今年もよろしくお願いします。
遅ればせながら、新年初投稿です。
「……あんた、これからどうするんだい」
末期の言葉が鴉の耳を突いた。
ここは、ヤーナム大聖堂。その、中。
赤い月夜の元に、その、血に濡れた狩人は居る。
その者。
カインの流血鴉は、何かの気配を感じていた。
カインハーストの血族の兜。
鳥葬の、異国の狩人の衣装。
手には医療教会の連装銃と、古狩人の遺骨。
対の手に、再び血族の由来である血刀。
ちぐはぐな兵装は全て、強さを求めたもの。
人が持つ信念、信仰、誇りを捨て、ただ貪欲に強さを求めた姿は、むしろそれでこそ人らしく、獣とは程遠い存在。
その血鴉が、気配をびりびりと感じていた。
達人のものではない。
獣のものではない。
教会が求めたものでも、またない。
何かはわからない。
ただ、恐ろしく、強い。
それだけがわかる。
そういう、気配。
気配が階段をひたひたと登り、近づくたびにひりつきは大きくなる。周りの温度が上がったかのような錯覚を感じた。
燃え盛るヒト。一眼には、そうだった。
片手のあるべき場所には、赤々と熱を持つ溶鉄。それがちょうど、手の形をしている。ちりちりと身体中から火が舞い散る。
右眼はその炎に焼かれ、その用を為していない。それでも、良いのだ。
目が片方無くとも、それでも戦える。殺戮の彼方へ明け暮れる事が出来る。その眼が表すは、即ちそういう事だ。
互いに鼻が利いた。
同類の匂い。
自らと同じ、強き物と殺し合う事が好きな者。
殺戮と血を、求めてやまぬ者。
それらが出会ったのならば、やる事は一つ。
ごお、と血鴉の足元に灰が舞う。
その手に在る遺骨が、力を発揮したのだ。
彼の足取りはそれにより、韋駄天の如く素早く、天衣のように掴み所が無いものと化す。
連装銃が火を噴いた。
朱き修羅はそれを、手に持つ刀で弾く。
ぐつぐつと煮えたぎる鉄は、陽炎の揺めきを伴う。
揺らめいたその景色が距離感を失わせたかのように、修羅が、眼前に『居た』。
来た、ではない。
目は離さなかった。
それでも、気づけばそこに居たのだ。
千景と楔丸がかち合う。
血烏がその剛力に、気圧される。
後ろに引き、再び連装銃を放つ。今度はそれを、横に跳んで避けられる。そして代わりに、修羅が燃え盛る手裏剣を放つ。その刃は遺骨の威を得た鴉にすり抜けられ、祭壇を破壊した。
水銀の弾と穢炎の刃が亜音速で聖堂を飛び交い、一対の修羅達がその距離を縮めていく。
互いにその飛道具を当てる為に。外さぬ為に。
互いに、敵をただ確かに殺す為に。
距離がゼロになる。
その、距離で再び連装銃が爆ぜた。
だが銃弾はその生身に炸裂しない。
義手の鋼が、胴体に当たる筈のそれを止めていた。
その義手は、手裏剣から、小さな炉を持つ金槌へ換装。
この距離で爆発を起こした。
生半な狩人なれば、そのまま焼けて死んでいた。
だが、生憎とこの流血鴉は、力を持っている。
遺骨の力を持つ足取りはその爆発すらを前に避け、修羅の背後を取った。
相手は爆発の反動にかまけ、此方を向く余裕は無い。好機。
鞘に千景を仕舞う。呪われた血が迸る。
居合一閃。血を纏う血族の刃は、修羅を引き裂いた筈だった。確かな、手応えがあった。
だがその刹那。
手応えが霧と消えた。黒い羽が降って消えた。
ただ、からすの羽が残るばかり。
霧のように、はらはらと。
どす、と。
血鴉の心臓を楔丸が貫いた。
背後のそれに、しかしまだ銃を向ける血鴉。
だがその抵抗すら、貫いた刀をそのまま下に引き裂き、殺した。
死合が終わる。
残るは、ほぼ半分に両断されかけた死体。
それを、隻狼が漁る。
遺骨と鴉の羽をその手に、その顔は愉悦に歪み。
そのまま、再び霧のように姿を消した。
ただ、残るは、からすの羽のみ。
…
……
男は、その鉄面の下の顔を怪訝の顔に寄せる。
手に持つ、彼が支配する団体を表す杖を、砕けんばかりに握りしめる。背に負う、殺人的な重量を振り回す為の膂力。
彼は『連盟』の長。
連盟とは。狩りの夜に蠢く汚物を、根絶やしにするための協約。正気を失った獣狩りの夜、だからこその淀みを踏み潰す為の誓約。数少ない同士を見出し、ともがらとして戦う為の約定。
彼は、それの長。
またの渾名を、獣喰らい。ヴァルトール。
彼は目を開き、連盟の杖を置く。
代わりに、槌を取り出した。
彼の手にこれ以上無く馴染む得物。その、取手部分である。
「……成る程。非常に残念だ。
お前もまた、獣になったか」
「…いや、それ以下か」
彼の目の前に立ち塞がる渋柿色の装束は、以前、彼が連盟にと、勧誘した人物であった。
異国の者であり、武器もまた狩人の者とは異なっていが、その眼には確固たる信念があり、故にこそ同志となれたのならば良いと思っていた。
そのような信念は、もう無い。
ただ虚ろに、殺戮を求める怪物が、今の彼だった。
ちりちりと、焦げる臭いと共に刀が引き抜かれる。
「…クハハハッ!お前の死に、糞の臭いのする血の中に、きっと『虫』がいるのだろうさ!」
嗤い、火花が散る。
背負う巨大な丸鋸が、槌と一体化した。
ぎゃりりと、その動力すらわからぬままに。
回転ノコギリの火花と、修羅の火粉が互いに飛ぶ。
ぶん、と振われた丸鋸の一撃、二撃。
それをどちらも避ける修羅。
成る程、彼の軽装は身軽に攻撃を避け、隙を突く為のもの。なればこの大振りの状態では当たらないだろう。
そう、ならと。金属が擦れる火花が飛び散りながら鋸が回る。回転のままに、左腕に分離した鋸を持ち、右の手はそのまま槌。両の手でそれぞれ槌と鋸の暴虐の嵐が巻き散る。
隙は、当然にある。しかしその隙は、手を出せばそのまま絡め取られる、罠じみた隙。相手の行動のその全てに対応が出来る、動物のような柔軟さがあった。
故に、修羅も攻め切れない。
均衡が続く。
一方的に攻めるは己。だが、確かに追い詰められているのもまた己という事に、獣喰らいは気づいていた。
対手の持つ刀は短い。射程距離は自らの持つ武器の方が長くある。しかし反面、一度懐に入られてしまえば…
優位を崩してはならぬ。
ぶん、ぶんと振り回し続ける。
瞬間。
がぎいん。
けたたましい音を立て、槌の一撃が弾かれた。
ヴァルトールの知らぬ技術の発露。
たまらず、体勢が崩れ、無防備を晒す。
それを、待っていた。
無論、獣喰らいは『弾き』の技術など知らない。だが一方で、この異国の者は、こちらの攻撃に対する、何かを持っているという予測を立てていた。それを持つ故に、不用意なまでに近づいてくるのだと。
果たしてその読みは正解であった。
この機に乗じて来るであろう攻撃へ、一番、隙の生じる場所へ、そのまま反撃を喰らわし殺す為に。丸鋸が振われる。
だが、それは、空を切った。
防御され、隙が生まれ、そこへ修羅が攻撃を行う。
ならばこそ、それを読み、反撃をする。
その読みは、完璧に合っていた。
殺し合いの遣り取りだけならば、彼は勝っていたのだ。
しかし、ヴァルトールの唯一の誤算は。狼は、その斬撃に対手を斃す事に、必ずしも近づく必要すら無くなっているという事。怪物としての深化が、どうしようもなく進んでいるという事だった。
真空波が、長の鉄兜を弾き飛ばした。
その下の頭部をすら軽く裂いて。
無数の斬撃が、真空の刃となりて襲う。
大きな渦雲の如く。舞うような、九連撃。
それは葦名の剣技ではあるが、異端にあたる。
外から来た者が、伝えた技故に。
源の雅を持つ渦の雲が、穢れた炎に侵食される。
秘伝・渦雲渡り。
忍びとしての、狼が放ったままの威力なれば、ヴァルトールは耐えたやもしれない。だが、修羅が放つそれは、彼の身体をずたずたに引き裂き、そしてまた、骨の芯を、その熱により焼いた。
「……無念だ。
連盟の同士たちに、誇り、あれ……」
それが、最期の言葉だった。折り目正しい官憲の服すら、ずた袋になったかのような、酷い死に様だった。
修羅はそれに微塵の興味も示さず、代わりに片目の鉄兜を拾い上げた。そしてそれを、怪力の赴くままにぎちぎちと展延させた。
…どれほど、そうしただろうか。
完成したそれは、拙い。
だが、鉄製の傘のようだった。
修羅が、再び笑った。
…
……
「……」
ここは、ヤハグルの隠し街。
否。既に、隠されては居ない。
秘匿は暴かれ、隠される必要は無くなったのだから。
ここは、再誕の広場。
命が去り、統合され、再誕した者。
かの上位者を再現し、再誕させた者。
再誕者。
その、死体が、粉となりて散っていく。
死体の横に立ちつくす男が、その祓殺をやってのけた。
彼の背には、大振りな和弓。
腰には、野太刀。
彼の名は、葦名弦一郎。
彼もまた、この世界では無い場から来た者。
彼はこの世界に居る己に、幾つも疑問を持っていた。
再誕者を見ていた。
この存在を見て、己がどういった存在であるか。
それを、思い出したのだ。
「…俺は、とうに死んでいる」
そうだ。彼は死んでいる。
不死斬りの黄泉返りに、その首を捧げ。
そして、狩人の悪夢。
死した己は、何の因果か悪夢に辿り着いた。
そしてそこで、再び、死んだ。
秘匿を守る、『時計塔のマリア』に殺されて。
それは、隻狼がヤーナムに来る、更に前の事。
ずっとずっと、以前の事だ。
疑問の一つ。
ならば何故、己は生きているのか?
何故、それをすら忘れ、聖堂街を彷徨っていたのか?
それは、その答えが、これだ。
己は、『生まれ直した』のだ。
否、生まれ直『させられた』。
この世界に、このヤーナムに。
何かが己を手駒とする為に、弄ぶ為に。
(時に、狼よ。あれが見えるか)
(いえ、何も)
忍びに、聖堂街で出逢った時を回想す。
隻狼が見えなかったそのそれを、何故己が見えたのか。それの疑問に対する答えもこれだ。
彼は既に、上位者に接触していたのだ。その記憶は失われようとも、培った啓蒙は、その心の目は、鈍る事は無かったのだ。
それまでの疑問が全て、解けていく。
そして、伴い生まれた、最後の疑問。
『何故、己は再び生み出されたのだ』?
その、答えもまた、分かった。
自嘲の笑みが、彼の奥底より溢れた。
「ああ、そうだ…
俺は、再びお前と戦う為に、生まれたのだ」
朱の神。
殺戮の修羅。
怨嗟の痰壺。
そう、成り果てた、同郷の忍びの姿。
修羅へ向けて剣を引き抜く。
その、確かな殺意を込めて。
鬼と成り果てた、御子の忍び。
彼を、止めねばならない。
その為に、生まれ直させられたのだ。
何かに、操られ続ける、この命。
だが、不思議とその心は爽やかだった。
何も出来なかった葦名での己よりも。
幾度も敗れた者への再戦を行える、今の己の方が、上等だ。
血鴉、獣喰らい、そして、雅雷。
共に、修羅に捧げられる生贄となるか。
それとも、鬼を討ち倒す勇者となるか。
「……さあ、終いとしよう。
俺と貴様の因縁を」
次回、vs修羅。