愛・塀・中   作:かさつき

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嫌よ嫌よも隙のうち。


その14

 私はさながら、カンダタに蜘蛛を差し向けた釈尊のようである。

 心は空のように広く、懐は海のように深いので、なんと龍田を入渠させてやった。勿論、砒素と同じ拘束具を着けて、だが。

「おはよ。捕まっちゃったぁ」

「……そうか。やはり提督は、ここぞの運に恵まれているんだろうな」

 入渠場には木曾がいて、湯船に浸かっていた。拘束具はもう装着されていない。ウニを取りに行った帰りなのだろう。お前の協力者というのは、この天龍――もとい龍田――だったのか。その反応を見るに、コイツが私を襲撃することを知っていたな?

「そうさ、その通りだ。すまなかった。言い訳するつもりはない。解体、切腹、特攻……好きに命じてくれ。甘んじて遂行する」

 ほう。覚悟は出来ている、と。まぁいい。君の処遇は追って通達しよう。今は、龍田を尋問する時だ。

「さて、質問だが。まず、復讐とはなんだ。誰に対するどんな恨みの復讐か」

「貴方への復讐。正確には貴方の中の人…かなぁ」

 中の人?さっき声優さんがどうとか言っていたが、そっち方面の電波を受信出来るタイプか?出来るだけ私の理解出来る言葉で喋ることだ。さもないと、手が滑って貴様を解体してしまうかも知れない。

「ふふ。怖ぁい」

 それが嫌なら、物事は正確に端的に分かりやすく話せ。そうしておけば、悪いようにはせん。なに、天龍の囚人番号が貴様のものに変わるだけだ。無論、刑期には特別ボーナスを増量しておいてやろう。

「目の前にいるでしょう?私が天龍ちゃんよぉ」

 いいか、2度同じことを言うつもりはないぞ。お前は自分の発言に責任をもつべきだ。私はこの耳で確と聞いている。自分は龍田だと、自分自身がくっちゃべっていただろうが。

「その通りぃ。龍田ですよぉ」

 思わずお手本みたいな舌打ちが出た。そのちょっと嬉しそうな顔が不愉快だ。お前、頭が悪いのか?それとも、性格が悪いのか?龍田と言ってみたり、天龍と言ってみたり。

「別にぃ?何も嘘は言ってないし、間違いもありませんよ?私は龍田であり、天龍ちゃんでもあるの」

 多重人格だ、ってか?二番煎じめ、正直なところ木曾たちだけで、お腹一杯だゾ。

「ふふん。二番煎じなんて心外だわぁ。私のほうが、うまく調整されているのよぉ?」

 調整、ね?よくわからんな。何の話だ。

「ご存知の筈ですけど?貴方のお父さんの研究を」

 さぁ……知らんな。興味がない。毛ほどもだ。一切聞きたくない。

「私が殺すつもりだったんだけどぉ……先を越されちゃった」

 一昨年、私は父に一服盛った。当然殺すためだ。除草剤入りコーヒーは、さぞや良い目覚ましになったことだろう。今でも克明に覚えている――あれは、痛快だった。腹を蹴ったら噴水みたいにゲロを吐きやがった。唯一気に入らないのは、お気に入りの革靴がヤロウの吐瀉物で汚れちまったことだ。

「知ってます?あの人、まだ死んでないんですよ?身体中からチューブ生やして、昏睡状態ですって。もし助かっても後遺症が重いとか」

 心の底からどうでもいい。同じく、どんな研究かも私の知ったことじゃない。ただ断言できることは、5人の命を弄んだ産業廃棄物ヤロウには、どんな生き地獄でも足りんということだ。なるべく苦しんで早死にするが世のためというものだ。ざまぁない。

「そこは異論なしよ。でもね、あの人が残しちゃった遺産があるの」

 遺産?なんだそれは。どこにある?

「私の目の前」

 私をヤロウと一緒にするな。

「そういう意味じゃないわぁ」

「なあ、提督。オレがいうのもなんだが、試しに聴いてみちゃくれないか」

 木曾が横から口を挟んできた。君は少々、気を許し過ぎだ。大方、コイツの口車に乗せられたのだろうが、何を以てこんな怪しいヤツを信じることにしたのか。

「根拠があった。信じたいと思う根拠が」

 ほう。信じたい…信じたい、か。信じざるを得ないのではなく、信じたい?あまりに胡乱だ。根拠、などという言葉を当てはめることすら烏滸がましいな。信じる行為にはリスクが伴うことを、君は知っておくべきだ。

「肝に銘じる。だがせめて、聞くだけきいてくれ。後生だから」

 聞くだけだぞ。あくまで、聞くだけ。

「ふぅん……木曾ちゃんにはゲロ甘ね」

 貴様よりは信頼に足る。優先順位の問題だ。それと、うら若き乙女がゲロとか言うもんじゃない。

「はいはい。じゃあ、見せたい物があるんですけどぉ……。今、私の胸の谷間に隠してあるのよねぇ。提督、取ってくださる?」

 キャッツアイかよ。まぁいい、妙高の小物入れより1億倍は常識的だ。では木曾、頼む。

「了解だ」

 龍田がつまらなさそうに口を尖らせたが無視した。木曾の手で取り出されたのは、プラスチック製の小さなモデルガンだった。

「見た覚えはないかしらぁ?」

 ある……気がするな、なんとなく。

「これは、貴方のお父さんが、最後の力を振り絞って貴方に向けたもの」

 最後……ああー、そうだ。思い出した。そういえばアイツ、見苦しくもこのオモチャを取り出したんだ。で、私に向けて引き金を……更に笑えることに不発だった。

「いいえ?ちゃあんと、発砲されていますよぉ?そもそもこの銃は、殺傷を目的としていません」

 ほう。では、何が目的なんだ。

「ふふ。人格の乗っ取り、ですよぉ」

 くだらん。先にも告知したが、もうエイプリルフールは終了したのだ。

「あら、目の前に実例があるのにぃ?それも、二人も」

 2人――私は木曾に目を移す。彼女は私を真っ直ぐ見つめ返した。

「この泊地の…この泊地だけの艦娘たち。その素体となったのが誰か、知っているからこそ貴方はお父さんを殺そうとしたんでしょう?それとも、見ず知らずの誰かの為に人殺しになるほど、提督は善人だったかしらぁ?」

 いかにも。私は悪人だ。あの脳味噌だけは優秀な産廃ヤロウと同じ穴の狢である。蛙の子は蛙と換言しても良い。いま思い起こせば、血筋を絶やそうとした我が祖母は、きっと正しかった。父がのたうち回って苦しんでいるとき、私は心の底から笑っていた。うちの家系の男子には、きっとサイコ野郎の遺伝子が刻みこまれているんだろうよ。

「私を含め、この泊地の艦娘たちがどこか歪なのは、ぜぇんぶ貴方のお父さんのせい。全員、無理矢理作られた人工の艦娘だから」

 知っているさ。ついでに、その素体となったのは私の家族――とりもなおさず、あの産廃ヤロウの家族だということも付け加えておく。

「何だって……ま、待ってくれ。じ…じゃあ。オレは提督と、血がつながっているということか?」

 なんだ木曾、そこまでは知らなかったのか?なに、安心したまえ。法律上家族ではあったが、私の遺伝子は君に共有されていない。君の素体となったのは私の義理の妹だった。正確には、父の再婚相手――今は千代田だが――その連れ子だ。

「そ…そうか。なら良いんだ」

 何も良くはない。君たちは皆、試作品だった。試作品ゆえ、人格に不均衡があったらしい。だから記憶すら奪われ、海に捨てられた。いや、捨てられたほうがまだマシだったかも知れない。君らは邂逅相遇艦として何処かの艦隊に拾われ今に至るが、それらはいわば実地試験だったのだ。

「そう。私たちの、兵器としてのサンプルデータを採るためのね」

 そしてそれが、お前の復讐の中身というわけか。

「ふふ、それは10%くらいよぉ」

 10%?あまり気にしていない、と。

「まぁね。でも、不思議よねぇ。無機物にも魂が宿るんですって。そして、その魂を分割する技術がある」

 聞いたことはある。その技術を発展させて、先の大戦で活躍した艦から魂を分けて出し、今や工廠で艦娘が生まれている……とか何とか。興味がないし、何より理解出来ない。とりあえず、そういうものなのだと受け入れていた。

「貴方のお父さんはね、その技術を開発した研究グループの責任者だったの」

 あっそ。そりゃ、大したもんだな。

「ふぅん?あまり驚かないのねぇ?」

 立場はどうであれ、奴の所業は変わらん。さぁ、さっさと本題に入るがいい。奴の残した遺産とは?人格の乗っ取りとは?そして貴様の復讐とは?

「まだ解りませんかぁ?魂とそれを受け止める器。女性に――貴方のお母さんや、姉妹たちに、艦の魂を植えつけたら艦娘になった。じゃあ、人に人の魂を植えつければ?」

 人格が交代する、と?机上の空論だな。

「目の前に、実例がいるでしょ?私が1年間、演技をしてきたと、本気で思ってます?あのちょっと頭の弱い天龍ちゃんは、私の演技する偽物の人格だったって?」

 さぁな。それは貴様にしかわからないことだ。

「あくまで、私は龍田ですけどぉ。でも間違いなく、これは天龍ちゃんの身体。……私の復讐はこれ。私の天龍ちゃんを、こんなにひどいやり方で塗り潰した男に、同じことをしてやるの」

 じゃあ……天龍は消えたのか。もういないのか。

「消えてたまるものですか。今は眠っていますよ。でも私は、天龍ちゃんに二度と会えないの」

 そうかい。それは、気の毒にな。

「フン……まぁ、とにかく、誰かに誰かの魂を植えつけることは、技術的にクリアされている問題なのよ。そして、そのための道具を小型化した物が、これ」

 つまり、そのちんけなプラスチック銃で、ヤツは私に誰かの魂を撃ち込んだ?

「誰かじゃないわ。彼自身の魂よ」

 チッ。ひどく不愉快な話だ。つまりは、私と父の人格もいずれ天龍と貴様のような関係になってしまう、ということか?

「それで済めばいいけれどぉ。言ったでしょう、乗っ取りって」

 完全にとって変わる…?まさか。君は天龍を乗っ取ってはいないのだろう?

「でもね、私の考え1つで、人格を交代させられるのよ?その間、天龍ちゃんは眠らされている…それはもう、乗っ取りと言っても過言ではないでしょう?」

「なぁ、提督。俺を見てくれ。提督には、俺が誰に見えている?」

 どうした木曾。君は木曾以外の何者でもなかろう。

「それは、嘘だろう?提督はこの1年、間違いなく、俺の中に俺以外の誰かを見ていたよ。さっきようやく判った。きっと俺の中の5人は、提督の家族だった人たちの魂なんだ。提督はそれを知っていたんじゃないのか?」

 命とチンチンに誓って言う。人格が云々は、断じて知らなかった。ただ一部…似ているとは、思っていた。だから……ほんの少し、甘やかしてしまった。

「数か月前だ。俺は、提督が好きだと自覚した。でもその時からずっと、たまらなく寂しかったよ。俺はずっと『窓口』みたいな扱いだ。提督は俺の中にいる、誰か別の人ばかりを見ていたから。ベソも味噌も砒素も画素も、壊疽ですら……俺とは違ったんだ」

 だから、龍田を信じたのか。

「そうさ。提督がたとえ俺に興味をもってくれないとしても、知らないうちに別人になっているなんて……死んでも御免だった」

 理解が…できない。純粋に疑問なのだが、私の何が良かったんだ?

「そんなの俺にだって解らないさ。でもな、大切なのはそこじゃないんだよ!ずっとそっぽ向かれ続けて、全部手遅れになって、自分の思いを伝えれなかったとあっちゃ、そっちの方が問題だ!何が水雷魂だ、へそで茶がわくだろうが…っ」

 なんの涙だよ。

「知るかよ!っていうか、泣いてない!球磨型軽巡は泣かないんだ!」

 彼女は、ざぷん、と湯船に潜った。だがすぐに上がってきた。本能的に水に沈むのは怖いらしい。

「話を戻して良いかしらぁ?」

 人格を撃ち込まれ、私が父にとって替わられるのだったな。だが私は、これこの通り、健在だが?

「困ったことに、そう長くは続かないと思うわぁ?この人格植え付け銃、のんびり屋のウイルスみたいな……ナノマシンって言うらしいけど。定着には時間がかかるの。ざっと、2年くらいよぉ」

 2年か。私が父にコーヒーを奢ったのは、一昨年8月の盆辺りだ。なるほど、確かに時間はない。困ったことだ。

「……1つ、手がかりがある」

 お、さすが木曾、復活が早い。手がかりか、朗報だな。

「撃ち込まれた身体部位は、活動が鈍化するらしい。それを目印にして、その部位を切除する」

 ふむ、活動が鈍化。よく解らんが、つまり、その、活動が鈍化する、と。そして、そこを切除か。物騒なことだ。

「普通の艦娘はねぇ?なるべく身体運動に影響の少ない場所で…なおかつ、切除しても問題の薄い場所を選ぶらしいわぁ。退役後の配慮ねぇ」

 ほう。ちなみに、どこだ?

「最近は手の甲の皮膚が主流みたい」

 そんな薄っぺらくて良いのか?じゃあ私のも、簡単に切除できるのではないか?

「場所が判らないの。木曾ちゃんみたいに、あからさまなら良いのですけどぉ」

 なるほど。君が隻眼なのはそういう理由か。

「いいや。こっちは元々……左目さ」

 何?じゃあ、君は。

「視力はかなり低い。矯正も無理だった。なんとなく、明るさがわかるくらいだ。でもそのぶん、耳は良いぜ。対潜なら任せときな」

 そうか……そうとも知らず、随分無茶を言ったな。

「別にいい。俺が自分で決めたことだ。ただ、これだけは言わせてくれ。人殺しだろうが関係ない。俺は提督の見た目、外面、上っ面に惚れたんじゃない。その内面、心意気に惚れたんだよ」

 身に余る言葉だ、ありがとうよ。ところで木曾。顔が真っ赤だが、無理してないか?

「あ、赤くない!球磨型軽巡は色白なんだ!」

 彼女は、ざぷん、と湯船に潜った。だがすぐに上がってきた。本能的に水に沈むのは怖いらしい。

 よし、木曾のお陰で、なんとなく判ったぞ。おい龍田。貴様さっき、私を去勢しようとしていたな?正真正銘、チンチンを切り落とす気でいたんだろう。訊くと、龍田はニヤリと口の端を歪めた。

「そういうこと。私は貴方のムスコさんに、魂の弾がたまたま当たったと思っていたの。実は貴方の不能はもう治っていて、でもナノマシンが機能を抑制しているから、そう見えているだけだ、ってね。でも――」

 でも、違った。活動が鈍化どころか、世界樹の如く天を睨んで起立することができた――誇張ではなく、純然たる事実である。いったい何故、あの土壇場で我がムスコが息吹を取り戻したかは解らない。しかし少なくとも、龍田の予測は外れていたのだ。

 

 じゃあ、どこだ?あのクソオヤジのクソ人格は一体、私の身体の、何処に宿っているんだ。

 




ここまで読んでしまった貴方の不幸に、どんなお詫びをすればよいかわかりません。

本当に申し訳ございませんでした。
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