隻腕の狼、ヤーナムの地に潜む   作:澱粉麺

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外典
魔豪招来(追憶:ヘムウィックの魔女)


 

 

 

狼は目を瞑る。日も良く、落ちに落ちた筋肉をなんとか人並みに戻すべくの運動も捗った。

 

そうしてまた、仏を彫る。

贖罪や懺悔のみでなく、今度は路銀とする為に。

罰当たりなようでもあったが、戦火に塗れたこの世では、そういった需要がままあった。故に、たまに売れた。自らで稼ぎ、自らで生きることもまた、人らしい事のように思っていた。

 

 

そうしている内に、す、と。

あの夜の事を思い出す。

仏を彫る内に、己は始め迷い込んだのだと。

 

 

狼の記憶が、過去へと戻っていく。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

記憶は、エミーリアを斃した所にまで遡る。弦一郎と別れ、アメンドーズに悪夢へと送られるまでの間の事。

 

彼はある場所を探索し、そこである者と戦った。

 

大教会を横に逸れ、進む先に墓地がある。獣と成り果てた男と、狂犬が闊歩する墓場。その先に、それはあった。

 

村からは人の声が聞こえてくる。

年老いた女、老婆たちの声。

それでも、余程人らしくは無い声。

正気を失った人間の声は、寧ろ獣の唸り声に近い。

墓地の先にある町。

ヘムウィックの墓地街。

 

何やら手がかりがあるやもしれぬ。

「何の」「どのような」。それすら分からないが、ひょっとしたら、何か。そのような捨て鉢な気分でそこを探索した。

 

潜み隠れ、外敵を排除せんとする魔女じみた住民達。その手には各々、元の用途が他にあるべく凶器が握られており、その全てが忍びを襲った。排他的な集落が外部からの人間を排除するように。

狂った人間が、最早持ち得ぬ正気を持つ者を許せないように。

 

いずれにせよ、それぞれを殺しながら前に進む。

 

中途、よくわからない物も見つけた。文字らしきもの。しかし狼には読めない。此処に来てから異国の言葉もわかるようになってある筈だったが、読めなかった。結局、この時はそれに対し、何もせず、ただ置いていってしまった。

 

 

そうして右往左往しつつ先を進む内に。ひたり、ひたりと、ある家屋に辿り着いた。

 

そこに居座る狂人を斃してから、狼はただならぬ気配を脚先へ感じていた。下の方から。地下の方から、何やら『力』を感じた。

 

無論、怪力などというようなものではない。

ただ、そうであろうと感じる何かのパワー。

内に大力を秘めたような気配。

 

 

 

ただ臆しはしない。しっかりと、地下へ進む階段へと足を進めた。

 

そこに有ったのは、大きな空間。

腐臭は酷く、拷問の跡を示す血糊が色濃く残る。

そのど真ん中に、一つ。

大きな影が『出来上がった』。

 

 

そこに存在した人影を狼が見つけたのではない。その黒い影は、地面から立ち上り、新たに出来上がったのだ。

 

彼がこの町へ辿り着いた時、その心の瞳はまるで培われていなかった。故に、街を練り歩く黒い影を目に映すことは無かった。故に、この場にて、初めてこの異形の姿を見ることになったのだ。

 

狼が動揺の際にほんの少し立てた音に、びくりと反応するその黒影。フードを目深に被ったような、ボロ切れを纏う姿は狂気に目を輝かす人のようでありながら、それとは一線を画す存在。

 

 

シックルのような刃を両手に掲げ、走りながら狼へと振りかぶる。身体そのものは飢餓児のように痩せ細っているが、その上背が威力を嵩増しする。頭部に当たれば、真っ二つになるだろう。

 

だがそれは、当たればの話。

 

楔丸が、その刃を弾く。

怯んだ瞬間に、此方の刃を閃かせる。2回程切り裂き、再び弾きを構える。弾き、切る。切って、弾いて、手裏剣。

 

がくりと、体勢を崩した。刹那、距離を縮め、敵の身体を駆け上るように頭部から首までを縦に貫いた。あるべき手応えは、無い。

目の前の狂気者は確かに消えてゆく。だがそれは命ある者を殺した感覚では無い。まるで、そう、魂無き人形を裂いたような。

 

 

(……)

 

 

肌にまだ、ぴりぴりと力を感じている。

今の存在が、この力の源では無かった。

ならば、何かがまだ居る。そして今の狂気者は、その何かが呼び出した存在。そう推察した。

 

耳を、そばだてる。

姿を消そうと、消えぬものがある。

匂い、殺気、歩く音。

例え動きを止めていようと、身体が少し動く衣擦れが、隠れた者の位置を教える。忍びの耳は、そういったものを聞き逃しはしない。

 

 

 

(……そこ、か)

 

 

入り口の、その左端へと跳ぶ。

虚空でしか無かったその場所に人魂のような赤き光が浮いた。同時に、刀の反射光と血が飛び光った。

 

魔の力。邪の力。そのようなまぼろしが、其奴から離れてゆく。そしてその姿がようやく見えた。

 

 

腰が曲がり、歯も抜け落ち、背は縮みきった、小汚い老婆。だが、ただの小汚い老婆だと評するにはその姿はあまりにもおぞましい。

 

そのおぞましさは、服に由来する。

身体中に眼をつけているのだ。比喩表現では無い。人間の眼が、動物の眼が。腐りかけ、膿みかけた眼が身体中にひっついているのだ。

正に、魔女。

 

ぞっとするような感覚は、あった。

だがそれとは裏腹に身体が動く。産まれ落ちてより身体に染みついた殺しの技術が、反射的にその老婆を切り裂いていく。

 

 

反撃もろくにする力も無いように、身体を丸めてその斬撃を耐えしのぼうとしている。魔法じみた力がその身を守っているが、それでも遅かれ早かれだろう。

 

瞬間、老婆が手に持つランタンが、一際強く輝いた。そして周囲が、爆発したような衝撃に襲われる。

 

 

「ぐぅ……ッ!」

 

 

吹き飛ばされながら、からがらに受け身を取る。身体の内側から弾け飛ぶような感覚。今までに味わった事のない、不気味なる神秘。

 

 

体勢を立て直そうと傷薬の瓢箪を傾ける。

これ幸いと、老婆が再び姿を消す。ついでと言わんばかりに再び影じみた狂気者が姿を表した。

 

 

 

だが悪あがきだ。これまで戦って来た獣に比べれば、まともに人の形をしている事の、なんと戦いやすい事か。

 

狂気者を仮初にでも殺す事が出来る事は先程実証した。そして、音に敏感である事も。

 

見当違いの所に手裏剣を放つ。

義手から放たれた刃が立てた音に気を取られる黒い姿。

狼はその背中に、正に影の如くひたりと張り付いていた。

 

 

一刀の元に、狂気者を忍殺。

そしてまた、赤いランタンの光へ走る。

 

義手を換装、刃の代わりに橙色の炎が揺らめいた。

火炎放射器の焔が老婆の、魔女の身体を焼いていく。

 

 

ざくり、と上から首を貫き、そのまま下に引き裂く。はらわたを撒き散らしながら、けたたましい悲鳴をあげた。

 

 

(……!?)

 

 

刀に付いた脂と血糊を拭き取ろうとした最中、おかしな事に気付く。まだ、ぴりぴりと肌が何かを感じ取っているのだ。

まだ目の前の魔女が死んでいないのか。

否。確実に殺した。筈だが。

 

 

 

「何ッ!?」

 

 

驚愕に、声が出る。

1、2、3。

先程まで、1体しか出なかった狂気者。

それが同時に3体その姿を表したのだ。

 

最期の力を振り絞り、出したのか。

にしても、それまでにこれをしなかった理由は。

命の瀬戸際なら初めから出す筈だろう。

そう、まるで死んでも蘇る前提があるような。

 

そうだ。先ほど切り裂いた血糊は何処だ?

今殺した魔女には、血が付いていなかっ……

 

 

 

 

がぎん。

 

嫌な、音がした。

 

 

 

その音は、狼と、彼に凶器を向ける者から発生した音。

その凶器は、ペンチ。向けるは、眼玉を身体に貼り付けた魔女。

 

 

死体は確実に、一つ目の前にある。

だからこういう事だ。『魔女は二人居た』。

 

狼にはそれをまるで予想だに出来なかった。

だからこれは。

全て彼の、忍びとしての本能の賜物。

 

 

『がぎん』という音の詳細。後方からの不意打ちに眼に向けて飛び、抉ろうとするそれを、その歯で噛みしだき、ギリギリと抑えた音。

 

 

老婆のこの身体の、何処にこのような力があるのだろうかと思う程の怪力。だがそれでも、まだ狼の方が強い。

 

顎に込めた力を一瞬抜く。ほんの少しバランスを崩した老婆の腕を押さえ、その全身を背負うようにして投げ飛ばす。柔の要領で、思い切り地面に叩きつけたのだ。

 

 

石畳にヒビが入るような強烈な叩きつけ。

身体中に付いた目玉がその衝撃にぷちぷちと潰れた。

 

 

苦痛に喘ぐ魔女の胸元に、鉄の義手が突きつけられる。

 

一度その光景を見ていた魔女が抵抗の意思を見せる。周囲の狂気者が一様に刃を振り翳し此方へ参る。

 

だが最早間に合わない。

やはり魔女には、火こそが相応しい。

 

 

ごう。

零距離から、昇華熱じみた炎が放たれる。

その焔は魔女の、眼の、人間の脂に引火していく。

めらめらと燃えていく。共々に、狂気の者どもも燃え尽きていく。

 

 

最後には、灰に帰した。全てが燃え尽きた中、不思議と家内には火は燃えうつる事は無かった。

 

 

YOU HUNTED.

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

辿り着いた先に、恐らくは狩人の死体。

その死体の姿からして、拷問された後。

 

ただ、掌を合わせた。

そうしてそのまま踵を返す。

ここに何かの手がかりは無かったと断じて。

 

 

回想している内に、ふと思い出す。

そういえば。この死体が持っていたあの器具はなんだったろうか。ともすれば、あれが失われた工房道具の一つだったのかもしれない。

 

それならば、もしかして。

あれを持ち帰っておけばもっと戦いを有利に進める事が出来たのではないだろうか?

 

 

ううん、と唸る。

それを期に眼が覚めた。

 

世辞にも、いい目覚めとは言えなかった。

 

 

 

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