愛・塀・中   作:かさつき

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自ら欲す、ドツボにはまる。


その5

 練習しながら待ってるね、などと恐怖の捨て台詞を吐き、投げキッスとウィンクを以て私の心臓に幾らかの負荷を与えたうえで千代田は出ていった。朝飯兼昼飯を摂りに行くようだ。結局何しに来たんだアイツ。

 しばらくあって、もう一つの恐怖――山城が現れた。

「うふふ。今日も私は、無事に生きていますよ?幸福だわ」

「あ……そう」

 聖母の如く山城は微笑む。隣の「彼女」は、今日もいるのだろうか。少なくとも今は見えない。

「あら?そういう提督は、ずいぶん暗い顔ね?」

 先程、心に傷を負った所だ。そしてこれから、夜は背後が心配になる予定である。

「なんて可哀相な提督…。抱き締めてあげましょうか?」

 慎んで遠慮申し上げる。七万馬力の抱擁は、抱擁と言わない――鯖折りと呼ぶのだ。私が用件を訊けば、ニッコリと屈託のない笑顔で奴は応えた。

「とても上機嫌な千代田をみたので、不思議に思ったんですよ。話を聞くに、これから提督とイイコトするのだとか。その準備だそうで」

 直ちに忘れてよい。天地神明に誓って、イイコトなどではないと断言しておこう。というか奴はどうして、私が承諾したと勘違いしているのだ。

「嬉しいことはお裾分け、ですよ?隠すだなんて狭量な」

「隠してない。奴の勝手な暴走だ」

「ふぅん?そういうことにしておきましょうか」

 微妙に含みのある所が気に食わないが、とりあえず山城は興味を失ったようだ。

「話はかわりますが、最近食糧の配給が遅れがちですね?」

 戦局が芳しくないからだろう。戦時下において、犯罪者の食い扶持なんぞ、まず始めに切り捨てるーー私ならそうする。そうでなくとも、こんな場所に閉じ込められているのだから。最後の輸送船は3ヶ月前だったか。本泊地は現在、構成員総出で畑の開墾、積極的な漁業を行っている。千代田を気に入ったーーというか千代田に気に入られたーー深海棲艦が時々こっそりと魚や海藻なんかを分けてくれたりするのだが、向こうにも立場があるからおおっぴらには望めない。

「腐ってもここは前線基地でしょう?落とされるようなことがあれば、大本営の面目も丸つぶれではありませんか」

「かもな。もう諦めているのではないか?基地は放棄され、我々は見捨てられたのだろうよ」

 恐らく既に我々は、野垂れ死んだものと思われている。食糧の配給は遅れているのではなく、打ち切られたのではなかろうか。

「見捨てられた……そう」

「あまり、落ち込まないのだな。君は」

 ヤツは不気味なほど陽気になって、クルクルまわりだした。

「嗚呼!絶望的な状況なのに!まだ命があるなんて!私、幸福……!幸福だわ!」

 急にキラキラしながら何かに祈りを捧げる山城。勝手に戦意高揚してくれるのは良いとしても、何が琴線に触れたのか全く理解しがたい。私がドン引きしていると元の体勢に戻り、真面目な顔を作った。

「1つご提案があるのですが」

「な、何だ。言ってみると良い」

「畑を拡大しませんか?このままではあと数ヶ月くらいで食料が底をつきます。食は力の源。ビタミンをしっかり摂らなければ、壊血病になってしまいますよ。戦う以前に体が腐って、皆死にます」

 山城が言うと変な説得力がある。別に止める理由もなかった。本泊地の台所事情は、彼女の尽力無くして立ち行かない。山城が野菜の栽培に失敗したのを見たことがない。しかも、奴が手を加えるとどうしてか育ちが早い。痩せた土地なのにグングン育つ。極めつけに旨い。適材適所だ。

「構わない。耕すくらいなら、幾らだって手伝おう」

 天龍あたりに手伝わせて、魚粕も増産しなければなるまい。山城はぶつぶつ独り言を言い始めた。

「この間の配給で、種を頂けて良かったわ。提督にはないのに」

 余計な注釈は聞き流す。いちいち要らんことを言いやがる。いや、ひょっとしたら、まだ有るかも知れんのだゾ。

「君は、こういうのが得意なんだな」

「ええ。私、命の流れが分かるので」

「……はぁん、そうかい」

 スピリチュアルな事を宣う奴だ。正直あまり深く突っ込みたくなかったが、勝手に話を深めて行った。

「そうです。生かすも殺すも、なんとでも」

「生かすのは良いが、必要以上に殺さんでくれよ?」

「では、その必要分に自分が含まれぬよう、心がけてくださいね?」

 山城は爽やかに微笑んだ。こいつらが本気になれば、私の土手っ腹に風穴を空けることなど造作もないのは知っている。指をパチンと鳴らせば、私の心臓くらい破裂させられるのじゃなかろうか。今のところはまだ、共生できている……辛うじて。

「ふん。善処するさ」

「そうしてください。あ、でも――」

 何かを思い出したように、人さし指を立てた。

「もう暫くは、大丈夫ね」

 ほほう、そりゃ良い知らせだ。して、その心は?

「彼女が、貴方を気に入ってますから」

 山城は、私ではない何処かに視線を移した。心なしか、先ほどから重い気がしていた、私の、肩の、辺りに。おい、まさか……。

「あら。怖いお顔。そんなんじゃ女性が寄りつきませんわ?」

 心底可笑しそうに笑う山城を睨む。寄りついてもらったら困る女性が、今まさに寄りついているではないか。いや、取り憑いている、か。

「今日は、そのままで居たいのですって」

「………生活に、支障が出る」

「支障というか、霊障ですね。まぁ、大丈夫だと思いますけど」

 何が大丈夫か。怖くて後ろを振り返れんだろうが。というか、体が動かん。なんだこれは。こんなことは初めてだ。

「ですから、大丈夫です。では私、畑に行きますので。早速レイアウトを考えなきゃ――」

 そう言って山城は出て行こうとした。待て、彼女を連れて行ってくれ。君の大切な人なんだろうが。

「無理です。その体勢では…」

「た、体勢?」

 山城は振り返って、困ったように首を傾げた。

「貴方の首に腕を廻しています。あと、両足で腰の辺りをがっちりと固定しています」

 なんだそりゃ………冗談だろう?

「所謂、対面座位。その筋では、大首鬼固めとも呼ばれる体位ですわ」

 対面て、オイ。どこに居るかと思えば、まさかまさかの真っ正面かヨ。「だいしゅきほーるど」たぁ何だ。その筋ってどの筋だ。ですわ、じゃねぇ。何を冷静に実況解説していやがる。さっさとこの霊的痴女をひっぺがせ。

「でも、この部屋に来てからずっとですし…」

 何故そんな大事なこと、今の今まで黙っていたのだ馬鹿者。そういうところが嫌いなんだ。おい、出ていくな。畑は後からで……おい。待て。待ってくれ。待って。おーい。

 




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