隻腕の狼、ヤーナムの地に潜む   作:澱粉麺

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ベルセルク…
嘘だ…


多腕狂乱(追憶:アメンドーズ)

 

 

 

 

 

「…狼。これが本当に?」

 

 

「…ああ」

 

 

 

正気を疑うような目。

信ずるつもりではあったが、にしてもこれは。

 

そう、言いたげであった。

無理もない事だ。このような不対称の悍ましき怪物に出会い、闘ったなど、三流の怪奇譚作者の妄言のようではないか。

 

 

 

狼は、彫刻を彫っていた。

しかしいつもの如し、仏では無い。

今掘り出し作り上げた姿は、もっと気味の悪い、恐ろしげな何かであった。

 

複数の腕に、ぼつぼつと穴が空いた頭部。水馬じみた体躯はしかし、縦に立ち上がり動いていた。

 

アメンドーズ。

かつてのヤーナムの世界で、己を殺し、一方で己が殺した怪物の内の一つ。

 

 

 

 

ほんの些細な事であった。

ただの夢であった。

 

狼はあの時の事をそう言い、話そうとはしなかった。

 

が、そうであろうと、その内容を話したり、共有する事は精神を助けるものであると。何かの助けに成りたいのだというエマの申し出。それを彼には断ることが出来なかった。

 

 

そうして、渋々語る事になった。

今の顛末は、そうなる。

 

 

しかして、狼があのヤーナムについての事を話さず仕舞いであったのは、ただ話す意味がないからと言う事が大きいが、それだけでない。

 

語る事をしなかったのは、何も無口と先に述べた懸念のみでは無い。

あまりにも、あの光景を、口頭や文字にする事が難しいからだった。

 

 

初めて市街へ行き着いた所までは、まあ、普通に聞いていてくれた。

 

だが、悪夢へと己が行き着いた辺りから、あからさまに怪訝の顔が増えた。

 

今ここに、アメンドーズの姿を彫ってある。口頭のみでは罷り違っても説明出来なかったからだ。結果、薬師は頭を抱えてしまった。

 

 

しかし、思えば彫刻も上達したものである。

片手であり、そしてまたこの様な作業には触れる事の無い生涯だった。故に、初めの頃は木屑に失礼な程の不恰好。

 

こう、木彫りを巧くなったのは、皮肉にもあれが切っ掛けだったように思える。

あの時の、月の魔物の彫刻。

あの時の、操られたにせよ手に残った繊細な感覚が忍びの上達を促したのだろう。

 

なんにせよ、

精密な、アメンドーズの姿が目の前にある。

 

嗚呼。この姿を見ていると殊更に思い出す……

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

それは、異郷にて修羅となった己が、弦一郎に救われた後の事。

 

メンシスの悪夢へと辿り着いた時。

否、正確にはその少し後の話になる。

 

 

悪夢の塔から溢れる橙色の光をどうにか出来ぬかと、学術棟を探索していた時の事。

 

ある別の扉を開いた。

 

そこは、悪夢の一場。

悪夢の辺境であった。

 

 

烏賊じみた毒沼を遊歩する怪物や、寄生虫を放つ銀の獣、あの『ほおずき頭』など、現実の者とも思えない化物のパレエド。

 

 

 

 

その、果てに。

大広間に出た。

 

 

危。

気配を上から感じた。

既視感がある。

聖職者の獣。あの時のような。

 

 

ずしん。

 

頭上より落下してくる、圧倒的な質量。

嗚呼、確かに既視感を抱くような事柄。

 

だが、既視感はそこまでだった。

姿は、何にも似つかない様な怪物。

 

 

此処に至るまで幾度も見た、巨躯。

あれが降ってきたのだ。

 

そして、幾つも幾つも眼が収納された、落花生じみた頭部が此方を見渡した。

 

 

この魔都に来た当初の狼ならば、怖気に震え、ただ何も出来なかったやもしれぬ。

だが、この時の狼は最早、そのような反応を行えないほど、認識を汚染されていた。

 

『これくらいならば』と。そう速やかに刀を引き抜き、戦闘の準備をしていた。

 

 

 

戦が始まった。

 

駄々子が足元の蟻を潰すように、多腕を地面に擦り付ける。狼はそれを後ろに跳び、距離を取って避ける。

 

当たってしまえば、ただでは済まない。地響きが鳴り響く音をぞくりと聞きながらそう感じた。

 

ここは慎重にと、手裏剣を飛ばす。

だがあの巨体に、この小さな刃が如何程役に立つだろうか。人体に蠅が牙を立てようが、痛くすら感じないような、スケールの違い。

 

 

やはり、刀を突き立てるしかあるまい。

もしくは、この義手に仕組まれた道具。

いづれにせよ近づかねばならないようだ。

 

 

ごう。

頭部から、光線が飛んで来た。

神秘の力に由来しているそれを、間をすり抜けるようにして避ける。近付きながら。

 

装束に触れる。触れた部位が跡形もなく消し飛んだ。だが、傷はない。

隙だらけのその多腕に、楔丸を振るった。

 

ざぐり、と皮膚を裂く。

硬くはあったが、それでも深々と切り裂く事が出来る。それはある程度の硬度でしかなかったという事であり、狼の刃の鋭さが増しているという事でもあった。

 

 

裂かれた腕の、苦痛か、はたまた違和感か、アメンドーズが、切り裂かれていた方向を向く。彼奴から見て、右の方だ。

 

好機の瞬間に、頭部に鉤縄が引っ付く。

狼が飛んだ。

 

 

上位者であろうと、生き物である。

生き物ならば頭部が弱点。

そう、確信していた。それは原始的な予想でありながら、幾度も実証されてきた事実だ。

巨大な頭部に張り付きながら、義手が展開される。

が、攻撃をする前に。

 

 

 

「ぐぅッ…!」

 

 

零距離にあった狼の腹部が、焼けるように熱い。否、焼けていた。炎でも雷光の熱でも無い。酸じみた不浄の融解に。

 

それは頭部から滲み出た溶解液。

触れてはならぬ液体だった。吐瀉物のようなそれは、忍びに重い手傷を負わせていた。

 

たまらず、頭部から転がり落ちる。

 

 

瞬間に多腕が襲い来る。

それを、弾いた。

 

あまりにも重い。

なんとか方向をずらす事は出来たが、それでも両腕にびりびりと麻痺が走る、怪力。

 

 

だが、まだ死なぬ。

この程度の死線なら、幾度も潜り抜けた。

 

次々に襲い来る腕を全て、弾き切る。腕の感覚が無い。腹部の痛みすら遠く感じる。

だが、生きている。

 

連撃を終え隙を晒したアメンドーズを横目に、ようやく瓢箪を口にした。

急死に一生。

腹部の融解も、まだ肉が抉れる程は深くは無い。闘える。

 

 

再び刀を構える。

丹田からの呼吸を二つ。腕に感覚が戻る。

 

 

さあ、来い。

 

 

その心の声に呼応したように、アメンドーズは怒り、両腕を振り回してくる。

 

 

「!」

 

 

忍びの目が捉える、変化。

腕の先が、神秘を纏っている。

ぎらぎらと輝く神秘。

それが危険であると、脳裏が囁く。

 

今までの如く弾く事は、出来ないだろう。

 

 

否。これならばどうだ?

 

狼は、背の月光に手を伸ばす。

 

 

そして、弾いた。

古びた剣を、赤き月光を、攻めでは無く、守りに用いたのだ。

 

弾きに肝要であるの狼の技術。

楔丸が名刀である事に変わりはないが、なまくらであろうと技を用いれるのが、一流の忍びであるのだ。

 

そしてまた、腕先に纏う神秘は、赤い光が掻き消す。神秘が神秘を相消すのだ。

 

 

素早い連撃など、この大剣で防ぐには不得手だが、神秘を纏う一撃、そして今戦っているような大ぶりな一撃ならば、これで防ぐ事も可能。

 

可能性が、広がる。

 

 

アメンドーズが、多腕を振り回す。その度に赤い光が一撃を躱す。

隙間隙間に、鈍色が光る。楔丸が抜け目なく腕を裂き、手傷を与えてあるのだ。

 

 

その均衡が崩れるのは早かった。

がくん、と。

アメンドーズが体勢を崩す。

 

 

今度こそ、と頭部へと鉤縄を伸ばす。

義手が再び大きく揺らいだ。

 

 

 

ばきぃ、ぃん。

 

 

火薬と金属の炸裂の音が悪夢に反響した。

狼の義手を通し、肩まで衝撃が走る。

 

超絶とした爆発音。

圧倒的な破壊を意味する爆音。

大きな杭が、火薬で押し出された音だった。

 

パイルハンマー。

その、威力は如何に。

 

 

頭部から血が流れる。

苦痛に狂乱し、のたうち回る。

怒りや鬱陶しさにかまけたそれでは無い、確かな傷だとわかる暴れ方だった。

 

威力、大なり。

 

 

 

ごおおおおお、と。

鳴き声のように音が聞こえた気がした。

それは幻聴か、はたまた空気の音か。

 

いずれにせよ、アメンドーズが立ち上がる。腕を振り回し、振り回して。

振り回したその腕を、千切り取って。

 

 

 

「……ッ!」

 

 

 

太鼓を叩く撥のように。

兵士が使う刀のように。

 

千切り取った腕を、そのまま持つ。

多腕なれど5つの指先がある、このアメンドーズでなくば出来ない芸当である。

 

 

この異常な光景は、つまるところ追い詰められた者が、凶悪なる武器をその手にした。

切り札を切った、という事なのだ。

 

 

反射的に離れ、観察していた狼は、ようやくその思考へと行き着く。

 

 

 

危。

 

 

「…ッ!」

 

 

 

月光の剣が重打を何とか弾く。

 

 

射程が、長くなる。

誤差のような距離ならばしかしも、その延び方は、腕を千切っただけの事はある、尋常なものではなかった。

 

射手が長くなるとはつまり、遠心の力を更に得るという事。それは原始的ではあるものの、しかしこと闘いに置いては、馬鹿に出来はしない違い。

 

 

ばきぃん、と、弾きが崩れ、体勢が崩れる。

 

 

倒れた忍びを、巨大腕が襲う。

 

 

 

……

 

 

潰れた苺のような、赤。

それが散乱する事は無かった。

 

代わりにそこにあるは、鉄の屋。

全てを拒絶するかの如くの古びた鉄はしかし、一つだけ、ぽかりと小さな穴が空いている。

 

 

片目の仕込み傘。

 

修羅の己が作り上げた財産。

それを、使う。

 

 

傘を構え、防ぐ。雨宿り。

次々と襲いかかる腕を、傘の回転がばしりばしりと弾いて行く。露弾き。

 

変哲も無い鉄で出来、波打ち、ぼろぼろである筈のそれは、であるのに不思議なまでの強靭を誇っている。それは、元の兜として用いていた人間の怨念故か。

 

 

弾く、弾く、弾く。

この小さな傘を、越えられない。

 

多腕の上位者から見れば、ほんのちっぽけな、糞のように弱々しき、小さな、頼りの無い傘。

それが今、あろうことか、アメンドーズその者を追い詰めていた。

 

何かの間違いか。悪夢か。

否。否。少なくとも、目の前の人間は、己を確かに殺そうとしているのだ。人以外の力を用いず、人としての技術のみで!

 

 

 

ばきん。

 

ようやく、傘を叩き潰した。

しかしその下に忍びは既に居ない。

 

足下だ。

傘を囮に、潜り込んだのだ。

 

 

股間へ、楔丸で一撃。

そしてそれを足掛かりに、胴体を割く。

 

びくびくと麻痺した魚のように身を震わせる上位者。そのままに、また鉤縄を飛ばした。

 

 

ひゅぱり。

 

 

再び、頭部へ。

再び、義手が鳴る。

再び、火薬の匂いがした。

 

 

 

 

ばきぃ、いん。

 

 

 

 

 

忍殺。

 

 

 

 

これが、アメンドーズを倒した顛末。上位者を屠るという、忘れられもしない記憶だった。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

「…売れましたね」

 

 

「……ああ」

 

 

 

 

半ば笑い、半ば呆れているのは二人。

いつもの如く仏を売る日々。エマが何を考えたか、その売り物を表す仏壇の場所に、アメンドーズの彫刻を置いたのだ。

 

狼がそれを咎めようとする前に。

それへと目を付けた客が居た。

曰く、『異国じみたおどろおどろしさ』

『素晴らしき啓蒙を得た気がする』と。

 

どうもその客は物書きだったらしく、その着想として是非と、そのまま買って行ってしまったのだ。

 

 

物書きがいるという事。

それはつまり、既に戦火より復興し始めてある

という事。そうでなくば、娯楽であるはずの小説など、書く暇も無い筈であるからだ。

 

そうなると、いずれこの場にいる己らの存在も明らかになるだろう。この場を離れねばならない日が近いやもしれない。

 

手練である二人は、同時にそう考えて、警戒と、いつか来るだろう故郷への別れに悲しんだ。

 

 

 

「しかし」

 

 

と、医師が一転、砕けた顔で話す。

 

 

 

「仏よりも、此方の方が案外『受け』が良いかもしれませんね、狼?」

 

 

「…馬鹿を申すな」

 

 

「あら。けっこう、真剣ですよ」

 

 

 

くすくすと、可憐な笑いが見窄らしい家屋に満ちる。狼はそれを、いつも如く渋面で受け入れていた。

 

 

微笑ましい光景に気を惹かれた客がまた、一人廃寺に顔を見せていた。

 

 

 

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