「妙な面子ね。今日こそ、私にお昼ご飯を作りたくなったのかしら?」
まぁだ言ってるコイツ。我々3人が訪ねたとき、妙高は、おあつらえ向きに艤装を手入れしていた。天龍の雰囲気が変に艶かしいことに、ヤツは訝しげな様子だ。
「ところで…何故このバカは、なんかこう……キモイ感じにニヤケているの?」
天龍、というか龍田は直ぐには答えない。一から十まで教示するのは手間だし、何処から説明するかも難しい。
「色々あったのよぉ」
答えた龍田――妙高からしたら天龍――を見て、ヤツは唐辛子を鼻につっこまれた室内犬のような顔をした。奴は木曾と私に向けて、説明を求めるように視線を移す。確かに嘘は言っていない。龍田の言う通り、色々あった。我々は説明を断念し、さしあたり要求だけを述べた――昨日妙高がその口から存在を明かした艤装接続型のコンピューター。我々は、そのデータベースを確認するために此処へ来たのだ。君の艤装を暫く貸してくれないか。
「はぁ、別に良いですけど。何もありませんよ?」
「これ、繋げるかしらぁ?かなり古いんですけどぉ…」
龍田は懐から、古めかしいコンパクトディスクを取り出した。私の執務用PCでは、これを読み取ることが出来なかった。なんでも、我が父こと産業廃棄物野郎の研究データや論文が保存されているらしい。天龍の部屋のベッドの下に隠してあった。中学生のエロ本かよ。
「か……か、可能よ」
「じゃ、お願いするわぁ」
やはり天龍の顔でこの喋りは調子が狂う。いつも澄まし顔の妙高が珍しく戸惑っていたーーなんか笑える。妙高が砲塔の根元辺りをなぞると、突然艤装が変形して、キーボードとスクリーンが現れた。すげぇぞこれ。なんつう改造をしていやがる。
「赤外線感温式と接触式の二段階です。人肌くらいの温度にセンサーが反応して、私の指紋認証で起動するようになっているのよ」
傍目からは全く判らない。技研に許可は取ったのか?
「そんなわけないじゃない。艦娘の艤装に法律なんて通用しませんから、やりたい放題ですわ」
感温式って、寒い日や暑い日は使えなくなるんじゃないのか。
「使わなければ良いじゃない」
そもそも毎度毎度、衝撃に曝される艤装に、精密機械を仕込むなよ。
「無用の心配ね。私たち、艦娘よ?砲弾が直撃しても、ちょっとの負傷で済む化け物よ?これも、妖精さんの謎材料で出来てるに決まっているじゃない」
ふぅん……娑婆に出たら特許でも取ると良い。儲かるかもしれないぞ。
「嫌よ、面倒くさい」
「それはそれとして、お願いできるかしらぁ?」
妙高はまた若干慄きながら、指差した。見ると、ディスクリーダーらしき隙間がある。龍田がディスクを挿入すると、何処か懐かしささえ感じる特有の回転音が聞こえ始めた。
「ふ…、ふふ!堪らない音ね。私のナカが、情報の濁流に蹂躙されているわ…」
さて、妙高の様子がおかしい。勿論、普段からおかしいが、今はそれに輪をかけておかしい。大丈夫か、お前。
「んっ……いいわ……。凄い。凄くいいわよ…。油断していると、気をやってしまいそう…っ」
うむ。大丈夫ではないようだ。脳障害である。私の見立てによると、手遅れだ。
「艤装は、私たちの第2の体みたいなものですからぁ…。そこに余計なセンサーを実装したのですもの。とっても感度よくなっちゃうわ」
龍田の解説が入った。気にせず続けて問題ないと判断し、キーボードをいじる。ディスクの情報にアクセスして、何かしらの実験のログノートの写しを眺めた。
被験者3号観察
1回目。6月6日、晴れ。22℃、762mmHg
深海型髄液原液を胸部に投与
投与後5分でキョヒ反 有。発汗、不セイミャク過呼吸
チンセイ剤投与
Aの消耗ケンチョなので中断。次回は希釈して用いるか
2回目。6月8日、晴れ。23℃、763mmHg
深海型髄液を10倍稀釈し胸部に投与
キョヒ反なし良好
胸部から下腹部にかけて黒曜部位発達
切除して検査を行った
かなり剛性高い、撃力、摩擦にも
新材料に成りうる
………
……
…
おい龍田、これはなんだ、新手の吐薬か?見てるだけで反吐が込み上げてくるぞ。被験者3号?
「さぁ……何かヒントがあるかも、って思ったのですけど」
とにかく、このファイルは無駄だった。舌打ちしながら、キーボードを乱雑に操作する。他には何かないのか。
「あは…ぁっ…あっ。あっ……あぁあ~」
さっきからうるさいぞ妙高。余所でやれ。
「くっ……私としたことが不覚でしたわ。ちょっと失礼、お花を摘みに」
しばらく帰らんでよい。
***
トホホ、という表現を初めに創出した者を表彰してやりたい。私はこれまさに、途方に暮れてトホホである。何もなかった。いや、あったはあったが、役に立つ物は皆無だった。
いまや、我が生涯は、あのくそ親父の掌の上。かくなるうえは、如何に命を絶つか、そこにばかり思考が寄っている。ぼんやりと窓の外を眺める。死んだら、遺灰は海に撒いて欲しい――いや火葬のための燃料が無駄だ――水葬でよいか。しかし、海で見つかる死体は水を吸ってブクブクに醜くなる。ろくでもない人生なら、精々死際くらいさっぱりと消えたいのだが……それすら我が儘なのか?いかな悪人であろうと、人命を奪った業を背負ったとでもいうのか?では、あのハゲ親父はどうなる。命を弄ぶ外道に、私は――私の家族たちは、食いものにされて消えるしかないというのか。
「クソッタレ……」
思わず毒づいたら、それを諌める声があった。
「汚い言葉遣いはやめなさい。言霊、って知らないのかしら?」
山城か。悪いが、そんなことを気にするほど余裕がない。少し1人に……いや、いっそのこと、キミの至近距離砲撃で私の脳天を木端微塵に吹き飛ばしてはくれまいか。
「あら…ずいぶんな落ち込みようだこと。妙高のデータベースで、何か嫌なものでも見たのかしら」
私とて、人並みに落ち込む時もある。むしろ男としてのハンディキャップを背負いながら、今まで力強く生きてきたことを労うべきだ。私は今、真に不幸なのだ。
「そうですねぇ…。では、貴方にヒントをあげますわ。貴方の生命と、尊厳を救うヒントを」
なに…?
「さっき読んでいたデータログ。被験者3号、あれは私です。正しくは、元貴方の家族、ですが」
なぜそんなことを……それがどうした。
「何かの液体を、私の胸部に投与した、と記録されていた筈です」
そう、だったな。言われてみれば。
「私の胸、随分前に壊疽によって食いちぎられていますよね」
……!つまり、君は、いま。
「あれ以来、薄気味悪い景色を思い出すことがあります。貴方と、家族として過ごした景色。確かめようはありませんが〝彼女〟とはきっと、あのときに私の胸から零れ落ちた欠片です。あれは貴方のーー」
ああ、もういい。止めてくれ。惨めになるだけだ。結局、私は何も出来ない。何がヒントだ。状況は何も変わらないじゃないか。要するに、物理的切除以外の方法はないんだろう?場所がわからないんだ。どうしようもない。
「最後まで聞きなさいな。貴方は既に、答えに手を掛けているのですよ?目を逸らさずに、見つめるの。見たくない場所にこそ、認めたくない事実にこそ、答えがある」
見たくない場所?認めたくない事実?何だ、それは。
「木曾が知っているわ」
君は知らないのか?教えてくれてもいいじゃないか。
「別にいいですよ?しかし、そうすれば、貴方の心が壊れてしまうかも知れない」
物騒なことだ。私の、心が?くそ親父の侵食が進むということか。
「さぁね。……でも、木曾となら、それを乗り越えられるかも知れないわ。目の見えない木曾だからこそ、見えない何かに気がついている。だから私は口を閉ざすのです」
わかった。いや、理解出来ないが、いいさ。どうせ何もしなければ、私は消えるのだ。やることを全てやってみるだけだ。
「それが良いかと。提督には畑を耕してもらわなければいけませんし」
ああ、そういえば、そうだった。これが片付いたら、久しぶりにトマトでも食いたいものだ。私は、山城と、その背後で優しく笑う〝彼女〟に背を向けて歩き始めた。
***
「え……オレは知らないぞ…。悪いけど」
洗濯をしていた木曾にそう言われ、私は膝から崩れ落ちた。よし、とりあえず山城の刑期には特別ボーナスをくれてやる。
「本当に、知らないのか……?自信満々だったぞ、あの怪力女」
「う、うん。すまない」
確かに、言われりゃそうだ。さっきから散々その話題になっているのに、木曾から何のアクションもなかった。いよいよ溜め息も深くなる。もういっそ、木曾に介錯を頼もうか。
「それは、勘弁してくれ。好きな人を殺したくない。……山城は、何て言ってたんだ?詳しく教えてくれよ」
奴に言わせれば、私も薄々感づいているらしい。だが、私自身が認めたくないから気付かん、とかなんとか。
「そう、か。むぅ……オレは、目が見えないからさ。多分、役にたてない……すまない」
そういえば、目の見えない君にこそ、見えているものがあるとも言っていたか。耳の良さが活きる、という意味かもな。
「耳の?……う、ううん。わからない」
それか、視点を変えてみろという意味か。木曾以外の人格にも、訊いてみるべきか。
「それが……さっきから、どうも皆、返事をしてくれない。代わろうとしても、代わってくれないというか」
ほう?そういうこともあるのか。まぁここ数日、とっかえひっかえに交代しまくって、疲れたんだろうさ。思えば、君とこれほどまでに言葉を交わすことなど、久しぶりではないか。
「そうだな…いつもは、無線ごしにしか、話さないし。大抵、提督と話すのは、ベソか味噌だから」
前々から興味があったんだがな、人格が交代したとき、君はどうなっているんだ?記憶はあるんだろうけど。
「皆が話すのを、傍観している感じさ」
ふぅん…傍観、ね。その間は、目が見えるのかい。
「いや、その、難しいな。間違いじゃないんだけど……。皆の人格は、オレの目に宿っている、ってさっき言ったよな?だからオレ以外の皆は、目が見えるんだ。それを通して、オレも見ている」
ほう。不思議なものだ。では、木曾は少なくとも、私の顔を知っているんだな。
「なんとなくな。龍田が言うには、オレは被験者5号で、最新型なんだそうだ。人格が交代したときに、不活化部位が機能を取り戻すよう調整されたとかなんとか」
なるほど……やはり、君の他人格に私を観察させるべきかも知れないな。
「そう…だな。オレは役立たず、だから」
木曾が目に見えて落ち込んだ。幾分、私の良心も痛んだとき、洗濯室に吹きこむ潮風が冷たくなった気がした。そして、木曾の様子が、ふと、おかしくなった。
「お木曾泣かすな、ハゲ提督」……画素か?
「これだからハゲはだめなのよ!」……砒素。
「この、は、ハゲー」……ベソ、無理するな。
「ワカメ料理がいるかしらね」……味噌まで言うか。
「介錯はまかせろー☆」……壊疽、黙ってろ。
「そう、だったか。皆、ありがとう、な」
それで……最後は木曾か?どうした、何を泣いてる。泣きたいのはこちらだゾ。というか、基地司令官をボロクソ言う奴らに、礼を言うなよ。急に出てきて何だというんだ、忙しない。
「聞いてくれ、提督。皆が、教えてくれた。どうか、落ち着いて」
さっきから、私は落ち着いているさ。君らの心無い罵倒にも、健気に耐えているじゃないか。
「提督。あれが、全ての答えだ」
何……?よく解らんな。何の話だ。
「…………提督の父親が銃を向けたとき、提督の身体は、正面を向いていたんじゃないか?」
まぁ、そうだったかも知れない。それで?
「だから、身体の前面に、当たった。でも、提督は不能じゃなかった。股間じゃない。足や膝、太股、腹も胸も首も、異常は無いだろう?」
そうだとも。異常はない。健康そのものだ。
「じゃあ、顔の何処かだ。目は見えるよな?鼻は?口は?全部、正常だよな?」
まて…………、まさか。
「1ヶ所だけ。心当たりがあるんだ。提督は――」
私は――。
「ハゲてる。多分、額に当たったんだ。その影響で」
思わず、額に手を当てた――いや、これはもはや、額などという範囲では、――ああ。馬鹿な。そんな馬鹿な。生え際が…っ…後退、している…?そんな、ことが……。
なぜだ。なぜ誰も言わなかった。
「みんな、気を遣ってたんだ。不能をイジってもあまり気にしないのに、髪の毛の話だけは否定していたから。……薄々気づいてたけど」
う、薄い?木曾よ、私は恐らく、生涯最大の失意の中にいる。私は、自らの人生を取り戻すため、頭皮を切除しなければならない。然るに、死ぬまでハゲだ。言葉には気をつけろ。下手なことを言えば、手が滑って自殺するぞ。
「えっと、ごめん……励ますつもりで」
ハゲ、増す?なんだ、木曾。私を殺したいのか。発言は慎重にするように。
「ま、まってくれ!さっきも言った。オレは、提督の見た目が好きなんじゃない。心意気に惚れている」
そう、だったな。確かに聞いたさ。
「ハゲでも、不能でも、デブでも、ブスでも関係ない。オレは、貴方が好きだ。何が何でも、心から好きだ」
そうか……山城め、そういう意味か。
「答えを聞かせてくれないか」
そうだな……私は――。
***
かくして、私は不能提督改め、ハゲ提督となった。頭皮切除からこっち、1年経っても私は私のままでいる。きっと、上手くいったのだろう。
「ここにいたか、提督。寝床にいなかったから」
「ああ、あのバカの情報によれば、朝日に当たると、健康になれるらしい。乾いた大地にも芽がでるかも知れん」
「それは、その……」
冗談だ、気を遣うなヨ。何かあったか。
「いやなに。昨日、千代田がまたウニの穴場を聞き出したらしくてな。その報告さ」
ふぅん……わざわざ早起きしてご苦労なことだ。その程度なら、別に後でも良かったぞ?
「……うん。まぁ、嘘だ……本当は、声が聞きたくなった」
そうかい。いじらしい嘘だ。そういえば、今日はエイプリルフールだったなぁ。
「提督は、嘘をつくのかい?」
そうだな。ついてみようか。I hate you.
「あい、へい、ちゅー…?えっと、ごめんな。英語は苦手で……どういう意味なんだ」
知らなきゃいい。どうせ嘘だから。
朝日に照らされて、すこし赤らんだような嫁さんの顔は、例えようもなく格別の景色である。ハゲでも、人生捨てたもんじゃないかもな。
おしまい
読んでいただき、ありがとうございました。