愛・塀・中   作:かさつき

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便所の中心で愛を叫ぶ。


その7

 天龍は口の端から鮮血を滴らせながら、私の質問に答えようとした。

「おくあかんえぇ。ひういはあ、うひおかあ、うはえへはんあ」

 後ろから?撃たれた?不意打ちされたということか?何言ってるんだか判らんぞ、しっかり喋れ。

「ううへえ。くひんなかけっこうきっへふんあ。ひゃえるほ、いへえんあよ」

 なんだか知らんが、とにかく入渠だ。ボコボコにやられて涙目の天龍と、意識不明の妙高を下着姿にひんむいて入渠槽に滑り込ませる。ぶへええ、と間抜けなうめき声と盛大な水しぶきをあげた天龍が恨めしそうに私を睨んだ。高速修復材でうがいしてみろと促すと、ヤツは素直に従う。

「がらがらがらがら、んべっ」

 うわ、汚ねぇ。私にひっかけるんじゃない。

「っせぇな。女の子に乱暴なことする奴なんざ、汚くなれ」

 オン、ナ、ノコ……?おんなのこ……まさか「女の子」か?この部屋の何処に女の子がいる。馬鹿も休み休み言うがいい。

「馬鹿、ぅん、馬鹿、ぅん、馬鹿、ぅん……。何の意味があんの、これ?」

 天龍の馬鹿さ加減に愕然とする。会話の文脈を考えろ、バカめ。何をどう取り違えたら、休符を入れながら「馬鹿」を詠唱することになるのか。だから貴様はバカなのだ。

「んっだよぉ!バカっていう方がバカなんだぞ!」

「はいはい、わかったわかった、もうそれでいいサ」

「へん。提督なんかバカ通り越してカバだ!」

 何をどのように通り越したらバカがカバになる。ひっくり返しただけではないか。そもそも、カバは哺乳類の中でも屈指の体躯と膂力を誇る生物だ。下手したら誉め言葉だゾ。

「屈伸の体育…?と、りょりょく……?あのなぁ、朝も言ったけどよ。ホントに頭良い奴は――」

 いや、いい。これに関しては私が悪かった。話を戻すが、何があった。天龍と妙高に――たとえ不意打ちといえど――手傷を負わせるなど。君らに全く気取られず射程範囲まで近づけるのは、相当の手練か、光学迷彩を身に付けた野生動物だけだ。レ級のflagshipとでも遭遇したか。或いは鬼か、はたまた姫か。いよいよこの泊地にも終わりのはじまりが近づいているらしい。

「だから、わかんないんだって。後ろから撃たれたんだよ」

 どちらが先だ。お前か、妙高か。せめて片方だけでも、敵を視認していないのか。

「俺が先だ……と、思う。殆ど同時だったかも。すっころがって目ぇ回してる内に逃げられた。帰港する直前だったしよ。油断してた」

「馬鹿な、帰港直前?」

 馬鹿じゃねーしと喚くバカは無視して思考する。そんな近くにまで、敵性深海棲艦の接近を許したというのか?その前に山城の索敵網に引っ掛かっていい筈だ。

「ホントだからな」

「疑っているわけじゃない。だが……」

 だだっ広い海上で、山城にもコイツらにも気取られず背後をとって砲撃するなど至難の業である。超高高度、乃至、海中からの急襲か。それにしても山城の索敵から逃れられない気もするが、事実攻撃を受けている。潜水艦ではなかったのか。深海棲艦側の艦種なんぞ、有って無きが如しである。深海の空母どもは息をする様に夜間航空攻撃しやがるし、艦爆飛ばして魚雷撃って大口径主砲積んでるインチキ戦艦もいる。潜水艦が主砲の1つや2つ積めたって変ではない。急速浮上、からの強襲、からの急速潜行でなんとか納得できなくもないか……?

「ん。かもな。浅瀬に来て、対潜警戒が緩んでたかも知れねぇ」

「浅瀬、か……いや、この際もういい。無理を承知で訊くが、主砲の口径は判るか」

「14cm」

 いや、なんで判んだヨ。

「そっちが訊いたんじゃねぇかよ」

 確かにそうだけども。して、その心は?

「それ以上なら、骨までいってる。俺の装甲でも中破ですんでるし。あと、昔同じくらいのをまともに喰らったことあるんだよ。こんなもんだった」

 喰らった?ああ、中将をぶん殴った時か。

「おう!まさかケッコン艦だったとはなぁ。ビックリしたぜ。あの軽巡良い腕してた」

 なぜ誇らしげなのか理解に苦しむ。コイツが本泊地へ飛ばされたきっかけは、間抜けな勘違いだ。人目を憚らずいちゃついていた中将殿とそのケッコン艦。天龍の目には、セクハラ親父とその被害者に映ったようだ。で、中将をぶん殴った。こう聞くと、中将が弁えるべき部分もあって、天龍を一方的に監獄島送りにするのは、やや横暴にも思える。しかし、コイツはやり過ぎたのだ。多少残酷な描写が必要になるので割愛するが、ケッコン艦の軽巡が一も二もなく主砲を打っ放したくなる程度には、やり過ぎだった。

「少し疑問がある。君は後ろから砲撃を受けた、と。どの辺りに当たった?」

「ああ、うん。背中のこの辺。何だっけ、あの、けんこーこつ?の真ん中くらい」

「なんで口の中がそんなに切れてるんだ?顔から地面に突っ込んだのか」

「え。お。あー……。何かな、あれは、あれなんだわ」

 なんだ一体?急に歯切れが悪くなった。

「お!妙高!」

 泳いでいた天龍の目が、今度は丸くなった。妙高がうめき声をあげながら、意識を取り戻した。おう、大丈夫か、阿婆擦れ。

「起き抜けに馬鹿と不能の声を聞かせられるなんて、人生の損失ね。不幸だわ」

 馬鹿じゃねーし、と喚くバカは無視した。なんだ、元気じゃないか。あとその科白の著作権は山城に帰属する。ちゃんと許可は取ったか。

「こんな美人の下着姿を見て冷静でいられるなんて、やはり不能ですわね」

 傷だらけでも上品な笑みを向ける妙高だが、乳を浮袋にして入渠槽に浮かぶ様は大変滑稽である。減らず口を叩く余裕もあるらしく心配して損した。

「天龍から半分くらいは聴いたが、何があった。君らともあろう者が不意打ちを受けた、とか」

 妙高は自嘲気味に笑った。

「私も引退かしら。ヤキが回るとはこのことですわ」

 勘弁してくれ。君らが死んだら、すかさず私も死ぬことになる。三途の川の待合室から渡し船まで、私と同じ時間を共有することになるぞ。何があったと聞いている。

「あら。何か策を練って下さるのかしら」

「そうだ。君らが動きやすいように出来る限りをする」

「その心意気を少しでも……いえ、なんでもないわ」

 バカが、へへん、と笑う。何だ君ら、随分余裕だな。

「天龍が言った以上のことは、恐らく私も申せません。彼女が吹っ飛んだかと思えば、次の瞬間には身体後部全面に衝撃を。艤装へのダメージが思ったより深刻で暫く意識不明でした。何故生かされたのかは……わかりません」

 見せしめ、だろうか。大戦力の2人を生かしたあたり、戦術的観察眼は低いらしいが、人類、及び艦娘に対する憎悪の感情をもちあわせていることが窺える。鬼・姫級または、それらに匹敵する知的能力を有した者による攻撃と考えて良いだろう。山城に水上索敵を続けさせているが、依然、敵性深海棲艦を捉えたという報告はない。敵は未知だが、少なくとも中口径の砲を持ち、驚異的隠密能力、ないし、超高精度超遠距離砲撃能力を有する。深海の奴らが誘導ミサイルを配備した話は聞かんし、山城の水上索敵に功がない以上、後者の線は薄い。いったん対潜哨戒に切り換えよう。山城にカ号とオ号を出させる必要がある。入渠ドックを出るとき、妙高が私の背中に声を掛けた。

「敵は案外近くにいるかも知れませんよ」

 分かっている。近海の警戒を千代田に任せるつもりだ。

「それと、私の服を無理やり脱がせたこと、気付いていますからね?入渠が終わったら覚えておきなさい」

 それまで私が生きていればな、クソッタレ。




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