隻腕の狼、ヤーナムの地に潜む   作:澱粉麺

11 / 50
手繰り逢うは醜き獣

 

 

 

 

此処は、何処だ?

 

 

最初に意識を取り戻し、思った事はそれだ。

装飾、間取り、大きさ。全てがオドン教会のもの。

 

だが、違う。あの場所では無い。

あそこでは、獣避けの香が焚かれており、そしてその臭いは独特でありながら、狼は嫌いでは無かった。

 

だが、今広がる臭いは血と獣の臭い。

むせかえるような、身体が、反射に咳き込む程の臭さ。

 

此処は、何処だ?

何故己はこんな場所に居る?

 

怖気が溜まる。正気が削れる。狂ってしまいそうだ。だが、堪える。自らを殺し、耐えよ。それが忍びだ。

 

狂気に屈しかねない脳を動かし、前に進む。

楔丸を引き抜き、義手を鳴らす。忍びとしての動作を行い、それに留意する事で、気を紛らわす。

 

外に出れば、そこは昼間のように明るい空間。

だが空を見れば、その太陽はぐずぐずと、黒色に侵されるようにして陰っている。で、あるのに、確かに光に照らされている。

 

荒唐で、無稽。まるで、悪夢のようだ。

 

現状を確かめる為に、先に進む。やはり、既視感がある。ここは聖堂街ではないのか。自分が、あの『何か』に握り潰され、時が経った後の姿なのか?ならば、今居る此処は、全てが滅茶苦茶となった後なのか?

 

俺は、何も為せなかったのか?

 

 

 

最悪の想像を断ち切る音が、聞こえてくる。

金属音。じゃらら、らんと。何かの機構が動く音だ。

 

武器。それも、人のみが扱えるような、仕掛けを用いた。

 

視線の先には、毛むくじゃらの獣が立っている。その二足で立っている様子から辛うじて、獣の病の罹患者であった事がわかる。それらは何を襲うでも、餌を貪るでも無く、ただ怯え、後ずさっている。

 

それらを、じゃららんと、鉄の蛇と見紛う刃が千切り去る。一撃の元に挽肉となった獣達は、また、地を赤く塗る。ただでさえ真っ赤なそれを、幾重にも重ねるように。

 

 

 

下手人が、忍びを見た。

 

 

体躯は大きい。あの、ガスコインを思い出す。手にはそれぞれ、散弾銃と、先程の、蛇腹の様な機構を持つ、無骨な剣。

 

そして身に纏う服。それは、間違いなく狩人の物だ。ただ、彼の知る物とは様式がまた異なる。未来のものか?

 

否。よく観察すれば、所々に、狼の知る狩人装束の意匠がある。それは先に進むにあたり残されたような意匠ではなく、改良を重ねられる前の、そういった物。どれほどかはわからぬが、過去の産物なのだ。

ならば此処は、過去であるのか?否、今はどうでもいい。

 

鼻が利かぬ。それは、獣と血の匂いのせい。

だが、それでもわかる。相対しているこの狩人は、己の味方では、到底無いと言う事が。

 

 

「aaaagh!!!」

 

 

ぎぃん。大振りの鞭じみた斬撃を楔丸で防ぐ。弾く事は出来なかった。その独特の軌道は、弾く瞬間の見極めを困難にせしめている。

 

だが大振りな軌道という事は、即ち、振るう者の隙も大きいという事でもある。防ぎ、揺らいだ反動をそのまま懐へ潜る推進力に用いる。忍びの脚故に出来る移動である。

そうしてそのまま、廻るような斬撃。

旋風切り。

かつてのそれを、より反撃に即した形へと変え、繰り出す。

 

苦痛と衝撃に怯んだ所を、更に忍びの連撃が襲う。

それは刀では無く、打撃。拳を用いた連撃。

拝み連拳。

人中、水月、恥骨。そう云う順で、炸裂した。

 

堪らず、体勢を崩したそれを刃が貫く。忍殺。

 

 

「uughh…aa……」

 

 

死に行く男の断末魔は、死を拒むものであった。が、それは、ただ生き延びたいという思いからの悲鳴では無い。

 

もっと血を。もっと死を。

もっと、獣の死を。獣どもに、惨たらしい死を!

 

死する目が、そう、語っていた。

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

地獄。

これをそう言わずとして何と言おう。

 

地獄のようだと思った景観は、今迄もあった。

だがこれは、「そのもの」としか形容出来ない。

 

餓鬼道じみて、抵抗しない獣を狩り続ける狩人。未だ燃ゆる獣の死体が掛かる教会の祭壇。流れ続け、作り上げられた血の、死の河。

血の河に居座る、蚤のような多足体。昏き洞穴の中の、惨状に、毛皮が削ぎ落ちた犬。

 

極め付けは、そこかしこに落ちている常軌を逸した、武器らしきもの。正気とすら思えぬそれを、だが拾う。蔓延する狂気、それをすら味方につけられれば、これより心強いものもないのだから。

 

だが、決して呑まれてはならぬ。何度も、何度も思い返す。

そうでなくば、幾度も、幾度も死に、苦痛を味わい、繰り返し、繰り返しこの光景を目に焼き付ける最中で、とうに狂っていただろう。

 

そう、そう。

彼は此処に来て、何度も、何度も死んでいる。

攻撃が苛烈で、悪意に満ちていた。

それまでと、比較が出来ないほどに。

 

獣、獣、獣。どこもかしこも獣ばかり。人の悪辣と姿をそのままに、獣としての獰猛が襲ってくる。

 

 

だから、目の前に、身を窶した男の姿が見えた時。

それが真に人であるとは思いもしなかった。

楔丸を構え、切りかかり、かけた。

 

 

 

「…っと。待った。

あんたまだ、まともな狩人じゃないか?」

 

 

 

が、瞬間。その理性ある声に動きを止めた。

何とか、攻撃を止める事が出来た。

 

 

 

「…っ。ああ、その、つもりだ」

 

 

「よかった、俺も同じだ。

…あんたもここに迷い込んだのかね?」

 

 

「『迷い込む』だと…

…此処は、一体、何だ?」

 

 

「…ここは『狩人の悪夢』。血に酔った狩人が、最後に囚われる場所さ。あんたも見たろう?まるで獣のように、さまよう狩人たちを」

 

 

「……」

 

 

「…あんたもそれに成り掛けてる、って所だったか。まあ、何にせよ、今のあんたの目はさっきよりは大分マシだ。あんな、哀れな行く末には、ならない方がいい…」

 

 

そう語る男…シモンと名乗った…の言う事に、忍びは身を摘まれるような気持ちになる。殺戮の悦楽には呑まれて居なかった。だが代わりに、恐怖と疑心暗鬼に呑まれかけていた。名こそ違えど、形の違う、鬼だ。

反省するべきだろう。

 

 

 

「先程は、済まぬ」

 

 

「なに、気にしなくていい。

俺もさっきは、そのまま殺そうとしていたからな」

 

「…本当なら、狂いかけたあんたを宥める程親切じゃないんだが…あんた、格好といい、外から来た人だろ」

 

 

「……ああ」

 

 

「だろうな。そう思うと、少し、気の毒に思えた。

そんな気まぐれだ」

 

 

そう言うと彼はまた、自嘲気味に笑う。

確かに、奇怪な形の曲剣を手にしているところを見るに、降りかかる火の粉を払おうとしていた事に間違いは無い。だが、それはまた致し方の無い事だろう。少なくとも、このような状況では。

それでも、殺しを申し訳なく思う。心根が優しいのだろう。

 

 

 

「…この先にあるものは、おぞましい秘密だけ。教会が、ビルゲンワースが隠した罪の跡。それを見ても、何も無いだろう。特に、余所者のあんたにとっては」

 

 

(…『ビルゲンワース』…!)

 

 

 

「だから悪いことは言わない、囚われないうちに戻りたまえよ。⋯それともなにか?悪夢に、興味があるのかね?」

 

 

 

シモンは、それを冗談のつもりで言ったようであった。しかし狼は、大真面目に頷いた。

 

興味、というには些か不純ではあるが、しかしその奥を暴きたいと言うことには変わりはない。

忘れ、無かった事にして、この悪夢より帰るには。

今聞いたその言葉は、あまりにも聞き捨てがならなかった。

 

ビルゲンワース。その、名前しか知らぬそれを、知る事が出来るのか?医療教会の実態を知る事が出来るのか?ならば、この悪夢には、自分にとって価値があるものとなる。

 

 

窶した男は、驚愕でこちらを見て。

後にゆっくりと、笑った。皮肉じみて、憐むように。

 

 

「ほう、それはそれは⋯悪夢の内に秘密を感じ、それを知らずにいられない⋯あんたもう、ビルゲンワースの立派な末裔というわけだ」

 

 

「…為すべき事の為だ」

 

 

「…どちらにせよ。そういう手合いにとっては、この悪夢は甘露にもなる。あんたにとって、そうなると良いな」

 

 

「…」

 

 

「…だが、注意することだな。

秘密には、常に隠す者がいる。⋯それが恥なら、尚更というものさ」

 

 

「…それは…」

 

 

お主の事か?そう、聞こうとした。

だが、その語る様子を見て、違う事が分かる。

 

ならばここには、それを秘匿し、守る恐ろしい何かが存在しているという訳だ。それは狩人か、獣か。

いずれにせよ、それを撃ち倒し、進まねばならぬ。

 

 

シモンの居た場を少し進むと、そこは最初に狼がこの『狩人の悪夢』に辿り着いた時の、教会だった。

 

…そして、目の前にはランタンがある。

今、現出したのか。それとも、あの時は焦りと、狂乱で気付けなかっただけか。どちらであろうと、ここからあの『狩人の夢』を経由して、己の知るヤーナムへは戻る事は出来そうだ。

 

だが、まだ、戻らぬ。戻れない。

 

ここは、この悪夢には何か手掛かりがあるやもしれぬ。

それを、知ってしまったが故に。

甘露たる秘密を暴かねばならぬが為に。

 

狼は、再び血溜まりを征む。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

瓢箪を呷る。と、その一呑みで中身が尽きた。

しばらく経たねばまた呑む事は不可能になってしまった。

 

血の河を抜け、少し開けた場所に出る。

しかし、その先にはまた、薄暗い場所に続く道がある。

 

進む。ただ義手に仕込んだ、新たな武器を構え。

 

狩人の夢を経由し、ヤーナムには未だ、戻らぬ。

だが、彼処へと戻り、工房を用いる事はする。

そうしなければ、到底この悪夢を乗り越えられそうは無い。

 

 

薄暗い、広間に出る。

相も変わらずに、血塗れ。屍体塗れ。

いい加減に、血の匂いにも慣れきり、鼻が麻痺している。

 

だが、しかし。

匂いとは別にビリビリとした気配を感じた。

恐らくは獣によるもの。

 

だが、これまでに悪夢で出逢ってきた物…

…否。このヤーナムに来てから出逢ってきた獣とすら比べて、桁が違うような、恐ろしき害意。殺気。何処に居る?

 

 

 

「…ああ。あんた、あんた。助けてくれ…」

 

 

「!」

 

 

屍体であると思っていたそれが、そう嘯く。

這いずり、己に近づくように。

 

返事は、出来なかった。

 

それに気を回す余裕は、最早無い。

気配が、ビリビリとした気配が肌を刺している。

近づいて来ている。

 

 

「あいつが…」

 

「おぞましい、醜い獣がやってくる…!」

 

 

ずしん、と、一歩毎に地が揺れる音。

それは己らに近づいてくるこの気配の持ち主の巨軀を、そのまま、表していた。

 

 

 

「…ああっ…呪われた、ルドウイークが…」

 

 

 

おぞましい、醜い獣。

正に、その呼称の通りの生物が現れる。

毒により産まれた奇形児のように、用を成せるとは思えないように無造作に生えた足、もう一つの頭。死に、腐った馬のような頭に、生えた乱杭歯。背中には名残のように、一本の古びた剣が刺さっている。しかし、それを使う理性はとうに尽き果てているようだ。

 

 

「許してくれ…許して…くれ…」

 

 

その言葉を最後に狂ってしまったかのように、助けを求める男は、笑い始める。元々狂っていたのかも、しれない。

いずれにせよ、狼が出来る事は無い。

 

明日は、我が身だ。

 

目を見開く。瞳孔が開いている。

刀を握る手に力が篭る。

深い呼吸を、一つ、二つした。

 

そして、一言。自らに言うように、言った。

 

 

 

「……参る…!」

 

 

 

獣と狼が共に前に駆ける。

血飛沫が散った。

 

 

 

 

 

 




次回、醜い獣、ルドウイーク戦。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。