隻腕の狼、ヤーナムの地に潜む   作:澱粉麺

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昏き森、禁域の影

 

 

 

その森はひたすらに鬱蒼と、気を萎えさせる程に昏く。そしてまた、それ故に狼はその暗闇に忍ぶ。暗がりに身を潜め、進む。それこそが忍者の本領だ。

 

雑木が立ち並ぶこの禁域は寧ろ彼にはありがたい。渋柿色の装束は、漆黒よりも暗闇に馴染み、溶け消える。

 

 

しかし、異様に入り組んでいる。本当はそうでなくとも、一寸先が辛うじて写るようなこの視界では、例え十尺の道であろうと迷宮と成り得てしまう。

 

ひゅぱりと、鉤縄を度々鳴らし、一際高い木の上に登り、そうして自らの位置を確認する。

 

己は今、そうして自らの位置を確認できるが、もしそれすら出来なかったらと思うと、ぞっとする。迷い、立ち枯れていたかもしれないと云う事は無論。

闇に紛れた群衆を、この高さより見つけて居なかったならば、また徒に死を重ねていただろう。

 

 

油の壺を投げつけようと手を構えた罹患者の首を貫きながら、そう感じる。しかしまあ、その地の利を得る事で、これまでになく順調に探索が進んでいるこの状態は、珍しく良いことであると感じる。このまま進めたら、もっと良いのだが。

 

 

そうしている内に村に着いた。だが既にそれは、コミュニティとしての役割を放棄した、悲しいまでに形骸化した木屑である。気配はある。当然のように、全てが正気を失った獣の気配。

 

禁域の中であるこの森。

それにある廃村に、正気を求める事が、ただ間違っているのかもしれない。

 

狂犬が檻から鳴く。その先に、他に道があるようだった。だがそっちは、今来た方向である。で、あるなら。今は先に進まねばならぬ。ここは後回しでもよい。

 

先へ。更に先へ。

この森を通り、先へ行く。

 

夜の闇を超えて、鬱蒼を超えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

木造の建物の中に着く。見張りの為の塔として用いられていたのだろうその高い建物はやはり朽ち果て、光は差さない。暗闇の中を刀を手に進む中、闇に慣れた眼に火の光が眩しく届く。正気を失った、罹患者の内の一人だろう。

 

ランタンの光。それを腰に付けた者の頭部は血塗れの包帯にぐるぐると巻かれていた。木乃伊じみたそれはしかし、歩行し、生存を表している。

 

 

背後から忍び寄る狼に、ぐるりと身体を向ける。気付かれた。ならば、先手を取るのみだ。

 

が、その敵は手に持つ斧をこちらに向けず、代わりにそれを取り落とし、頭を抱える。苦悶するように、内側の何かに耐えかねるように。つい手が止まる。

 

 

ぶしゃり。血が飛び散る。

狼の頬に返り血が付く。

 

 

頭部が破裂するように、肉を散らす。それは外的要因によるものではなく、ただその内の暴走を抑えられぬ破裂。巨大な蛇が、何匹も何十もその頭から生える。寄生木や、蝶の幼虫に卵を産み付ける蛾の子のように食い破り、うぞうぞと、生える。

 

そして、そのまま身体は二足で立つ。ふらふらと、しかし確かに。蠢く爬虫類に操られるように。

 

 

「…ッ!」

 

 

危。

辛うじて攻撃を避けた。

彼は今まで、手足の予備の動作を見て敵と戦った。

だが此奴は、身体は動かず、その頭の蛇のみが動く。

 

ならばその蛇のみを気をつければ。

そういった考えを読むかのように、身体がずるりと近寄り、忍びを絡め取る。手足をそれぞれ抑える。万力のような力は、宿主の身体など考えてはいないような諸刃のそれ。

腕は必要無く、そのまま蛇が彼を噛み殺すのだろう。

 

 

だが、そう云う訳にもいかなかった。

 

バキン。義手から音が鳴る。

次の瞬間、義手から爆発そのものが放たれる。

 

 

火炎放射器による火吹ではない。これは、悪夢で拾った、正気とは思えぬ産物の一つ。小さな炉がそのまま金槌になっている。

 

 

爆発金槌。かつて火薬庫と云う工房が作り上げた、欠陥品にして逸品。

 

反動は大きく、また、この近距離で放った為、狼自身にも手傷は大きい。だがしかし、拘束は解いた。爆発を受け、退く蛇男の心臓を貫いた。これで死なないならばまた、別の手段を考えるのみ。

 

幸いにして、瓜の如く心臓を貫かれ、両断されたそれは膝から崩れ落ちていく。巣に戻るようにして蛇が体内に戻って行く。

屍体は、ごく普通の見た目の男だけが残る。

まるで自らだけが悪い夢を見ていたかのように。

 

だが、この火傷と感覚は嘘ではない。

燃える痛みをずきりと感じながら、狼は。

 

 

(使うべき場面が少ない)

 

 

そう、悠長に金槌の批評を下していた。こういった狂気にも、大分慣れてきてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「… ほう、お前、新顔だな?」

 

 

「…」

 

 

 

 

鉄をそのまま被ったかのような、奇怪な兜を被った男が居た。初めはあの蛇男のような手合いかと思ったが、違う。

烏羽の狩人と出会った時と同じ感覚。正気を失った者には出せぬ、達人としての気配が、男からは確かにしたのだ。

 

 

 

「それに、見たところ優秀な…狩人だ。

異邦の身で、よくそこまで練り上げたものだ」

 

 

「何故、異邦だと解った」

 

 

「何。我が連盟に、お前と同じ場の出身がいるだけの事だ。お前の格好の意匠は、そいつに良く似ている」

 

 

「……」

 

 

 

弦一郎と同じような、我らの国よりの漂流者であろうか。

否。どうもその同郷らしい者はこの男の組織に随分と馴染んでいるらしい。恐らくは、故郷が日の本で同じと云う偶然だろう。

 

 

 

「…おっと、紹介が遅れたな。

俺はヴァルトール。連盟の長だ」

 

 

「…それは、なんだ」

 

 

「ああ、連盟とは。狩りの夜に蠢く汚物すべてを、根絶やしにするための協約さ。…お前も見ただろう?穢れた獣、気色悪いナメクジ、頭のイカれた医療者共、みんなうんざりじゃあないか…」

 

 

「…ああ」

 

 

異論は無い。概ね、その通りだと思っていた。

うんざりと云う部分も、またその通りだった。

 

 

 

「そうだろう。だからこそ、狩り、尽くす。

連盟の狩人が、お前に協力するだろう」

 

 

「…」

 

 

「…どうだ、お前も連盟に入らないか」

 

 

 

「……断る」

 

 

 

協力者が出来ると云う事。それは、悪いことでは無い。寧ろ、孤軍奮闘の忍びにとっては、心底有難いものだ。実益を取るならば、間違い無く受けるべきだっただろう。

 

が、彼は断った。それは、裏切りや反目を恐れたのでは無い。

ただ、己は帰らねばならぬ身。帰れなくとも、この地にて死なねばならない。故にこそ、彼らの『連盟』に入ろうとも、直ぐに抜けて、何も彼らの役に立つ事は出来ないだろう。

 

そう考えて、拒否をした。

 

連盟の長、ヴァルトールはそれを聞き、少し落胆をしつつ、しかし失望は無い様子で再び話す。

 

 

 

「…ほお。その眼、何か事情があるようだな。

…まあ、無理強いはしない」

 

「…だが、お前もすぐに解る筈だ。嫌でもな。この狩の夜、否、どこでも。そこら中、糞のような、汚物だらけだ…」

 

 

「…そうか」

 

 

「…気が変わったのなら、いつでも来い。

クク、クックック…」

 

 

 

哄笑を背に、再び狼は森を進む。

侮蔑や嘲りでないその笑いを、しかし何処か不吉に想いながら。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

入り組んだ道も、いよいよ全容が見えてきた。

それはやはり鉤縄による高所からの偵察が大きい。

 

まあ、なんであろうと、この森を抜けられるのならばそれで良いように思えた。蛇頭の男、巨大な蛇の塊、蛇、蛇。

陰鬱なこの場も、いよいようんざりとしていた。

 

開けた場所へと出る。

周りに木は、無い。

 

しかし喜びは無い。ぴりぴりと肌を刺す殺意を感じている故。楔丸を握り、義手の動きを確認する。気配は一つで無い。

身体が警鐘を鳴らす。

 

 

一つ、二つ。いや、三つ。

 

 

地面からまるでそのまま出でるようにして、黒い人影が姿を現した。それぞれ黒いローブを纏い、手にはまた、それぞれ異なる武器を有している。通さまいと、生きて返さまいと、その全てが狼を見る。

 

ヤーナムの影。

儀式を始めるかのように、ゆっくりと忍びを囲む影ら。

 

なんであろうと、彼はただ。為すべき事を為す。

しいっと、小さな呼吸を吐いた。

 

 

主の影。

交わる筈もないそれらが今、戦い始める。

 

 

 

 




次回、ヤーナムの影。

今更ですが狼は一度工房に行く毎に3つの道具を仕込んでいます。
手裏剣は汎用性からほぼ、今回は爆発金槌と、あと一つです
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