愛・塀・中   作:かさつき

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消毒前に、汚物は抱擁だ。


その4

 昼、一二二○。執務室に居たところで退屈だ。数刻前、山城の偵察機が本泊地へ一直線に進路をとる水雷戦隊を探知した。天龍と妙高は迎撃に出動した。どうせ2人は無傷でかえってくるし、心配の甲斐もない。暢気なもので、山城は畑の様子を見に行った。ぼんやり空を眺めていると、ノックの音が執務室の静謐を乱した。

「んぉぁよぉ……」

「何がお早うか。もう正午を回った」

 眠そうな顔の千代田が、執務室の扉を開いた。

「ヲ級ちゃんが、なかなか話してくれなかったからさぁ…」

「ふぅん。それは……気の毒に」

 気の毒なのは千代田ではなく、昨日の戦闘で本泊地に鹵獲されてきた空母ヲ級の方だ。それはもう、ねっとりこってり絞られたことだろう。

 絞られたといってもそれは、本来の意味とかけ離れている。千代田は、拷問とか折檻とか、血生臭いことを嫌う性分で、尋問の際にはまず、相手と「お近づき」になる。要するにベッドの上でくんずほぐれつしている間に、心の距離を近づけて色々聞き出すわけだ。恐ろしいことに、和姦でないとダメ、とかいうポリシィは現在までのところキチンと保たれているそうな。ストックホルム症候群を誘発できる人材は、世界広しといえどなかなか居るまい。この少数精鋭の名を騙る寄せ集めの部隊が前線で依然健在なのは、敵勢力の侵攻意欲をコイツが削いでいるためだ。この基地に攻めいった深海棲艦は、何故だか皆、艶艶して帰っていく。

「でもね……最後はちゃんと、話してくれたんだよ。彼女、とっても素敵だった…」

「わざわざ聴かせんでくれないか。そういうの」

 肝心なのは得られた情報だけだ――うっとりした表情で口を開いた千代田に、苦い思いで釘を刺した。このままだと、昨晩の顛末を描写し始めるだろう。ベッドの上であったことを、それはもう仔細に丁寧に。起き抜けから危険な女だ。

 1度コイツの尋問の様子をみたことがあるが、でろでろの桃色空間に胸やけを催した――ムスコは勃たなかった。最初はぎゃんぎゃん喚いていた重巡リ級が、暫く時間をおいて見に行ったらきゃんきゃん喘いでいた。ベッドに2人で転がってイチャイチャベタベタと。で、そのリ級、事が終わったら釣りの穴場を我々に教えて、顔を赤らめ満足気に帰っていっちまった。そういうことが過去十数度。戦略的に価値の高い情報はそう易々と落としちゃくれないが、基地の維持運営に役立つお得情報は案外出てくる。釣りの穴場だの、明日のお天気情報だの。もう何ならいっそ、コイツを中心にして世界が平和になってほしいもんだ。

「平和かぁ。いやぁ…無理無理。どんな人も悦ばす自信はあるけど寿命が足りないもん」

 時間さえあればいけんのかヨ、と言いたいが、腹の内に留めた。一応シミュレーションしたんだけどね、と千代田は口惜しそうな表情を作った。

「1日1人とするじゃない?人生50年って信長が云ってるから、大体一万と八千人くらいでしょ。世界制覇には及ばないなぁ」

 まず、1日1人とする前提がおかしいし、50年間、命尽きるその日まで、毎日欠かさず〝いたす〟つもりでいるのもおかしい。そもそもシミュレーションしてみている時点でハーレムによる世界平和――もとい世界征服――の意欲があることを示唆している。以上より、千代田の頭はおかしい。

「じゃあ、あれだ。一度に複数人相手にすればいい」

「て……提督って、天才……?」

「私が天才かはわからんが、君が変態なのは間違いない」

 例えば毎晩毎夜2人同時に相手をするなら、50年間で凡そ三万と六千人。人口で例えるなら北海道稚内市がほぼ丸ごとコイツのハーレムに堕ちる計算だ。何の気なしに恐ろしいアドバイスをしてしまった。

「あー…でも。やっぱり大切な時間だから2人っきりがいいよね」

 大切なのは時間よりも、相手ではなかろうか。まずは、大切なただ1人を決めるべきと思う。別に訊かずとも判るが、何処かに誰かイイ人いないのか。

「今は……まだいないなぁ。あ、提督がもらってくれてもいいよ!夜の生活は保障できるし」

 ついでに浮気・不倫保障もついてくる女を誰が娶りたいだろう。冗談も休み休み言うように……と、思ったがコイツは半ば本気な予感もする。

「今はまだ……か。前々から気になっていたが。キミはあれか、微妙に結婚願望がある……のか?こんな場所で」

「あるよ?幸せな家庭築きたい」

「無理だろうな。あらゆる意味において」

 家庭崩壊の原因を積極的に作っていく妻なんぞ聴いたことがない。そもそもこの島には、不能の男性しかいないんだゾ。

「ふふ。無理かどうかは、自分が決めるんだよ?私のミリキで提督のテイトクも、いつしか立派なテイトクに!」

 ミリキ、と来たもんだ。最低の発言だが、この前向きさ――ある意味彼女の尊敬すべき所であるかも知れない。

「疑問があるんだけどね。不能って一口に言うけど、無精子症なの?それとも、勃起不全?」

 気にしたことがない。病院に連れて行かれた記憶もない。ただ、我が半身が漲った経験はないから、後者が含まれるのは間違いない。何故そんなことを訊くのか。

「ふぅん…、じゃ、種はある感じなの?試しにヤってみようかなぁ……?」

「な、何だ。気味の悪い……」

「ん?んー…んふふ」

 不気味な予感が、にわかに背筋を這い上がった。やってみる、とは何をだろう…。

「生殖機能の活性化には、亜鉛が良いらしいよ。牡蠣とかピーナッツとか」

 深海知恵袋があるとはいえ、本泊地の食料事情は厳しい。そんな贅沢品は望むべくもないと、千代田も承知の筈である。

「あと、適度な運動。禁酒、禁煙。最後はお薬かな」

 運動は良い、酒もそれほど嗜まん。しかし3つ目、4つ目は難しい。煙草は、唯一の楽しみだし、ED治療薬なんぞ蓄えがない。わざわざ調べてくれて申し訳ないが、どれもこれも現実的でないようだ。

「うん。そう言うと思った、それならさ…」

 千代田は唇を三日月形に歪め、エグい笑顔を作った。

「知ってる?男の人にはね、前立腺という器官があるの。大事なトコの後ろ辺りに」

「だったら、どうした」

 それくらいは知っている。

「マッサージするとさ、種が染み出してくるんだって。とろぉ…って」

「マ、マッサージ。それはまた…………どうやって」

「肛門から指を入れてね――」

 悪寒の正体が判明した。この魔物とんでもないことを画策していやがる。思わず立ち上がり、壁を背にして奴から距離をとった。

「いやほら、医療行為!医療行為だから!天井のシミを数えてれば終わるから!」

 必死すぎる。医療行為な訳があるか。

「……これからは、君に背を向けないよう、歩くとする」

「無理矢理はしないわよ。合意のうえで、天国連れていってあげるっ。えへ」

 語るに落ちたな色情魔め。結局そういう腹づもりではないか。黙ってりゃイイ女なのに、そういうところが嫌いなんだよ。

 

 




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