隻腕の狼、ヤーナムの地に潜む   作:澱粉麺

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影落とし

 

 

 

 

影が四つ、翔ける。三つの影が一つを追い、追われた渋柿色の影は又、後ろに退いた。

 

対多数は、そもそも不得手だ。また、どのような状況であろうと絶対数という有利は揺るがない。故に、まずは数を減らさなくてはならないだろう。それが最優先だ。

 

 

「!」

 

 

翔け逃げ、囲まれぬようにしていた狼に火球が幾つも降り注ぐ。大きな傷は避けたものの、一つ、被弾した。

 

 

改めて観察をする。刀を持っているのみの影が一つ。刀ともう片方に蝋燭を持つ影が一つ。そして、鉄球と炎を揺らめかせる影が一つ。火の玉を放って来たのは、三番目の影。

 

 

切り結び、戦っている最中に遠くより横槍を入れられるというのは、どうしようもなく厄介だ。まずは、彼奴から斃す事にした。

 

 

 

翔け逃げ、翔け逃げる。好機を待つ。

 

 

忍びの持久力は無尽蔵である。

いつまでだろうと走り続け、機を待つ。

逃げ、逃げる。

 

 

 

今だ。

 

 

退き気味退き気味、それを追いやっていた刀持ちを横から追い抜くように、急激に忍びが前へ踏み出る。その速度に、二つの影は置いて行かれた。こうなる瞬間を待っていた。

 

 

一瞬きの間。なれど確かな一対一の暇が出来た。

 

 

目の前に、炎を構えた影のみが映る。

鉄球を振り回して来る。だが、鈍い。

 

弾き、返しに楔丸を突き刺す。堪らず怯み、一歩退いたそれを、手裏剣が突き刺し、そしてまた刀の一撃、追い切りが断つ。

 

隙は、最早作らぬ。この瞬きに一人を刈り取る。

 

相手が複数とはつまり、複数であった方が良いと彼ら自身が思ったという事。そう思うとはつまり。単一の実力は重きを置けないという事。無論例外もあろうが、今回はその推論が正しいようだった。数的有利さえ無ければ、実力は忍びが明らかに優っていた。

 

 

 

斬。

あ、と言う間に体幹を崩し、その胸を突き裂いた。捻りを入れ引き抜く。

 

手応えは有った。仕留めたか?

狼はまだ目の前の影から目を離さぬ。

確かな手応えと共に、死なぬ獣を幾度見たか。

 

だが、確かに消えてゆく。

おお、何と有難い事か。

此奴らは、殺せば死ぬのだ。

常識が通じるそれの、何と嬉しい事か。

忍びは密かに安堵すら覚えていた。

 

 

その、安堵を咎めるように。

それを掻き消すような呻きが聞こえてくる。

 

残りの影は、追いつき、自らの後ろについたのにも関わらず、その得物で己に斬りかかろうとはせず、頭を抑えているのだ。

 

 

この苦悶と、抑えには既視感があった。

 

 

 

これは、そうだ。

この道中で幾度も見た、蛇のーーー

 

 

頭部が弾け飛ぶ。

 

そこからうぞうぞと湧き出す者は、爬虫類の眼。

舌を出し、それぞれに蠢き這い回り、顔より生える。

 

幸いにも、今斃した屍体が動き、己を襲うという事は無い。だが、やはりどうもまた、一筋縄で行く相手では無いようだ。

 

 

再び刀を構える。

蛇の寄生が有ろうとやるべき事は、変わらぬ。

怖気は、全てが終わった後に感じれば良い。

 

丁度、残りの二人は遠く離れている。

 

 

 

次に仕留めるべくは、あの蝋燭を持つ…

 

 

 

すぱん。狼の首を、冷たい刃が通り過ぎた。

噴水のように血が飛び散る。

 

 

 

「…な…」

 

 

 

莫迦な。目の前の蝋燭持ちは、待ち構えるように動いていない。

 

もう一人の位置は、確かに確認した。あの距離ならば、絶対に己を攻撃出来ない位置に居た。であるのに何故?

 

 

暗転していく視界が最期に捉えたものは、蛇のように伸び、射程距離をおぞましく伸ばした、刀持ちの影の姿。ぐにゃりと展延されている身体。

 

嗚呼、そしてその幽かな意識すら蝋燭の炎に燃え、揺らめいてゆく。

 

 

死だけが、残った。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

「……おのれ」

 

 

 

ランタンの前に立つ。

又、死んだ。

 

後悔や落胆は後にすればいい。

対策と、奴らについての情報を練る。

 

 

この戦いにおいて端倪すべからざるは大まかに二つ。数の不利、そして、変化。

 

前者はどうとでもなる。これまで、対複数には幾度も出会し、その度に切り抜けてきた。問題は後者。あの、蛇じみた変化が、更に深化していくとなれば、相当に厄介だ。戦いに勝る者とは、自らを変化させてゆく者なのだ。

 

なればどうするか?死に、学び、戦うも有りだ。だが、更に手っ取り早く済む方法もある。更なる変化を重ねられる前に命そのものを絶ってしまえばいいのだ。難しいが、出来る。今の己なら。背の月光と義手に触れる。

 

 

葦名でも出会した問題には、葦名での技術を。そしてヤーナムでしかあり得ない問題には、ヤーナムの技術を。それぞれ操り、戦う。己にはそれが出来るのだ。しなければ、ならない。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

悪夢の霧を潜り抜ける。

瞬間、影が翔ける。今度の疾走は忍びのみ。三つの影は囲むようなその状態を崩さない。敢えて追う理由も無いと考えたのだろう。それならばそれでやりようは有る。

 

 

息を吸い、吐く。

勝負は一瞬で決まる。

失敗し、己が死そうと。

成功し、敵を殺しきろうと。

 

 

バキン、忍び義手が弾け鳴る。狼を影が囲んだ瞬間に、爆発金槌を地面に叩きつけた。

 

反動で忍び自身は焼け、しかし影に手傷は無い。当然だろう。爆炎が辛うじて届く程度の爆発はそれらを焼くはずもないのだから。

 

その爆発はしかし、視界を、視野を零にする。

動く事能うは、五感を研ぎ澄まされた忍者のみ。

土埃による煙幕。それが彼の目的だった。

 

じゅうと肌が焼け爛れる感触がする。特に、義手が面する腕の部分はぐずぐずと火傷に水膨れているだろう。たったそれだけでこの隙を作る事が叶うなど、なんとまあ、得であろうか。

 

 

 

「応ッ…!」

 

 

 

気合いと共に、土煙を突き破る。飛び込み、重さごと刀を振う。楔丸が風を切り音を裂き、必殺の斬撃となり影の一つを突き刺く。腹わたを破り、膝をつく、影。

その手に握っているのは、蝋燭と刀。

 

間違いなく致命傷だ。

だが狼はその影を切り捨てず、更に崩し、踏み、裏回る。流麗ですらあるその動作はしかし、凄惨で、卑劣な術の前触れでもあった。

 

 

掌に、傀の字が光った。

 

 

 

「aaaghh…!!!!」

 

 

 

ヤーナムの影が、けたたましい断末魔をあげた。

 

掌が脳を抉り、弄り、傀儡としている。

脳を、敵も味方も区別がつかぬ人形へと変える。

 

 

忍殺忍術・傀儡の術。

 

 

悲鳴をあげ終えた蝋燭持ちは、ゆらりと立ち上がる。その眼は蒼く光り、その刃が向かうは、かつての同胞たる影。鉄球と炎を持つ影は、困惑したようにそれに応戦する。

 

あの忍術は永くは保たない。既に死している体を無理操り動かしているに過ぎないのだから。だから、一人があの傀儡に気を取られているこの短い間に、あの刀持ちを仕留める。

 

 

刀持ちが、此方に向かってくる。

心なしか、憤怒がその足取りに籠もっている。死して尚、誇りを踏み躙られた同胞を哀れむ思いを持っているのか。この無機質な影ごときが。小賢しい。

 

 

心の中で、頬が凶悪に吊り上がるのを感じる。敢えて狼はその凶暴性のまま眼前の敵へ飛び込んだ。

 

 

瞬間、目の前の影が苦悶をあげる。後方からも確かに。そして次には、頭が弾け飛ぶ。蛇がうぞうぞと蠢いていた。

 

 

さあ、問題はここからだ。

 

 

胴体を楔丸で薙ぎ払う。しかしそれは刀に防がれ、返しに一刀を振り下ろされる。弾き流し、再び返しの一撃。

それに耐え兼ねたか、はたまた単純に一連としての動作の一つか、刀を振りながら影が後ろに跳ぶ。

 

忍びはそれを敢えて追わない。追い切りはせず、また、手裏剣の代わりに、もう一つ付けてきた仕込み道具を換装する。

 

 

この距離ならば放ってくる筈だ。

さあ。

 

びゅん、風切り音が響いた。

来た。

 

 

一回目の己を殺したあの斬撃。蛇じみた腕により、亜音速の壁を超える鞭の速度を得た刀撃。

 

 

蛇の一撃は、しかし鉄の蛇に絡め取られた。

 

 

腕をぎちぎちと裂きながら拘束している鉄の蛇。それは、狼の義手から放たれている。これは、あの悪夢で初めて見かけた武器。無骨なノコギリと蛇腹の剣の二側面を持つ、古き狩人の武器。獣肉断ち。

 

狼は影の身体の予備動作から「起こり」を読み、放たれる瞬間に合わせてこれを放ち、蛇を捉えたのだ。

 

 

「…!?」

 

 

蛇に乗っ取られた頭部がしかし、驚愕に満ちる。

鉄の蛇が、影を捕らえ、そして引き寄せる。狼が万力の力を込め、鉤縄を引き寄せる要領で、捕らえた獲物を此方へと引く。

 

そして、もう片方の腕には、赫い月光。

 

 

不死斬り・擬き。

 

光の波動が炸裂すると共に、影も蒸発する。

蒸発とは比喩だが、しかし正に消えた様に、斬撃を喰らった部分は跡形も無くなっている。それ程の威であったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

炎を手に揺らめかせる影は、眼前の同胞と戦う。

眼の蒼い輝きは薄くなりつつある。もう直ぐに傀儡の術が切れてしまうのだろう。

 

鉄球を頭部に叩き付ける。瞬間、眼から光が失せる。傀儡としての生を意味する忌々しい光が無くなったのだ。

目の前の同胞が、倒れる。

 

 

そして、嗚呼、その倒れる身体の陰に。

 

 

血に濡れた刀を持つ渋柿色の影。

反応が、遅れた。

否、最早手遅れだったのだ。何もかも。

 

 

刀が閃く。

 

まず一度前方より刺し、崩し、裏回りながら切りつけ、そして背後より再び刺し貫く。

 

影落とし。

その名に、相応しき技だった。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

(…何故…俺は。あの時笑いかけたのだ)

 

 

 

紫色のランタンの前で、忍びは瞑目していた。

心を鎮める為に。精神の統一の為に。

 

今回の戦いは、あまり死を重ねなかった。回数こそ数えてはいないが、恐らく二桁に届かぬ程だろう。

 

だがこの戦いにて、こちらに向かってくる影を見て、己は確かに煮え立つような感覚と共に笑ったのだ。

 

獣に堕ちていく感覚とも異なる、あれ。

 

それまでは、死を重ねる毎に、澱のように「何か」が溜まっていっているのだと思っていた。

 

 

だが、違うのでは無いか?

死だけでは無い、何かが。

死とは違う要因が、「何か」を肥やしているのか。

 

 

 

…明確な、要因として。

この月光を見る度に。ある言葉が頭に浮かぶ。

 

 

『啓蒙』。

この、たった一つの言葉が。

 

そして、その言葉と共に感じる感覚はまた、このヤーナムに来てから幾度も、幾度も感じてきた感覚でもあった。

 

 

(…ゲールマン。彼奴は、何かを知っているのか)

 

 

 

…己の勘違いで。ただ、個人的な症状であるというならばそれでいい。だが、故障の原因が明確である事は安息の材料となる。

 

久しく声を掛けていない、霧の様な助言者。

彼の言葉を聞く必要があるようだ。

 

 

 

 

 

 

 




ーー戦いの残滓・ヤーナムの影。
心中に息づく、類稀な強敵との戦いの記憶
今はその残滓のみが残り、
記憶は確かに狼の糧となった。

従者に与えられる「影」とはすなわち比喩であり、敬称であり、蔑称であり、涙ぐましい誇りだ。主人無き影とは、その誇りすら無くした者でもある。
共に主人の無い影。雌雄は、手負いの忍びに決した。
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