イギリス某所にある、オルコット邸。その執務室にて、いかにも歴史を感じさせる大きなデスクの上に高く積み上げられた、いくつもの書類の山を1人の少女が捌いていた。やがてその書類を全て確認し終えたのか、デスクの右側から左側へと積み上げられたそれに手をかざすと、見る間に青い粒子となって、手首にぶら下げられたブレスレットへと吸収されていく。
しばらくその様子を眺め、粒子が全てブレスレットに収まったのを確認した少女が椅子を下げ、軽く伸びをしながら席を立つと、扉がノックされ、「どうぞ」と声をかけられるのを待ってから開く。
「お疲れさまでした。あの量を全て片付けられるとは、私としても驚きですが、お体の方に何か問題は……?」
「問題ありませんわ。むしろこれくらいこなせなくては、当主として到底お母さまや歴代の方々に顔向けできませんから」
年齢的に大差ないと思われるメイドは、入って頭を下げてから主とデスクの上に目をむけ、相手がすべてこなしたことに驚くが、それ以上に体調を思いやる。彼女の母も優秀ではあったが、さすがにあれほどの量をそうやすやすと片付けるには、もう少しばかりかかったはず。しかし多少は無理をしたかと考えた従者に対し、主がかけたのは年齢を理由に手抜きも遅れも許されないという彼女なりのポリシーだった
「お気持ち察しますが、それでお体を壊されては元も子もないかと」
「重々承知しておりますわ。だからこそ『彼女達』を迎え入れ、業務の1部を担ってもらうことにした訳ですし。ですが、だからと言って妥協を重ねることは、私なりの当主たる者の理想像から離れるばかり。だからこそ、足りないところ、至らないところがあれば、それを少しでも補いたくて多少無理を承知でも努力を重ねてしまう。それが私の
「それはそうですが……と、その皆さんはすでに揃っておりますよ。後はお嬢様だけです」
「もう揃われましたの!?それはいけませんわ!チェルシー、少々はしたないですが、急ぎましょう。呼び出しておきながら待たせるだなんて、やはりまだまだ私にはオルコット家当主の座は荷が重過ぎるみたいですわ……」
さらに続く理想を語る中、ふと思い出したようなメイド――チェルシー・ブランケットの報告に、慌てて足を速める。彼女こそ
先ほどの部屋から速足で歩くこと数分。立場としては主従にありながらも、親密さと交流期間は並の姉妹にも劣らないと認識している故、人前では見せない素を
「お姉さまぁ~~!」
その中で真っ先に反応したのは、セシリアより一回り程小柄な少女。彼女をはじめ、その部屋にいたのは皆一様にセシリアと同じ金髪碧眼をしており、傍から見れば、実の姉妹や親戚と言ってもおかしくはないだろう。
「あらジャニュエラ、お出迎えありがとうございますわ。思ったより書類の目通しに時間がかかってしまって……」
セシリアは抱き着いてきた少女――ジャニュエラの頭を優しく撫でながら遅れた理由をこたえるが、続けて反応したセシリアより背が高く――おおよそ170程と、女性としても高身長な部類に入る――、蒼い女性用ビジネススーツを着こなした、腰まで伸びるストレートロングに吊り目の少し年上そうな少女が、呆れたように口を出す。
「やはり無理を通していたか。素直にエイプリルやフェブリナの好意を受け取っておけばよかったものを」
そしてそれをきっかけに、各員が同様にセシリアの熱を入れすぎる仕事ぶりに理解を示しつつ、それでもなお苦言をぶつけていく。最初に続けたのは、組んで持ち上げた左足を右膝に乗せ、テーブルに左肘を乗せ、テーブルに左ひじを左手で頬杖を突きながら右手のカップから紅茶を飲む、セミロングの髪の1部を胸の前に垂らした少女。こちらも最初の少女に負けず劣らずな高身長をほこり、加えてマリンブルーで統一した袖の長いシャツとズボンで隠したその四肢をよく見れば、細身ながらもしっかりと筋肉がつき、その身を鍛え上げていることが容易にわかる。
「気持ちは分かるが、あまり責めてやるなオーガスタ。お嬢は我々からすれば、過剰なほど母君を神聖視されてる節があるからな。追いつけ追い越せとばかりに無理をするのは、もはや当然の日常と化しておられるのだろうよ」
「それでいてIS学園への入学のために日本へ向かわなくてはならないのでしょう?たとえ週末に一括してたまった執務を片付けるにしたって、その都度往復するとなれば、費用も時間もバカになりません事よ?下手をすれば卒業より先に、あなたの財か命が尽きますわ」
更にこちらも金髪を緩く膨らませながら腰まで伸ばし、前は左目のみを隠す独特の髪型で、腰元までスリットが入ったスカートの少女が挑発気味にセシリアに警告すると、それまで黙って聞いていた、耳の上に結ったウェーブのかかった肩に届くツーサイドアップの下に位置する腰まで伸びた揉み上げと、膝まで届くボリュームある後ろ髪が目を引き、胸元には天秤を
「セシリア・オルコット様。我等『
彼女たちは決してセシリアの姉妹でも血縁者でもない。本来なら忌み嫌われ、存在すればそれだけで世界を騒がせる存在。セシリア・オルコットの忠実なる手駒たるクローン兵士だ。
かつてクローン技術が世間を騒がせて間もないころから、人間のクローンの生成に関しては議論を巻き起こし、そして倫理的な面から――再生医療で使う移植用の臓器培養などの、ごく限定的な場面と部位を除き――否定的な見解が多数を占めてきた。ISの登場を起源とする、大規模な技術的発展を成し遂げた現在においても、その倫理は
しかしISの普及に伴い女性至上主義が拡大した結果、男性を不浄な存在と認識し、徹底的な排除を訴えだす過激な思考者が現れるようになった。その中でも「女性の体に負担をかける妊娠、出産は以後長く続く育児を男性が一方的かつ無責任に押し付ける悠久的な性差別の原点であり、象徴である」と訴える者達は、クローン技術で女性のみの社会を構築し、社会どころか生態から男性の完全排除を掲げ暴走を開始した。そしてそれを機にクローン技術は、健康状態や寿命に関する問題はもちろんのこと、容姿や人格、果ては成長速度の調整を始めとしたバイオテクノロジーもまた大幅な展開と発達を遂げることになるのだが、そのきっかけとなったのは、皮肉にもきっかけとなった過激な女性至上主義主張者たちが排したかったはずの男性だった。その名は岩波彰彦。「技術の進歩のためならモラルなど鼻をかんだティッシュ共々焼却処分した方がいい」とさえ語るような追及姿勢から「バイオテクノロジー界隈のガルガロス」とも称され、実際両者の間には交流があるとさえ言われている。
そんな彰彦とセシリアが接点を持ったのは、彼女が両親を列車事故で喪い、当主の地位を継いで間もない頃まで
ここで各員の紹介がてら、少し場面を遡り、
「お姉さま、遅いですわねぇ……」
テーブルに体を預け、家畜山羊の原種とされるアイベックスが蓋に掘られた懐中時計を眺めながら退屈気味に足をぶらつかせ、指をクルクルと回して髪を巻いているのは、紺色のワンピースを着たNo.1のジャニュエラ。心身ともに残る幼さから、マスコットのような扱いをされることもある彼女だが、その無邪気さは敵に対しては一転して容赦と加減のなさに変わり、始末した刺客の数は少ないものの、その全てを心臓への一突きで仕留めている。
「大方、仕事が立て込んでいるのだろうよ。予定では来週末に日本へ発つとの話だが、その前に少しでも、自分の手で片付けておきたいのさ」
それに答えたのは、テーブルに背を向けて背もたれに寄り掛かって座り、棒状の爪
「だからと言ってわざわざ自分1人で成し遂げようとするのは、相変わらず感心しかねますわね。片付けるついでにプライドも捨ててしまえば、容易く済む話ですのに」
テーブルに左肘をつき、何匹もの鮫が並んだ柄のブレスレットに当たらないよう位置を調整しながら手の甲に顎を載せて、仕事熱心ぶりを呆れたようにため息をつくのは、No.3のマーチ。ボタン全開のカーディガンからは、胸元が見えるようにわざと途中までボタンを開けたワイシャツが覗き、その下にハーフパンツこそ穿いているものの、腰元までスリットが入ったロングスカートと相まってかなり扇情的な姿をしているが、一方で仕事の際は「たとえ諜報の任務でも、興味のない相手には体を許すことはもちろん肌を晒すつもりもない」と地味なシャツとズボンで赴く、身持ちの硬さも併せ持つ。
「それをできないのが貴女の言う通り彼女の欠点ですが、同時に美点でもあるから複雑なところですわね。尤も私としても、そうあるためにこうしている以上、もう少し我々に頼ってほしくはあるのですが……」
寸分違わぬ姿を活かし、セシリアの影武者をこなす――見分ける際、メンバー達は耳元のイヤーカフスを見る。青い羽型なら
「チッ、まぁたバレちまいやがったか。相変わらず目聡いな」
「いい加減この敷地内が
「そもそも私達って実質未成年どころか幼児ですけど、喫煙や飲酒に関しては問題ないんですの?」
メイはこのメンバーの中で最も優秀な兵士と評される実力者だが、日本のIS学園への留学が決まったセシリアに、面と向かって「日本土産に
そんなメイを茶化すのは、鏡合わせの少女が彫られたお揃いのヘアピンをつけ、テーブルに突っ伏した上にもう1人重なった2人組だが、その下半身は1人分しかない。よく見ると上にいる方の下半身は、下の方の腰につながっている。2人で1人のNo.6――突っ伏しているアビゲイル・ジューンと、重なっているブリタニー・ジューンは、結合双生児――通称シャム双生児と呼ばれる奇形の存在である。元来は2人別々に誕生する予定だったのだが、分離がうまくいかず、今のような形態になった。その姿故に他者から好奇か忌避の目を向けられることを理解しており、あまり人前に姿を見せることはない。しかし2人1組の体質を活かし、フェブリナの補佐や、互いをフォローしながらの戦闘は、メイからも「絶対的なコンビネーション」と称賛される。
「どうだっていいだろ。見てくれはしっかり完成されてんだ、気にするだけ無駄ってモンだよ」
ブリタニーの疑問に乱暴な口調で答えたのは、テーブルに足を乗せ、椅子を大きく傾かせながら器用にバランスをとるNo.7、ジュリー。ある程度カジュアルながら気品を見せる他のメンバーとは異なり、彼女は手にしているワタリガニがモチーフのキーホルダー以外、黒で統一されたライダースジャケットにタンクトップ、ワイドパンツで、髪もガサツさを表すかのようにボサボサでまとまりがなく、メンバーの中でも見るからに浮いている。その後ろから他のメンバーと同じ碧眼の右目に対し、左目は充血したような赤い瞳の吊り目に、胸元に体を丸めて寝る雌ライオンを模したブローチを着け、蒼い女性用ビジネススーツを着こなした、腰まで伸びるストレートロングのNo.8、オーガスタが近づき、椅子の足を払いのけたせいで、当然ながらジュリーは椅子ごと後方へと倒れる。
「ッテェな!何すんだよオーガスタ!」
「貴様こそ何をしているジュリー。大体事前に連絡をしていたにも関わらず、そのような格好でこの茶会に来るとは何事か。セプティナ、主セシリアがいらっしゃる前に、せめてコイツのみすぼらしい髪だけでも整えてやれ」
「了解」
倒れた際にキーホルダーを放り投げそうになりながらも留め、起き上がり様に噛み付くジュリーを一方的に黙らせたオーガスタは、メンバーの中でもリーダー格に当たり、自他ともに厳しく、特に身嗜みに関しては、「主セシリアの評に傷をつける」と常日頃から気にかけ、注意を払っている。その指示を受けてジュリーの髪に、目を閉じ祈るように伏せた少女の掘り込みが持ち手に施された櫛を入れ、きれいに整えて見せたのは、エイプリルと同様に影武者の任を担うが、寡黙な性分故に要所ごとにエイプリルと入れ替わり、錯乱を主としているNo.9のセプティナ。彼女はそうしたオーガスタのこだわりに影響を受けた結果、彼女達が生まれ持つ高い学習能力を活かし、暇潰し程度の感覚で様々な美容技能を身に着けてみせた――報告を聞いた彰彦は、予想外の行動に「そんな技術を仕込んだ覚えはない」と呆れる様に困惑していたが。現在では仲間内にてメイクアップを担当し、趣味と実益を充実させている。
「無駄話もいいが、今のうちに
唐突に口を開いたのは、今まで残りの面々と無言で紅茶を口にしながらそれまでのやり取りを眺めていた、オーガスタ共々実質的なリーダー格を務め、セシリアとのパイプ役も担うNo.10、オクタビア。ウェーブのかかった髪を耳の上に結った、肩に届くツーサイドアップと、同じ程の揉み上げ、腰まで伸ばしたボリュームある後ろ髪、スカートが膝丈までの青紫のドレスの下に同色のハーフパンツ、そして胸元に下げた天秤を
今回も当人には遠慮され、この屋敷の警護を任されてこそいるものの、いつどこで何が起こるかわからないと、以前から別ルートで護衛として日本に同行する計画こそあったが、なかなかメンバー同士の都合が合わなかったために相談の機会がなく、また「日本の煙草に興味があった」と観光気分で行くつもりだったメイのように、お世辞にも事情を理解していない者もおり、選別だけでも難航していた。
「ならば私は、この屋敷で留守を預かるとしよう。他に残ってもらうのは、ジューンズに補佐を頼みたいが、戦力としてジャニュエラとメイ、それからジュリーにノーベルム、ディセリアにもいてほしいところだな。それでいいか?」
「えぇ~!私も日本に行ってみたかったのに!」
「仕方あるまいか。まぁ、次の機会の楽しみとしておくか」
「はん。そんな心づもりじゃ、いつになることやらな」
「貴様らが個人で楽しむ予定を立ててどうする。我等は、ただ使命を果たすのみだ」
「……」
即座にフェブリナが待機側に立候補すると同時に、護衛として残らせるものを挙げていくと、ちゃっかり行くつもりだったジャニュエラとメイは不満の声を漏らし、逆に自身の態度から待機に回されると予想していたジュリーは、そんな2人に毒づく。
同様に呆れた様子のNo.11、ノーベルムは、オーガスタ同様にそのストイックさを示すようなスーツ姿で、髪は胸元までの長さをポニーテールにまとめ、左手には手甲部分に蠍の刺繍が施された指ぬきグローブをはめている。そして
寡黙なNo.12、ディセリアは、目元を左目の下部分に弓を携えた女性狩人が描かれた暗視ゴーグルで隠し、黒で統一した野球帽とジャンパーに脇腹まで伸ばした髪を隠し、腰の左右にセットしたガンホルダーに大型拳銃「Mk23」をセットしたカーゴパンツに、ゴツゴツしたブーツ、そして手には狙撃仕様に改造されたバトルライフル「SCAR-H」と、最早ジュリーとは意味どころか次元からして異なる場違いな装いだが、これが
「ふむ、私としては緊急の要件に備え、エイプリルも
「了解いたしましたわ」
早急ながら配置が決まったことで安堵したのか、オクタビアは軽くため息をつくと同時に自身のカップに紅茶を注ぎ、1口飲んでから背もたれにかけていた上着のポケットからメモを取り出し、2人にメモを配ると、改めて沈黙。そこからしばらくしたところで、先程のやりとりにつながる。