入渠場にて、さっきと寸分狂わぬ体勢の山城に声をかけた。よう、「彼女」はいないだろうな?
「そうね……水場に集まるってよく言いますよね」
何が集まるって?
「さぁ……で、何かご用かしら?」
こら、無視するんじゃない。何を笑っていやがる。おい、視線を虚空に遊ばせるな。猫か貴様。そっちに何がいるんだやめろ。
「チッ……うるさいわね。クソインポチンポ」
む。韻を踏むくらいには落ち着いたか砒素。ちょっとは話を聞かせてくれないか。
「嫌よ死ねこのクズ。千代田にケツ掘られて男として死ね」
にべもないとはこのことである。ケツを掘られる以前に私は男として死んでいるのだが、それはそれとして。まだ話を聞ける状態ではないようだ。もうこの際、後回しにするか。
「山城、君への尋問が先だ。今回のバカイベント、なぜ制止しなかった」
「尋問というか、説教かしら?」
好きに解釈するがいいさ。いま、私は大いに失望している。君はもう少し良識のある女性だと踏んでいたが、間違いだったか?
「そうね。そう捉えてくださいな。私に良識などありませんよ」
ああ、そうかい。何というか……君に開き直られると困る。
「開き直ったわけではないわ。言葉通りの意味よ。良識がないの。でも私は幸福なのです。なぜかしら?不思議でしょう」
ではこう言い換えよう。この手のバカイベントにノるようなパーソナリティを、君はもちあわせていないだろう。畑で野菜育てるほうが性に合っているのではないか?心情か環境か、どちらかに大きな変化があったのか?
「短絡的なのねぇ……別に変化など、ありません。しいて言えば、つもり積もったものがちょっと溢れただけ」
なるほど。何かに不満があるということか?君と出会って1年になるが、我々はおしどり夫婦じゃないんだ。そんなもの、言われなきゃ分からんぞ。
「不満?不満と言いました?ふ、ふふ。それが短絡的だというのです」
ちったぁ伝える努力をしろヨ。どういうことだ、何だと言うんだ。木曾のことか?確かに彼女の気持ちに長いこと気づけなかったのは、我ながら情けないと思うさ。
「違うわ。そうじゃありません。これは私のこと、私の話。ふふ。ふふふ、幸せのお裾分けですよ。うふふふふ」
よしわかった、いや、分からんが解ったことにする。もう気味が悪いから流す。とりあえず私への不満が、今回の暴挙を招いたわけではない、それでいいか?
「ええ、ええ。まとめれば、そういうことに」
さて、うまくまとまった(?)ところで、本題だ。確認するが、夜間、格納庫や執務室に不審な気配を感じたことはないか?
「ああ、はい。ありますよ。確かに夜遅く、格納庫や執務室で何やらごそごそやっている人影を感知していました。しかし、誰かの逢瀬かと思って。覗くのもしのびないし、そっとしておいたのです」
逢瀬なわけがあるまい。私が不能だと知っているだろうが。
「いえ、提督ではなく。千代田が深海の方々とこっそりお散歩プレイに興じているのはご存じでしょう?すっぽんぽんで、犬の耳飾りをつけて」
存じ上げてたまるかヨ。あのアホはそこまでアホだったか。アイツの刑期も延ばしておこう。それと訂正だ。断じてそれは、逢瀬と表現してよいモノではない――もう少しおぞましい何かだ。
「そうかしら、色々な形があって良いかと思いますが」
まあ、いい。では君は、執務室に仕掛けられているという盗聴機の件を知ってはいないのか。
「盗聴機?へぇ……。そんなもの無くとも、提督の様子など、私には筒抜けですよ?」
だろうさ。だからこそ、君は容疑者でないと踏んだし、こんなことを訊くんだ。
「誰が仕掛けたか知らないけれど、聞いてくれたら教えましたのに」
いやダメだろ、軽々に教えるな馬鹿者。どんな思惑があるかも分からんだろうが。
「それで?だれが怪しいと思うのです?」
そりゃもう、ここで風呂に浸かってる奴だ。正確には、その中身だが。なにせ、私に盗聴器の存在を暴露した張本人だ。私は砒素に視線を移す。
「私じゃないわよクズ」
「君じゃない。壊疽のほうだ」
「壊疽でもない!」
ほう。それは面白い。じゃあ、誰だ。画素か味噌か?大穴で木曾辺りか。
「黙れ黙れ黙れ黙れ!違うったら違うんだから!」
やれやれ、この調子だ。山城、君を呼んだ理由はもう一つある。コイツを何とかして欲しいのだよ。
「ふぅ……仕方ありませんね。貸しですよ?」
何かを察した風に、山城はため息をついた。宜しく頼んだぞ。
湯気で曇った入渠場の空気が、ス、と澄み渡る。これより、聖母ママ城が御光臨あそばされる。こうなった山城は止まらない。砒素はもう、バブみに堕ちるまで秒読みだ。
服が濡れることも厭わず、彼女は湯船に足を踏み入れた。ゆっくり砒素に歩み寄り、その頭を優しく抱きかかえた。
「今日は、嫌なことあったのよね?」
「え…………あ」
山城は優しく頭を撫でる。砒素は素直に頷く。
「いっぱい、悪口言えて偉いね。みんなのためだもんね?」
「っ……」
心地よいリズムが、砒素の背中を揺らす。山城の服がはだけ、眼に悪い肌色が――母の証が露出する。空気が澄んでいる。しばらくの間、全員が言葉を発しなかった――もちろん私のムスコも沈黙を守っている。
「いいこ……いいこ……。歯、たてていいからね?」
「あ……ん」
山城は〝授乳〟の体勢を整えた。誤解なきよう注意を申し上げる。本当に母乳が出るわけではない。あくまでも体勢だけだ。右上腕で攻撃対象の後頭部を抱え、左腕は脇腹から回して、掌で腰の辺りを支える。両腕を適切なリズムで緩やかに揺らしながら乳房を押し付ければ、ちょっとした精神隷属器の出来上がりだ。見るたびに思うが、大変シュールな光景である。
「ね、いいこだから。木曾、出してくれない……?」
「ん…んん……でも」
まだ渋るか。なかなかどうして、今回の砒素は強情だ。幸いというかなんというか、この授乳型精神隷属器は、砒素とベソにしか効かない――精神に不安定さを抱えた者に特効をもつのであろう。味噌と画素と木曾は恥ずかしがって逃亡を図るし、壊疽は山城の乳首に思い切り噛みつくので成立しない。修復剤の力で完治しているが、山城の右乳首は2階級特進した経験がある。
「庇ってる?」
「それはその……」
「言いたくないなら、いいんだよ?」
いやダメだろ。ちゃんと言わせてくれ。
「ボウヤにはボウヤのペースがあるのよ。少し黙っていなさい」
ウワキモ。ボウヤてお前。また砒素の顔に乳房を押し付け、山城は私を咎めた。いつものダウナーな雰囲気を知っている身からすると、ママ城状態の山城は大層不気味である。だいたい、砒素は女性人格だぞ。
「ん……ん……。ママぁ…」
ウワキモ。お前もお前でママて。
「いい子、いい子…。ハゲ提督は放っておきましょうね…?」
「ハゲ……きらい……しね」
ハゲじゃないっての。もういい、私が居るうちは砒素も口を割らんだろうサ。あとは頼んだぞ山城。暫くしたらまた来る。
「くんな……しね……ハゲ」
コイツ、絶対正気だぞ。まったく度しがたい。
出て行くと見せかけて、入渠場の出口付近で踵を返す。距離を取ればバレやせんだろう――盗み聞いてやる。ちょっと小物感があるが、この件は可及的速やかに解決せねばならんのだ。山城は気づいているだろうが、まあ良い。遠くから2人の話し声が聞こえてきた。
「……ボウヤ。ホントなの?」
「うん。全部アイツが」
山城が驚くほどの相手?誰だ?
「そうなのねぇ。でも確かに消去法だと、そこしか……」
「ママ?」
どうでもいいが、いつまでママ呼ばわりするつもりだアイツ。
「大丈夫よ、何となく判っていたわ。いい子ねボウヤ。話してくれてありがとう」
「うん。木曾がどうしてもって言うから……私だって嫌なのに……うえぇ」
木曾が、か。成る程、確かに木曾は律義な奴だ。アイツは黒幕から何かしら情報提供を受けたのだろう――そして、それを口止めされていた。義理を通すために沈黙を守っていた訳だ。で、砒素の悪口弾幕で追及を煙に巻く腹積もりだった、とそんな所か。私を甘くみているようだな。
「もう……私……眠いよぉ……」
「ええ、ゆっくりお休みなさい」
なに?おい待て、こっちはまだ聞いてないゾ。肝心の名前を言わないか。やや待って、扉の隙間から顔を出す。山城が私を確認して、シッシッ、と虫を払うようなジェスチャーをした。チッ、よかろう、今は退いてやる。後できっちり、教えて貰うからな。
***
山×と×曾は、不×議な関係で結ばれている。山×のとな×の『彼×』を×れないのは、ベソだけだ。いやしかし、解釈に×っては別段×思議で×ない。何せ彼女らは、元はと×えば、××だっ×の×から。やはり×の×験は×敗して×たのか?私にしてみれば×うでもいいが。
(誰かの手で塗りつぶされているので判読不能)
申し訳ございません。平にご容赦を。
あと2、3話で最終回。