愛・塀・中   作:かさつき

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腐っても抱きしめ鯛。


その6

「こんにちはー…?」

「お、おお。君か」

 木曾が顔を覗かせた。いや、この弱々しい表情。きっと今の中身は「ベソ」である。リラックスしているようだ。私はといえば、山城のせいで肩も重ければ動けもしない。かれこれ30分ほど、物がひとりでに動いたり、奇妙な音が鳴ったりと霊験あらたかな執務室に私は1人だった。やはり、ベソは天使なのである。

「ちょっと、訊きたいことがあるんだけどね……」

「すまん、その前に助けてくれないか。身動きがとれんのだよ」

 ベソはぴょこん、と背筋を伸ばして目を丸くした。この小動物はいち早く私の窮地を察してくれたらしい。

「あ、そうなんだ。よ、よぉし……」

 ぎこちない仕草で私の足首をマッサージする。いや違う。ありがたいのだが、動けないってそうじゃない。肩……というか、そこに付着した異物のせいなのだ。

「肩が凝ってるの?動けないなんてよっぽどじゃないか。ダメだよ根詰めすぎたら」

 私は曖昧に頷く。この際、一から十まで説明するのはやめだ。我らが天使ベソ、何故か霊的存在のことだけはさっぱり信じてくれない。疲れてるんだね、とかサラッと脳みそを心配されて終わりだ。

「そういえば、千代田がね?鹵獲したヲ級から聞き出したらしいんだけど」

「ああ……そういえば」

 千代田は結局、私に無用なちょっかいをかけて帰ってしまって、ついぞ何をしに来たのか分からなかったが、元はといえば尋問(?)の結果を報告に来たのだろう。私のケツに指を突っ込む、とかいうえげつない目標に目が眩んで立ち去ってしまった訳だ。至極どうでもいいが、あれを鹵獲と表現していいのか。

「ここからちょっと東に行った所に、ちょっと浅瀬になってるところがあるでしょ?そこ、スッゴい穴場なんだって!オレ、今度ちょっと覗いてくるよ。久々にウニとか食べられるかも!」

「穴、場……。釣りの穴場ってことか?」

「そうだよ!それ以外に何かある?」

 ニッコニコのベソを見ると、一気に脱力感が襲う。穴場ならせめて、敵の哨戒網の穴とかを教えて欲しいところだ。ヲ級といっても下位の個体だったし、上が怖かったのだろうか。

「うん、そんなとこじゃないかな」

 もにもに。もにもに。ベソの指が私の肩から緊張を奪っていく。凝りは取れた。あくまで、凝りは。だが体は動かない。

「オレ、上手くできてる?」

「……マッサージは、十二分に上手い」

 だがそうじゃないんだな、これが。山城曰く、どうやら私は今、霊に憑りつかれているそうだ。

「もう……また、その話?だめだよ、あんまり山城に意地悪しちゃ……」

 意地悪なんてしたことがない――寧ろこちらがされる側だ。先刻なんぞ、脅迫を受けた。殺されないための努力は、此方がせねばならんとか何とか。ベソからも言ってやって欲しいくらいである。動けない上官を見捨てて畑に行くべからず、と。

「それはそうと、昼食はとったか。私は今からなのだが」

マッサージを続ける彼女の雰囲気に、変化が訪れた。

 

「ふぅん、ランチデートのお誘い?それともオレの腕が目当てだったり?」

 

 どうやら人格が「味噌」に交代したようだ。飯の話題になると時々顔(?)を出すヤツで、口調は快活な女性のそれだが、一人称が「オレ」のままなのが少し可笑しい。本泊地で千代田に次いで飯炊きの腕前が高いヤツだ。

「……いや、滅相もない。訊いただけだ」

「そんなに驚かないでよもう。別にオレとも初対面じゃないのだし」

 恐らく一生無理だ。急に代わってくれるな。味噌くらいならまだ良いが、急に砒素とか壊疽とか出て来られたら手に負えない。というか、こんな場所でランチもデートもないと思う。

「ベソちゃんがモタモタしてるから、訊いちゃうんだけどさ。例えばオレじゃなくて、突然木曾ちゃんが出てきたら、貴方どう思うのかしら?」

「木曾が……?」

 そう言われ、答えに窮する。考えてみれば木曾とは殆ど話したことが無いな。哨戒任務中の定時連絡とかで、二言三言、言葉を交わす以外、雑談などは数える程しかない。主力としてよく戦ってくれているのは知っている。

 

「はぁ。いや……まじありえん。だから、不能なんじゃないのかな……提督」

 

 また、雰囲気が変わる。今度は声のトーンが低くなった。これは珍しい――「画素」だ。引きこもり傾向のあるコイツが、私の前に顔を見せるなど滅多にない。木曾より話したことが少ないのにな。

「それもダウトだし……オレは良いけど、お木曾泣かすとか草も生えんし。まじひくわー」

 なんだというんだ、君らはさっきから。私がいつ何時、木曾を泣かせたというのだ。バカ天龍と同じく、これもエイプリルフールの企みか?

 

「このチンカスフニャチンは本当に五月蝿いわね。偶には口ではなく頭を働かせることが出来ないのかしら?頭にみその代わりにくそでも詰まっているのかしら。クソウンコ提督は、不能なうえに人の話も訊けないのね」

 

 うげえ。「砒素」まで出てきやがった。今日は、出血大サービス――まるで人格のバーゲンセールだな。全く度しがたい口の悪さ。ベソの爪の垢でも煎じて飲むがいい。ちったぁ慎みを覚えないか、貴様。いや、しかしまて、この流れは良くない。このまま進むと「壊疽」が出てくるのでは――。

 

「正解だよ。提督さん」

 

 遅かった。先程まで、肩の辺りに置かれていた掌が、私の喉笛にかけられていることに気づく。

「木曾っち、最近悩んでるんだ。提督さんのことで」

「悩み?一体……」

「人の話を聞け、ってさっき砒素っちに言われたよね?生殖能力と一緒に、思考力と記憶力まで捨てたのかな?ついでに命も捨ててみる?縊り殺してあげようか」

 私の喉仏にぎりりと指を食い込ませる。必然、圧迫感を受けた部分が嘔吐反射を起こした。

「こうやって、トマトみたいに、ぷちゅっ、ってさ。……木曾っち悲しむかな?」

 解った。黙る。黙るから。

「ん。賢明だね。それじゃオレから質問ね。木曾っちは何に悩んでるでしょーか?」

 答えて欲しいなら、喉から手を離してもらわねばならんが、ヤツは私の首を絞めたままだ。呼吸すら満足に出来ないで、返答など出来ないぞ。

「5秒以内に答えてね。答えなかったら絞め殺すよ。でも喋ったら縊り殺すよ。ふぁいと、提督さん」

 わたし。には。解らない。想像。も。つかない。

「わお…♪手話出来るの?オレ知らなかったよ」

 腕が、急に動くようになった。そろそろ酸欠症状を起こさんばかりだった脳味噌をフルに稼働させて、手を動かした。

「うん。今日は満足かな。本人に確認してちょ☆ミ」

 何が。だ。私が尋ねると、ヤツは意味深に笑って私の首を解放した。

 

「すまなかった。壊疽が迷惑かけたな」

 

 また雰囲気が変わる。凛々しく落ち着きのある声音――これは主人格の木曾だ。暫く咳込んでいると、私の背中をさすってくれる。兄貴然とした艦娘だが、その本質は一番の常識人である。

「いや、ゴホ、砒素にもわりとかけられたが」

「……重ねて、すまなかった」

 謝る必要はない。別に、君は悪くないだろう。ただ、主人格であるところの「木曾」がもうちょっとイニシアチブをとって欲しいとは思う。

「それで?悩みとはなんだね?」

 私の首を絞めるに値するものなんだろうな。

「あ、いや……。そうだな。大したことではないんだが」

 えー……。

「だから謝ってる。すまなかった」

 まぁ、良い。相談されたとして、うら若き乙女の悩みを四十路の不能男が解決できるとは思わん。そこまで自惚れちゃいない。色恋沙汰と、飯の質と、基地の設備と、あと刑期短縮。それ〝以外〟なら聞いてやらんこともないゾ。

「それはつまり、ほぼ聞いてくれないってことじゃないか」

 いかにも。安心しろ。君は他の奴らと違って模範囚だ。早めに出られるさ。上に口利きしてやったって良い。私の進言が受け入れられるかはともかく。

「全く、そういうところが……。いや、なんでもない」

 木曾は最後、なにかを言いかけて、執務室を後にした。

 

 

***

 

 

 重傷を負った天龍と妙高が入渠ドックに搬送されてきたのは、その2時間後だった。

 




以上、本稿にお時間頂きすみませんでした。
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