3月の末日、明日から新年度の幕開けである。同時に私の着任1周年となるが、本泊地にはなんらの変化も起きない。私は風呂に浸かっており、脱衣場から衣擦れの音が聞こえるのがその証拠だ。
奴らはいつものように5人揃って、風呂場へと侵入してきた。この零細泊地に風呂など1ヶ所しかないから、必然、男風呂と女風呂の別もないのだが、時間くらいはズラせヨ、と毎度思っている。
敵深海棲艦との白兵戦を、いつも通り無傷で終えた天龍が、下品な笑みを私に向けた。こいつが食ったものの栄養は、乳か筋肉の何れかを発達させるために、尽くが消費されているものと思われる。少なくとも、脳味噌に寸分たりとも割かれていないことは火を見るより明らかで、本泊地最強の戦力は、同時に、本泊地最強のバカである。前任基地にいた頃、視察に訪れた有力な中将を勘違いでぶん殴って、ここにとばされたようなやつだ。
「よ、提督。いつも通り不能か?このイカレポンチがよぉ」
「君ら相手には、勃たんのだよ」
深海棲艦の返り血をかけ湯で落とす天龍。砲があるのに近接戦闘を好むバカの特徴は語彙の少なさだ。こいつ、さみしいことに「イカレポンチ」くらいしか罵倒の言葉を持たないのだ。不能、の意味は、多分知らないことだろう。他が言っているのを聞いたのだと思う。
しょうもない戯れ言を受け流し、湯船の縁にがくんと頭を預けた。表情を見られぬよう努めたのである。無用の補足とは思うが、私が不能なのは事実である。天龍以外の奴らには知られていそうなことだけども、イカレポンチではなく、イカレチンポなのである。
第二次性徴を迎える少し前、祖母に去勢されかけた。血筋を絶やすがどうたらこうたら、当時の私には今一つ理解し難い理屈だったが、とりあえず私はそこそこの女性不信に陥ったし、ついでに勃たなくなった。一応、ボールもポールもくっついちゃいるのだが、私の海綿体に血液が流れ込んだことは、現在までのところ一度もない。祖母の目論みは成功裏に終わったと言えよう。いやはや、来年四十になろうかというオッサンが、精通すら迎えていないのだから笑える。
それはそれとして、だ。そもそもこいつら、基地の廊下を下着でーー時には丸出しでーー出歩く馬鹿者、愚か者の類い。貞操観念のかけらも見受けられん上に、私を男とすら認識していない。翻って、私もこいつらを女とは認識しづらい。精々、美人の雌ゴリラが関の山だ。よしんば私の股間が正常としても、本泊地で女性と肉体関係を持つことは想定されない。何せコイツらしか居ないから。従って、勃つも勃たぬも関係ないのである。ただ流石に、最近は風呂場でタオルを巻くようになった。ひとえに口酸っぱい指導の賜物である。
「誤解してはダメ。提督は性倒錯者なの」
「それがもう、誤解だろうが」
バカ天龍の言を否定したのは、妙高だ。今まで様々な泊地をたらい回しにされ、それら全てで基地司令と関係をもった魔女。前任地で元帥肝いりの弟子に手をだし、ここに飛ばされた。やって来て2日目の夜、早くも私の布団に素っ裸で潜り込んで来たようなアバズレだ。しかし生憎、私は息子不全の男。だから、不能だといち早く気付いたのはコイツなのである。知ったうえで、こういうこと云う奴だ。
だいたい、性的嗜好が歪んでいるなどと、不当な言いがかりは断固として否定せねばならん。この場合歪んでいるのはあちら側であって、不能なことを除きさえすれば私は至って健常な男だ。あと、性倒錯者という単語の意味を天龍は理解できていなかったので、もう幾らか易しく言い直してやれと言い含めたら、マニアックなエッチが好きという意味よ、とか説明しやがった。平易と明け透けは違う。
「こんなピチピチ目の前にして、たたないってねぇ…。カワイソ」
「ふん…。体だけしかアピールポイントがないのなら、そっちの方が哀れだろうが」
「んふ。体だけかどうか、確かめて見る?」
「サカるな、こんな所で」
千代田はこれ見よがしに背伸びをして、自分の豊満な部分をアピールする。2房のスイカがムルルンと揺れたが、やはり私の股間に反応はない。
妙高が男を惑わす魔女なら、千代田は万象を喰らう魔物だ。老齢の司令官、将来有望な幹部候補生、それらの勇姿に憧れるご近所の少年ーー手当たり次第、ペロリであった。男はもとより、女(艦娘含む)だって例外じゃない。配達のお姉ちゃんとか、元帥のカミさんとか。艦娘なら、海防艦から戦艦に至るまで、老若男女手広く手厚く食いまくったらしい。1つの基地をハーレムに堕とし、機能不全に陥らせしめた。皆魅力的だったんだもん、とかこの間言い訳していたけども、節操がないだけに思う。こいつは、人の心へ踏み込むのが異様に上手く、しかもそれに無自覚なので質が悪い。自称全てを愛する女にとっては、無論私も守備範囲らしいが、妙高みたいに夜這い紛いのことはしない。なんでも、和姦でないとダメなんだとか。無理矢理されるのも悪くないが、無理矢理するのは受け付けない、とか言っていた。知らんがな。
「ふぅん。では、同性愛とか?」
「そう云う人達に対して差別的であるつもりはないが、私自身は“straight”だ」
「あら、そう」
「そうだ」
「ふふ。分かりあえると思ったのに残念だわ。うふふ。ねぇ?」
山城が傍らに向けて話しかけても、誰も首肯しなかった。そこには、誰もいないからだ。それでも山城は、いつでも隣にいる彼女に対して、そういう情を抱くのを止めないし、それを当たり前と思っていくはずだーー多分、これから一生。
艦娘・戦艦扶桑は、今この泊地に居ない。この場にも勿論いない。何処かの泊地でまだ戦っているかも知れないし、誰かと婚姻を結んで退役したかも知れないし、司令官が無能なら轟沈してしまっているかも知れない。平たく言えば、私たちには艦娘・戦艦扶桑に関して何も解らない。山城は前任基地で同じ所属だったのか、違ったのか。それも我々には、解らない。ひょっとしたら彼女自身も知らないのか。または知らない振りをしているのか。或いは知っているが、受け入れられないのか。
とりあえず、山城の前任基地が壊滅したことだけは、知っているーー山城だけはまったくの無傷で、此処に飛ばされてきた。
もう1つ、我々でも知覚し得るのは、山城の隣にはいつも何か、超常的存在が居ることだ。山城はそれを「彼女」と呼ぶ。霊感の全く無い私にすら、薄っすら見えることがあるのだ。
「彼女」は、半透明だ。白い羽織を着ている。赤い袴を履いている。特徴的な艦橋を模した髪飾りをしている。航空戦艦の艤装を背負っているし、長い黒髪の美人だ。「彼女」本人は何も語らないが、その容姿は、黒々と落ち窪んだ眼窩を除けば、伝え聞く艦娘・戦艦扶桑の特徴をよく再現している。それなのに、山城はそれを一度たりとも「姉様」と呼ばないのだ。「彼女」と他人行儀に呼ぶばかりだ。「彼女」が何なのかは多分、山城が知っている。でも誰も聞いていない。誰も訊けない。幸せそうに「彼女」に寄り添う山城の瞳が、淀みすぎて、深すぎて、暗すぎて、怖すぎるからだ。
「ど、どうしよう。オレ、分かんないよ…。何の話?」
「いや、良いよ。ベソは、そのままで良いから」
唯一、山城に恐れを抱かないベソは、今日も天使だった。「ベソ」とは、球磨型5番艦、重雷装巡洋艦の木曾の別人格である。他には「味噌」「砒素」「壊疽」「画素」そして「木曾」ーー聞こえかただけで適当に考えたであろう名前の人格を、全部で6つ持っている。
リラックスしている時は、一番内気で弱気で天使な「ベソ」。深海棲艦との戦闘時は頼れる兄貴系イケメンの「木曾」になり、普段は社交的で家庭的な「味噌」になっている。疲れが溜まると引きこもりの「画素」になり、機嫌が悪いとグレ気味の「砒素」が出てきて毒を吐き散らかし、ついにキレたら破壊快楽主義者の「壊疽」が出てくる。手当たり次第に周囲を害して回る「壊疽」の鎮圧にばかりは、バカ天龍の手さえ借りたい程だ。
彼女は前任基地の司令官に対し、全治3ヶ月の大怪我を負わせ、精神には致命傷を負わせ、追い出された。此の泊地の中でも割と常識人の部類だが、その実、最も危うい存在でもある。
ところで、「壊疽」って何だか解らん方も画像検索はお薦めしない。結構ショッキングなのが累々と出てくるゾ。
さて、そろそろご紹介申し上げよう。
四十路の不能男1、最強無敵のバカ1、男を食らう魔女1、節操なしの色狂い1、シャレなしの霊能者1、多重人格者1(+5人格)。
以上6名(+5人格)にて構成された清く正しい零細泊地には、或いは他にも、特別囚収監施設、監獄島、デカい棺桶、囮の前線基地、などなど様々な呼び名が存している。どれでも伝わるのでみんな好きに呼んでいる。無論、こんな奇文に目を通して下さっている読者の皆々様方におかれても、自由にお呼び頂くようお願い申し上げる。
私はこの泊地に属する隊の司令官、及び収監施設の施設長、及び監獄島に閉じ込もった罪人である。とまぁ、私についての情報は、この泊地に所属する異常な艦娘たちの物語にほぼ何の関わりもないため、これ以降の怪文章を読むにあたっては忘れて頂いて構わない。
ただ1つ、僭越ながら注釈を入れさせて頂こう。
本泊地の女性陣は私のことを「提督」と呼称する。以下に垂れ流す怪文章の中に「提督」なる役職名が飛び出た折には、とある不能男を指している、とこれくらいを知っておくと話の流れがスムーズに伝わろうかと愚考するばかりである。
いや。ブラウザゲーム「艦隊これくしょん」をご存知であろう聡明なる読者の皆々様方におかれては無用のことわりかも知れない。どういう間違いで斯くもハチャメチャオッペケペな状況が出来上がったかは、いずれ語られる予定であるから、今しばらくツッコミたいのを堪えて頂きたく存じます。
読んで頂いて、すみませんでした。