愛・塀・中   作:かさつき

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女心と秋の法螺。


その13

 執務室の扉を開けると、私の後頭部に硬い感触が突き付けられた。何となく、肌触りに覚えがある。これは砲口・銃口の類いだ。体を硬直させ、掌をヒラヒラして反撃の意志がないことを示す。殺気を感じる、悪ふざけではないだろう。一体だれだ?振り返ろうと首を捻ると、鉄の感触がそれを遮った。背中が、ぐりぃ、と押される。部屋に入れ、という意味か。おとなしく従って扉をくぐり、3、4歩進むと背後で音。扉が閉められた。

「妙高か……?」

 砲型の艤装を扱うのは、千代田以外の4人。木曾と山城は入渠場から出てきていない。残り2人のうち、消去法で妙高の名を呼んだ。

 ふ、と殺気が消える。背後でクスクスと忍び笑いが聞こえた。正解、という意味だろうか。

「よく解らんな。何故、こんなことをする?やはり、監獄生活は退屈だったか?」

 誰も答えない。暫くあって、視界が覆われた。誰かのシャツを頭から被せられたらしかった。間髪入れず、喉に細いものが巻き付けられた。非常にまずい。強烈な力で、首が圧迫される。血流が遮られ、目の前が明滅する。暗かった視界が青くなり、白くなった。

 

 意識が戻った後も、視界は閉ざされたままだった。この短期間で2回も気絶させられるとはつくづく間抜けだ。シャツから甘い匂いがする。山城が野草から作った香り箱の匂いだ。犯人は山城か……いや、さすがにそれは早計か。シャツ程度なら、盗めばいい。

 現状、両手首・足首が縛られている。仰向けに寝かされ、身体の下には柔らかい感触。体を揺すってもがいてみると、ギシギシ音が鳴るーーご丁寧にもベッドの上に拘束されたようだ。誰かのーーまぁ十中八九犯人のーー居住空間なのだろう。灯りが点いている様子はない。物音も聞こえない。恐らく、部屋の主は留守だろう。

 声を出してみるか?居住区画なら誰かいるかも知れない。せめて千代田のバカあたりに届きはしないか。

「おい、誰かいないか!」

「いないわよぉ」

 聞いたことのない声が、布の向こうから飛んできた。いるじゃないか、と愚痴を溢したくなる。

「誰だ。自己紹介にしちゃ、乱暴過ぎないか」

 新手の深海棲艦か?ひょっとして、鹵獲したヲ級だろうか?とりあえず女だということは判った。

「あらぁ、冷たぁい。私はずぅっと近くに居たのになー?」

 お前なんぞ知らんぞ。どうだ、顔を見せちゃくれないか?そうすれば思い出すかも知れないぜ。

「思い出す、ねぇ?無理だと思いますよぉ」

 どこか落ち込んだような声音だった。何か返そうとしたら、扉をノックする音。そして今度は、のほほんとした声が飛んできた。

「天龍ちゃーん?朝ごはんですよー。今日は久々のウニですよー。さっき木曾ちゃんが採ってきてさー。ついでに私も食べてみるー?うふーん」

 聞く者全てを脱力させるバカゼリフを口からひりだしたのは千代田だ。奴によれば今は朝だそうな。その上、もう木曾は解放されているそうな。このところ、私の中で千代田の評価は乱高下している。コイツは救いようのない変態だが、私にとっての救いの女神かも知れない。というか、ここは天龍の部屋なのか?易々と不審者の侵入を許して、本人は何をしている。

 何とか危機を知らせようと思って暴れたが、とんでもない握力で顔面を鷲掴みにされる。目の裏で火花が散った。

「おーう。俺の分残しといてくれぇ」

 なんだ……?何故、下手人の方向から天龍の声がする?

「あれ、ラジオ体操中?おっけー。早く来ないとなくなっちゃうからねー」

 ああだめだ。やっぱり千代田もバカだった。司令官の危機にも気づけんのか。

「ふぅ。ちょっと焦っちゃったわぁ」

 おい、もう一度訊くぞ。貴様は何者だ。天龍はどうした。声帯模写の達人か。何故ヤツと同じ声を出せる。

「そうねぇ……別に声帯模写は出来ないわぁ。強いていうならぁ、えっとぉ……声優さんが同じだから…?」

 何言ってんだこいつ。ふざけんな舌咬んで自殺してやろうかバカタレ。

「あ、うそうそ、ごめんねぇ?姉妹艦だから似てるだけぇ」

 姉妹艦だぁ?じゃあ貴様は天龍型の……龍田か?

「うふふ。ご名答ぉ」

 嬉しそうな声と共に、覆面のシャツが外された。だいぶ汗をかいたし、唾液も少なからず付着しているだろう。山城に謝らねば。

 果たして、目の前にあった顔は、やはり天龍のものであった。

「おい、バカ。エイプリルフールは終了したぞバカ。日付も数えられなくなったかバカ」

「ふふ。まぁだ天龍ちゃんだと思っているの?」

 本当に龍田なのか?天龍はどうした。

「最初から私は私よぉ。貴方と会って以来、ずぅっと私は龍田ですからぁ」

 くそ。どっかのバカが本気で頭を締め付けてくれたお陰で、まだ混乱中だ。じゃあ、何か。貴様は1年近く、素性を隠し、本音を隠し、私を騙して、天龍を演じていたと?

「うーん?……じゃあまぁ、そういうことにしようかしらぁ」

 ああくそ、その顔で色っぽい声を出すんじゃねえ気色悪い。何が目的だ。何を企んでいやがる。

「復讐よぉ?」

 そんな馬鹿な。心当たりが多すぎて思い出せんゾ。ただ少なくとも、貴様とは会ったことがない。

「勿論そう。ただ、今は埋もれているだけ。いいわ。身体に訊いてみるから」

 おい、何をするんだやめろアホ。ズボンを脱がすな。なんでちょっと嬉しそうなんだ貴様。復讐はどうした。

「木曾ちゃんがさぁ……。提督のこと好きだって聞いたときは少ぉし焦っちゃった。でも、勝負は私の圧勝かなぁ。既成事実ぅーっ」

 何の勝負だよ。既成事実ぅーっ、じゃねえぞ。というか知っている筈だ。そもそも私は、不の、う……お?

 

 あれおかしいなんでたってるんちんちん。

 

「私と木曾ちゃんはぁ……と・く・べ・つ」

 うおお。我が愛すべき息子よなんだお前こんなにわんぱくだったのかビンビンだぞビンビン先っちょから涙が流れかねん。

「先に謝っておくけど、たぶん殺しちゃうかもだからゴメンねぇ?」

 おかしいだろ。どんな激しさでハッスルするつもりか。いやまて、それもちがう。ツッコミを間違えた。あまりの事態に我を忘れかけたが騙されんぞ。我が息子が輝ける生命の息吹を取り戻したからといって、貴様と既成事実とやらを作ることにはならんのだ。神妙にせよレイプ犯め。

「誰も来ないし…もういいかしら?ヤっちゃっても」

 待て、ヤっちゃってはいかん。話せばわかる。君の復讐もさぞや、涙なしに語れぬものなのであろうが、こちとら一世一代の大勝負なのだ。我が息子の華々しき1人勃ちの儀が初対面の艦娘(見た目バカ)とあっては、死んでも死にきれない。くそ、誰かいないのか、誰か、誰……か。

「あ……あらぁ?何かしら。肩が、重…い。体、が……う、ぐ」

 龍田に異物が付着している。これほどはっきり見えたのは久しぶりだ。嗚呼、笑っているーー全身が粟立った。

「動けない…。な、何を……したのぉ?」

 気に入られている、という山城の言葉は、あながち間違いでもないらしい。落ち窪んだ眼窩に、特徴的な髪飾り。「彼女」が龍田に抱きついて……いや、巻き付いている。これほど美しくもおぞましいコブラ・ツイストは、後にも先にもこれだけだろう。

 暴力的な音がして、ドアが開いた。山城よ、ドアノブは回す物であってへし折る物ではないぞ。

「ご無事でしたか。それとも、お楽しみでしたか」

これが楽しんでいるように見えるならば、君の目は節穴だろうよ。

「そう?どうも私には、お体の中心がモッコリしているように見えます」

 冴羽獠じゃないんだ。断じて下心はない。30年ほど遅いが、私にも第二次性徴が訪れたのさ。君のことだ、さっきから気づいていたのではないか?少し助けに来るのが遅いぞ。何をしていた。

「今朝は久しぶりのウニでしたから。早く食べないと無くなってしまいます。というか、もうなくなりました」

 司令官の大ピンチ、君はウニに目が眩んでいた、とーー軽いなぁ、私の命と貞操。

「まぁまぁ。こうして助けに来たでしょう?」

 そこは感謝する。ただ、私の食う筈だったウニの分くらいは働いてくれたまえ。

 山城は龍田に歩み寄り、腰に手を回した。

「私が誰かを救うだなんて。幸福過ぎて、蕩けてしまいそう…。私からの抱擁、受け取ってください」

「あ、あらぁ?お手柔らかにねぇ…?」

「ふふ……約束しかねるわ」

 読者の皆々様方に、出来うる限り詳細に事実をお伝えするべきと思うが、断腸の思いでここから起きたことを省かせていただく。というのも、艦娘・龍田を愛する提督諸氏が、この怪文章に目を焼かれることを懸念するからだ。最低限、ご安心いただきたいのだが、別に龍田は死亡していないし、艦娘は多少の怪我を負っても回復する。とりあえず、私からの言及は最小限、一言に留めさせていただく。

 

 七万馬力の抱擁は、抱擁と呼ばない――鯖折りとよぶのだ。

 




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