など、到底使えるものではないと判断したガルガロスは、まず攻めの手を増やすべく武装――とりわけ使い勝手がよく、多様な機能を備えた射撃武装の追加を、最優先で行った。それこそが左腕の肘から手首と一体化し、大きくせり出した大型の口径変更機能搭載キャノン砲、『
『
「拒絶反応と体調の急変については、『暮桜』のコアに蓄積されたデータで大丈夫だろ。体への負担は機体が調整してくれるはずだが、実質まだ慣らしもできてねぇから、無理はすんな。さぁて、いい加減話聞いてるのも飽きたろ? そろそろ待ちに待った
「足元注意しろよ、乗る前にひっくり返って怪我でもしたら笑えねぇわ」
すでに先ほどの部屋から付近のエレベーターで降り、現在はそれぞれの機体に搭乗するところだが、いざ間近で見たときに見せた反応は様々だった。自分のものであることを確かめるようにヘッドギアを撫でる一夏、改めて対峙した実物を前に、先ほどのホログラムモデルでは見られなかったところを眺める翔摩、おっかなびっくりな様子で前に佇む弾、到着するや否や真っ先に駆け寄り、各所の点検や細部の構造チェックをするシャルロット、そして正面に立ち、大きく姿を変えた
そんな中、最初に機体から目を離したのは弾で、困惑した様子でガルガロスの方を向く。
「えーっとぉ、これどうやって乗ればいいんですかね?」
ガルガロス・モデルは全身に装甲が並べられているのは周知の事実だが、そうした構造上、機体そのものが極めて大型化する上、姿勢も全体的に前かがみとなっている。そのため人間と同様直立状態で設置できる通常のISと違い、腕を前方に伸ばすか、左右に広げて手を地面につけ、脚を大きく曲げた、さながらゴリラのナックルウォークのような待機姿勢をとらなくてはならない。そのため通常のISならそのまま背中を預けるように座れば問題なく搭乗できるが、ガルガロス・モデルで同じようにするには、下から潜り込んで背中を押し付けた状態をしばらく維持しなくてはならない。流石に危険すぎるためそのようなことはないはずだが、かといっていくら機体を触っても目立った反応はなく、それこそ一夏が初めて『打鉄』を装着した時のような、勝手に装着される様子もない。
「やっぱ聞いてくるか、だろうと思って準備はしてあるさ。とりあえずいったん離れな」
しかしガルガロスも開発者として当然対策は取っており、皆が1度機体周辺から離れると、機体を固定していたハンガーが形を変えていき、前かがみだった機体が頭を上に向け、手足を大きく広げた体勢に変化した。これなら通常のISと同様に搭乗できる。
「ほぉ~、これはまたすげぇ仕組みで……俺が最初に乗ったときは、機体をひっくり返してあおむけの状態で乗ったっけ」
「これなら心配なく乗れるだろ。さすがに通常のIS取り扱ってるようなとこじゃ、まだ設備は整ってないみてぇだからそうするのが一般的らしいがな」
これでやっと乗れると安堵したのか、感心した様子の翔摩の横を一夏が通り過ぎ、さっそく自身の機体『グレート・ホワイト』に乗り込む。直後ヘッドギアが下がってセットされ、左右から正面部装甲が展開、各所のロックが解除されると同時に前方へと倒れこむが、即座に両腕を地面につけ、転倒を防ぐ。
「どうだイチ、まだ
「大丈夫……。終わるまでは、このまま…で、いいのか?」
「おう、そのままじっとしときゃあ、あとは全部機体が終わらしてくれらぁ。お前らもこの後訓練あるから、さっさと乗り込んで慣らしとけよ」
そのまま残りのメンバーをけしかけるように言い放つと、続けて前に進んだのは千冬とシャルロット。それから1歩遅れて弾と翔摩も駆け寄っていく。
「だいぶ慣れたみてぇだな。これならダンとフユ以外、明日明後日にでも戦闘訓練も可能か」
全員が機体を装着してから20分後。無事
「千冬姉、大丈夫?」
「あぁ、動かすこと自体は問題ないが、やはりブランクが長かったのと、機体の急激なハイスペック化に体がついていけてないみたいだ。これはもうしばらく、リハビリが必要なようだな……」
そんな姿を見て、心配そうに降下してきた一夏に対し、千冬は姉としての威厳や、IS操縦については一日の長があることもあって気丈に振舞おうとするが、実際に乗ってみて、現状への不安やいくつかの感覚に対するギャップが隠し切れず、ついつい弱音を見せてしまう。実際弾は何度か暴走させ、地面に転落したり急激な上下運動を繰り返したり、急加速直後に停止してつんのめったりと、『ラプト・イェーガー』との勝手の違いに悪戦苦闘しており、シャルロットや翔摩も、停止や着地する位置が予定より多少上下前後にズレるなど、「慣れた」とはいえるもののまだ完全に「使いこなせる」ようにはなっていないようだ。
「もう少ししたら機体を待機形態にして戻りな。不調じゃ無理して訓練しても、大して成果も挙がらねぇだろうからよ」
「っててて……そうっすね。これ以上はもう体がもちそうにないです」
流石にもう限界を迎えたようで、苦笑しながら体を起こす弾は早々と機体を待機形態にすると、腰にリングが交互に朱色と藍色に染まったチェーンとなった機体が装着される。それに倣い、翔摩も訓練を終えて機体が変化した黒いベルトを手首に装着するが、残りの3人はまだ訓練をするようで、解除する様子はない。
「私はもう少し慣らしておこうかと」
「俺も…もう少し付き合う」
「僕ももう少し動かして、機体の癖を掴んでおこうかなと」
「そうかい。じゃあ俺は先に戻るから、あとは好きにしてな」